2001年
李さんがお茶を飲む
横浜中華街だ
鏡羅の暗躍も筋がよいらしい
私が実地で面倒をみなくなってから一年経っていた
鏡羅は私や朱美と違う
朱美は、美意識に死ぬ事を選んだ
比べて私は迷い続けている
苦しみを知らぬ人間の弱さを唾棄した
そして、他者に苦しみを与え愉悦を得る人間を唾棄した
一方でそういった組織を強さを育てる必要悪として視ている自分もあった
故に、自力で這い出られない場所から引き上げて、放り出すのが私の暗躍だった
しかし鏡羅は純然たる判断基準を持っていた
すなわち、怒り
怒りを感じる人間を思うままに殴り抜ける
社会的構成に不可欠なヤクザだろうが、地位を持った人間だろうがぶん殴っている
組織を壊す事で社会的は波紋が免れないのなら、その血を換える
私が教えた唯一の方便
鏡羅なら嘘にならないで扱える戦闘動機
この義兄弟には共通の意識は一つ
カリスマ的存在には絶対にならない事
人は力にすがる
イエスは奇蹟のみに期待を寄せられていた
しかし彼は奇蹟を見せず、愛を語った
民は裏切りを感じ、彼を磔にする事を望んだ
ユダはイエスがカリスマになる道を選んだ事をハッキリと悟り、その様に動いた
同じ事だ
カリスマ性には安寧を求める蟻しか集まりはしない
強さは個々が求め続けるしかない
そして我々が望む事は一つ
総ての人類が、個々の正義に生ききる事だ
李さんが言う
「いつか、神話を描きたいんです 暗躍史実の神話が」
私が注文を出す
「私は朱美を兄と呼んでいた事にしてくれ」
朱美が私を弟と呼んでくれた
私は朱美を兄と思っていたが、一度もそう呼んだ事は無かった
満月の夜
雨が降りしきっていた
時折緩やかになる風
修羅場の風が私を呼んでいる
龍が待っている
最後の闘いは最初に雅美さんと出会った場所だった
あんまりにも、劇的にしてくれる
あの時は雅美さんと朱美と私が居た
今は李さんと私と、鏡羅が居る
黒星......拳銃が渡される
雨の降りしきる深夜
車を降りて敷地に入る
龍は既に其処にいた
黒星を二発
弾避け要因のでかい図体に一発当たる
三発目を撃つ前に龍がこちらに向かって走る
ナイフを抜き、急所を護りながら走る
鏡羅も走り、残り一人のガードに向かう
李が後方から銃弾を飛ばす
ガードの戦闘力はほぼ奪った
私と龍の勝負は一瞬
そして龍のナイフが一瞬速く閃く
首をひねって避ける
避けきれない
左の目蓋に切っ先を感じる
其処で龍のナイフが止まる
私の、朱美のナイフが龍の首筋に切っ先を埋めていたからだ
身長差のお陰で辛うじてナイフの進入を止める事が出来たが、眼窩にナイフが深く刺されば当然脳に到達する
頸動脈を切れば致死量の血が流れるだろう
しかし、一瞬で死ぬわけではない
お互いに動け無いながらも私の方が不利だった
ぶちん
と、肉が切れる音がする
顔から斜めに入ったナイフ
横を向いて方向をずらし、上体を沈ませる
当然ナイフは入った切っ先の分肉をえぐって後方に流れる
同時に右手に握ったナイフを引き、左手で顔面に拳を入れる
軸足を反転させて蹴り
龍が吹っ飛ぶ
続けざまに飛び込み、押さえつけるハズだった
しかし跳躍した脇腹に衝撃
ガードの一人が横から蹴りを入れてきた
重量級の蹴りに今度は私が吹っ飛ぶ
龍から軌道を外れて横に転がる事になる
転がりざま銃口が見える
防御姿勢を取るのが精一杯だった
脚が届く距離からプロが射撃する
一瞬、死を意識する
銃口が大きくぶれる
鏡羅が蹴りを入れて弾道を外した
続けて拳を入れてガードを完全沈黙させる
龍を目で探す
奴なら当然起きあがって居る頃だ
しかし、雨の中龍は大地に転がったままだった
ゆっくり近づいて、馬乗りになる
もうナイフを構える気力はない
龍が問う
「何故、殺さなかった........」
「.........そっちこそ.......17歳の私を殺さなかったのは何故だよ......
