Re: 箸墓にこだわるのはわかる気がしますが

投稿者[ 牛頭天王 ] 発言日時 [8月24日(土)00時47分08秒]

元の発言 [ Re: 箸墓にこだわるのはわかる気がしますが ] お名前 [ ちょっと一服 ] 日付 [ 8月23日(金)19時08分10秒 ]

>>
>> >>倭国においてAD180年くらいに長年、戦争状態があった訳です。

>>
>> この戦乱が収束して直後から,古墳の築造が始められた,
>> という組み立てでしょう。

「國大人皆四五婦、下戸或二三婦」「國多女子」というのも戦乱の後遺症でしょうか。
戦いの為、男の数が少なくなっていた?

直後からというのは無理でしょう。
戦いが終わってもしばらくは再発の恐れがあり疑心暗鬼の状態が続く筈です。
どちらかの一方的勝利と言うことでなく卑弥呼を実権のない王に祭り上げる事で妥協した訳ですから。
徳川などは将軍の座について三代目になってから敵対した大名の力を削ぐ為、大名に普請を命じいろんな土木工事をしましたが
豊臣を滅ぼしてすぐにはやらなかった筈です。

>> >>この間は大きな古墳を作る事は不可能でした。卑弥呼の時代も狗奴国
>> >>との対立があり大きな古墳は作れなかった。

>> 狗奴国との対立上,大きな墓を作る必要があったかもしれませんね。

砦を築くとか環濠を補修する方が先でしょう。

>> >>卑弥呼の死後も内乱が発生し、壹與が女王に就任するまでは国内が安定
>> >>しなかったので大きな墓を作る客観情勢には無かったのです。

>> 内乱については,小規模説もあり,検討が必要です。

>> 箸墓については,もともと二代目である台与(壱与)の墓とする仮説があります。
>> この場合には,倭人伝の台与(壱与)=日本書紀のヤマトトトビモモソヒメかな。

>> # 台与はトトと読めたりして・・・(^◇^)

台与が4世紀まで生きのびていれば可能性は無くもありませんね。

>>
>> では,初代の卑弥呼とは,となると,ミホツヒメが,
>> 九州から畿内(三輪)へ移っているかもしれないですね。
>> この場合,ミホツヒメが卑弥呼の候補の一人となりますが,
>> しかし謎につつまれています・・・。

>> ミホツヒメとモモソヒメとは,大物主神と縁があります。

天孫族の姫じゃないですよね。出雲との関係が強いですね。

>> いずれにしろ,
>> 邪馬台国とは,あくまで畿内の大和(三輪)と考える組み立てになります。
>> が,初めは九州にあった,とする推理も可能ではあります。

>> そこで,九州における「故地」は何処か,ということになると,
>> 奴国というのが,女国に同義とも考えられるから,奴国であろう,とか,
>> 甘木説とか,伊都国説とか,いくつかありますよね。

東征の主体が何処にあったのかまではまだ考えがまとまっていません。


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