栗色の髪の騎士と不思議なたまご

 

 

すべては「栗色の髪の騎士」ブルームと「金色の髪の騎士」ルークの二人に大司教から託された{不思議なたまご}からはじまった。

ところがたまごを守るはずの騎士の片割れが、「騎士の仕事は美女を守ること。なんでたまごなんだ」と、その大切な不思議なたまごを捨ててしまった。
たまごから生まれたモノは? たまごを捨てちゃった「金色の髪の騎士」に与えられた「永遠の罰」とは?『騎士とたまご』の御伽噺が書かれている古い書物の中から、人間界にきてしまった「金色の髪の騎士」は果たして悪者なのか?!『お伽話の世界』から騎士や火の鳥を、ごく普通の世界に引き寄せてしまった普通の少年と、異国から来た病弱少女、彼らに吸い寄せられたかのように「東洋の異形の輩」も加わって繰り広げるファンタジー。

 

第一章


伝説1

あるところに、金色の髪の騎士と栗色の髪の騎士がいた。
二人のうちのどちらかが、「王」になることになっていた。

「王になるものは司教にわたされた『たまご』を守らねばならない」

という試練があたえられた。
金色の髪の騎士は
栗色の髪の騎士に王の位を渡すまいと、そっと「ホンモノのたまご」と「偽もののたまご」をすりかえて、栗色の髪の騎士に「偽もののたまご」を守らせた。

しかも金髪の騎士は司教から与えられた「たまごを守る仕事」が気に入らなかった。

なぜなら金色の髪の騎士は「騎士が守るのは『美しい姫君』だ」と思っていたので。
なので、「ホンモノのたまご」は小人の国の小人達に渡してしまった。

栗色の髪の騎士は、忠実に「たまご」を守っていた。金色の髪の騎士が「ニセモノにすりかえた」ともしらずに。
金色の髪の騎士はその様子を影から見てくすくすと笑った。
「馬鹿なやつだ」と。

「たまご」を二人の騎士に渡したのは司教だった。
金色の髪の騎士は、司教に「たまごはいつもわれわれ二人が大事にしています」と嘘をつげていた。

司教から渡された「たまご」は不思議なたまごだった。
なんと「言葉」を話すのだ。だが、金色の髪の騎士はそんなことは知らないまま小人たちに渡してしまった。
金色の髪の騎士からもらった「しゃべるたまご」を小人達は、気味悪がって、皆で「たまご」を割ってしまおうとした。高いところから落としてみたり壁に叩きつけてみたり

いろいろ試みたがたまごは割れない。
それどころか、そのたびにたまごは大きな声で
「痛いじゃないか!!何をする!!」 
と文句をいう。

ある日、栗色の髪の騎士が眠っていると
「痛いじゃないか!!何をする!!
という声が聞こえて目が覚めた。
辺りをみても誰も居ない。

 

「夢だったのか・・・・」
と、再び眠りにつくと・・・今度は小人達に叩かれたり、高いところから落とされたりしているたまごがはっきりと夢に現れた。
栗色の髪の騎士ははっとして、金色の髪の騎士にわたされた「たまご」はもしかしたら偽もので、ホンモノはあの小人達のもとにあるのではないかと思った。
栗色の髪の騎士は仲間を集めて真偽を探らせた。
栗色の髪の騎士が「たまご」がニセモノであることに気がついたことを知った金色の髪の騎士は、小人たちを自在に操る魔術をもっていた。
小人達は栗色の髪の騎士の邪魔をすべく、嘘を言いふらして正しい情報を得られないようにした。
不思議はまたおきた。
どうやって「たまご」を探そうかと途方に暮れている栗色の髪の騎士の仲間の耳にも、はっきりと「たまごの声」が聞こえはじめたのだ。
「わたしはここ」

