Brian Eno
Discreet Music
(Editions EG,1975)EEGCD 23
「断片的聴取を可能にする機能性音楽」
とは言っても、
そこはイーノのこと、機能に終始するつまらない音楽のはずがない。
"discreet"は「控えめな」「目立たない」の意味。この音楽は、そ
れではどう目立たないかと言うと、音色、音量、音楽のプロセスの
すべての意味において。このアルバムそして多くのイーノのアンビ
エントを特徴付けているのが、<均質さ>だ。このアルバムや『エ
アポーツ』のように長いアンビエント作品のドラマを排したゆった
りとした響き、それに『ミュージック・フォー・フィルムズ』『オ
ン・ランド』のように比較的短いアンビエントなら、一曲にひとつ
のテーマや音色を限定しているといった意味での均質さだ。
均質であることとアンビエントの関連については、こういうことが
言えると思う。まず、イーノ自身の言葉を引くと、
(引用者註:これはトップページのエピソードの続きとして読むことができる)
外は激しい雨で、音楽は雨音ごしにほんのかすかにしか聞こえなかった。−
一番大きな音の部分だけが、小さな水晶のように、音の氷山となって嵐の上
から突き出している。
ブライアン・イーノ/山形浩生訳
『A YEAR』(PARCO出版、1998、p486より引用)
たとえば大好きな音楽がごく小さな音量で時々聞こえてくるなら、
もっとボリュウムを上げたくなるかもしれない。周囲の音は邪魔だ
し、なにより音楽を聴こうとしているのだから。
曲が音量的に盛り上がりを見せる場面だけ(つまり意味は違うがま
さに「氷山の一角」のように)聞こえてくるというのが普通の音楽
なら、イーノは、音楽自体に音量の変化を持たせるのではなく、周
囲の音環境の変化によって聞こえたり埋没したりする音楽を作った。
それがつまり、どこを切っても同じように聞える(が実際は決して
そうではない)音楽という形を取ることになったのだろう。
タイトル曲「ディスクリート・ミュージック」は、管楽器のような
音(いく種類かある)による息の長いフレーズが繰り返されて、そ
の組み合わせが瞬間ごとにいくつものヴァリエーションを生み出す
という、後の『エアポーツ』と同様の響きの感触を持っていて、総
じて均質なこの音楽が、先の「氷山」のコンセプトに合致している。
そしてBサイドの音素材は、『パッヘルベルのカノン』、あの有名
曲である。誰もが聴いたことのある出だしのフレーズどおり曲は始
まるけれど、いつまでもその部分の繰り返し(ディレイやエコーに
よるプレイバックにより生じる結果だ)に終始する。この盛り上が
りと原曲の展開を除去した「パッヘルベル」、それは言うまでもな
くどこを聴いても聴かなくても均質である音楽という、タイトル曲
であるAサイドとの共通項である。
この曲をちゃんと聴きたいなら、いつまでもイカせてくれないもど
かしいイーノ版ではなく、原曲のほうが当然いい。問題は「ちゃん
と」「本来の展開を」聴くかどうかである。有名な旋律が使われて
いるだけについ展開を期待してしまうという私たちの耳の習慣を考
えさせる。また、断片化と均質化というアンビエント的聴取の発想
がそんな「慣れた耳」を異化させてしまうことを同時に気付かせて
くれるという点で、イーノの作品中最も興味深いもののひとつだと
思われる。
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