Simeon Ten Holt






オランダの作曲家、シメオン・テン・ホルトは1923年生まれと
いうから、ライヒなどのアメリカ・ミニマル第一世代よりもさらに
一回りほど前の世代で、60年代にはセリー技法を用いていたとい
う(つまり調性的で聴きやすい現在の作風とは大きく異なり、前衛
音楽の作家だったということである)。以下に紹介するディスクは
近作を収録するもので、数時間にも及ぶピアノ中心のミニマル的作
品を聴くことができる。

ビートの陶酔という真っ当な音楽の気持良さを得られるミニマル・
ミュージック、実はピアノ・ソロのための作品はそう多くはない。
ミニマルの多くはアンサンブルの形態を取っているし、最近ではコ
ンピュータや大編成のオーケストラなどが主流になっている。ピア
ノは本来旋律楽器と打楽器の特質を併せ持っており、ペダルを踏め
ばアンビエンス豊かに旋律を歌い、踏まなければタイトなリズムも
刻めるこの便利な楽器がなぜかソロで使われることが多くないのは
残念なことである。
そんな中、テン・ホルトは作品リストの半数程をこの楽器で埋めて
おり、多くは演奏時間が20分を越えるものだ。録音が少なくディ
スクの入手も難しいために音を聴けるものは少ないが、ミニマルの
流れに位置するピアノ音楽の豊富なカタログを持つこの作曲家の存
在の独自性に興味を引かれる。



Simeon Ten Holt
"Soloduiveldans" Nr.2, Nr.3
Polo de Haas (piano)
(Clavicenter,1992?) PDH 250901



さてこの作品は、ある時リズムとフレーズが鮮やかに変わる、その
瞬間を心待ちにする音楽であるかのように思える。反復は陶酔を生
み出すと同時に変化への感覚を鋭敏にする。酔いながらも「待つ」
のだ。この音楽はあくまでも快速なビートで貫かれていて、ひとつ
のフレーズの繰り返しが多い。したがって、聴きながらリズムは取
れたとしても「いつ、次のフレーズが出るか」、その瞬間を記憶す
るまでにはかなり聴き込まなければならないだろう。もちろんこの
ような音楽の喜びは素朴なものであって(それでいいのだけれど)、
時間芸術である音楽における「繰り返し」の意味を体感する興味深
い対象としてもこの作品を捉えるなら、もう少しは深く聴いたこと
になるだろうか。

シンコペーションを多用した鮮やかなビートは、ペダルを控えたタ
イトな旋律線との境界が曖昧で、「リズムが旋律になる」あるいは
その逆と言ったような相補的な構造を持っている。それはちょうど
対位法による音楽のように、互いに等しい線の重なり合いであり、
聴きながら追いかける対象が移動しうる響きである。

なお演奏しているポロ・デ・ハースも作曲者と同じオランダ出身の
ピアニスト。現代作品に特に求められる難しさをさらりとこなす素
晴しいミュージシャン。ライヴ演奏でこれだけの長編を弾き切るこ
とは注目に値する。ハースには自作もあり、初期ライヒの『ピアノ・
フェイズ』風の徐々にずれていく構造を持つ曲を書いて、演奏して
いる。

1999.12.08



Simeon Ten Holt
"Canto Ostinato" Version for two pianos
Kees Vieringa/Polo de Haas (two pianos)
(Emergo,1996)EC 3944-2




ホルトの大作『カント・オスティナート』2台ピアノ版。全体に
"Soloduiveldans" よりもテンポが遅く、旋律は確固としたリズム
に支えられながらも叙情的である。わずかずつの変化を伴いながら
同じフレーズが反復され、そのフレーズ単位で区切られた106の
セクションが切れ目なく75分間交代し持続する。セクションの交
代は気付かないほどに流動的であったり、時に劇的な変化にもなる。
こうした接続の自然さと驚きの快さが、ユニットとその構成で作曲
をするホルトの音楽の特質である。

繰り返しと叙情との関係とは。親しみと慈しみに満ちた旋律は繰り
返されると、さらに強い印象を聴き手に刻み込んでいく。それはま
るでずっと以前から聴いてきた歌のように。
口笛でなぞられる大好きな歌は、それが口をついて出てくる時に始
めから終わりまでを吹くだろうか。口笛は気まぐれなものであって、
好きなだけ好きなフレーズを選び、繰り返しはしないだろうか。聴
き覚えた余分な音は取り払われ、シンプルな一本のメロディに還元
される。自分の唇から何度も響かせるときの歌ほどに近しい音楽は
ない。このような手のひらの内に入った親密さに、どこか似ている。

この陰影に富む旋律のゆらぎと歌謡性は「懐かしさ」に通じる。ど
こかで確かに聴いたことがあると感じるメロディは、本当に古い記
憶なのか、あるいは繰り返しの波に揺れている聴き手が、実は数分
前に聴いたばかりのものなのか。


2000.06.14

1999-2000 shige@S.A.S.



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