彼らはすぐに「たまご」を見つけた。
ところが、「たまごの声」は誰にでも聞こえるものではなかった。
金色の髪の騎士には、まったくその「たまごの声」は聞こえなかった。小人達にも、栗色の髪の騎士たちにも、栗色の髪の騎士の仲間にもはっきりと聞こえたのに・・・。
本当に「たまご」が必要なものにしか「たまごの声」は届かないのだった。
そう、小人達にも「たまご」は必要だった。
やがて、「たまご」はその殻を自ら割って外に出るときがくると信じられている。
司教もなんの「たまご」かは知らなかった。
しかし、代々「守る」ように伝えられてきたのだった。
そのいいつけを素直に守り「たまごの声」を直接聞いた栗色の髪の騎士は王になった。
その時、たまごがコツコツと動いて殻が割れ、中から一羽の鳥が出てきた。
火の鳥の雛であった。

 

すべてのはじまり2

さて・・・・・
栗色の髪の騎士はその後、「王」となり、「たまご」は孵って「火の鳥」となった。
その後。

「その後どうなったの?」
今年小学校の5年生になる少年来栖は、祖父にむかってたずねた。

来栖の祖父は外国の昔話を研究している文学者だ。

今のお話も、古めかしい大きな本を開いて、来栖少年には全く読めない異国の言葉を祖父がその場で訳しながら話してくれたものだった。

 

祖父は
「さて・・・・どうなったかな?」

と意味深な言葉をいいながらにやりと笑うと、パタリと本を閉じて、窓辺の机の上に置き、ポケットから懐中時計を出して
「今日はここまでだ。これから出かけないといかんのだ」
といった。

「何処へ行くの?もう夕方だよ?食事はしていかないの?今度はいつくるの?」

来栖少年はもったいぶってお預けにされたような気分に苛立ちながら矢継ぎ早に祖父に畳み掛けた。

少年の祖父は少年の家の近くに住んでいるが、何しろ気まぐれで、文学者の仕事とやらが忙しいときは、仕事に没頭してしまうらしく、ぱったり家に来なくなる。
この調子では今度はいつ来るかわからない。
それまで、この話の続きはお預けになるわけだ。
まるで、来栖少年の飼い犬のジョンのえさみたいに。

「今日はこれから仲間と会食がある。ママにそう伝えておいてくれ。夕食はいらないとね。今度はいつこれるか・・・・。ふむ・・・・。」

祖父はジャケットのうちポケットから黒い手帳を取り出してスケジュールを確認しながら

「しばらくはこれないねぇ。旅行に出かける。一週間は戻れないな」
といった。

「旅行だって!!それも一週間も!?

「お預け」が一週間も続くのか?来栖少年は恨めしそうに、机の上に置かれた本をにらみつけた。

その少年の表情をちらりと横目で見た少年の祖父は

「それなら、いいものを置いていこう。旅行から戻ってきたら返してくれよ」

といって、少年に、コンパクト状の電子辞書を渡した。
「本の辞書より使いやすいぞ。続きが知りたければ頑張りなさい。壊すなよ。」

祖父はそういうと、さっさと部屋から出て行ってしまった。

「頑張りなさいって・・・・うそでしょ?僕が訳せるわけないじゃない」

電子辞書を渡されて、煙に撒かれたように来栖少年はその場に立ち尽くしていた。

気がつくと、部屋の中はすっかり薄暗くなっていた。
少し開いていた窓のレースのカーテンがわずかに風でそよいでいる。
昼間の心地よい春風が、今は少々肌寒く感じられた。
夕闇が迫り始めた町並に、ポツリ ポツリと灯りが灯りはじめる春の宵だった。

 

挿絵がしゃべった!? 3

夕食は来栖少年の大好きなハンバーグだった。
ママ特製のハンバーグは刻んだ玉葱がちょっと荒くて、ハンバーグ全体がまるで「おはぎ」のように盛り上がっている。でもとても美味しいので来栖少年は、祖父が帰ってしまったことが残念だった。
それでも寂しい気持ちを振り払うように
「ごちそうさま」
と大きな声でいうと
来栖少年は二階の自分の部屋へ駆け上がっていった。

