元の発言 [ Re: 魏誌韓伝の国名 ] お名前 [ ピクポポデミ ] 日付 [ 7月19日(金)17時24分46秒 ]
>>游惟さんお久しぶりです。
>>いろいろ教えていただけるとありがたいです。
私のことを覚えている方がいらっしゃるとは思いませんでした(^ヘ^) 。
こちらこそ、宜しくお願いします。m(_ _)m
>>日本の古代1にある森氏の文章によると、後漢と魏晋の間よりも、前漢と後漢の間の音韻変化のほうが大きいそうです。
>>これなども後漢と魏晋の社会変化のほうが、前漢と後漢の社会変化より大きかったような気がするのです>>が、音韻変化には都が長安から洛陽に移ったことのほうが影響が大きかったみたいに見えます。
私も、漢字音の変化といわれているものは、方言差だと考えています。
音韻体系というものは、親から子へ、子から孫へと連綿と受け継がれてゆくものであり、しかも人間の母語の音韻感覚は10歳から12歳ぐらいまでに形成されてしまい、一生変化しないものです。
今日のように、教育制度が整い、テレビ・ラジオが行き渡った時代ならともかく、前近代において一カ所に定住する農耕民社会でそう簡単に音韻体系が変化するはずがありません。
ただ、中国の場合、三国時代以降繰り返し北方異民族の侵入に伴う民族移動があったため、定点観測をすれば住民の出身地が異なることによる時代差はあったと思われます。
>> >> ちなみに、日本の万葉仮名(借音仮名)に用いられている「呉音」というのは、おそらく山東省あた>> >>りの方言漢字音が朝鮮語に入り(つまり山東省出身の中国人が朝鮮人に漢字音を教えた)、それが朝鮮>> >>経由で日本にもたらされたものだとにらんでおり、今研究中です。
>>私は詳しくは分かりませんが、以前書き込まれていた、上代日本語のオの甲乙が異音関係とか言う説でし>>たか、それに関係するのですか。
そのとおりです。借音漢字で書かれた万葉集の歌を中国語の各方言漢字音と朝鮮漢字音で読み、どの漢字音で読むのが一番日本語に近いかを比較しようと資料(録音)を集めているところですが、今のところ一番近いのがやはり朝鮮語、次が山東方言のようです。
>>最近理由あって私は松本説に関心をもっています。
ピクホホデミさんが松本説を信奉なさってるのなら申し訳ありませんが、松本説ははっきり言って「トンデモ」です。(^ヘ^)
私も上代五母音説を唱えており、その点では松本氏と同じですが、論拠は全く異なり、むしろ松本説を全面的に否定しています。
他の人の解説によれば、松本氏は「母音がa→oと交替するときに異音が生じる」というようなことを言っているらしいですが(実は私は何度読んでも何を言ってるのかさっぱりわからない)、とにかく、私の説なら説明できる「夜」と「世」の甲乙の書き分けは、松本説では説明できないという欠陥があります。(聞くところによると、松本氏自身「夜と世の書き分けだけはどうしても説明できん」と言っているそうです)
ただ、問題はそこにあるのではなく、松本氏は「日本人自身が日本語の条件異音を書き分けていた」と言っていることにあります。(少なくとも、外国人が書いていたとは言っていない)
しかし、母語話者自身が母語の「異音」を書き分けることなど「絶対に」ありません。
これは「現代にはそういう現象は見つかってないけど、奈良時代ならあったかもしれない」などという類の問題ではなく、「異音」というものの定義上あり得ないのです。
「書き分けていた」ということは「区別していた」ということです。区別出来ないものを書き分けることなど不可能でしょう。従って、もし日本人自身がオ段甲乙を書き分けていたのなら、それを区別していたということになりますが、母語話者自身が区別している音節は定義上「異音」とは呼ばないのです。
「異音」というものは、「ある一定の音声学的観点から見れば異なる音声であるが、当該言語の母語話者自身は同じ音節だと思っているもの」であり、母語話者自身は「区別しない」のではなく「区別できない」のです。
先のレスで、広東語話者のnとrの例を挙げましたが、日本人が聞けば広東人は一定の法則に従ってnもrもちゃんと発音しています。しかし、広東人自身は全くそのことを自覚しておらず、日本語のラ行音とナ行音を聞いても区別ができず、発音し分けることも出来ません。そういうものが「異音」であり、異音を母語話者自身が書き分けることは不可能、書き分けていたとすればそれは定義上「異音」ではないのです。
「角が三つの四角形」などというものは時代が変わろうと社会が変わろうと「絶対に」存在しないのと同じで、「母語話者自身が書き分けている異音」などというものは定義上「絶対に」存在しないのです。
こんなことはまともな言語学者なら一瞬にしてわかることなのですが、松本説などは国語学者しか読まず、彼らは前半部分の資料を駆使した「玄人好み」の論議にのみ目を奪われ、(私の知る限り)批判者でさえこれまで誰一人この問題を指摘した人間はいないません。この点を突けば松本説など瞬時に崩壊するにもかかわらず、30年近くも生き残っているのですから、国語学者は誰一人「異音」の概念を理解していなかった、ということになります。
ただ、私の知る限り、一人だけこの点に気づいていた人間がいます。それは、何を隠そう松本氏自身です。
松本氏は「上代特殊仮名遣いは音韻体系と書記体系のズレ」であり、「ある言語の表記のために外来の文字が適用される初期にしばしば見られる現象」として、古代ギリシャ語の条件異音がフェニキア文字によって書き分けられていた例を挙げています。
しかし、「しばしば見られる現象」ならもっと近い時代の色んな例を挙げればいいのに、何で3000年も前の例一つだけ挙げたか・・・それは、例えばモンゴル語の表記体系を作ったのはウイグル人、インドネシア語のアルファベット表記体系を作ったのはオランダ人、ベトナム語はポルトガル人、タガログ語はスペイン人、という具合に確実な例は「ある言語の表記の為に外来の文字を適用」したのが外国人であることが史実としてはっきりしているからで、そんな例を挙げたら「だって、表記体系を作ったのは外国人でしょ?」とつっこまれるから、史実のはっきりしてない3000年も前の例を挙げてごまかした・・・ということでしょう。従って、初期ギリシャ語の条件異音がフェニキア文字で書き分けられているのなら、書いていたのはフェニキア人に決まってます。それにしても、こんな他愛もないトリックを30年近く誰も見抜けないなんて・・・
それはともかく、上代特殊仮名遣いとは奈良時代に朝鮮帰化人が日本語の条件異音を書き分けていたもの、というのが私の説です。
私の説に興味がお有りでしたら、9月29日に東京女子大で開かれる日本音声学会で発表しますので、御来聴ください。m(_ _)m
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