Steve Reich's Musical Language


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His musical language ; the ways of enjoyment

スティーヴ・ライヒの音楽語法


ライヒの作曲のプロセスが精緻なものであることは音を聴けば想像がたやすい
けれど、作曲手法、アイディア自体の多くは短い言葉で説明可能な明解で、し
かもそれは「可聴なもの」(ライヒ)なのです。自身が60年代の作曲につい
て「隠された構造を使うことに魅力を感じたことはない」* と語っていること
からはっきりと読み取れるように。

*"Music as a Gradual Process" (1968)より。

キーワードの配列はおおよそ出現順になっており、複数のアイディアの組み合
わせから成り立つ作品ももちろん多く、互いに影響し合ってひとつの作品が成
立していることを見て取る面白さがあります。関連する作品名はディスクガイ
ドへリンクしています。なお作曲の手法以外にもライヒに特徴的な響きの形な
ども合わせて取り上げています。







◇漸次的位相変異プロセス

漸次的というと難しいけれど、色彩に関連して使われる「グラデー
ション」つまり徐々に生じる変化のこと。縦の小節線で区切られた
リズムではなく、連続(アナログ)的変化を意味する。当初二つの
人声のテープループで実験されて、作品として実用化されたものが、
『イッツ・ゴナ・レイン』や『カム・アウト』。その後生演奏のピ
アノによる『ピアノ・フェイズ』や『ヴァイオリン・フェイズ』な
ど、新たな素材が加わった。これまでの西洋音楽にはない、ズレと
いう方法が器楽的にも可能だということが証明された。が、演奏は
非常に困難なこともあって、手法としては非常に重要だけれど作品
の数が多くはないことは残念。このフェイズ・シフティングを用い
た最高の成果が、『ドラミング』。

漸次的(gradual)を強調してきたライヒ。彼はこう説明する。

ブランコを引き、手を放す。だんだんと揺れが止まるのを観察する...
砂時計をひっくり返し、砂が落ちていくのを見る...
波打ち際に浸した足を、波と砂が埋めていくのを見て、感じて、聴く...
漸次的なプロセスを持つ音楽を演奏し、聴くことは、こういったこと
に似ている

Reich, Steve "Music as a Gradual Process"
"Drumming"他収録CD(Deutsche Grammophon,1974 所収) より引用者が訳出。

|関連作品|
It's Gonna Rain
Come Out
Piano Phase
Violin Phase
Drumming



◇副音形

フェイズ・シフティングによるズレながら繰り返される音の断片を
聴き続けていると生じる、演奏されていなければ楽譜にも記されて
いない、聴覚上現れる新たな響き、フレーズ。それをライヒはこう
呼ぶ。副産物ということだろう。
副音形は、後にそれをさらに楽器でなぞって強調したり、そのため
に楽譜に記されたりもした。

|関連作品|
Violin Phase
Phase Patterns



◇加算プロセス

「漸次的位相変異プロセス」の次に続く形で現れた手法。これはア
ナログ的な無段階の変化ではなく、はじめから音符一つ分ずらすこ
とと関係がある。記譜可能なリズム構造の上に、ひとつのフレーズ
を置いていくのだが、その過程にはリズムのサイクルごとにひとつ
ずづフレーズを構成する音を出現させて、徐々に完成させていくと
いう方法。すべての音が揃ってから、新たなフレーズの一部を提示
して、以下繰り返し、というプロセスが基本。

|関連作品|
Music for 18 Musicians
Music for a Large Ensemble
Octet (Eight Lines)



◇耳で聴く合図/楽音としての合図

アフリカのガーナにパーカッションを勉強するために滞在した時の
体験や、バリのガムラン音楽の影響などから、音楽が次のパートへ
移る際、曲中に音楽の一部として組み込まれた合図を、ライヒは自
身の音楽に取り入れた。あらかじめ書かれた楽譜に従い、合図に音
が使われることのない西洋音楽、つまり指揮者を見つめる息詰まる
瞬間とは対照的な音のサイン。音楽のリズムとは独立したサイロフ
ォン(鉄琴)などによるその響きは、背景の音の流れにあっては楽
音として非常に目立つけれど、まさにそのことによって美しい合図
だとも思える。
「それが音楽の一部になっている」、という言い方ではまだ足りず、
それはとても「音楽的な際立った響き」である。次への期待感と、
鮮やかな変化の美しい前兆。
この合図を聴きながら演奏することは、演奏者にとっても魅力的な
ものではないだろうか。

なお、このアイディア採用より以前の作品『フォー・オルガンズ』
のマラカスの定量リズムは、音の持続時間を演奏者が知るためのマー
キングのようなもので、これはある意味で音の合図の先駆、プロト
タイプだと考えてもいいだろう。

|関連作品|
Four Organs
Muric for 18 Musicians
Music for a Large Ensemble



◇息の長さのフレーズ

これはあまり目立たないライヒの音楽の特質であること、筆者の知
る限り作曲者がこれについて多くを語っていないこともあって、少
し心もとないけれども、気になる。70年代後半から80年代初期
にかけて、より大きな編成での作品が現われた頃の作品によく聴か
れる音がある。
それは細かい、速いパッセージの背景で鳴っている、数小節にまた
がる息の長い旋律、いや旋律と呼ぶには動きは小さい、断続的なド
ローンのような響きだ。それらにはフェイドイン・アウトするとい
う特徴があって、76年の『18人』での管楽器の波のように繰り
返されるパルスとも似ている。
この長いフレーズについて書かれたものを探すと、ライヒ自身が
『大アンサンブルのための音楽』のライナーでこう言っているが、
関係があるかもしれない。

The use of four trumpets continues my interest in the
human breath as the measure of musical duration, since
the chords played by the trumpets are written to take
one comfortable breath to perform.

