奏江は悪戯好きな少女だった。
混浴温泉にお隣の仲良し一家で出掛けはしても親同士は何気なく父親同士母親同士で別々に温泉に入り二家族纏めて混浴大露天風呂に入る事などない。当然、中学三年生の奏江と蒼佑が一緒に入るなど有り得ない、筈だった。
【蒼佑、後で内緒で一緒にお風呂入ろ。夜中の1時。いいよね?】
親同士が仲良く酒盛りをしてカラオケで盛り上がり隣り合う客室へと戻る廊下でこっそりと幼馴染に囁いた奏江に、同い年の異性がぴくっと身を強張らせた。同い年でお隣同士、物心がつく前からずっと一緒にいる少女と少年が互いの恋心に気付いたのがつい一か月前。そして唇が触れるだけの軽いキスをしたのがつい先日だった。――子供時代のビデオでは頬や口にキスなど何度もしていて奏江の父親はそれを見る度に憤慨するのだが、今は確かにそれが恥ずかしいやら気まずいやらで少女は落ち着かない。抱き着いたりなどと子供特有の無邪気なスキンシップは今より昔の方が明らかに多い。キスをしてからあまり話をしていない。いや避けられている気すらする。
「大体、ずるい」
ぽつりと呟いてから奏江は女風呂から露天風呂まで身に着けていたビキニのブラジャーの背中の金具を外す。一瞬の躊躇いの後、するりと脱いだ子供っぽいピンク色の水着の下は、そこそこ…いや同級生の中では結構育っている乳房で、湯の中でぷるんと弾んだ。湯の中で露出した乳房をじっと見つめる奏江の頬が赤く染まる。自分もそれなりに女らしい身体にはなっている、が、蒼佑はもっと男の身体つきになっている、筈、である。背が伸びた。声が低く変った。昔は同じ様な身体つきだったのに、キスをした時は奏江は背伸びしなければならなかったし、陸上部の蒼佑はなかなか女子の間では人気があり、それは無性に腹が立つ。盗み見ている蒼佑は筋肉がついているけれどそれが嫌味でなく、だが足も長くて見栄えがいい。胸板も肩幅も格好いい。それに苛立つ。
湯の中で密かに自分の乳房に両手を当てるとそれなりに膨らんでいる乳房は柔らかく、思わず奏江は揉んでしまう。多分蒼佑の胸はこんなに柔らかくはない筈で…それは蒼佑は逆にどう感じるのだろう、自分の胸を想像して悶々とする事もあるのだろうか?キスをしたと言う事は一応男女の睦まじい中に進展していると考えてもいいのではなかろうか。
危惧していた他の客もいない広い露天風呂をもう一度見回し、奏江は生唾をごくりと飲む。
やり過ぎな気がする。
でも蒼佑と二人きりになれる機会はもう…いやそれはない有り得ない。だがせめてほんの少し距離を詰めてもいいのではなかろうか?ワゴンでも三列目に並んでいるのに左右の窓側で視線も合わせない旅行に奏江は焦りを覚えている…結果、負けず嫌いな少女は大胆な行動に出てしまう。
暫し悩んだ後、奏江はビキニのパンツも脱いでいた。すぐ脇の岩の上に脱いだビキニを置き、そして月明かりと灯篭の灯りの下目立つビキニのピンク色に慌てて小さな布を岩と茂みの間に隠した。
「お前、ふざけるなよ」
「やっと来たか体育会系ー」
ぶっきらぼうな声をかけながら露天風呂の中に足を入れて歩いてきた蒼佑に奏江はひらひらと手を振った。どきっとして声が上擦りそうになりながらへらへらと笑顔を作る少女は、目の前の少年の姿から目を離す。嘘。これはない。卑怯だ。同じ中学三年生であるにも関わらず幼馴染の身体はまるで大人の男性の様に逞しく異性に慣れていない奏江は逆上しかけながら、胸の鼓動に口をぱくぱくと動かす。水着を脱がなければよかった。ずるい。幼馴染ばかり大人の男へと変わっていくけれど、でも自分とて昔のつるぺた寸胴のままでなく…今、何も身に着けていないのがとても不安になってくる。自分で冗談で仕掛けたのに、もしもこれで蒼佑がその気になってしまったら抵抗らしい抵抗も出来ないままに自分は犯されてしまうかもしれない。いやでも相手はキスの後に何もしてこない朴念仁であって、もしかしたら焦って見苦しく慌てふためくのかもしれない。うん。そう違いない。
「まぁまぁお隣に来なさいな」
「婆臭いぞ。――!?」
すぐ近くに来た瞬間、びくりと一瞬蒼佑の足が止まった。どくんどくんと鳴り止まない激しい鼓動に奏江は天頂の満月を見上げる。
「座れすわれ青少年」
「お前も餓鬼だろ」
男が、少女の隣に腰を下ろす。
