かつては宇宙開発に沸き立った南栄生島。今では企業が事業から撤退し、まるで潮が引くように島から人が減りつつあった。星野航(変更不可)の暮らすつぐみ寮もその影響から逃れることはできない。来年には生徒減による取り壊しが決まっている。みなが揃っている最後の一年は果たしてどのような思い出を残してくれるのか。
無印戯画はもはや丸戸史明氏&ねこにゃん氏を代表とするチーム専用となった感があります。そのオリジナル戯画の新作は島もの寮ものアドベンチャー。
購入動機は丸戸史明氏だから。もはや完全に信頼のブランドとなっております。企画的に少々好みから外れていても躊躇しません。
予約特典はドラマCD。初回特典はサウンドトラック。2枚組と実に豪華。
ジャンルはパッケージによるとハートフル学園ADV。意外にも島でも寮でもありません。
システムは「パルフェ」を踏襲しつつ、より進歩しています。たたでさえ使いやすかったものがさらに良くなり完成度はかなりの域に達しています。その便利っぷりは半端ではなく本作の後に他ゲームをプレイすると物足りなく感じるほど。かなり作り込まれています。
イベントの流れ、攻略情報の記されたイベントシートは今回も健在。しかしながら、本作は「パルフェ」よりも難易度はだいぶ低いため、お役立ち度もそれなりです。移動選択時しか見られなくなりましたし。
イベントシートとは別にイベント回想機能が追加されました。Hシーンだけではなく細かいイベントも見ることができます。個々のイベントの面白さが光る丸戸史明氏の作品には待望の機能ではないでしょうか。
メッセージスキップは既読未読を判別して非常に高速です。本当にすっ飛ばしているのでメッセージはほぼ読めません。
バックログは別画面で行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですが戻れる分量は程々です。ロード直後でも使用できるのはなかなか便利。
お馴染みとなったテキストカラーは今回も。相変わらず書き分けの優れたテキストゆえにありがたみは薄いですが、性格の表現の一端としては面白いです。
新たに「次の選択肢へ飛ぶ」と「ひとつ前の選択肢に戻る」が追加されました。繰り返しプレイには実に便利です。しかも、前者は飛ばした後にバックログを使用しても問題なく閲覧可能なあたり設計者の心配りを感じます。
シナリオは中途から始まります。寮内のヒロインたちと主人公はゲーム開始の時点ですでに十分すぎるほどの絆とでもいうべきものを築いており、出会いから始まる他ゲームでいうなら中盤から終盤にかけてくらいの状態です。その歴史についても必要最低限以上に語ることはなく、現在の状況も知っていることを前提に語っていくので主人公とプレイヤーの間にはいつまでも距離があり感情移入はしにくく、主人公=プレイヤーという図式は成り立ちにくいです。
丸戸史明節とでもいうような流れるような日常の掛け合いは本作でも変わることなく魅力を放っています。特殊なネタに頼ることなく作品内で完結するネタで勝負しているのも相変わらず。非常に好感が持てます。それができるのも高いレベルで立っているキャラクターを擁しているからこそ。
しかしながら、本作においてはいつもの長所もやや微妙な面も。構成の面からして終盤に至るまでに寂寥の感だとか郷愁の念だとかそうしたものを養わなければならない作品の場合、必ずオチがあるようなネタっぽい会話は相性が悪いように思います。笑いがとれる会話だけでなく、後から思い返して貴重に思えるような何気ない普通の日々ももっと必要だったのではないでしょうか。
シナリオレベルは高い山ばかりが揃った「パルフェ」と比較してしまうとやや厳しいです。特に羽山海己のシナリオだけが演出も含めて頭ひとつ抜け出ており、他のシナリオが場合によっては引き立て役の格好になって、良くない差別化が確立できてしまっています。
Hシーンは基本的に1人3回ずつ。例外を除けばですが。私見ではキャラクターの感情が高ぶり過ぎるシーンが多く見られたように思います。他の作品とはエロ度の意味が異なるような気も。
CGは今回もHシーン用に多く割かれています。ゲーム規模からしてもうちょっと枚数を増やすか、そうでなければ日常にも回して欲しいところです。重要度の高いHシーン用CGはエロいものとそうでないものに妙に差があるように見受けられました。
