2022余所自作114『着替えを覗かれたのに』

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「どうなさったのですか?」
 からりと音を立てて大きく開かれた浴室の扉に省吾は反射的に片手を前に突き出した。
「偶然だから。これは、あくまでも偶然」
 夕方までの海水浴の後だと言うのにたっぷりと塗った日焼け止めのお陰か彼女の柔肌はほんのりと赤みがかっているだけでビキニの跡がうっすらとあるかないかだった。いや何を見ているんだと省吾は眼を逸らす。一応タオルで胸元を隠している彼女だが巨乳が過ぎて乳輪は完全にはみ出している。相変わらず美味しそうないい色合いの鴇色の愛らしい乳輪の間で谷間から両の頂の手前で終わっているタオルの位置を彼女は少し考えた方がいい。いやどちらかを隠せばどちらかが完全に露出するし中央線から離れれば下腹部が見えてしまうだろう。
「ご一緒に入られます?」
「内湯に同伴した記憶はない」
「露天風呂、ついていますよ?」
 少し恥ずかしそうに省吾の手をつんとつつく寸前で何度も揺らす彼女に、男は手を滑らせて彼女の大きな瞳を隠す。――男性諸氏がうっかり女の裸を見てしまえば当然起きるであろう自然現象は嫁入り前の、しかも好いてる男のいるお嬢様に見せるものではない。
「俺はこのまま露天風呂に行くから、天音さんはそのまま内湯を使って」
 夕日が沈む頃に唐突に熱射病か何かで倒れた彼女に、結局帰る機会を失った省吾は高級リゾートホテルに宿泊する羽目に陥っていた。門限もへったくれもあったものではない…とりあえず穏やかだが迫力のある支配人に承認的に彼女の介護を願ってみたが、医療スタッフ兼の従業員の軽い診察の後丁重に下がられてしまっている。宜しくお願い致しますと言われても何を宜しくすればいいと言うのだろうか。
「少しでも調子がおかしかったらすぐ言う様に。そもそも風呂も入っていいとは思えな……」
「でしたらご一緒に見張って下さったらいいのに」
 洗い場を露天風呂へと通り抜けようとした背中に濡れた髪がぺたりと触れた。それ以上に、むにゅりと柔らかな大きな双丘が当たる。
「こら」
「だって、ずっとご一緒なんて久しぶりです」
 虫避けセクハラ対策の偽彼氏への護衛相手からのセクハラはどう考えればいいのだろうか。
「先刻まで寝込んでいたんだから大人しくしていなさい」
「調子が悪かったので甘やかして下さい」
「……。判った」
 暫しの沈黙の後振り向いた省吾に恥ずかしさと期待の混ざった綺麗な顔立ちのお嬢様のきらきらと光る瞳が映った。脱衣所のタオル掛けにかかっている大判のバスタオルを掴んだ省吾はそれで魅惑的な身体を包み込み、彼女の身体を抱き上げる。そのまま寝室へ進む男に腕の中の白い身体が強張る。どう考えても処女で、そして逆らおうという意識はない、らしい。僅かに省吾を見上げ、そして困った様に視線を彷徨わせてキングサイズのベッドを見てしまい慌てて他へ視線を動かす様は、正直男として困るものがある。
 どさりと一度ベッドの上に彼女の身体を転がしてから空いている側のベッドカバーを剥いで彼女の身体を横たわらせる。
「ぁ……あの…部屋を…暗くしていただけますか……?」
「了解」
 ナイトテーブルにある照明のスイッチを全部消灯に切り替えた寝室は一気に暗くなり、広いバルコニーに面した南向きの開けたままのテラス窓からのまだ昼間の熱の残っている穏やかな夜風がふわりとレースのカーテンを揺らす。波音と星明かりに支配された広い寝室に、彼女の悩ましい白い身体が恥ずかしさにくねる。とても細くて頼りない囁きの様な声は甘えと怯えを絶妙に含ませた極上の蜂蜜声で、剥き出しのままの省吾のモノがびきりと天井へとより反り返る。