例の本だ。

あの話の続きがとても気になった。
何がここまで気にかかるのか、理由はひとつだった。

「嘘をついた金色の髪の騎士はどうなるんだろう?」

誰でも嘘をつくことはある。

来栖少年にも心当たりがあった。

この間、ママに内緒で塾を休んで、友達にさそわれるままに野球をしにいってしまった。
もちろん、「塾を休んだ」とは言ってない。
このことは、まだ誰も知らない。

「あの栗色の髪の騎士を陥れるためについた金の髪の騎士の嘘に比べたら、僕の嘘なんか、かわいいもんだ。それに僕の嘘は誰も陥れていない。」

そう自分に言い聞かせながら、机の上の大きな本をそっと開いた。
古めかしくて、大きな、分厚くて硬い皮の表紙のついた外国の本。
それだけでもなんだかワクワクする。
何か、とっても凄いものを手にしているような気分だ。
昔の西洋の海賊の地図とか・・・・
魔法の呪文の本とか・・・・

来栖少年はゆっくりとページをめくった。
一ページ目には絵が描かれていた。
森の中を進んでいく馬にまたがった鎧姿の騎士と大きな一羽の鳥。

「きっと、栗色の髪の騎士と火の鳥だ」
少年はとっさにそう思った。

すると・・・・

「違うね」

と誰かが言った気がした。

「えっ?」

思わず来栖少年が声をあげた。
その少年の声を聞いて、また

「へえ。お前にも聞こえるのか。おいらの声が。お前にも『必要』らしいな。それなら、ついて来い」

そう聞こえた。

何処から?


目の前の本の中の挿絵の・・・・火の鳥の口からだった。

 

 

 

 

 

ひとつの嘘4


挿絵の中の大きな鳥が、こっちをむいて話をした!?

来栖少年はおどろいて思わず椅子から立ち上がった。立ち上がった拍子に椅子がガターンと後ろへ倒れた。

その音が、下の階にまで響いたようで、庭の飼い犬のジョンがわんわんとけたたましく吼え、
「どうかしたの?来栖?」

と下の部屋にいる来栖少年のママまでが様子を見に上がってきた。

「なっ・・・なんでもないよ。ママ。ちょっと・・・ちょっとびっくりしただけ・・・」

「びっくり?何に?何があったの?」

ママは心配そうに来栖少年をみつめている。

「えっと・・・・そう! 蜘蛛!!蜘蛛がいたんだっ!その窓のところに。すごく大きな。手のひらくらいあるやつがカーテンのところに。昼間窓を開けていてたから入ってきたのかも。それでびっくりしたんだ。だって手のひらくらいある蜘蛛が急に出てきたから。」

「そう。それならいいけど・・・・。でもその蜘蛛いまどこに行ったの?まだ部屋の中にいる?ママ蜘蛛は苦手だわ。毒はないかしら。」

「平気だと思うよ。アシナガグモだよきっと。毒はない。もう大丈夫。」

来栖少年の言葉にママは
「そう・・・。」
心配そうな表情のまま部屋を出て行った。

来栖少年は、ママが部屋から出て行くと、ベッドにすわってため息をついた。

「また嘘ついちゃったよ・・・・・。僕、嘘つきじゃないのに・・・・・この本のせいで居もしない蜘蛛の話なんかして。

だいたい、挿絵の鳥がしゃべりかけてきたりするなんてありえない。
ママにも嘘ついちゃった。おじいちゃんはがんばれって言ったけど、なんかこの本は読んじゃいけない気がする。ろくなことがないよ。この本はこのままおじいちゃんに返そう。せっかく電子辞書も借りたけど・・・・・」
来栖少年はそう決めると、下の部屋へ降りていき、リビングでママとテレビを見て、お風呂に入って普段どおりの時間にベッドに入って眠りについた。

 

 

 

 

 

