元の発言 [ Re: 塩辛と刺身は? ] お名前 [ ちょっと一服 ] 日付 [ 9月4日(水)19時55分17秒 ]
ちょっと一服さんの道楽にお付き合いして・・。
(私もこういう話は好きですがネ。)
>> 廣野卓著『食の万葉集』(中公新書)によると,日本の古代人が「アワビ」
>> を好んだ理由としては,塩分の補給にもなったかららしいそうです。
? アワビにはそんなに塩分の含有量があるのでしょうか。
納得のできない説明ですね。
>> 石で焼いた,という説が専らでした。小魚なら竹串のたぐいは使ったんじゃない
>> でしょうか。
石焼きですか?
縄文の上野原遺跡に関するシンポジウムをテレビで見たのですが、パネリストの民族学者が、上野原遺跡の集石遺構に関連して、これは石焼き料理に使用したのであろうが、石焼きは、ポリネシアでは「ハレの日」的な料理方法である、普段、石焼きという手間のかかる料理をするわけではない、と発言しておられました。
弥生時代もそうではなかったでしょうか。
>> 次のサイトでは別の献立,というか食い物です。
>> 卑弥呼時代の人々は,3990回も咀嚼し,51分もかけて食っていたそうです。
まるで見て来たようなことを言う・・。
まあ、食物の堅さと、弥生人の歯のすり減り具合から計算したのでしょうから、根拠はあるとは言えましょうが・・。
>> ハマグリの潮汁,
>> アユの塩焼き,
>> カワハギの干物,
私が弥生人のメニューを考えるなら、コイ・フナ・ウグイの類、それにタニシを加えますね。
特に、唐古・鍵や纏向で食べる魚となると、そうなりませんか。
ウグイは不味い魚の代表のように言われていますが、寒のウグイは最高であると釣りの本で読んだことがあります。
ウォルトンの『釣魚大全』にも、ウグイの手の込んだ料理法が紹介されていたような気がするのですが・・。
魚は旬と調理法ですね。
また、イナゴなどもメニューに加えるべきでしょうね。
尤も、醤油がないとなると、佃煮以外の調理法を考え出さなければなりませんね。また試食も必要になってきますね。
どうもHPのメニューは現代風・高級志向のようです。
アジ・サバなどの大衆魚も大いに食べたと思いますがねぇ。
古代の食べ物といえば、森浩一『食の体験文化史』は面白いです。
『古事記』開化記に、丹波の「阿治佐波比売」が出てきます。
「僕にはアジ・サバ・ヒメと読める。(略)もしそう読めるなら魚名にちなんだ神名としてもおかしくない」とありました。(森浩一『食の体験文化史』106頁)
しかし、「阿治」はアジガモ(味鴨)のアジで「鴨」の意味でしょう。
「佐波」は「沙庭」でしょう。
阿治佐波比売は、「鴨の沙庭の媛」ということになるのではないでしょうか。
魚より鴨(或いは鴨氏)にちなんだ神名だろうと思いますよ。
また、メニューに鶏はどうでしょうか。
鶏や卵を食べないというタブーのある村があるということは、そういう村以外では食べたということでしょう。
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