淀調 横道純愛物語 


はいこんばんは。淀調でございます。

エヴェレットの話が出て参りましたので、英国男に引きずられてちょっと寄り道、

アナザー・カントリーの話でもいたしましょうねえ。

原作の脚本はさておき、映画のアナザー・カントリーはこれはもうエヴェレットの純愛物語、

ガイ・ベネットがトミー・ジャドに殉ずるこれぞ男一代純情物語、いうつくりになってましたね。

前に書かせて頂きました、エキセントリックなエヴェレットを物静かなコリン・ファースが受け止

めているからいい仕上がり、と。表面づらはそうですけど、本当は違いますね。ガイはコリンが

抑えた演技してるから目立ちませんけど、相当きてる人物なんですね。きすぎてかえって目立たな

い。コリンはそこを騒ぎ立てず静かに静かに演ってるんですね。大仰にしないから

かえって真実味が出てくる。斜に構えててもゆるぎない信念持って毎晩眼鏡かけて

資本論読んでる。地上の権力闘争を尻目に毎夜天上の楼閣に遊んでるわけです。タキシード着てな

くても余程貴族的でしょ。 対してベネット君はどうかというと、偉くなりたい、と言ってるけど

どうも本心からとは思えない、とってつけたみたいで皆が言ってるから僕も、言う感じ。目の前に

美少年がいればふらふらと寄ってって、お相手数知れず、タキシードは抜群に似合ってたけど、所

詮は根無し草のぼうふらですね。それが仕舞いにはソ連のスパイになっちゃう。これがゲイで差別さ

れたから、なんてをひをひをひ、ベネット君、それはちがうでしょうや。

高校か大学の哲学の授業でやったアガペとエロス、何十年ぶりかで思い出しましたねえ。ベネット

君は信念に生きてるジャドが好きなんですねえ。ふざけた振りして後ろから抱き付いてみて、よせ

よ、僕はノーマルだ、なんて断られてるんですね。それでも資本論読んでるジャドの足元に寝転が

って新しいお相手のことを延々言って聞かせるでしょう、それでジャドは別に不潔だ!なんて赤目

つって怒ったりしないんですね。しゃあないなあ、お前もほどほどにしとけや、言うでしょう。もう

堪らないわね、ベネット君にしてみたら。ジャドはガールフレンドがいるようですが、特別入れ込

んでるようにも見えない。マルクス・レーニンいうたかて欲望の対象にはならんわね。これが70

のじいさんならともかく、まだ育ち盛りの10代でしょう、抑えられたら代償にゲイに走ったり、

権力に走ったりして紛らわす。下級生に靴磨いてない、湯たんぽがぬるい、とか怒鳴って優越感に浸

ったりして。それがジャドの対象は資本論なんですよ。もっと形而上的なのね。だから下級生の訴え

にも、あの上級生はひどい奴だ、俺が掛け合ってやる、とはならないで対処法を教えてやる。ジャド

の関心は生身の人間には向いてない、それはつまり地上のだれも彼の心をとらえられない、いうこ

とです。だからベネット君は彼に殉じるんですね。スペイン戦線で死んだ彼の写真を大事大事に持

っていて、ジャドは死んだあともベネットの一生を支配している。いうか、ベネット君はジャドの

影を慕いて、いう一生やったね。モスクワ行って、ああ、ジャド、僕はね、君の代わりにここにきて

るんだよ、見てるかい、なんていう声がきこえてきそうですもんね。

ベネットはいつも誰かを捜してるのね。初めはお母さん。でも、寝室に踏み込んで、それから再婚相

手も見て、もう呆然なのね。お母さんもひとりの女だってことが受け入れられない。親の権威ガタ落

ちで、ひとりでは居れないから金髪の男の子を呼び出すでしょう。酔っ払って、打ち明け話して。

ジャドは崇拝しすぎててできないのね。酔っ払って窓から入って、ジャドに醜態さらすんだけど、

予想通りの冷静さ。月夜の晩に金髪の子とボートに乗るのね。肩寄せあって、でもベネット君は別の

男のことを考えるのね。この時間も、図書室で本読んでるんだろなあ、あいつ、思てるの。勿論、

金髪の子は可愛いよ、いとしい思てるけど、切ない切ない、一生こうか、言う感じ、エヴェレットが

よく出してた。ベネット君は地上の快楽にすぐ転ぶ男だけどジャドはそうじゃない、それに惹かれ

て魅せられて身を焦がす様が伝わってきましたねえ。そして、コリン・ファース、何度も言うようで

すけど、ともすれば嘘っぽくなりがちなジャドに肉体を与えましたね。彼を軸にして物語ががらっ

と変わってしもてる。そこがいわゆる性格俳優の醍醐味、主役ではないように見えて、その実物語の

鍵を握っている。彼次第で全部の台詞が全く違った繋がり方をしてくるのね。ほんとに理想の結婚、

彼がエヴェレットの相手役を演らなかったのは惜しかったですね。

はい、もう時間きましたね。

次回は危険な関係、見える悪女と見えない悪女、いう話を致しましょうね。

ジャドが冷静に見えて、その実一番エキセントリック、というのと同じですね。

それでは皆様、ごきげんよう。(5月24日(水)21時07分01秒)

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淀調 はたまたエロスとアガペ 


あちこち削ってやっと入ったと思たらYOKOさんの書き込み、

しつこい淀調で済みません.