何で、こんな格闘戦闘に拘るんだよ........邪魔なら、殺せば良かっただろう.......」
「...........お前が理解できなかった..........」
「どういう意味だ」
「何故、闘うのか、知りたかった
何故、この国に産まれ、育ったというのに、闘うか........
不思議だった..........死に急いでいる訳でもない.......闘う必要もない....ハズなのに.....」
「私は.............私は..............強く、なりたかった
誰かを見殺したり、相手の力量に応じて逃げたり........二度と逃げたくない......」
「私は強くなるしか道がなかった.........
そして強さを維持するために強くなり続けた.........
私は.........生きるために生き続けた.......それ以上の事では無い.......」
「私だって........ただ、足掻いて足掻いて、ここまで来ただけだ.......
生きている証が有るとすれば.........
私が在ったから、今の自分がある......そんな事を言ってくれる人間だけだ
だから、龍........お願いがある
貴方が居て良かった、と言える人間を増やすんだ.........
強い人間を、増やすんだ........50年で腐敗した精神が、もう50年後には強くなれるように.......」
「......................了解した」
戦闘開始から2分
月がほんの少し、雲の間だからのぞき、私たちを照らした
龍の顔は雨に、私の血に、私の涙に濡れていた
私は何時、自分が泣き出したのか知らなかった
それから李さんの車で戦闘区域から離脱
龍と軽く手を振って別れる
不思議な友情だった
傷の治療を始めた
明け方
初めて龍と闘った埠頭
龍の暗器(隠し武器)に完敗し、恐怖を覚えた場所
海に叩き落とされた場所
李さんが包みを開けて、私を呼ぶ
そっと差し出されたのは印鑑だった
照れくさそうに笑い「石は安物ですが、其れが一番巧く彫れたのでお持ちしました」と言う
嬉しくて涙が止まらないなんて、本当にあるとは思わなかった
私の暗躍が終わった
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2001年
繁華街
ソフト帽を取り、私に会釈する初老真摯
李さんだった
誘われるままに映画館に入る
其れは日本の真珠湾攻撃を題材にした映画だった
好評らしく、私と李さんは立ち見
映画館の一番後ろに立っている
スクリーンは出来の悪い三文芝居を映し続けていた
李さんがぼそぼそと話しかけてきた
「アメリカは、日本の真珠湾攻撃を知っていたんですよね」
「知ってる そして、日本というスケープゴートを使って団結した」
「フランスでは大祖国戦争」
「日本では大東亜戦争」
「アメリカは........亜細亜解放戦線.......ごく初期は、ですが」
「それぞれの正義で闘っていたハズなのに........上層部はコマを動かしていた」
「............あの印鑑ですが、裸のままで良いですか?」
「..................ああ、裸の間まで良い
作ってくれたのが貴方というだけで、充分だ」
「.............解りました
私も貴方も.........この映画で喜んでいる日本人が、大嫌いなハズだ」
「あまりに歴史に無知で、脆い平和惚け人間.........ふふっ 大嫌いだね」
「貴方と私と龍で、政治的驚異にすらなれる」
「面白いかもね..........だけど、カリスマにはなりたくないよ
それと.........何より、此奴ら全員を鍛錬するにはそれこそ戦争でもしないと無理だしな」
「了 先進国は世界的に少子化の傾向があります
................貴方の子供はどんな顔をするのでしょうかね」
「子供ならもう居る」
「初耳です」
「鏡羅」
「...............なるほど」
「時代が求める暗躍家になるだろうよ
運命っていうのか..........自分の意志と思っている事が、実は........」
私のセリフを李さんが遮る
「自分の意志を貫き通せる人間は結果的に運命論者になるんですよ」
映画館を出ると鏡羅が居た
軽く胸を叩いて、こういった
「ま、しっかりやれや 私の弟なら、ね」
鏡羅が私の肩を掴み、応える
「了解................兄さん!」
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