アンビエントとはなにか、を考えるときに、ミュージシャンが自身の音楽を何と呼んだかということが重要なヒントを与えてくれることがある。それについて、ハロルド・バッドはどうしたか。そもそも、彼自身、アンビエントを指向していたのだろうか。ハロルド・バッドが将来2枚のアルバムで共同作業をすることになるブライアン・イーノは、この問題含みの音楽用語である「アンビエント」を、ジョン・ケージの著述から再発掘して、『ディスクリート・ミュージック』などの諸作を生み出したのだったが、バッドの音楽はイーノよりもずっと以前から、アンビエント的であったし、比較的近作でもそうあり続けているものがある。 実際のところ、筆者は彼がアンビエントという言葉を自己の音楽を説明するときに使ったという例を知らない。バッドはそうする代わりに"radical simplicity"という言葉を用いている。また、「作曲とは無駄なものを取り除いていくこと」*とも語っている * 「キーボード・マガジン」1992年4月号、"By the Dawn's Early Light" リリース時のインタビューより。 ラディカル・シンプリシティつまり「極度な単純性」とだけ呼んでいるのだから、単純でありさえすれば大音量のギター・リフでもなんでも良かったはずだけど、その言葉には大きな音や攻撃性を含めた劇的な要素を排除する意味も含まれていたであろうからこそ、こうして現在アンビエント呼ばわりされることになったのかもしれない。それにしても、この超便利な言葉をすり抜けていくバッドの音楽の全体を見渡すには、すべてのナイスな音楽家にその必要があるように、複数のキーワード、切片を用意したほうがいい。 アンビエント的なものを、全体から抽出し特化し、そうでない要素はそれとして把握することが、少しでも彼のミステリアスな響きへ近付くことを可能にするのではないか。 ▼ハロルド・バッドをめぐるキーワード ・ピアノ ・点描と線描、彩色の構成美 ・粒子の運動 ・旋律と背景の融和 ・舞台空間の設定 ・室内楽 ・朗読された詩 |