しとしとと雨が降る中、瑠璃さんの瞳はぼんやりと紅葉を見上げていた。
旅館で借りたとの話の綺麗な番傘をさしている金髪美女はクォーターらしく日本語も達者で通訳や僕の下手な英語の出番もなかった。白いニットの胸元を突き上げる乳房は大きく、微かに涙ぐんでいる緑の瞳がとても美しい。ここ一週間で急に冷え込んできた古都の紅葉よりもそれは人目を惹き、そして、表情は寂しげだった。
「ありがとうございます。きっと一人ならこの綺麗な景色を見る事もなく帰国していたと思います」
儚げな微笑みはぎこちない…当然だろう新婚旅行として予定していたこの旅の、挙式の直前に相手の男に隠し子がいた事が判り、しかも女とも縁が切れていなかったのだから瑠璃さんの胸の傷はまだ新し過ぎる。あまり人付き合いのよくない僕には彼女が今にも消えてしまいそうに見えて、一世一代の覚悟で駅前で声をかけて、そして二日経っている。一人暮らしのアパートには戻っていない。夜も一緒にいる。でも、何もしていない。二つ並んだ布団の一つで瑠璃さんが声を殺して泣いているのを、聞いているだけ。それでも僕は彼女と別れる事が出来なかった。
『犬みたいなものだと思ってくれていいです』
理由を聞く前にそう言った僕に、瑠璃さんは泣きながら微笑んだから。
ばちゃんと水音が鳴る。
外国人新婚旅行客も泊まるだけあって瑠璃さんの客室はかなり豪華なもので、個々の離れに露天風呂がついていた。瑠璃さんが入浴している間どうしても悶々としてしまいがちな僕はTVを点ける事も出来ないまま新聞に目を通す。処女じゃないよな。その酷い男があの胸を好き勝手にしたんだろうな。どうしても油断をすると考えてしまうそれらが汚らわしくて首を振る。とても綺麗な白い肌。穏やかで柔らかな声音。騒々しい大和撫子の誰よりもしなやかで綺麗な人が、障子一つ隔てた場所で湯あみしている。気にならないと言えば嘘になる。勃起しないと言えば嘘になる。
「智哉さん」
「はい!?」
「お風呂、入りませんか?」
びくっと揺れた僕の手から新聞が落ちた。いつも瑠璃さんの入浴後に風呂に入っても一緒に入る事は当然ない。
「――どうして、です?」
「雨が止んだから……」
瑠璃さんの声は大きくはない。消えてしまいそうな程細くて、でも胸にするりと入ってくる透明で綺麗な声の主で。
そして、いつも、泣きそうなとても悲しそうな声だから、逆らえない。
洗い場で背中を向けたまま身体を洗い、そして視線を逸らしたまま僕が湯船に入ると檜の湯船から湯が溢れた。温泉のにおいは殆どない。二人きりでの利用には十分過ぎる程広い湯船は二メートル四方はありそうで瑠璃さんに身体を寄せなくても十分に身体を伸ばせるけれど僕は入ったその場に座り込む。
「気持ちいいですね」
「いい温度です」
同じ湯船に瑠璃さんがいる。外国の治療用の温泉などでは水着着用が前提ではあっても日本に詳しい瑠璃さんが水着着用で入浴しているとは思えない。そして、当然水着など着用せず湯船に入る前に腰に巻いていたタオルを外した僕を瑠璃さんは咎めなかった。タオルを湯に浸けてはいけない原則まで知っているかは判らない。でも瑠璃さんのタオルは、僕のすぐ脇にある。
静かだった。いや、他の離れから聞こえてくる微かな会話やTVの音は聞こえてくるが、それは別の世界のものの様に遠い。湯口から源泉かけ流しの湯が溢れる心地よい音と、湯船の表面で漂い揺らぐ温かな湯気だけが絡み付いてくる。新婚旅行で使う予定だった宿でこんな時間を過ごすのは辛過ぎるだろう。静かで美しいから、より一層独りを実感してしまうだろう。だから犬が要る。それでいい。
「酷い話ですよね」
とても穏やかな声で瑠璃さんが口を開く。
「……。酷いです」
僅かな迷いの後答えた僕に、くすりと瑠璃さんが笑った気がした。
「酷いのは私です。とても、とても悲しかったのに、今こうして、智哉さんに感謝してしまう」
「何もおかしくないし、酷くないです。瑠璃さんは…傷付いたのだから癒されるべきで、セラピードッグでもテディベアでも僕はどう使われてもいい」
「それでも智哉さんは、一人の人間です」
「いいんですよ。ろくでなしよりマシな犬になれば光栄です」
ぱしゃっと水音が鳴り、そして、湯船でついていた僕の手に、女性の華奢な手が重ねられた。
「――でも…私は酷い人間です……、智哉さんが優しいから、慰めて欲しいなんて……」
何秒か、いや何十秒か、迷ったかもしれない。誤解で彼女を傷付けたくなくて考え続けた結果、僕はゆっくりと首を巡らせる。
障子越しの部屋の照明と露天風呂の隅の灯篭の灯りの中、瑠璃さんは何一つ纏っていない姿で僕をあの綺麗な緑の瞳で見上げていて、そして気恥ずかし気に視線を逸らした。
「寝ていただけませんでしょうか…?その、並んでではなく……」
湯あたりではなく艶めかしく染まった頬の上で金色の睫毛が震えていた。
瑠璃さんは、処女だった。
