Windham Hill Retrospective
▼ウィンダム・ヒル・レーベルの登場
1976年、サンフランシスコで一枚の自主制作盤が作られたこと
から始まったウィンダム・ヒル(以下WHと略記)は、創立者でギ
タリストのウィリアム・アッカーマンの耳が捉えた作品群、ことに
ジョージ・ウィンストンのアルバムの大ヒットによって、80年代
に一つのピークを迎えた。ノンジャンルのインストゥルメンタルで
一聴して耳に心地よいWHの音楽は、以後登場した数多くの同様の
音楽を扱うレーベルもひとくくりに「ニューエイジ・ミュージック」
と呼ばれることになった。
日本では80年代前半、トヨタ・クレスタのCMで使われた「あこ
がれ/愛」がシングル・カットされるまでになったジョージ・ウィ
ンストンが米国同様にヒットしたことを機会に認知度が上がり、日
本国内のミュージシャンが手がけていたインスト主体の音楽ととも
に、「ニューエイジ」が広く知られることとなった。
▼WHの音楽の内実
「ニューエイジ・ミュージック」とは何かについては別の機会に譲
るとして、ここではWHからリリースされたディスクがそれぞれ、
どのような音楽を提示してきたのか、改めて紹介したい。「気軽に
聴けるインストゥルメンタル音楽」などと言うとむしろ敬遠される
ことも多いが、一般に流布しているカテゴリやレーベルに対するイ
メージだけによって良質な音楽を無視してしまうのは惜しい。言い
換えれば、聴かず嫌いということそれ自体が、内実を伴わない安易
な全体像を流布させてしまうのである。
WHの音楽について「ジャズ・クラシック・ポップの融合」とはよ
く言われてきたことだが、むしろそれは他ジャンルとくっつけた折
衷音楽というよりも、それらのイディオムを採用しながら、それぞ
れのミュージシャンが自身の音楽をより自在に響かせているという
結果そのもの、その素晴しさがこのレーベルから生まれた諸作の美
点である。「完全なジャズになりきれていない」「ピアノならクラ
シックに名曲がいくらでもあるではないか」といった「本格的でな
い」ことへの(しかし音楽における本格的なありかたとは?)物足
りなさを感じることはあるかもしれないが、まさにそのような伝統
や様式化され完成された形式にとらわれない音楽の新しさこそが、
WHをはじめとする新しいインストゥルメンタル音楽の興隆の原動
力ではなかっただろうか。
▼ノンジャンルを売る、ということ
ノンジャンルが売り、ということ
WHからリリースされたディスクには、楽器の種類や編成から見て
次のようなものが多く、このレーベルを特徴づけている。
・楽器自体が珍しいもの
ハンマー・ダルシマーやスティール・ドラムなど
(マルコム・ダルグリッシュ、アンディ・ナレル)
・楽器も編成もポピュラーだが音楽がオリジナルであるもの
ピアノ+ヴァイオリンでジャズ的即興性を持った音楽など
(ダロール・アンガー&バーバラ・ヒグビー)
ピアノ+オーボエで同様にオリジナル作品を演奏するもの
(アイラ・スタイン&ラッセル・ウォルダー)
・楽器はポピュラーだがその組み合わせが異色であるもの
ギターとマンドリンという同質な響きを持った楽器のデュオなど
(マイク・マーシャル&ダロール・アンガー)
・そして、ソロを主体として独自の音楽を確立したギタリストや
ピアニストたち。
実際のところ、こうした音楽をいきなり売り出すことは非常に難し
いように思う。ジャンルというワクに収まりにくい物はレコード店
頭で継子(ままこ)扱いされてしまうのだ。<どのコーナーに置け
ばいいのか><どう売ればいいのか>という音楽産業の問題だ。し
かしこうした音の実験をなし得るオリジナリティを持った音楽家の
作品を発表し続けるということで一度評価を得ることになったWH
からのリリースであるなら、もはやひとつのカテゴリであるWHの
コーナーに入れておけばいいのだ。WHだから、ということで売れ
た、そして筆者自身も知りえたディスクは、数多い。
こうしたノンカテゴリの音楽をレーベルイメージという強力なバッ
クアップで広く流通させた功績は、あまりにも大きい。この点につ
いてはあまり触れられることはないようだけれど、特定のマーケッ
トを最も想像しにくいノンカテゴリ音楽で成功したことは、いくら
強調してもいいことだと思える。
▼ディスクガイド
■ フィリップ・アーバーグ Philip Aaberg
■ ウィリアム・アッカーマン William Ackerman
■ マルコム・ダルグリッシュ Malcolm Dalglish
■ インテリアズ Interiors
■ アラジン(アローディン)・マシュー William A. Mathieu
■ ショーンヘルツ&スコット Shonherz and Scott
■ アイラ・スタイン&ラッセル・ウォルダー Ira Stein & Russel Walder
■ リズ・ストーリー Liz Story
■ ミニマリストとしてのジョージ・ウィンストン George Winston
■ ウィンダム・ヒル・ディスコグラフィ The First 100 Titles
・h o m e・