「あの…、あの……やさしく、おねがい…します……」
「判ってる」
 そう言い、彼女に覆い被さった省吾は、反対側に寄せていた掛布団をバスタオル一枚の身体にふわりと乗せた。
 暫しの静寂の後、こてんと彼女が首を傾げる。
「たっぷり甘やかしてあげよう。よく寝なさい」
「……」
 ぽんぽんと肩の辺りを軽く叩き省吾はにっこりと笑いかけた。何なら支配人に氷枕を頼むのもありだろう。とにかくお嬢様の…恐らくこの高級リゾートホテルの上客もしくは省吾の勤め先と根本で繋がっているグループ経営一族のお嬢様の身上に傷をつけてはいけない、と言うか巻き添えを必要以上に食らいたくはない。
「パソコン持って来ているけど天音さんが寝るまでは仕事しないから、安心して寝なさい」
「そおいうのとは違いますー!」
 期待を裏切ったのであろう裏返った声はとても元気で、軽く笑いながら省吾は更にぽんぽんと彼女の肩を布団越しに叩く。もおもおもおもおと声をあげながら男を見上げる彼女は拗ねた子猫そのもので、柔らかで軽い極上の掛布団でその悩ましい身体が隠れているのが正直有難い。社員旅行で偶然彼女と出会いその裸体を見てしまってからは愛らしい顔立ちに淫らな身体つきとそして直球で好み過ぎる蜂蜜声のせいで風俗に通うつもりにはなれずにいる。そんな困る状態を知らず隙あらば迫ってくる…のであろう甘えた素振りは毒としか言い様がない。甘えるならば好きな相手にやれと何度言っても聞きはしないのは、まだ婚約などの条件が揃っていないのだろうか?上流階級の都合など庶民の省吾の知る所ではない。
「……。甘やかしてくれるのですよね?」
「ん?きっちり線引きはするよ?」
 男の現在の股間事情は角度的に見えていないであろう彼女が布団から顎より上を覗かせながらじっと省吾を見上げてくる。
「腕枕、してください。そうしないと眠れません」
「……」
「枕が変わると眠れないタイプなのです。だから少しでも安眠出来る状況にしないときちんと眠れそうにありません」
 男の腕枕と言うのは処女のお嬢様にとって眠れない要素なのではなかろうか。
「あと、伊能さんも…全裸かバスタオル一枚でですよ?」
「何で」
「私がそうなのだから、お揃いじゃないと不公平です」
 食い気味の聞き返しに彼女が頬を膨らませた。
「それと、私がもし眠っても仕事しちゃ嫌です」
「いや…これでも仕事かなり忙しいんですが?」
「嫌です。駄目です。そうでないなら、私、わたし……」暫し熟考した後彼女が口を開く。「伊能さんのお仕事してる膝に顎を乗せてあむあむ歩かせていただきます!」
 それがどの様な状況なのか体勢的に想像出来ても意味が判らず省吾は固まる。
「あー…寝なさい。とにかく、寝なさい」その言葉に反論しかけたのか彼女がぱふりと掛布団を捲り上げた瞬間、その視線が省吾の下腹部に止まり、可愛らしい顔が耳まで真っ赤に染まった。何を見てしまったのか途方に暮れながら彼女の手から掛布団の端を取り上げ、省吾は白い身体の上に掛け直す。「風呂に入ってから添い寝してあげるから、それまで大人しく寝ていなさい」
 完全に収まりの悪いモノを風呂場でどうにかする決意を固めながら、真っ赤な顔で理不尽にも可愛らしく睨みつけてくる彼女の肩をまた掛布団の上から省吾はぽんぽんと軽く叩く。
 はしたないお嬢様をそのままに浴室へ向かった省吾の耳に、脱衣所の扉を閉める直前、きゃーと恥ずかし気な小さな悲鳴と布団の中で行儀悪く転げる音がぱふんぱふんと届いた。