白い布団の上で薄桃色のたおやかな肢体が前後に揺れる。乳房が、跳ねる。出来るだけ優しく接しようとして欲望を抑えにおさえてほぐした身体は、淫ら極まりない敏感なものだった。つい集中して舐り続けてしまった乳首を瑠璃さんはとても恥ずかしがったがそこは過敏で音を立てて吸い付く度に瑠璃さんの下腹部からは愛液が溢れ、だが処女特有の水の様な粘度の緩い愛液は、全身くまなく舐り続け、四つん這いにさせて綺麗な窄まりに舌を捻じ込む頃にはぬるぬるのいやらしい粘度を帯びていった。恥ずかしいのと何度も小声で哀願されても僕は枕元の行灯だけは消さずにいる。白い腰に、腰の下に敷いたバスタオルに破瓜の血が絡み付いている…でも色濃くはない。それでもたっぷりと解してからの処女喪失は痛かった筈だった。瑠璃さんは泣いた。泣いてもなお綺麗で、そして、泣く瑠璃さんを止めなかった。その胸に誰がいるかは聞かない。泣けばいい。泣かせてしまわなければいけない。
激しい抽挿に瑠璃さんの身体が布団の上で仰け反る。外人にしか見えない金髪が白い布団の上に広がり、僕が左右に大きく広げさせた真っ白な脚の間で、髪よりやや濃い気がする金褐色掛かった薄い柔毛の奥で淡い色の粘膜の底を赤灰色のモノがずぶずぶと貫き、引き戻し、瑠璃さんを犯す。熱い。僅かに硬直が抜けてきた牝肉は剛直に従順に従おうとするかの様に絡み付き吸い付いてくる。綺麗な声で瑠璃さんは鳴く。名前を一度も呼び間違えない。徐々に、徐々に、瑠璃さんは花開いていくかの様だった。布団を握って離さなかった白い指が、戸惑う様に揺れる。吐息が詰まる。膣奥を突き上げる度に、極上の身体が淫らに跳ねる。汗に塗れ、くねる。
慰めセックスと言うものがどの程度すべきなのかは僕は知らない。
でも適当な安易なものでは癒しにはならないだろうし、瑠璃さんの処女喪失として申し訳ない気がした。身勝手な性交で射精するのは避ける以前に僕は瑠璃さんを執拗に犯す事に集中して堪え続けていた。仄明るく畳と香の匂いのする和室の布団の上で、汗塗れの男が女に腰を打ち付け、唇を貪り、結合部からぐちょぐちょと淫猥な濡れた音が籠もり、大きな乳房を捏ね回す度に瑠璃さんは首を振りたくる。
「瑠璃さんは、自分の胸が嫌いなのかな」
「はしたなくて…はずかしい……の…っ、駄目ぇ……っだめだめだめぇ……っ智哉くんだめぇっつまんじゃだめぇぇぇっ」
乳首を摘まんで引っ張るだけで瑠璃さんの熱い牝肉が僕のモノをぎゅっと締め付けてくる。汗塗れの乳房は搗き立ての餅の様に柔らかく指が深くまで沈み込むのに、日本人女性ではまず見ない程大きな乳房はたぷんと綺麗な形を崩させてもなお惨めに垂れず重みを感じさせず美しい釣り鐘型を保っている。こんな身体で処女のまま初夜まで我慢しておいて何で他の女を選んだのか…そう考えかけ、僕はぐびりぐびりとうねり続ける瑠璃さんの牝肉に絞られながら、可憐な乳首に軽く歯を立てながら音が鳴るほど鋭く吸い付く。
「だめ…ぇっ……智哉君…こわい……こわいの……っ」
声が上擦りそうになるのを堪えながら、ちゅぽっと乳首から口を離すと唇より薄い色の乳輪全体が鴇色に色付いていた。
「何が怖いんです?」
「身体のなかが、はじけそうなの……、こわいの……」
「あー…、それなら、気にせず存分にどうぞ」
「や……っ、こわいの、智哉君、こわいのっ」
まるで幼女の様に縋る様に訴えてくる瑠璃さんの頭を抱き込み、上へと逃れようとするのを抑え込みながら僕は腰を振る。結合部から溢れた愛液と先走りの混ざった潤滑液と大量の汗で滑る腰を打ち付ける大きなあからさまな音がぱんっぱんっぱんっと鳴り響き、瑠璃さんが僕の名前を呼ぶ哀願の声と綺麗な、とても綺麗な鳴き声が溶ける。今この瞬間、瑠璃さんの恨み言が全て僕に向けばいい。例の男が脳裏から離れるなら犬でも何でも構わない。ぐびりと瑠璃さんが僕を締め付けて膣奥へと招く蠢きを繰り返す。白い内腿が震え、白い指が、布団を引き裂きそうな程強く爪を立てる。
「瑠璃さん…膣内射精、していいかな」
びくっと一瞬身を強張らせた後、瑠璃さんは微笑んだ。
今にも泣きだしそうな悲し気なそれだった。
翌日、ここ二日と変わらない穏やかな空気の朝食の後、僕は瑠璃さんを空港まで送った。
まだ身体が辛いのか少し腰が引けている彼女に痛み止めとミルクティを渡し、僕はベンチの隣に座る。
元から会話は少ないのだが、二人の間の空気は昨夜から変わった様には思えなかった。だが瑠璃さんは悲し気ではなくしかし明るいとも言い難い。元から物静かな女性なのだろう。
「ありがとう。――智哉君がいてくれて嬉しかった」
「少しは役に立ちましたかこの犬は」
僕の問いに瑠璃さんは微笑んだ。透明な、寂し気な、だが今にも消えそうではない笑みだった。
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67『獣のように』
FAF202010062238