2022余所自作94『温泉に入ったら・増補分』

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「あの…嘘彼氏とは、どんな事をするんでしょうか?」
 ちょっとやめてくれ。そう言いたくなるのを抑えて省吾は夜空を見上げる。巨乳が横に並んでいた。綺麗な黒髪が軽く纏めた髪留めから零れ、そしてたっぷりとした質感の乳房の左右も旅館の手拭いから溢れている。緩く流れる湯気の揺らぎの中、無難な安い手拭いは白い乳房にぴったりと貼り付き、可憐な乳輪の色をはっきりと浮かび上がらせていた。晩白柚より大きな乳房は彼女が身動きする度に湯の中でたぷんたぷんと揺れ、真横に並んで座られた省吾に圧倒的質量を訴えてくる。
 凶器だ。多分乳フェチ相手ならばこの乳で彼女は天が取れる。声と同じ儚げで可憐な顔立ちと肢体をしておきながら乳房が凄い。だらしなさのない、だが重みによる絶妙な撓みを見せる曲線は会社で見るより凶悪であり、乳フェチでない省吾ですら揉みしだき吸い付きたい衝動に駆られる逸品が、薄布一枚で隠され…いや隠し切れていない。
「無防備過ぎ」
「はい?」
 彼女は脳内で素数を懸命に唱えている男の股間でいきり勃つモノの存在などない様にふわりと微笑む。この無防備さでよく今までハードセクハラの餌食にならずに済んだものだと呆れてしまう。
「希望はある?」
「はい?」
「偽彼氏にして欲しい事。通勤の…帰りを送るとか」
 小首を傾げながら例えを聞いた瞬間、彼女の顔が一気に赤く染まった。怒りとは異なる初心そのものの反応に、ぐらりと理性が倒壊しそうになり省吾は可憐な顔を盗み見るのも諦めて視線を限界まで逸らす。
 だが横で頬に手を当て僅かに身を捩る彼女の乳の圧力と、小さな声で恥ずかしがるそんなそんなそんなそんなと繰り返される逆上せた様な甘く上擦った声が砂浜での棒倒しに重機で抉り込むレベルの凶悪さで理性を侵してくる。早まったかもしれない。
「あの…、あの……、御一緒に…お茶を飲んでもいいでしょうか……?」
「……。はい?」
「私、ずっと素敵な男性と御一緒にお茶を楽しんでみたかったんです。お友達とは行けたのですが、成人すると皆お酒に移行してしまって…私門限でゆっくり出来ませんし、ですが仕事が終わってからですし、素敵な喫茶店をこの前見かけたのですが、送っていただけるのでしたらお礼にお茶に誘うのは許されますよね?」
 予想外に低年齢な内容と急に饒舌になったテンションの高さに思わず省吾は珍獣を見る目で彼女を見、そして湯の中で漂う手拭いを目にしてしまう。
 可愛らしいピンクとベージュの間の蕾が二つ。
 音が鳴り首が捻挫しかねない勢いで省吾は顔を背ける。ぴたりと身を捩っている動きが凍り、ふひゃあと間の抜けた小さな悲鳴が上がる。悲鳴まで可愛らしく緩いのは卑怯過ぎる。
 気まずい、それでいて何処か浮かれた沈黙の後、何度も言い淀んだ後、彼女が口を開く。
「偽彼女と言うのは、どの様な感じですか?」
「いやこっちには需要ないから。――そりゃあ、色々と出来れば助かるけど」
「色々と?」
「色々と」
 予想以上に危なっかしい彼女を何処から何処まで補えばいいのか判らず、湯の中で腕を組んで悩む省吾に、彼女も暫し悩んでいる様な沈黙が流れる。
「あの…。伺っても、いいですか?」
「どうぞ」
「男の人は、どうして女性の胸がお好きなんでしょうか」
「――知るかそんなの!」
 恐ろしく種の起源的な質問に思わず大声で喚いてしまった省吾は、酷く真面目な顔をしている年下の人の瞳に浮かぶ傷付いた色に、慌てて頭に手を乗せて撫でる。こんな事をしていいのかは判らないが、取り敢えず抱き締めていい関係ではないから仕方ない。
 男性陣の話では彼女の巨乳はとても人気があり、つまりエロいおかずに活用されていたり妄想や下衆な品評の餌食になっており、それを小耳に挟めばショックを受けるのは当然だろうし、当人に絶対に聞こえてこない嫌な噂は世界に存在しない。
「判らないんです。こんな邪魔な胸、みっともなくて、笑われて……」
「羨ましがられてる?」
「……。馬鹿にされます」
「放っておきなさい」
 長い間溜め込んでいた苦悩の行き場を持て余している様な傷付いた瞳に、成人女性ではなく傷付き易い思春期の少女を慰めている感覚を覚え、省吾は息を吐く。
「巨乳も悪くないよ?寧ろ好かれる」
「感度が悪くて可愛いブラジャーが売ってなくて馬鹿に見えてジロジロ見られて酔った人が絶対に絡んできます。大体感度なんて言われても、私だって乳首を抓ればきっちり痛いです」
「それ意識レベルの確認であって感度って話じゃないから」
 重傷らしい。
 頭を撫でる手が思わずわしわしと犬の毛を掻き乱すものになりながら、省吾は途方に暮れる。正直面倒臭いのに、それでも少しだけ甘えて拗ねた響きの籠もった声もずっと聞いていたい。
「誰にでもこの話する?」
「? いいえ」
 一瞬くすんと微かに小鼻を啜る音と自分を見つめる素直な瞳に、胸が掴まれた気がした。
「偽彼氏、ねぇ……」
「伊能さんがご迷惑なら、いいです」
 少し逃げ腰になっている彼女の臆病な空気に省吾は頭の上に乗せて撫でていた手を止める。
「何で迷惑だと思う?」
「馬鹿な子の彼役は……」
「偏見に満ち溢れているなぁ」
 はーっと長い溜息の後、三十代男は新入社員女の顔を覗き込む。
「少し悪戯していいかな。嫌だったり怖かったら、叩いていいから」

