お久しぶりの淀調でございます.週末を控え、独断と偏見の映画評など・・・。朝、駆け込んだときは小雨のぱらつく頃合い.
映画の後半は大雨で、外も雨かねえと出たら明るい昼過ぎ、
狐につままれたいうのはこのことで、久々に大雨のシーン見たなあ、思いました.
雨言うのは人の心を狂わすのね、普段は心の奥にしまっておいた本性が息を吹き返す.
それを使ってカタルシスまで持っていったのがこの映画.狐につままれたのは映画も同様.
前宣伝、雑誌の映画評、どれも揃って
アメリカ中流階級の心の病、家庭崩壊、一体誰のことかいな。
まあ、御覧なさい.ほんとに映画は見なくちゃ駄目ですよ.
あの思わせぶりの赤い薔薇はどういう意味だろうか、とかイギリスの舞台演出家が
監督したウェストエンドのフリンジみたいな映画とか、頭で考える前に見たほうがいいね.
僕だって、見に行く前はどうせ、アメリカの理想は若さ第一で、とか
なんでイギリス人が監督やらないかんのか、アカデミー賞は所詮田舎もんのお祭り騒ぎ、
ちょっとインテリぶって、家族ものやって賞獲り狙いやね、とか意地悪い思いして、それでも
見に行くことにした.何でかいうたら、あのアネット・ベニング、「ヴァルモン」で
メルトイユ夫人をやった小娘がどうしてるか見たかったからなのね.それは、全く期待して
なかったから.しかしこれは拾い物.コピーに惑わされず、観て下さい.
白い家に真紅の薔薇、真紅のバラに金髪の美少女、いかにもアメリカ、これぞアメリカ。
2000年を迎えるまでに生み出された夥しい数のポスター、ピンナップ、CMフィルム.
確かに陳腐極まりない真紅の薔薇、しかし真紅の色をシャシンがこれだけ鮮やかに
出せるようになったのはつい最近の出来事だと言うことを忘れてはいかんのね.
薔薇の花弁、そのヴェルヴェットのような質感まで触らないでも分かる、この進歩.
あなたのうちのヴィデオテープ、赤がきれいに出せますか?
そして、また、もうひとつ言いたいのは黒髪の美。あの主人公の一人娘ジェーン。
いつもはおばさんくさく黒い髪をひっつめにして、少し下膨れのほおが目立つ16歳の女の子。
これが隣家の男の子に恋してから変わり始め、ある日黒髪を解き流すのね.
頬は黒髪に隠れ、暗闇に浮かぶ顔は白い肌に頬のかすかなばら色が匂い立つよう.
ベルギーはブルージュのメムリンクの手になる肖像画を髣髴とさせる硬質の美.
それは、およそアメリカ及びイギリスの男たちがあこがれる金髪の美の対極にあるものですが、
隣家の男の子はとっくに彼女の美しさを認めていて、お父さんがメロメロになる金髪には
目もくれずにジェーンばかり撮り続けるのね。
スピルバーグが一言一句帰ることを許さなかった、といううたい文句の脚本よりも、
このキャメラ、その色に脱帽した.
陳腐な取り合わせ、セッティングをあえて使った蛮勇.例えばラスト近いキッチン。
目地まで白いタイル張りの壁.銃口が映ればもうこれはくるぞくるぞ、とわかる。
そしてホントに血の塊がはじけるのですが、それもああ、と見せてしまう.
本当に怖いのはこれを、鏡のような血の海を、きれいだなあと思わせてしまう
キャメラの腕.これはもう善悪の彼岸を超えたもの、これぞ映像の力.色の魔力.