   『着替えを覗かれたのに・ちょっぴりおまけ』

 どうにか治まるまでかなり時間がかかってしまった罪悪感に、頭上からの冷水のシャワーを浴びながら省吾は息をついた。どうにかしている。初対面の露天風呂からずっと知ってしまっている彼女の甘い喘ぎ声は隙あらば脳内再生余裕で、しかも彼女の我儘で週一未満で更新されていく。上流階級の厳しいであろう親御さんは何をしているのだろうかこれでは虫避けになっているのかいないのか省吾自身がセクハラ側にされてしまうではなかろうか。女性経験はまぁ壊滅的ではない男として無防備極まりない据え膳は猛毒である。しかも昼間に日焼け止めをたっぷりと濡らされた手には柔肌の感触が…お仕置きと称してギリギリ避けておいた下腹部のねっとりと濡れた愛液のぬめりの感触が、追い詰められきって達してしまった甘過ぎる喘ぎ声と絶頂の鳴き声が、頭が痺れそうな程にこびり付いていた。
「食っちゃうぞ?こら」
 ぽつりと呟く省吾はキングサイズのベッドでころころ転げているであろう可愛らしい極悪人を想像してため息をつく。とっとと顔も知らない男に引き取って貰いたい。だがあの極上の蜂蜜声が万華鏡の様な落ち着きなく変わる変わる可憐な顔がどこぞの男のものになるのを考えると胸が少々ちくりと痛む。これは声フェチとして仕方ないだろう。憧れの女優の婚約会見が来ると聞いてしんみりとするファンはこんな気持ちに違いない。
 とても懐いている悪戯な子猫に一線を越えてしまった途端に怯えて嫌われるのは、避けたい。結婚式に呼ばれる事は疎か二次会いやお披露目会にすら呼ばれる事はないであろう庶民としてはウエディングドレス姿を見ないで済むのが慰めだろうか。
「ん?」
 何が慰めなのか自分の考えの突拍子のなさが理解出来ず、省吾は首を傾げる。ともあれやや回数を多めに処理をしたおかげで落ち着いた状態になったのを確認し、冷水で濡れた頭を大雑把にバスタオルで拭い身体を拭く。彼女の身体を拭っていない為ベッドは湿気っているかもしれないが、そこは支配人には諦めて貰おう。彼か従業員が看護を代わってくれていればなかった事故である。
 そっと脱衣所から寝室への扉を開けた省吾の目に、ぼふりと大きく跳ねた掛毛布が映った。
「……。寝ておけばいいものを」
 ぽつりと呟いた省吾の肌が、夜の海風が静かに流れ込む寝室に籠る甘く重い湿り気に、微かにぴりっとざわついた。

 腕枕している彼女の身体が熱い。
「氷枕……」
「必要ありません」
 省吾が戻ってから若干彼女の反応は忙しない。何かを話しかけようとする度に噛みつく様に遮られる。やはり具合が悪いのかと離れようとすれば小指を握った華奢な指にきゅっと力が入る。体調不良で不安なのかもしれない。だが水を飲まそうとしても氷枕を頼もうとしても拒まれ、出来る事が封じられて何も出来ない。女の子の機嫌取りは難しい。
「天音さん? 何かして欲しい事を言ってくれないかな。一つなら叶えてあげるから」
 三つ叶えると言ったら何を言い出すか判らないが一つなら異常なおねだりはされまいと思い口にする省吾に、至近距離から彼女が見上げてくる。ちなみに、彼女のバスタオルは既にサイドテーブルの上に畳まれており、そして省吾のバスタオルは、椅子に掛けられている。
 キングサイズのベッドの中央で裸で腕枕をしている綺麗なお嬢様の瞳が、不機嫌そうにではなくとても脆く頼りなく揺れた。
「キス、して下さい」ぽつりと漏れた声はとても弱く、泣き出しそうな幼子の様に儚げだった。「あ、あ、あ、あ…甘やかして…くれる……やくそく、です……だめは、いやです」
 世界で一番甘い蕩けた声はとても美しく耳に優しい。こんな声で強請られればどんな男でも折れてしまうだろう。
 腕枕を抜かないままそっと軽く身を起こして省吾は彼女に覆い被さる。腕枕をしている距離感のせいで彼女の白い胸が早鐘を打っているのはよく判る。外国製の高額確定な日焼け止めは全て彼女の肌に使った為、やや日焼けが痛む省吾の肌はかなり焼けており、白い彼女の顔と首元とのコントラストは強い…それなりに筋肉はついている自分の腕と比べて頼りない細い首や肩に性差を強烈に感じて、生唾を飲みたくなる。だが腕の中の彼女を怖がらせたくはない。
 そっと覆い被さる省吾にぎゅっと瞼を閉じる彼女の長い睫毛が震えている。いや、全身が。昼間から嗅ぎ続けている甘い匂いが、ベッドに籠っている。
 一度だけ、優しく額に接吻して省吾は静かに身体を元通りに横たわらせた。これ以上何もすまい。相手は調子を崩した甘えん坊のお嬢様である。
「……。うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!」
 数十秒経ってから、隣の彼女が小声で暫く途絶えない奇声をあげて腕の中で転げまくった。
 しみじみと、省吾には彼女が判らない。

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