 無防備過ぎやしないだろうか。湯の中で膝立ちになっている省吾に向き合い同じく膝立ちの彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
「いつでも、どうぞ」
 声が震えている。
 ウエストの辺りまでしかない湯から出ている身体は、裸…手拭いすら当てていない。巨乳の重みで若干形が撓んでいる乳房はやはり大きく、だが万年雪の様な穢れのなさと肌理細やかさに湯から出たばかりの…いやそれだけではない羞恥の上気にほんのりと薄く染まっており、美しい。本当にしていいのかを迷ってから、省吾はそれに手を伸ばし、触れた。
「ぁ……っ」
 微かな、泣き出しそうなそれでいて甘く切なげな声が彼女の唇から零れる。
「男が触るの、初めて?」
「小児科のお爺さん先生が昔……」
「それノーカン」
 重みがあるのにさして形が崩れていないから張りが強いかと思いきや、そっと指先でなぞる乳房はとても柔らかい。壊れ物の様にそっとゆっくりと乳房を指先で撫でる省吾の耳に、彼女の詰まった吐息が聞こえる。男の手が掴んでもたっぷりと溢れるであろう淫猥な果実に指を食い込ませたい衝動が鎌首を擡げる、が、相手は恐らく初体験であろう天然巨乳娘なので臆病にしておいた方が無難だろうと省吾は推測する。当然、経験豊富などではなく聞きかじりである。ムッツリスケベの何が悪い。じっくりと、ひたすらじっくりと白い乳房をそっと指先で撫で回し続けると、彼女の唇からもどかしげな小さな声が漏れる。鈴を転がす様な声が甘く上擦り、小刻みに引き攣ったいやらしい声が耳から脳を逆レイプしてくる。彼女が小さく「あ……っ」と鳴く度に射精したくなる程の劣情が血管を駆け巡る。彼女の顔を見るのは少し気が引けて、しかしコンプレックスのある巨乳を凝視されるのは彼女の一番嫌がる所だろうから、どこを見ていいのか悩んでしまう…と、不意に彼女と視線があった。
「伊能さん……」
 頬を染めている彼女の顔はおっとりとした柔らかな雰囲気を残したままとても頼りなく戸惑っているみたいに見える。
「……。感度、物凄くよさげなんだけど」
 巨乳は感度が悪いという侮蔑を彼女自身が払拭出来る様に…と言うには役得が過ぎる反則行為もそろそろ打ち切らないとこちらの理性が不味いと思い、冗談めかしてお手上げをして省吾は魅惑の乳房から両手を離した。深夜の露天風呂に二人きりで、しかも妙にぎこちなく興奮しながら距離感は埋められない、これは拷問か。偽彼氏の提案は護衛や弾避けとでも考えて貰って、あとは安全な先輩に位置付けして貰うのが一番いい。声も聞けるし、少しはご縁がある。
「伊能さん…は……その…、紳士、ですよ…ね……?」
「臆病なだけだよ」
 面倒臭いのは避けたいだけなのかもしれない。据え膳食わぬは男の恥と言う言葉は知っていても同じ職場の女性に手を出すリスクは恐ろしい。それを踏み越えても手に入れる価値は十分にある声と乳房と顔なのだが、だが彼女が少し心を許しているのは明確な劣情をぶつけてこない男だからであって、これが恋愛に繋がらない事は省吾にも判っている。かと言ってもっと砕けたセックスフレンドや開発担当はもっとあり得ないだろう。それとも初心な振りをして実は遊んでいるのだろうか、その疑問は正直あり得るが、考えたくはない。
 ともあれ巨乳は感度が鈍い訳ではないと彼女が理解出来たのならばよかった。
「湯冷めするから、浸かりますか」
「そうです…ね……」
 お互い視線を逸らしながら、微妙な空気が流れた。

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