さて、もう容量いっぱい.またお目にかかりましょう.ごきげんよう。(5月11日(木)21時03分24秒)
淀調 英国より愛を込めて
はい、こんにちは。今日は朝から晴れてよかったですね。庭に薔薇を植えている方、殺虫剤どうしてますか。
うちにもキング・ローズいう薔薇があるのね。小振りの朱色の薔薇で、この前ガーディナーに
怒られたのね。なんですか、もう時期が一週間遅いです、もうこないなったらいくら薬撒いても
アブラムシまた出てきますよ、いうて。ちょっと怠けたらこうだもんね。ところが「アメリカン・
ビューティー」の薔薇は色が真紅で大型で、世話する奥さんは働いてる。近所の人に誉められると
アネット・ベニングは肥料に卵の殻を混ぜるのがコツよ、言うのね。どうもアメリカの薔薇はアブ
ラムシはたからないらしい。きっと遺伝子組み替えで、アブラムシは即座に死んでしまうのだよ。
英国人は薔薇には馬糞が一番だ、言うの。ぶんぶん蝿たかってる近くの厩に袋持って貰いに来るの
ね。道路に落ちるのを待ってて拾う人もいる。それを自分の庭に持って帰ってプリンセス・何とか、
キング・何とか、いう名前の付いた薔薇の肥料にするわけね。長い長い歴史のある国は一事が万事
そんなところがあって、教会に入れば足元の磨り減った石畳には墓碑銘が刻まれていたり、壁にも
棺が塗りこめられていたり。その教会の暗くて寒くてかび臭い匂い、それから逃れよう、思った
人たちが海に零れ落ちるようにして辿り着いたのがアメリカという国。あっけらかんと明るい、何
もない国、という人もいる。でも旧大陸から辿り着いた人間はそれが欲しかった。ひびの入った石積
みではなくて目地まで白いまっさらなタイル、白いペンキ塗りの家に赤い薔薇、それこそ人々が
アメリカに求めた夢なのね。それを古い国から来た監督が、どうです、皆さん、きれいでしょう?
素直に見てごらんよと言う「アメリカン・ビューティー」。アングロ・サクソン連合やねえ。
しかし、スピルバーグは脚本一言一句変えるな、なんて馬鹿なことは言わないほうが良かったね。
言葉に縛られて飛翔しきれず落ちてしまった映像がいくつもある。ファンタジーが平板に堕ちる、
それもアメリカといえば言える。
それからもうひとつ、この映画、きれいきれいで全く色っぽくない。だから題材の割には見終わっ
て嫌あな感じが残らないのね。極めつけはアネット・ベニングの不倫、あのベッド・シーン。即座
に「犬神家の一族」のポスターを思い出しましたね。今の世の中、人間関係のどろどろは流行らな
いね。「グリフターズ」では恋人が完全には自分のものにならないのはあの母親のせいだいうて、
追っかけて殺そうとする、アンジェリカ・ヒューストンと女二人のドロドロを演ったアネットなの
にねえ。ほんと、まだ40前後なのにもう色気いうものが抜けちゃったねえ、アネット・ベニング。
こういう人だからね、フランス貴族の粋みたいなメルトイユ夫人は役が違うのね。いくら「モーツ
ァルト」で受けたからってラクロではあの路線は通用しない。フォアマン監督はもともと男と男の
関係を描くのは上手いけど、恋愛関係はまるで駄目。女が苦手だからどうしても引いちゃうのね。
でもそれでは恋が命のフランスものは出来ない。英国人もアメリカンも恋が命、とはいかないの
ねえ。だからアングロ・サクソン連合、かえってさらさら流れましたね。
というわけで、はい、もう時間来ましたね。
次回はラクロの「危険な関係」いたしましょうね。(5月16日(火)11時00分50秒)
はい、こんにちわ。淀調でございます。大物 ジョン・ギールグッドが亡くなりましたね。日経新聞でも朝のコラムで
取り上げましたね。演じるということは恥が半分、栄光が半分、いうた言葉が載ってました。
そこでは「オリエント急行」取り上げてました。ギールグッドは執事の役しましたね。
憎いにくいカセティにもいつも微笑を浮かべたおだやかな物腰、
せき込むような、柄の悪いカセティの英語に抑揚の乏しい丁寧な受け答え、
「この手紙は誰が置いたんだ、だれだ!」と聞かれて、I don't know.とは言わずに
I have no idea.言うのね.ポアロに同室のイタリア男の英語はどうだ、きかれて
a kind of Englishと言うの。二人の掛け合いがまたケッサクで、執事は本を読んでるの.
