聖杯戦争。それは7人のマスターとサーヴァントが万能の力を持つ杯を求めて最後の一組になるまで戦い合う儀式。日々を普通に生きている者ならば名前さえ一生聞くことはない。半人前にさえなっていない魔術師にとっても同じはずだった。しかし、衛宮士郎(変更不可)は知らぬ間に巻き込まれ、出会ってしまった。銀光に照らしだされた見ほれるほど美しい騎士に。果たしてその口が運命を紡ぐ。
「問おう。貴方が、私のマスターか」
不世出の同人ソフト「月姫」を作ったTYPE−MOONが商業化を果たしてのデビュー作。初回特典は封印処理のされているネタバレ全開の設定本Fate/side material。いかに誘惑に弱い人であってもコンプリートまで見ない方が良いでしょう。それぐらいの容赦も遠慮もないネタバレっぷりですので。
購入動機はやはり「月姫」が非常に楽しめたから。例え当初の予定通り、同人による発売であっても迷うことなく手にしていたと思います。
システムはパッケージによると伝奇活劇ビジュアルノベル。早い話がジャンルとしては「月姫」と同じ。というか、全体のフォーマットとして明らかに同じ制作者(チーム)であるという姿勢がどこまでも貫かれています。それはもう、間違えようがないくらいに。
足回りは一点を除いて非常に優秀。他のゲームにも稀に見られることですが、画面デザインやその動作といった雰囲気からして安定度が漂っています。
メッセージスキップは二段構え。通常のスキップは既読未読を判別した上で標準以上の速度を実現、各種エフェクトも高速化しています。もう一つはシーン単位でのスキップ。本作では各シーンごとにミニタイトルがつけられていて、シーンが切り換わるごとに飛ばすかどうかの選択が可能になってます。「いいえ」と答えれば通常に復帰、再びシーンが切り換わる時になると選択肢が出現、という流れ。もちろんコンフィグで設定可能です。
メッセージの巻き戻しは別画面で行います。ホイールマウスにも対応していますが、残念なことにほとんど戻ることができません。ビジュアルノベルでボイスなしのゲームにしては脆弱な機能かと。ちなみにシーンスキップしている場合はその部分の内容を読み返すことはできません。あくまで操作の過程を振り返れるだけ、という感じですか。
鑑賞系の機能はわざとなのか、充実とはほど遠い印象。Hシーン、エンディング、タイガー道場など回想モードはほとんどありません。あるのはムービーとプロローグくらい。さすがにこれら全てをセーブデータで用意するのは手間隙がかかりすぎるように思います。もうちょっと考えて欲しかったところ。
シナリオは圧巻の一言。平均プレイ時間60時間に相応しい中身が詰まっています。驚いたことにこれだけの分量を用意しながらシナリオが3本しかありません。数があればいいというものでもないでしょうが、作り手としてよほど自信がなければこんな少ない本数にはできないのではないでしょうか。
テキストは世界観の共有もあってか「月姫」と似た雰囲気を持っています。よってプレイした人にとってはそれが良い参考になるかと。良いイメージの残っている人は問題なく入っていけるでしょう。
日常会話はキャラクターの生き方のスタイルが伝わってくるようなものが多く、ただ読んでいるだけで楽しい印象を受けました。魅力あるキャラクターが活き活きと躍動しています。しかし、どのシナリオも中盤以降は一部のキャラが退場したままであるのは(メインは戦闘描写であるため仕方のないことだとしても)残念に感じました。
その戦闘描写は画面エフェクトとの組み合わせもあって非常に緊張感あるものに仕上がっています。かなりの数が用意されているにもかかわらず、全編通して戦闘シーンに飽きる、ということはありませんでした。
主人公とヒロインが惹かれていく過程は微妙なところ。というのも主人公はヒロイン2人に対し最初から惚れているも同然、さらに残る1人は一目惚れなので。反面、ヒロイン側の方は「なぜ惹かれたか」がしっかりと納得がいく形で描かれていて好印象を受けました。
物語の構成も実に巧み。特に1本目と2本目のシナリオは思わず唸るほどの完成度を誇っています。反面、気になったのは3本目。1、2本目のシナリオと違った展開を用意する、3番目のヒロインのシナリオであると同時に本作のオチを担うシナリオでもある、など複合的な理由が合わさったせいか明らかに劣って見えるのは残念なところ。
選択ミスによる唐突なバッドエンドが多い本作。そのための救済コーナー(?)としてタイガー道場なんてのも用意されてます。こんなあたりも「月姫」と同様。その中身はやはりシリアスとは縁遠いギャグトーク。全部で30もあり、それなりに繋がった流れもあるので予見できながらも即死選択肢を選びたくなるという、ある意味で困ったモノ。ちなみに世界観を壊したくない人のためにキャンセルも可能。
CG。もしかしたらここが商業化にあたって最も劇的に進化した部分かも知れません。それくらいの美しい仕上がり。
イベントCGは様々に考えられた構図の戦闘シーンが強く印象に残ります。さらにその使い方も秀逸。ただ表示するのではなく拡大したり、角度を変えたり、カメラの動きを螺旋状にしてみたりと見せ方に様々な工夫が凝らされています。
立ちCGは驚異的な枚数が用意されていて、その種類の多さに圧倒されます。喜怒哀楽もひとつずつではなく、それぞれの感情が複数用意されていて実に見応えがありました。人物だけでなく、時間差で落ちたりする瓦礫などにも本当に感心。
背景も思わず見ほれるほどの美しさ。カットごとに街の違った顔が見える、といったような構図や色彩の違いがあるのは二重丸。
音楽は当然のことながら「月姫」に比べて曲数がぐっと増えています。その中でも、やはり戦闘シーンに関するものに力が注がれているように感じました。印象に残りやすいということもあると思いますが。微妙に気になったのは無音のシーンが結構あること。効果音を聞かせようとしている訳でもないようで、どうもこの無音の意図がわかりませんでした。
ボイスはなし。これは正しい選択。なにせない状態で60時間ですから、収録しようものなら3桁突入でしょうか。声優さんは電話帳数冊分の台本を持ってアフレコへ?
