冷静に考えて自分は何をすればいいのか。
セキュリティカードをパネルに当ててビルの正面玄関から出た省吾は途方に暮れて空を見上げる。リモートワークが大半になっている中、プロジェクトリーダーの省吾は何故か本社勤務が増える不思議。どちらかと言えば只管集中していたいがそうはいかず鞄を手に大きく伸びをした瞬間、背後から弾んだ声が聞こえた。
「伊能さん!」
そこそこの人数のいる本社ビル前の街路に両手から溢れる花束を思わせる甘く華やかな声の主が振り向く前から判り、そして視線が突き刺さるのを省吾は感じる。
「こんばんわ」
「こんばんわ……」
まるで子犬の様に本社ビルから駆けてくる新入社員女子の乳房は一歩地を踏む度にぶるんと跳ねあがりしなやかな黒髪もそれを真似る。淡いピンク色のワンピースが清楚可憐な顔立ちにとても似合うが、ぷるんぷるんと跳ねまくる凶悪な乳房は淫猥としか言い様がない。クーパー靭帯断裂するぞと内心焦り、省吾は彼女を手で止める。
「天音さん、消えないから落ち着いて歩こうね」
「は、はい」
挨拶よりも大声で呼んでしまった上に走ったのを留められたのをはしたないと感じたのか口元に手を当てて恥じらう彼女の頬が染まる。実に可憐。そして目立つ。静々と恥ずかしがりながら歩く彼女を追いこしていく社員達の視線は愛らしい彼女の様子を見ていたのか注がれる…主に胸に。顔が五分で胸が五分。胸は注目するポイントではないと思いながらつい視線を注いでしまう牡の本能は理解出来なくもない省吾はふうと息をつく。
「お仕事お疲れ様でした」
目の前まで漸く辿り着いた彼女がふわっとした甘く包み込む様な柔らかな声で話しかけてくる。玄関で夫を出迎える新妻を思わせる滑らかで恥ずかし気な蜂蜜声に癒されるのを実感しつつ、省吾は彼女に少しだけ笑いかけた。
「天音さんもお疲れ様」
「はい」
にこっと幸せそうに微笑んだ後、もじもじと指を動かしている彼女の頭を撫でてやりたいが本社ビル前でどうしたものかを悩んだ後、この前彼女に提案した役割を思い出して省吾は軽く曲げた肘を彼女へと差し出す。
「一緒に帰ろうか」
「……。はい!」
派手ではない、どちらかと言えば静かに無風の野に咲く花の様な清楚な彼女の愛らしい顔に浮かんだ、その弾んだ声そのままの明るく喜びに満ちた…無防備過ぎて男としては少し困る笑みに省吾は苦笑いを浮かべる。周囲にはどう見えているやら。超巨乳の美人新入社員とお付き合いしている不愛想男と言った所か、視線が刺さるささる。おっかなびっくりと言った体で肘に手を滑り込ませ、至近距離に寄った彼女から甘い花の匂いが漂い省吾の鼻腔をくすぐる。
残念ながら彼氏ではない。
『偽彼氏』
それが巨乳故か周囲の男の視線に困っていた彼女へと提案した省吾の役割である。
彼女が行きたいと言っていた喫茶店で軽く茶を飲んでいる間に降り出した雨に、やや迷った後タクシーでマンション前まで送った後、エントランスで少しだけ濡れた髪をハンカチで拭っていると彼女がじっと省吾を見上げてきた。
「あの…、よろしければ上がっていかれませんか?雨が止むまでお茶でも」
「今飲んだばかりだよ」
偽彼氏なのだから線引きをする省吾だがじっと見上げてくる彼女は少し濡れたせいか迷子の子犬の様に切なげで、暫しの沈黙の後、柔らかそうな唇が何度も動き、そして漸く言葉を紡ぐ。
「……。上がっていただきたい、です」
声フェチには堪らない極上の蜂蜜声での舌足らずなお願いに、頭がくらっとする。少し鼻のかかった甘く澄んだ声が耳元で囁くと脳の芯まで揺さぶられている様な麻薬になるのは既にこの前の社員旅行の露天風呂でよく判っている、が、判っているからこそ距離感が大切なのも判っていた。まだ処女の怖がりな、それでいて快楽にかなり素直なお嬢さん。こんな危なっかしい存在はとっとと意中の男が掻っ攫ってくれればいいと思いながら、その彼女の「好きな男」に蹴りを入れたい気分もする。
「じゃあ一時間…いや三十分限定。時間が切れたら速攻で帰るよ?いいね」
「はい!」
にこにこと幸せそうに微笑む彼女の持つ鍵が、そもそも今居るマンションのエントランスが、どう考えても初任給ちょっとのお嬢さんが住むには無理があり過ぎると気付かなかったのは、省吾のミスである。どうせ家族がいるかすぐに帰ってくると思っているのもあった。そこも確認しなかったミスだった。
「お父様とお母様は本宅に住んでおりますが?」
どう考えても億ションと言われる高額物件の居間に通された省吾はその言葉に濡れた鞄を掴んで踵を返したが、がしっと彼女に手を掴まれて足が鈍る。それでもずりずりと彼女を引きずりながら玄関へと戻る省吾に、濡れたワンピースから着替えた白い部屋着姿の人が頬を膨らませた。
「きちんと、髪を拭いてください」
「お嬢さん、ちょっと無防備過ぎやしませんかぁ!?」
「私、きちんと着替えています」
そう言う彼女の姿は通勤用ではあるらしい淡いピンク色のワンピースではなく、部屋着らしい白いワンピースだったが、部屋着と言うよりネグリジェ、それも男との交わりを前提としている煽情的に乳房を強調している物だった…いやそれは超巨乳故の差別だろうか?だが豊か過ぎるたっぷりとした美乳を包む白い布は半球の六十%程を包んでいるだけであり悩ましい谷間はくっきりと露出しており、既に見て触れて舐めてしまっている可憐な乳首や乳輪は布を少し指で引っ掛けてずらせば見えてしまうであろう。こんな格好で男の前に現れては犯してくれと言わんばかりである、いや、それは超巨乳の罪であって彼女自身にはそんな考えはないのかもしれない。だが省吾が男であるのは露天風呂でよく判っている筈であり……。
「伊能さん、お嫌なのですか?」
「お嫌とかではなく!俺が獣になったらどうする気かな君は!」
警告の言葉に、彼女の頬がぽっと赤く染まる。
据え膳か?これは。いやでも彼女には「好きな人」がいる。
「でも…あの…、お願いは……ありまして……」
悪い予感を憶えながら省吾は廊下の途中で歩を止めて一応彼女へと振り返る。頬を赤く染めて自分を見上げてくる彼女の乳房は省吾の位置からはその大半が露出して見える…素材は気を遣ってあるのであろう白い布地はその下の可憐な薄い鴇色の乳輪と乳首を透かしてはいないのだが、若干乳首の尖り具合は浮かび上がらせており、上品な廊下の間接照明が卑猥な陰影を浮かび上がらせている。実に感度のいい乳首の感触を思い出し、思わず生唾を飲みそうになり踏み止まる。飲んだら負けだ空気に呑まれる。
「あの夜から、胸が……その…むずむずします……、い、いのうさん……たすけて、くださいませんか……?」
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99『セックスは駄目だけど』
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