「愛の捕虜」言う題名なのね。イタリア人が about sex?(字幕ではポルノか?)ときくのね。
イギリス人の執事はいや、10時半だ、と答える。sexをわざとsix=6時ととって時刻の話題に
すりかえちゃう。イタリア人の英語は a kind of English だから多分sixと言うたんでしょ
という皮肉。その話をポーカーフェイスでポアロにするのね。それから後頭部の傷を見せてくれ
言われて腰だけ折るそのかがみかた、背骨まっすぐで頭を垂れたりなんかしない。ホントにこの
映画は各国のお国振り(勿論ステレオタイプですが)をあの名優がどう演るか、それぞれのなまり
のある英語をどうしゃべるか、で楽しめましたね。
しかし更に強烈に印象に残った役は「炎のランナー」のケンブリッジ大学学長。
ハロルドが中庭一周レースに挑戦するのをシェリー飲みながら窓から見てる.キーズの寮長に
父親の職業は?と聞くのね.financier?つまり?そこで寮長が金を貸しているのさ、と答える.
このニュアンスはたとえば、ハウス・オヴ・ノムラ、野村證券、所詮株屋だろう、とか、マスコミ、
朝日新聞、もとは羽織ゴロだ、という感じ。名前を変えてみたところで、下賎な職業だ、言うてるの
ね。シティを抱えながら英国人にはこの意識は今も根強い.一握りの連中を除いては十羽一絡げに
銀行員、ああ、クラークね、とか投資銀行員?食い詰めた出稼ぎ連中いう扱い.これはウォール街
やトウキョウとは大きく違います。ここを間違えたらいけませんね。
その学長がハロルドが成功した瞬間、かっと目を見開いて凝視するのね.もう、猛禽のような眼、
こいつか、と獲物を見つけて一瞬見せたグリードな表情、それが後ろから寮長に声をかけられて
すうっと元に戻っちゃう、化け物でしたね。そしてまた、半アラブ人のコーチを雇って練習する
ハロルドを呼びつけて君のやり方は下賎だ、紳士的敗北のほうがましだ、と言いつつ、オリンピック
でハロルドが優勝したと聞かされると、予想通りだ、と言って寮長と乾杯するの。帽子破って口に拳
突っ込んで「息子よ」言うて泣くそのコーチ、マサビーニとのこの違い.これこそイギリスの誇る
ジェントルマン、皆の膝を折らせてやる!と言い放つハロルドにかぶさるあの歌、
「He is the Englishman」そのものでした。
イギリスはハロルドの祖先から金を借りて十字軍遠征に出かけ、返済に困ると金貸しを塔に閉じ込
めて焼いちゃった、最初にジェノサイドをやってのけた国.今もシティに集まってくる非英国人か
ら金を吸い上げてロンドンを支えながら非英国人を馬鹿にしきっている国.このしゃあしゃあと
した長い長い歴史を持つ国、英国の光と影ををひとりで体現して見せてくれたサー・ジョン・ギー
ルグッド、極上のシェリーが似合うほんまの役者さんでしたね。合掌。
見えない悪女、喋りたいんですがなかなかヴァルモンにいけませんねえ.
アナザー・カントリー追加のひと言、ガイ・ベネット君は他の子は目で見つめますが、ジャドを見
るときは目以外のところで見てるんですね.そこが映画を見てて切なくて可哀想でしたね。
「トーマの心臓」のオスカーはエピソードも沢山あって役得でしたが片足で迎えに来る義理のお父
さんのさりげなさが好きでした。「イグアナの娘」など他にもいい作品ありますね。
それでは来週こそは悪女の話、それまで皆様ごきげんよう。(5月26日(金)12時09分55秒)
はい、こんばんは。淀調でございます。
梅雨の合間に山のような洗濯物なさった方も多かったでしょう。
大家サンには災害お見舞い申し上げます。お見舞いついでにまあ、お茶でも、
というわけではないんですが、「ムッソリーニとお茶を」が23日までということなので
特急で喋らせてくださいね。これね、新宿東口のシネマ・カリテで初回11時20分始まりなのね。「オネーギン」のときは
ガラ空きだったので今度もそうかと油断して行ったのね。そしたら小屋が小さい、いうのも有るん
ですが.10分前にもう殆ど満席で、オバちゃんに頼んで席詰めてもらって座れました。
