Re: Title 承前 24国比定問題(土佐説)

投稿者[ やまし ] 発言日時 [4月2日(火)22時33分30秒]

元の発言 [ Re: Title 承前 24国比定問題(土佐説) ] お名前 [ 馬頭鬼 ] 日付 [ 4月2日(火)12時53分29秒 ]

>> やましさん、今日は。
>> 地図については、不勉強でなんともいえませんが、狗奴国には、
ちと気になる点が有るんです。
>> 当時の日本国に漠然としたイメージで、遺跡などを割り当てているのですが、
>> 其のイメージは、正しいのでしょうか?
>> 例えば、アメリカのネイティブの方々、アステカやマヤとは、違っていますが、
>> やはり、部族による国を持っています。
>> 其の遺跡は、千差万別ともいえそうです。
>> となりで、交易しながらでも、まったく違う国ができているわけです。
>> では、当時の日本では?
>> 葬制も墓もかなり違いが有るとすれば、部族毎の国は、どの位違うでしょうか?
>> 遊牧民と中国の王朝ほどの違いがある。
>> 国家が、有ってもおかしくない様なきもします。

まず我々には、邪馬台国については「倭人伝」と「遺跡」しかありませんので、
それらから判断せざるを得ません。
まず、21国については、郡程度の規模の国を考えています。
これは、地名の対応、主要遺跡の存在、祭器の出土、
古墳時代の首長墓の変遷、土器類の移動範囲などを、
各々の地域で総合的に判断してのことです。

この判断では、弥生時代末期は国造本紀の以前の段階となっています。
例えば、伊予は国造本紀では5つの国「越智」「野間」「風早」「久米」
「伊予」になっていますが、松山平野北部で久米地域が優位になるのは
弥生時代末期よりも後です。

邪馬台国については、銅鐸圏、積石墓、喜来地名の分布が比定範囲の特徴です。
狗奴国については、馬頭鬼さんも指摘されたように海人族ということが
比定範囲の特徴です。
投馬国は、銅矛圏、駄場地名の分布などが特徴です。

この他にもさまざまな特徴のある国が、日本においてあったと思っています。
ただ、倭人伝に記されていないというだけです。

邪馬台国をどこか自分の近いとこにおきたいというのは、「親魏倭王」の魅力ですかね。
倭人伝や遺跡と矛盾がないようなところなら、私はどこでもいいんですけど。



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