元の発言 [ 民衆的?鬼道 ] お名前 [ たかとり ] 日付 [ 5月13日(月)23時19分02秒 ]
馬頭鬼さん、たかとりさん、こんにちは。
馬頭鬼さん>> 鏡自体道教には、あまり意味無いようなイメージがありますけど?
道教の中心が神仙思想であり、方格規矩鏡や神獣鏡の模様や銘文が神仙思想そのものなのですから、鏡は道教思想そのものによって大量生産されていたといっても良いのではないかと思います。道士が鏡を持って修行する話もあると聞きます。
道教が成立する以前の初期の鏡には当てはまらないでしょうけれど、すくなくとも漢代以降は、たかとりさんのおっしゃる通りだったのではないかと思います。
そういった意味では多紐細文鏡は違いますね。鏡ですから映すとか太陽とか、そういった思想はあるのでしょうが、中国の道教とは違うイメージです。日本にも多紐細文鏡は出土していますが、しかし卑弥呼がもらったのは魏の鏡なので、多紐細文鏡ではなかったはずです。
「卑弥呼の祭っていた神」ですが、多神教であれば、北方シャーマニズムや海神も取り入れていたでしょうし、その頃中国で流行っていた道教も取り入れていたのだとおもいます。どこの影響がいちばん強かったのでしょうか。
馬頭鬼さん>> 北の信仰シャーマニズムですよね、気になるのは。
私も「もののけ姫」を見てそんな印象を持ちました。しかし魏志倭人伝にある卑弥呼の社会は南方系のイメージです。よくわかりません。
馬頭鬼さん>> これが、結構多いと言う事は、北と南のかなりの人間が交じり合っていたということでしょうか?
馬頭鬼さん>> 縄文時代から。
そうなんですよね。そういうことですね。なんだか難しいです・・・。
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