いきなり画面中央フィレンツェのポンテ・ベッキオ橋なのね。アルノ川が流れてて、今日みたいに
天気がいいの。石畳の通りをしゃんしゃん歩く英国人の服の裾が映るの。カチカチ角があるブリテ
ィッシュ・アクセント、これが街中を流れるイタリア語から浮き出て聞こえてくる。高台にある
英国人墓地ではあのジュディ・デンチがブラウニングのお墓の前で詩を朗読しながらパフォーマン
ス、自分で自分にうっとりしてるちょっと危ない嬢ちゃんばあちゃん。お客さん、皆どっと笑いまし
た。あのヴィクトリア女王演ってエリザベス女王演ったデンチが、思ったのね。そこへプロウライ
トが子供の手を引いてやってくる。洋服店の腕一番のお針子が店の主人とくっついて出来ちゃった
男の子。お母さんが死んで孤児院に放り込まれたの。父親は典型的イタリア男で頼りにならない。
プロウライトは困って孤児院に返しに行くんだけど、中庭で所在なげにしてる子供達を見て堪らな
くなるのね。自分の部屋に連れ帰って食べさせるのがベーコン&エッグ。子供がパンちぎって卵の
黄身やベーコンの油をつけておいしそうに食べるのね。食べたこと無いの?おいしい?聞いてる
プロウライト、ローレンス・オリビエの最後の奥さん、こんなにして夫に接してたんやろうなあ、
思うのね。牛みたいに頑固で譲らないオリビエをああしい、こうしい、してなだめてね。メアリー
言う名前で出てるところ、ゼフィレッリ監督は夫婦をよく知ってたからね、この映画では彼女をマリ
ア様にしてるのかも知れん。許婚も戦争で死んじゃって独り者だけど子供が天から降ってくる。叱
ったり諭したりしっかり者のマリア、地味だけど、一番いい人に撮ってる。でもこれだけじゃあイタ
リアで余生を送るお婆さんたち、で華が無い。そこで登場させたのが「月の輝く夜に」でアカデミ
ー賞とったシェール。元ダンサーで成金掴まえて取り替えて大金持ちになった粋なアメリカ女。
レストランで皆にシャンペンおごったりピアノに合わせて「煙が目にしみる・・・」なんて歌った
り、パリまでピカソを買いに行って衣装もすごい。この人のお神酒徳利が化粧っ気なし、ズボン姿
のレスビアン考古学者リリー・トムソン。派手なアメリカ人はイタリア人に担がれて乗りに乗って
る、それがマギー・スミスの元イタリア大使夫人には我慢が出来ない。あんな、男変えて金に物言
わせてインバイが、成金が、思って見てるの。レロレロのアメリカ英語とがちがちブリティッシュ
のやり取りも面白い。レストランにシェールが入ってくる。男達はああ、彼女だ彼女だ言うて奥さ
んいても立ち上がってね。皆でわーわー盛り上がってる一角で凍り付いてるのが英国人のテーブ
ル。英国人の食卓にあるのはマナーだけ、言う感じがよく出てました。
こんなんして話してたら一晩中かかるかも知れんので続きははしょって、あとひとつだけ。
これね、フィレンツェでしょう、フィレンツェ言うたらボティチェッリ、「春」いう絵は皆さんき
っとどこかでご覧になってると思いますが、監督のゼフィレッリはこの絵の寓意を役者そろえて豪
華キャスティングして、トスカーナ賛歌にしてみせた、思うんですね。普通なら女神なぞらえるの
に若い美女持ってくるところをアカデミー賞とって功なり名を遂げたヴェテランばかり揃えて、
子役と若い男も入れたこの監督ならではの玄人向けセッティング。この人は女神のうちのどれかな
あなんて考えてみる愉しみ。おかしいことに画面の左側に描かれてるヘルメス、マギー・スミスの
孫を演ったポール・チェッカーにそっくりなんですね。まあ、だからこの監督の洒落たいたずら、
イタリアが好き、フィレンツェが好き、美術が好きでイギリスが好きな人なら何倍も愉しめますね。
ただのハート・ウォーミング・ストーリーとして見てもいい出来、エンディングのアリアがまたム
ードを盛り上げて帰りのエレベーターの中で目の端をぬぐってる若い子も何人も見かけました。
最後のシニカルな落ちも効いてます。敬遠しないでイタリア美術旅行のつもりで是非どうぞ。(6月16日(金)21時04分09秒)
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