金色の人影5

来栖少年がすっかり眠りについたころ、部屋の隅にぼーっと金色に光るものが現
れた。
その光はだんだん大きくなって、人の形になると、来栖少年の眠るベッドの近くに寄ってきて

「おい。起きろ」

といった。

聞きなれない男の人の声に来栖少年は驚いて目を覚ました。

来栖少年のパパは貿易の仕事をしていて今は外国に出張している。
パパの声でもない、聞いた事のない男の人の声。
驚くのと同時に来栖少年はとっさに「どろぼう」かと思って布団を手繰り寄せて頭にかぶった。

金色に光る人影は

「まったく・・・何をしているのだ。お前は本当に臆病だな。危害は加えない。顔をみせろ」

そういって来栖少年が被った布団をむんずとつかんで勢いよく引き剥がした。

「ひゃっ!!

布団を引き剥がされて来栖少年は思わず叫び声をあげたが、おそるおそる硬くつぶった目を開くと、目の前には来栖少年を見下ろす大きな金色に光る人影。

「・・・・・」
すっかり言葉を失ったまま、目の前の金色の人影を見上げる来栖少年にも、その人影が泥棒ではなさそうなことは解った。

泥棒じゃなかったら、この金色の光る人影はなんだろう。
幽霊? それとも、天使?

こんな真夜中にやってくるものといえば、泥棒か、幽霊か、天使か悪魔・・・。いずれにしても「来て欲しくない」ものばかりだ。

いや、サンタクロースを忘れていた。サンタクロースは夜中にやってくる。
でも、今はクリスマスじゃないし、目の前の金色の人影はサンタクロースでもなさそうだ。

光に目が慣れてきたのか、金色の人影が、だんだんはっきりとした「人の形」になってきた。
その人影はあの祖父の置いていった大きな皮の表紙のついた古い本の一ページ目にあった挿絵の、「馬に乗った鎧姿の騎士」ににていた。

「お前の力が必要だ。逃げずに『こちら』へ来て欲しい。お前はあの『鳥』の言葉がわかるらしいからな。」

「あの・・・あなたは・・・? 」

来栖少年の質問に、金色に輝く騎士は何も答えなかった。

ただ

「逃げるなよ。逃げたら、またくる。そのときは無理やりにでも『こちら』へ連れてくる。いいか。解ったな。逃げずに必ずこちらへ『来い』」そういうと、金色の人影はスーッと闇の中へ消えた。

来栖少年はしばらく呆然としていたが、我にかえると再び布団を頭まで被って

「夢だ!! あの本のせいで悪い夢を見てるんだ!! あんな本があるからいけないんだ!! きっと呪いの本なんだ!! 早く返しちゃおう!!ああ・・・でもおじいちゃんは来週まで帰ってこないから返しにいけないし・・・どうしよう・・・・頭がおかしくなっちゃうよ。あの金色の幽霊がまたくるって言っていた・・・どうしよう・・・どうしよう・・・・」

どうしよう・・・・どうしよう・・・・どうしよう・・・・・いつの間にかまた来栖少年は深い眠りのふちに落ちていた。


朝、いつもの時間に目覚めた来栖少年には、昨夜の出来事は「夢」だったように思えた。
不思議な夢・・・。
金色の騎士が枕元に現れて、布団を引き剥がして「こちらへ来い」といって消える夢。
なんだか、朝になって目が覚めてみたら、あれは現実ではなくて、妙に現実的な「夢」だっただけのように思えてきたのだった。
そう思ったら、その夢に現れた騎士のことを今度は誰かに話したくなってきた。
そう・・・おじいちゃんに「夢に出てきた騎士」の話をしたらなんていうだろう。

「それで、本はどこまで読んだのかな?
と聞かれるに違いない。
読んでみようか・・・・。
でも・・・・。
来栖少年の心は揺らいでいた。

 

 