まとめ。2004年屈指の作品。実際には数年に一度にしか出会えないであろうレベルの作品かと。不満がない訳ではありませんが、それを遙かに上回る長所が光ってます。もし今年、本作に比肩しうる作品に出会えるなら2004年は間違いなくエロゲーユーザーにとって幸せな年でしょう。
お気に入り:セイバー、イリヤ、藤ねえ
評点:85
以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。
1、セイバー
人間の心理としてないからこそ欲しくなるのがグッドエンド。いかにあれだけ綺麗な終わりを見せられても士郎ほど人間が出来ていない私は未練たらたらな訳で。とはいっても新設定や抜け道がないと凛シナリオのグッドエンド以外のエンディングは見いだせないんですけど。
実際、セイバーシナリオは他に採るべき方策がなかったというのが本当ですからねぇ。セイバーがサーヴァントにならずに済むのでなければわざわざ死ぬために帰る意味もありませんし。士郎は少女の願いをかなえるべきだったのかも、とは考えてはいますけど、その方法が(くどいようですが凛シナリオの方法以外には)ないですからねぇ。聖杯飲ませてギル様みたいになっても困るし。
セイバーはやっぱり食に関するイベントが一番面白かったです。空腹を指摘されて赤くなったり、いつの間にか士郎の食事に強く依存している自分に気付いて呻いたりと普段の凛々しいイメージと正反対の姿が良かったです。あとはイリヤやランサーに突っ込まれてうろたえるところも。
立ちCGは湯上がりセイバーにほれぼれとしてました。何度も何度も見ましたよ。1回だけとはもったいないことです。
2、遠坂凛
魅力あるキャラクターではあるんですが、セイバー贔屓の私はどうにもシナリオの流れ自体がその出来とは別に微妙でありました。恐らくはセイバーシナリオで主役は士郎とセイバーという感じで見ていたせいだとは思うんですが、どうもすっきりとしなくて。コンビとして認識していたがゆえにそれが崩れて進んでいくのはどうも得体の知れない不満が溜まっていく感じでした。まぁ、桜シナリオほどではありませんけど。
思うに立ちCGでの反応なんかも可愛らしい凛が私にとってもう一歩ピンと来ないのは彼女の存在が便利すぎるからではないかと。いつでもどこでもキーキャラクター。彼女なくして状況は打開できない。そんなジョーカーのようなところが馴染めないのかも。幻の4周目シナリオがあれば(イリヤに関するものでしょうから)やはり大活躍でしょうし。
3、間桐桜
ひとことで言えば琥珀さんタイプのキャラ。しかし、シナリオ中で本人の魅力を発揮するという意味においてはまるで違うキャラ。ラストを飾るという意味でも辛かった。人間慣れというものがありますから、後に行けば行くほど高い期待をもってしまうというもの。加えてセイバーが奪われてしまうというのも桜本人とは(それほど)関係ないところでマイナスされてしまったのも厳しい。二重三重の意味で輝くに難しい布石が施されていたようにも見えます。ああ、不幸が似合うキャラ。
シナリオで気になるのは桜が序盤、まだマスターであるとはっきりとはわからない段階のモノローグで嘘をつくあたり。その内容は明らかに一般人のもので事情を知っている者の思考とはとても思えません。
誰しも感じる突っ込みポイントしてはやはり、セイバーに対してルールブレイカーを使わないことでしょうか。シナリオのテーマ的な意図として桜を得る代わりにセイバーを失わなければならないというのは理解できますが、それを納得させられるだけの状況にないのでは突っ込みたくもなるというものです。タイガー道場の凛のセリフに(セイバーを助けたければ)セイバーシナリオをやれ、というものがありましたけど、ユーザーとしての願望を書くならそれでは意味がないんですよ。奪われたから、それも自分のミスで奪われたから奪い返したい訳ですよ。まして、凛シナリオでも奪われているのだからその欲求は強いです。
あとこのシナリオは多くのサーヴァントが雑魚扱いなのがさみしかったです。特に小次郎が好きなだけにアレは。
4、イリヤ
タイガー道場第二部の最後で期待させるようなことを言っていたので蓋を開けた桜シナリオには大層ショックを受けました。こんなはずでは、とばかりに道場に復帰したのは笑いましたけど、そういう問題でもなく。全体の構成としても、桜をフォローする意味においても、なによりイリヤ本人のためにイリヤシナリオはあった方が良かったのではないでしょうか。Heavens Feel姿もいきなり過ぎて浮いている感じでしたし、最大の見せ場が凛シナリオのバーサーカーとの語らいという中途半端ぶりもどうかと。まー、そーすっとプレイ時間は単純に考えて80時間でちょっとアレですけど。
5、藤ねえ
藤ねえがどのシナリオでも途中退場でエンディングでも碌に出て来ないことに耐えられるのはタイガー道場があるからですな。あれがなければちょっと存在自体がもったいない感じは否めませんでした。
基本的に誰と絡んでも面白い藤ねえは密かなお気に入りです。
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