何か茶化してやろうと考えていたのに言葉が紡げず、奏江は何度も深呼吸を繰り返す。湯口から溢れる湯の音だけが支配する露天風呂に秋の夜風がふわりと流れる。間が持たない。それなのに、この間が永遠に続いてもいいと思ってしまう自分に奏江はついていけない。長湯で逆上せるには程よい温度の湯が身体を適度に温めてくれる…だがその湯は幼馴染の男にも触れているのだ。奏江と違い蒼佑の学校指定のスクール水着はビキニなどでなく臍下から腿の途中までを隠す形だったが、僅かに先刻見てしまった股間が脳裏から離れない。もしかしたら多分平坦ではなかった気がしなくもないかもしれない多分。蒼佑が、自分で生理現象してしまうのは有り得るのだろうか?いや有り得なければそれはそれで許せないが、だが陸上のユニフォーム姿でどぎまぎしている自分と比べてそれは余りにもケダモノではなかろうか。
どれだけ時間が経っただろうか。痺れを切らしたのは奏江だった。
「ねぇ。ちょっとは何か言う事ないの?」
「それは俺の台詞だ。こんな時間に呼び出すって何考えてるんだよ」
「……。だって蒼佑、私の事無視するんだもん」行きの車内の気まずさを思い出し頬を膨らませた奏江に微かな舌打ちの音が聞こえた。「何それ。人にチューしといてそーゆー態度する訳?」
「おま……」
頭に血が上り咄嗟に蒼佑に思いきりお湯をかけ、そして奏江は盛大に両手を上げている自分の格好を思い出し、凍り付く。湯あたり対策に浅めの岩の上に座っていた奏江の膝と乳房の上三分の一が湯から出ていたその乳房が、お湯をかけて伸ばした背に、完全に湯の外に露出している。しかも万歳の体勢の為処理しているものの脇の下まで晒して。
かあっと耳まで真っ赤になっていそうな顔の熱さと同時に幼馴染の視線が自分の裸身にはっきりと注がれているのが判るのに腕を下ろせないし視線も外せない。どくんどくんと全身が脈打ち、湯の中で柔毛が揺らぐのを感じてしまう。脱がなければよかった。目の前の異性の目には自分の裸身はどう映っているのだろうか。ずるい。自分ばかり大人の身体になって…でも少しは自分を女だと気付いていてくれているのだろうか?
「水着着用しろって書いてあったよな」
「……。共犯に、なって」
自分の言ってる事が理解出来ない。目の前の男が焦ってくれないのが怖くて、ひっぱたいて後にしたいのに甘えたい。今にも泣きそうな気分になって唇を尖らせる奏江の前で、目を逸らし、宙を睨み、首を傾げ、暫し考え込んだ後、蒼佑が口を開いた。
「お前が悪いんだからな」
「私ちっとも悪くない」
反射的に言い返す奏江の目の前で立ち上がり、蒼佑がゆっくりとスクール水着を下ろしていく。
「……」
毛が生えてる。いや奏江とて柔毛が生えてはいるが、蒼佑はスクール水着の上端の真下辺りからみっしりと剛毛が生えている。ただでさえ近い距離に座っていた蒼佑が立ち上がり脱ぎ始めると、それは奏江の目の前になる。下に向かって生えるのでなく臍に向かって生えている剛毛と、そして、少し下ろした瞬間、ぐいっと勢いよく水着の中から跳ね上がったモノを奏江は直視してしまう。月明かりの下でも赤黒い。筆箱程の直径だが、多分、いや、長さはそれよりある。可愛い円筒形ではなくごつごつと軽い凹凸のある擂粉木の様な棒に根の様なものが浮かび上がっている…それが血管だと数瞬後にやっと理解出来る。そして卵を乗せたみたいな、先端。猫や犬の鼻面が少し変で、でも茎よりも確かに大きな先端に奏江は気圧されてしまう。
「ガン見するか?普通」
「だ…だ、だ……って……すごい……」
見ている間に力が抜けたかの様に湯の中にぺたりと座り込み腕を落としてしまった奏江に、どこか気まずそうに口元を歪めた蒼佑がそのまま水着を脱いで岩の上に置いた。
「触ってみるか?」
「え?な?え?え?――やだっ!何考えてるのよドスケベど変態!」
「全人類絶滅してしまえー!みたいな顔で言うな馬鹿」
どぽんと勢いよく湯に身を沈めた蒼佑が脱力している奏江へと手を伸ばし身体を引き寄せる。衝撃の光景に力の入らない身体が湯の浮力もあって頼りなく引かれるままに動き、そして少女の身体が男の腿の上に跨る形に乗った。
「……」
「お前反対しろよ。この年齢で露天風呂旅行とか馬鹿だろ。どうせお前の事だから混浴露天風呂とか意気揚々と入りやがると思ったらこんな真似までするかよ」