ゆううつな翌朝6

こんな日は始めてだった。

朝起きてから、ママに「おはよう」といって、顔をあらって食事をして、学校へ行く仕度をして、ランドセルを背負ってカバンを持って、「いってきます」といって玄関を出た。

なにもかもいつもどおりなのに、なんだかなにもかもが上の空だった。

来栖少年の通う学校は家から一キロほど先の小高い丘のてっぺんにあった。
毎日登下校は徒歩だ。自転車に乗るのは学校で禁止されているからだ。
でももし、禁止されていなくても皆学校に通うのに自転車は使わないだろう。
なにしろ学校は丘のてっぺんで、その坂道を自転車で登るのは上級生でも無理なのだから。

ぐるぐる同じ言葉を繰り返しているうちに、螺旋状にカーブしていく坂道を他の生徒達と一緒に登っていく。
いつもなら、顔を知っている男子に「おはよう」と声をかけて、昇っていくのに、今日は足元しか目に入らない。

坂はいつまでも続く気がした。

気がつくと坂道を登りきっていて学校の門が目の前にあった。

身が入らない。
なんだか、自分が自分ではないようなへんなかんじだった。

これも皆、あの本のせいだった。

漫画やゲームの続きが楽しみで気持ちが浮ついて何も手につかないというのでもない。
むしろ来栖少年はその逆だ。

本は読みたくないのだ。
それなのに「読め」といわれている。

誰に?

ママでもなく、学校の先生でもなく、

本の中の「騎士」に。
いや、正確には騎士は「本を読め」とは言わなかった。
「こちらへ来い」といったのだ。
でも本の世界へ行くなんてことは出来ないから、たぶんそれは
「本を読め」ということなんだ・・・と来栖少年は思ったのだ。
でも・・・

それが嫌だった。だっておかしいじゃないか。本の中の、架空の人間が夢に出てきて命令するなんて。
嫌、夢じゃなかった。夢のようなことが現実に起きたのだ。
自分にまで嘘をつくところだった。
なんであの本と出合ったら、僕はこんなに『嘘」ばかりつくようになっちやったんだろう。
それもあの本と関わるのが嫌な原因だった。
僕は嘘つきじゃないのに。

来栖少年の顔色はいつもと違ってどこかさえなかった。
いつもは頬の色が薄ピンク色に光っているのに、今日は、少し青白かった。
昨日の夜中の出来事のせいで睡眠不足になっているせいかもしれない。

「おはよう。来栖! ? お前なんか今日は元気ないな。風邪か?

クラスメートの健人が教室の前の廊下で来栖に会うなり声をかけてきた。

来栖少年よりちょっと太めで背も大きい少年だ。
小学校に入学したときからの一番仲の良い友だちだった。

来栖は一瞬

(健人に相談してみようか・・・・)

と思った。

でもどう説明しよう・・・・。こんな不思議なこと、きっと全部嘘だと思われるか僕の頭がおかしいと思われちゃうにちがいない。
そう思ったら、一番の友達にも相談できなかった。

(おじいちゃんが帰ってくるまであと5日。あと5日放っておけばいいんだ。そうすればあの本と縁が切れる。)

「おい来栖、今日の朝礼は体育館集合だぞ。お前大丈夫か?
健人が心配そうに顔を覗き込んできた。

「う・・・うん。大丈夫・・・。だと・・・おもうよ」
来栖少年は力なく笑った。

 

こちら側とあちら側7



その頃、「あちらがわ」の世界でも異変が起きていた。

『あちら側』とは、そう、騎士のいる世界だった。
旅を続ける金髪の騎士は、この日も森の中で夜を向え、いつものように、旅の荷物を枕に木の根元に横になって休んだ。騎士の乗る白馬も火の鳥も騎士のそばで休むのが常だった。
しかし、その日の朝はちがった。
金の髪の騎士が目覚めると、そこには火の鳥の姿も白馬の姿もなかった。

「フェニール!!ベルトーユ!!