立ちCGはイベントCGにも負けることのない秀逸な仕上がり。ぶっちゃけ日常のイベントCG枚数が少ないことが目立たないのはこれと軽妙なテキストのおかげです。とにかく目まぐるしく様々な姿を見せてくれます。立ちCGの優秀な作品はその重要性を再確認させてくれます。
忘れてはならないのが背景。立ちCGとうまく融合して目立ち過ぎることなくその存在を主張しています。島の雰囲気の一端もしっかりと打ち出せているかと。ただ、ひたすらにスクロールするのはどうかと思います。
音楽は島の雰囲気を表現することを重視した穏やかな曲を多く用意。普段は後ろに控えていますが、押すべきところでは強烈にその存在を主張してきます。曲数も多くサントラも十分に聞き応えがあります。
ボイスは賛否が非常に分かれそうなキャスティングになっています。演技そのものは問題ないのですが、どう聞いてもヒロインの設定年齢(十代)通りに聞こえない方が2名いて相性問題を引き起こしそう。声優の起用方針に変化でもあったのでしょうか。
まとめ。思ったほどにはまとまりきらなかった作品。どこか焦点がズレているというか、素材の全てが同じ方向を向いているとは言い難いように思います。もちろん高すぎる期待ゆえに、という面もありますがそれだけでもなく。理想の完成型が見えていたのでしょうか。
それでも高いレベルでまとめあげたのはスタッフの実力ゆえ。今後も信頼は変わることなく期待したいです。
お気に入り:三田村茜、羽山海己
評点:83
以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。
1、沢城凛奈
南栄生島シンドロームと言ってもいい彼女。そこに同調するためにはいかにこの島に愛着を感じられるかが重要な訳で。まぁ、凛奈に限らないんですけど、思い出と呼べるものがプレイヤー視点ではあまりないのが問題。春から始まって楽しい日々を重ねながら徐々に進んでいく季節。秋が終わる頃に自然と寂しさが沸き上がってくる、そういうのが必要だったのではないかと。ましてや、島の生活が終わった後に日常生活にすら影響が残るほどだってならなおのこと。いかにもイベントらしいイベントばかりであったのが原因かなぁ。
マラソン大会が最も盛り上がったポイントであったというのも物語としてはキツイ。愛人問題なんてないも同然の薄さでしたし。ピーターパン絡みのイベントにしても引き立ったのは凛奈ではなく海己であるという皮肉。パッケージヒロインならもうちょっとなんとか。
ボイスも色々と微妙。やはりこれで10代というのは承服しがたいものがありましたよ。コンシューマーとか作ったらボイスはこのまま、クレジットも表のにはしないんでしょうか。あ、どうせ錬金術士さんはリバーシブル仕様(違)デスカ。
2、六条宮穂
動機が明らかでない、というのが一番の問題か。種明かしはしているのにとてもそれだけでは納得できないという理由。よしんば寮に入りたくなった理由として納得したとしても好きになる理由としてはあまりにも苦しい。それでもまぁ、良しとしたとすると今度は思いを深めていく描写が削られている。ゲームが始まるまでのおよそ3ヶ月。ゲーム序盤の印象の薄いイベントの数々を考えると仲良くなる前に色々と理由を求めるしかありません。
自由研究一連の流れもねぇ。主人公が好意さえ自覚していないのに文句も言わずに付き合うのも謎であるし、最後の会報のオチも無理があるのではないかと。特別、南の島でなくとも最低9ヶ月以上も太陽と風雨に晒されれば黄ばんで何も見えなくなっていることでしょう。
一部で言われている髪がきしめんという問題。立ちCGくらいなら気にならないのですがアップになると正直、駄目でした。自然にモニターから首が遠ざかっている自分を発見したり。
3、浅倉奈緒子
声の件に関しては凛奈と同じかそれ以上。正直、キャスティングのセンスを疑います。「パルフェ」ではあれほど感心させられたのになぁ。
これも肝心なことはやっぱりよくわからない。辻崎さん関係の詳細な話がわからないだけにどちらかというと奈緒子に悪印象を持たざるを得ない。っていうか裏であっても表であっても迷惑な存在であることに変わりはないんでしょうね、きっと。辻崎さんからするとホントに意味がわからない。タチの悪い酔っぱらいとどれほどの違いがあるのかねぇ。むしろ酔っていないからタチが悪いのか。