「だって……」
奏江の全身がどくんどくんと脈打つ。蒼佑の腿の分だけ水位に対して高い位置にある奏江の身体は乳房だけでなくウエストの近くまで湯から出て露出してしまっていた…そしてその場所は膝の上であり、幼馴染と向き合う体勢では当然何一つ隠せていない乳房は目の前な上、やや深い位置で乗ってしまった腰のすぐ正面に目撃したばかりの異性の象徴がそそり立っている。
「そうしていいって事だよな?」
「……。その言い方じゃ判んない」
「やらしい事して、いいんだな?」
「蒼佑の、馬鹿」
さぁっと吹く秋風が奏江の肌を撫でる…それは湯から出ている肩や乳房には少し冷たい筈だったが全身が熱くなっている少女には火照りを冷ましてくれる様で心地よい。
「今までやってる事しか今日はしない」
「……。意外とケチ。こーんな可愛い子が膝の上に座ってるのに軽いチューだけとは。蒼佑インポだな?」
「あれだけ凝視しといて不能扱いしやがるか。――今までやってる事、までだぞ?いいのか?」
「いいよ。チューでしょチュー。めりけん映画ですらやらん様な瞬間的接触ー。身体がエロく育っててもおこちゃまだわー蒼佑」
ふうっと目の前で息をついた後、いきなり奏江の顎に手を添えた蒼佑は唇を重ねた。それだけでも二回目のキスに凍り付きそうになってしまう奏江の唇に重なっている唇が、ゆっくりと動く。一回目は短時間ただ触れただけの唇が重ねられたままそっと撫でる様に動くそのいやらしい動きに男の膝の上でびくんと少女の身体が震える。幼馴染の唇が奏江の下唇を上下から挟み甘噛みするかの様な柔らかな力が加えられ、歯を磨いたばかりなのだろうミントの匂いと味が奏江の唇に乗る。どくんと全身が鳴る。何度もなんども繰り返し奏江の唇を確かめる様に唇で食まれ、そしてじっくりと時間をかけてから深く重ねられた。いやらしい甘いキスだった。一回目の触れるだけのキスとは比べ物にならないそれを、物凄く勃起させている全裸の男に自分自身全裸の身を委ねたまま受け止めている奏江の両手が、気付くと蒼佑の胸板に自然に添えられている。
呼吸を忘れて甘過ぎるキスに溺れていた奏江は、静かに離された唇にはぁっと漸く吐息を漏らし、そのいやらしい呼吸の音色に少し身動ぎする。
「蒼佑、ずるい。こんなチュー、してない」
「お前すっかり忘れてるらしいけど、昔はもっとやらかしてるからな。映画見た後やたらとお前が強請るから散々やってたのに何忘れてんだよ…まったく」
「……。そんなの強請ってない。――でも…、えー…、でも…どんなチュー……した?」
「ディープまでがっつりやらされた。しかも下手だと殴られた。お前幼稚園児にハイレベル求め過ぎてたぞあれは」
「――んなのやってなぁい! ん、ぐ!」
思わず喚いてしまった奏江の唇を蒼佑の唇が塞ぎ、そして今度は舌が捻じ込まれた。ぐちゅりと歯を割って口内へと入り込む舌を咄嗟に押し戻そうとする舌が卑猥な動きで撫で回され、吸われ、歯を、歯茎を、幼馴染の舌が淫らに蹂躙する。気付くと蒼佑の舌を迎え入れる形で奏江の口が開かれ、唾液を混ぜ合う様な濃密な愛撫が繰り返されていく。んっんっといやらしい吐息を漏らしながら奏江の身体が蒼佑の腕の中にしっかりと抱き締められていた。胸板と乳房が柔らかに重ねられ、腰では互いの柔毛と剛毛がお湯のそよぎの中こそばゆく絡み合っている…当然、見てしまったあの剛直がその中にあり、奏江の下腹部に触れかけている。どくんどくんと全身が脈打ちのぼせている様な落ち着きのない感覚の中、確かに大昔こんな事をしてしまっていた気がして、奏江は蒼佑の舌に身体を任せてしまう。いやらしい舌遣いを幼稚園時代に強請るとは…いや自分ならやりかねない。多分当時そんな意識はなかった筈だけれど。
どれだけ長く貪られていたのか、そっと離れた唇に、唾液の糸が橋の様に伸びて垂れる。
「蒼佑の…えっち……」
「……。本当に憶えてないなお前。――お医者さんごっこも、やってるんだぞ?しかも、結構なやつを」
「……」
「憶えてないか」
呆れた様に諦めた様に息をつく蒼佑に、その首筋に顔を埋めてしまいそうになりながら奏江はそっと手を動かす。
異性の下腹部へと。
「……。それは、ちょっと憶えてる、かも」
Next
70『透明人間』
FAF202010082242