それはほんの偶然。ささいな出来事。少年が飛ばしてしまった風船。請われた少女は大人の域に入ろうとしていたがその背丈ゆえ取ることができない。そこに颯爽と現れて苦もなく風船を取り戻した青年。言葉を交わすこともなく2人はまた別々の道へゆく。少女の名は湧井咲。青年の名は今江悠(変更可能)。これが必然の始まり。
新ブランドバナナシュッシュ第1弾は門井亜矢氏を擁した恋愛SLG……、に見えるのですがマニュアルによるとどうやら恋愛ADVのようです。門井亜矢氏というと4年に一度の新作というのが慣例であったので、今回の2年しか待たずに再会できたのは望外の喜びでした。
購入動機はわかりやすく原画買い。氏のカットは見ているだけで嬉しくなってきます。
初回特典の類は特になし。
ジャンルはすでに書いたように恋愛ADVですが、プレイ感覚はSLGに近いです。門井亜矢氏つながりで考えると「下級生」シリーズを彷彿とさせるような面を持っています。わかりやすく伝えるならばマップのない「下級生」というところでしょうか。
ヒロイン湧井咲と仲良くなるとメールに携帯電話など連絡手段が増え、デートに誘うことができるようになります。主人公は週に3度のバイトが義務づけられており、これの合間を縫ってデートのほか各行動をこなしていきます。「街をブラブラする」ことで新たなデートスポットを開拓し、各種イベントも発生。「ネット活動をする」でも同様の効果があり、休息も少しはとれます。「家でゴロゴロする」は完全休養。後ろ二つは自宅にいることでイベントが発生したりも。
主となるパラメータは4つ。「親密度」はたまごで表示されるゲージ。咲と仲良くなることでハートがひとつずつ孵化していきます。「評価値」は咲からの主人公に対する評価。ハートが生まれるとリセットされ、またゼロからに。「疲労度」は読んでの通り主人公の体の疲れ。アルバイトや街中探索によって増加、溜まりすぎると倒れてしまいます。最後は重要な「所持金」。これがなくなるとデートの途中であっても終わってしまいます。「街をブラブラする」にもある程度のお金が必要です。
デートはまず事前に決めたメインスポットへ。咲との仲が進展すると続いてサブスポット、ディナースポット、アフタースポットへとその場で選択する形でつながっていきます。咲はデート場所に応じた格好で来るのでうまく選べばサブスポットでもイベントが発生するという仕組み。この仮想デートのシステムはなかなか面白いです。SLGで”デートしている感”をうまく演出できているのではないかと。スポット間の移動でアクセスがうまくないと電車賃が余計にかかったりなど芸が細かいところも好印象。ただ、ディナースポット、アフタースポットにはそれほど意味がないのがもったいないところ。
難易度的にはほどほどですが、仕組みがわかるまではかなり追われている感が強くなります。「親密度」のハートによって期限が設けられているらしく、のんびりしていると強制ゲームオーバーなんてのも珍しくありません。また所持金、疲労度のバランスもきっちりしていて、しっかり管理しないと途端に破綻します。
足回りは新ブランドらしくもうひと声、ふた声というライン。メッセージスキップは既読未読は判別しますが速度は普通程度でいざ使う段になると遅いと感じます。毎日の始まりである日付表示演出が少しも高速化されないのも困りもの。スキップ自体も止めにくく使いやすいとは言い難いです。
バックログは別画面で行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですが戻れる量はごくわずか。
CG鑑賞モードは少し変わってます。サムネイル画面でクリックすると画面左下にあるやや大きなウインドウに表示され、さらにクリックするとようやくフルスクリーンで見られるようになるという変わり種。サムネイル画面はそれほど見にくいとは思えないだけにどれほどの意味があるのかよくわかりません。世間的にはそうした需要があるんでしょうか。
プレイ感覚がSLG的ではありますが一応はADVを謳うだけあってシナリオ描写はわりとしっかりしています。特に効果をあげているのがヒロインの視点の描写で、初々しく付き合っていく様子が丁寧に書かれています。しかし、その恩恵も序盤から中盤に差しかかるくらいまでで、それ以降はほとんどなくなってしまうのが惜しいところです。