人間は一筋縄ではいかない、割り切れない存在ですから

ベネット君がスパイになった動機付けもその人によって解釈が違ってかまわないと思てます.

年寄りはどうも、物事の裏へ裏へと行きがちでしかしこれはもう一種の悪癖ですね.

映画に限って言わせて貰えば、ジャドをコリン・ファースが演ったことで全編を通じて

ジャドの影が見え隠れする、彼の見えざる手が物語を運んで行くつくりになってしまった

と感じてます.それで、改めてコリン・ファースと言う役者に注目したわけです.

別に派手な役者じゃないけどするりと影の主役になってる、この磁力はすごい、と。裏読みすれば

するほど各シーン、各シーンの繋がりが次第にジャドのほうを向いていく、この並び替えにまあ、

びっくりして伊達にダアシイさん演ってるわけじゃないが、しかしこっちのほうが上ですね、と。

それはひとつには彼が、ジャドを通して英国男のひとつの理想を演じているから、磁気が生まれて

くるのね。前にも書きましたが、ホントはずるい英国男、たとえばハーコート君はノーマルとして生

きるわけです.社会的に成功して、つまりはなかなか要領がいい.これが普通なんです.失敗した

ベネット君が希少価値なんですね.普通はゲイを隠して出世しますからね.ワイルドがなぜ受けた

か、サロメにしても理想の夫にしても出てくるのは男と女、別にどうってこと無いでしょ、しかし洒

落た会話の中にワイルドが何を隠しているか、ワイルドは怖い作家ですよ.男たちはそれを分かっ

て観に行ってる.勿論分からない奴もいますよ、そういう幸せな男は脇において話を戻しますと、

ジャドはそうじゃない、出世なんかどうでもいい、自分の理想の世界、これが間違っているかどう

かは別問題ですが、それが第一で誰にも隠してない。その頃のイギリス、アカ言うレッテルを自分で

貼るなんて社会的自殺行為、しかもそれがイートン校でしょ。ありえなくて、でもイギリス男は尊敬

するね、自分にはとうていできっこないから。こんな男をコリン・ファースがカメラの前で演って

嘘にもならず青臭くも見えないのがびっくりで、後は地上のよくある話.

ハーコート君との間に真の愛情が生まれても不思議ではありません.しかし双方向になったのは

ベネット君が落ちちゃってからですね。彼の犠牲でハーコート君は階段を上る.ベネット君は愛人

の成功を喜び、ハーコート君はベネット君の無私の愛情に感謝する.美談ですがしかし個人的には違和

感が残るんですね.愛人関係を続けつつ一方はエスタブリッシュ、もう一方は復讐のために

スパイですか?う〜ん、愛憎半ばする感情がベネット君にはありますね。ヤジロベエですね。

要するにベネット君は詰めが甘いんです.出世したい思たら他人を蹴落とすくらい平気にならなく

ちゃいけません。皆同じ穴の狢でしょ、それがなぜ手紙抑えられて反撃できないのか.シーンを巻

き戻していくと、ジャドが言ってるでしょ.信念曲げて委員になってもいい、って。このひと言で

ベネット君の運命が狂うんですね、ほっとして気が緩んで、用心が利かなくなるんですね.この心理

をもうひとつ裏読みしてください、これも趣味の問題ですから強制はいたしません。考え出すと

どんどん怖くなりますからさらりと流したほうがいいかも知れん。でも人間の行動は、思いもかけ

ないところで決められます.後で自分に都合のいい、皆にわかりやすい動機付けはするけれど。

しかしひねた年寄りはそれでは感動しないからね、どうしてびっくりしたのか、それを追って追っ

て辿り着いたのがアガペとエロスの構図.あるいは「イデアを待つ影」と言う図式です.

実話という枠を使って監督が何を盛ってるか、隠しているか、この場合は

あるいは原作者も意識していない部分をコリン・ファースのジャドが炙り出した格好に

なったんではないか、と思て観てました。年寄りのたわ言としてお聞き流しください.

それでは今度こそごきげんよう。(5月26日(金)13時55分51秒)

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