「トランペットのコードが演奏するのに自然な一呼吸に合うように
書かれている」「音楽の持続の単位としての人間の呼吸、というも
のへの興味」(引用者訳)とあるが、寄せては返すフレーズの波の
心地よさは、まさにこの呼吸という単位によるものだろう。

|関連作品|
Music for A Large Ensemble
Variations for Winds, Strings, and Keyboards
Mein Name ist...



◇ヴォーカル/ヴォイス

声を、歌詞を持たない楽器として扱い始めたのは、一般的な意味で
『ドラミング』からだけれど、そもそもの始まり『イッツ・ゴナ・
レイン』
の素材も言うまでもなく言葉、つまり声だった。その後
『テヒリーム』ではじめてテクストを持った全面的な歌が出現して、
『砂漠の音楽』へと引き継がれる。
その後は長いテクストではなく、言葉の持つ意味を部分的に残しつ
つ、言葉の抑揚、音高を旋律として扱い、それを強調するために楽
器でなぞることになる『ディファレント・トレインズ』『ザ・ケ
イヴ』
など(次項参照)を経て現在へ至っている。

言葉のループを組み合わせてうねりを発生させること、意味を持っ
た歌詞を持つ歌、楽器としての声、旋律としての言葉というように
短いものから長い旋律そしてサンプリングした短い言葉というよう
に、長い作曲のサイクルを経て言葉と声の音楽のなかでの在り方を
追及してきたライヒ。
ライヒのどの創作時期にもヴォイスとヴォーカルは現われる。

|関連作品|
文中の各曲を参照。文字がリンクしてます。



◇ヴォイス・サンプリングと旋律

言葉本来が持つ音高の関係(アクセント)を旋律として捉える。最
初期の『イッツ・ゴナ・レイン』『カム・アウト』が言葉の断片
をループしてそのまま提示したもので、その発展形として近作では
旋律としての言葉という点を強調するために、楽器が言葉の音程を
なぞったり後から模倣したりする手法が取り入れられた。『ディファ
レント・トレインズ』
が最初のそんな作品。一人の話し言葉を部分
的にサンプリングするこの曲での言葉は、つまり単旋律だ。
初期作品では言葉のテープループを同時再生させ、カノンを発生さ
せたのに対して近作では、漸次的から定量的なズレへと変化したと
いうことになる。これはライヒの器楽作品での創作過程とも一致す
ることだ。
ライヒのこのような手法のシフトは、演奏が困難だったという理由
があるというが、演奏上の問題はテープやサンプラーの操作では解
消されることを考えると、それは副次的なものに過ぎないのではな
いかと思う。

|関連作品|
文中の各曲を参照。



◇パルス

あまりにも基本的なキーワード。つまりビートだ。ライヒの作品の
根幹は「僕の作品アイディアはリズム指向から来ていることは明々
白々」* とのこと。一般には理解されないところまで行き着いた前
衛音楽にも内在するビートはあるはずだけれど、ライヒがそれを全
面に出したこと、裸のビートの音楽を作ったこと、そして音楽の推
進力としてパルスを明確に位置付けたことが、彼の音楽が同時代で
ある現在にいたるまで与え続けている影響の最大のもののひとつだ。

*『ur No.2』(ペヨトル工房,1990)p57より。

|関連作品|
ほとんどすべての作品。



◇アーチ構造

曲の構成がABCDCBAなど、見てのとおりのアーチ型。
『18人の音楽家のための音楽』以降、頻繁に現れる。


|関連作品|
Music for a Large Ensemble
Octet (Eight Lines)
The Desert Music
他多数。



◇緩徐楽章

アーチ構造は、クラシック音楽でいうABAの構造、つまりこれは
一般に曲の速度指定のことである。ごく大ざっぱに言えば、例えば
3楽章で出来ている曲は、<急緩急>が普通だ。
ライヒがこの構造を本格的に採用し始めたのは、自作の中でこの緩
徐楽章を取り入れるようになったことと無関係ではない。一貫して
スピードを求めてきたライヒにとっては、大きな転換だった。多楽
章の音楽を書くことで緩徐楽章を取り入れたのか、緩徐楽章を書い
たことが多楽章形式へと導いたのか。
『テヒリーム』のパート3について)「学生時代からしても私が
初めて書いた緩徐楽章である」(作曲者によるライナーノーツより)
とわざわざ述べているくらいに、意識的なことだったようだ。

|関連作品|
Sextet
The Desert Music
および近作の多くに顕著。他に楽章の構成がアーチ構造による作品。



◇ライヴ・エレクトロニクスとライヴ演奏
(『カウンターポイント』シリーズ)

'counterpoint'は音楽用語で「対位法」。伴奏対旋律の音楽に対し
て、対位法とは複数の旋律線が交錯する音楽。ある意味では複数の
音楽の線が対等の立場を持ったものということになる。有名どころ
ではバッハなどの音楽だ。
ライヒは『エレクトリック〜』『ヴァーモント』そして『ニュー
ヨーク』
の三つの『カウンターポイント』作品をこれまでに書いて
いる。これらに共通する、あらかじめテープに録音された複数のパー
ト(概ね10声部ほど)に、ライヴ演奏を乗せるという手法。



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