感覚では笑いの半分は彼女から与えてもらったものだけれど、それも昔の関係を踏まえると微妙に感じられてしまう訳で。どこか白々しいというかギャグがギャグでなくなってしまうというか。意味が違って聞こえてしまうように感じてなりません。
一年半の意味もあってなきが如しというのもなんだかねぇ。特に何があった訳でもないというのはちょっとどうかと。どうせなら「辻崎さんが現れたからこそ主人公と向き合う気になった」、ぐらいにすれば良かったのに。主人公にしたってどうしていきなりねぇ。こうした理由付けは先達である「Ripple」、「ショコラ」、「パルフェ」では書かれていただけに不備がとても残念。
4、藤村静
始まった時にはもうエピローグ同然。出会いから懐くまで、両親との確執、寮で暮らすようになるまで、皆に愛されるようになるまで、これら全てがすでに終わっているというのはやはり如何ともし難く。例えば「家族計画」の末莉シナリオで良太やその両親との対決をカットして盛り上がったでしょうか。
いいところは全て終わってしまっているように思えてなりません。学園でのちょっといい話の数々なんて本当にエピローグ的内容ですよ。
最後の締めは少し良かったですけど、代わりにそこにたどり着く展開はかなりグダグダ。無理矢理、平地に乱を起こしているようにも見えて興醒めでした。
5、桐島沙衣里
恋人形成までの流れは最もまともでしっかりと手順を踏んでいて驚き。本作では実に貴重なサンプル。こういうところでも示される本作の隠れテーマは実は「意表をつく」ではないかと思ったり。
シナリオの見所はやはり職員会議に繋がる流れか。隠れMVPとしては三田村隆史を上げたい。さり気なく便利で重要な役割なんですな。まぁ、舞台裏的な意味ですけど。
実は一番まともな成長物語として書かれているという。一歩下がって考えると微妙な気がしないでもないです。唯一の成人ヒロインなのに。
6、羽山海己
専用ボーカル(?)が用意されているあたり、従来作の裏ヒロインほどではないものの特別度は高いです。シナリオにも明らかに力が入っているのを感じます。
しかし、それでも不足感を感じることは色々とある訳で。静と同様に主に過去エピソードの具体的な描写がほとんどないので、特殊な心理状態をどこまでも想像で補うしかないというのがちと問題。これって明らかにシナリオのイメージを左右してしまう箇所なので。個人的には幼少の主人公との別れも数年前の再会も全く描かれてないのが物足りない。これでは再び離ればなれになることへの海己の恐怖なんてわからない。
海己に関連するポイントとして食事シーンが随分と少なかったのが残念。リビングもないような寮ではまさにここでみんなとの繋がりを描くべきであったように思います。メンバーに離れ難いほどの何かを感じないのはこうした小さな積み重ねが足りていないからではないかと。海己に限った話ではないけど、普段各々が自分の部屋で何をしているのか全くと言っていいほどわからないのもなんだか。せっかくの同じ屋根の下、なのに。
羽山家と星野家の問題については脅すだけ脅しておいて解決へのアプローチ不足だったように思います。文化祭における海己の凛々しい姿を見せるべきは他にいるでしょう。それに海己の勇気は見せてもらっても(ここだけ抽出してみると実に良い出来)主人公のは見せてもらってないような。
7、三田村茜
もうこれは全面的にテキストと演技の勝利。枷があまりないとはいえ、記憶に残るセリフの数々は本作において実に貴重。たった一度のゆったりしたスピードのために普段のマシンガントークがある、というのは基本にして王道。
正直、シナリオがあっただけで満足しているのですが、客観的にみると分量不足は否めなかったのではないかと。約束の日の後に7人目のヒロインとしてしっかりと描かれていれば完成度は飛躍的に高まったであろうと思えるだけに。作品のオチとしても申し分なかったでしょう。サービス的な面も含めてそこがもったいない。
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