Harold Budd
The Serpent(in Quicksilver)・Abandoned City

(All Saints 1981,1984)






引き伸ばされた時間、空間に満ちる粒子


「パヴィリオン〜」に続く1981年作品「サーペント」と84年の次作「アバンダンド・シティ」が92年、オーパル・レーベルが発展解消されたオールセインツ・レコードからCD1枚へのカップリングの形で再発売された。「サーペント」はピアノ・ソロやギターとピアノのデュオなど小編成で、後者はあるギャラリーでのインスタレーションのために作られた、シンセサイザーによるドローンが主体のアルバム。


The Serpent

前作"Pavilion of Dreams"の浮遊する空気感はここにも現出する。沈黙と、点描と、持続する旋律線の配置の美学という共通点を受け継いでいる。この作品でも、ペダル・スティール・ギターやフェンダー・ローズなど、従来の「西洋音楽」の伝統という呪縛から離れた音素材が慎重に選ばれていることに注目したい。歴史的文脈という根のない楽器。カテゴライズされることの拒絶。匿名的で、ルートを持たない音楽。でも誰が聴いてもバッドの音楽。フュージョンというすでに歴史になってしまったジャンルに多用されることとなったエレクトリック・ピアノのあまりにも意外な使い方が聴かれた「パヴィリオン〜」だったが、楽器の持つ固有のイメージをこうしてあっさり白紙撤回することは、彼の音楽に一貫して見られる才能だ。

すべての曲に共通するのは、演奏時間の短さと、長い残響である。ピアノのペダルを踏んだまま演奏を続けると、過ぎ去ったはずのフレーズが残像を長く引く。コードが変わることによって響きは濁るため、普通そのような演奏はしないものだが、バッドは残響を一種のオブリガート(主旋律に副次的に寄り添う旋律)と捉えているかのように、エフェクタを用いて美的な残響を再現している。いつまでも聴いていたい緩やかな音の減衰。

Abondoned Cities

それぞれ20分前後の長い2曲が収められている。2曲に共通して、響きはドローン(旋律的ではあるが)が支配的で、止むことのない流体のような姿をしているが、浮遊感とは別の何かを感じるのは、低音を中心に据えた重心の低い音作りによるのだろう。曇り空を思わせる暗い色調の音楽である。"Dark Star"では、旋律的ドローンに対して上下に交差するような音型をざらついた感触のギターが繰り返す。この間欠的で低い音域のギターは、旋律と呼ぶべきものなのか。それ自体が「場」を作り出すバッドのドローンを補完するほどの役割のものなのか。

"Abandoned Cities"では、旋律性はさらに後退している。ごく控えめな、くぐもったエレクトリック・ピアノのような音が、先のギターとは対照的にほとんど点描に終止しており、こうした鍵盤の扱いは、ブライアン・イーノの「サーズデイ・アフタヌーン」やずっと後の「ネロリ」に通じるものである。ピアニストとしてハロルド・バッドを聴くと、ごく短い即興的な一節にもこの個性的な音楽家の響きが刻印されていることに気づかずにはいられないが(「パール」「プラトウ・オヴ・ミラー」のピアノが、バッド以外の誰でありえるのか?)、ここまで単音で、ぽつりぽつりと音を置いていく音楽のデザインにあっては、音楽全体が何かの「背景」に回ることになる(前述のように、これはインスタレーションのための音楽なのである)。この曲を聴くと、ハロルド・バッドの音楽には、非表現的であることを目指したいわゆる「アンビエント」的なものがいかに少ないか、思い起こされる。




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