デートの約束取りつけ時の日常会話はかなり通り一遍な印象。無味乾燥に近く記憶に残らないのが厳しい。イベントCG使用時との落差が大きいです。せっかくの話題の多さもあまり意味がありません。
気になるのはヒロインに対する主人公でしょうか。最初から最後まで成長をほとんど感じられないというのはどうかと。状態としても目的のないフリーターのまま、というのもなんだか……。
声優のたまごというヒロインの設定活用はもう一歩。それを活かした本作ならではという展開やイベントは少なかったように思います。業界的につながりもあるでしょうからもうちょっと意欲的なアイデアが欲しかったです。
システムの項の記述からおわかりかもしれませんが本作のヒロインは1人しかいません。フォローしてもせいぜい1.5人というところ。つまり、本作のシステムは湧井咲専用に用意されたものなのです。そして、ただひとりで作品の看板を背負うには湧井咲というヒロインでは役者不足と言わざるを得ません。もちろん、魅力は持っていますし、発揮してもいるのですが全体の分量も少なく十二分とはとても。せいぜい2〜3人分が妥当なところかと。
サブヒロインは登場頻度がとても低いのでオマケ程度に考えておいた方が無難です。ヒロインの友人はとても良いキャラであるだけに活用しないのはもったいなく感じます。
Hシーンはメイン2回にサブ1回とお寒い現実。2回は別ルートで共にHシーン後はエンディングに突入と予想しなかった悲しさです。異なるブランド製作である「下級生」シリーズと比べてはいけないのでしょうが……。
CGは原画の魅力を損なうことなくより映えるよう仕上げられています。まさに良い仕事というに相応しいのではないでしょうか。イベントCGでヒロインは実に見応えある多彩な表情を見せています。ただ、差分抜きで総数69枚というのはさすがに寂しいです。
立ちCGは表情、ポーズとも控えめな印象。単体の出来は良いですがイベントCGに比べてしまうとややツライかも。
音楽は全13曲となかなかに少ないです。システムに沿って繰り返しの流れで遊ぶゲームなだけに数曲をヘビーローテーションさせられるところはもう少し考えて欲しかったところ。曲としてもサントラで聞くにはやや厳しいように思います。
ボイスは主人公を除いてフルボイス。ヒロインの声優はクセがあり、好き嫌いが分かれそうです。ほとんどメインヒロインとだけ会話するゲームなので相性問題は重要かと。まわりは安心して聞ける声優陣が揃っています。
まとめ。良くも悪くも「下級生」ではない作品。進歩したところはあるものの、ボリューム的にはこれでフルプライスはちょっとどうかと思います。5800円〜6800円程度なら誉めるだけの内容と言っていいと思うのですが。ボリュームやアフタースポットの無意味さを考えると完成型はもっと大きなものだったのではないでしょうか。
お気に入り:湧井咲、小坂由貴
評点:65
以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。
1、湧井咲
彼女に罪はないんですけどねぇ。ポジション的に色々と背負わなければならないだけにどうしても辛口になってしまいます。数人のヒロインのひとりであれば素直に可愛いと言えるんですけどねぇ。
尾行イベントがCG、テキストともにお気に入り。いいですねぇ、こういうお約束イベントは。
魅力あるヒロインだけにエンディングの続きも欲しかったです。どうしたって「下級生」のイメージがダブりますし、Hシーンだってもっと見たいですよ。
2、初芝莉子
Hシーン以外のCGが泣きたくなるほど少ないです。サブヒロインの宿命とはいえねぇ。
主人公が主人公だけに莉子の甘やかしぶりは明らかに行き過ぎだと思いました。ダメ人間育成機の名を欲しいままにする女。
3、小坂由貴
ポジションといい、キャラ造型といい、声優といい、ここまで好条件が揃っていながらどうしてヒロインの1人ではないのか。納得いきませんよ〜(泣)。あんなデートのふりなんてのがあるから余計に未練を大きくしてしまいますよ。ホントにねぇ、スタッフも何を考えているのやら。
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