火の鳥と白馬の名を叫んだが、彼らは姿を見せなかった。


金の髪の騎士は、かつて金の髪の騎士の国の司教から一つの卵を託された。

そのたまごを守るようにと命じられたにもかかわらず、金の髪の騎士はそのたまごを「小人の国」へ捨ててしまったのだった。

栗色の髪の騎士の働きで、たまごは無事に戻ったが、金の髪の騎士は罰を受けることになった。

その罰とは「けしてかわらぬもの」を探すことだった。
それを見つけてくるまで、国に帰ってはいけないことになった。
金の髪の騎士は思った。

 

「そんなものはありはしない。けして変わらぬものなど・・・。すべてのものは皆変わるのだ。これはきっと私を国から追い出す口実だ。命はとられなかったが私は永久に国へ戻れないのだ。」
と。

たまごを無事取り返した栗色の髪の騎士は、王となった。
しかし、王は金の髪の騎士が思うような「金の髪の騎士を国から追い払う口実」で「けしてかわらぬもの」を探すたびを命じたわけではなかった。
本当に「けしてかわらぬもの」を探し出してきて欲しかった。
だから、王は、金の髪の騎士の旅に、あの卵から孵った「火の鳥」を供につけた。
王にとって大切な火の鳥を、金の髪の騎士の供につけたのだ。

しかし、金の髪の騎士にとってそれは、
「わたしが命令を聞かないで逃げてしまわないように見張りをつけたのだろう」
と思った。

そして・・・金の髪の騎士の旅が始まった。
なんのあても無く、金の髪の騎士は一頭の白馬にまたがり、火の鳥と供に旅をはじめたのだ。

山を越え、川を渡り、砂の嵐が吹く丘を進み、いくつもの朝、いくつもの夜をむかえ、昼なお暗い緑濃い森の中へとやってきた。

国から出て、どれくらいの月日が流れ、どれくらい国から離れたのかもわからない。
星も月も、いつも同じ位置にある気がした。
いや、見たこともない星座が空を覆うときもあった。

すっかり場所も流れた歳月もわからなくなっていた。

そんななか・・・・

あの少年が、扉をあけたのだ。

そしてその少年は、あの『火の鳥』の言葉がわかるのだ。

だからこそ・・・金の髪の騎士は「むこうがわ」へわざわざ行ったのだ。

「何故?

金の髪の騎士は、ふと考えた。
「何故私はむこうがわへ行ったのだ? 火の鳥の言葉のわかる少年をこちらへ連れてきたかったから? それでは私はまるで火の鳥の言葉を理解したいようではないか?

金の髪の騎士は、いままで火の鳥の言葉を理解したいと思ったことはなかった。

それにしても、火の鳥も白馬もどこへ消えたのか。
自分を置いて彼らだけ国へ戻ったのだろうか。

だとしたら、この旅を続ける必要はあるのだろうか。
監視役が消えた今、自分は自由になったのではないだろうか。
国に戻りたいという気さえおこさなければ・・・・。
金の髪の騎士は
「さて・・・これからどうするか・・・」

そうつぶやくと、何か思いついたように
金色の瞳を細めてニヤリと笑った。

 

異国の少女8

来栖少年の住む町には、外国からの大きな船がやってくる港があった。
貨物船や客船、そうした船の発着が来栖少年の通う、小高い丘の上の学校の屋上から良く見渡せる。
そして、来栖少年の住む町には、大きな病院もあった。
まるで森の中のように、木々に囲まれた、大きな病院は国内でも有数の先進医療を行える病院として、有名だった。
その大きな病院の、病室の一室に、外国から治療のために訪れた少女がいた。
少女の名はユリア。元気なら今年中学二年生になる。
病気の治療のために、ユリアは学校へもなかなか通えなかったが、来栖少年の住む町に家族全員でやってきてからは、まったく学校へ通えなかった。

 

母国を離れて、治療のためにやってきた異国の病院の一室で、ユリアは、窓の外を眺めるのが日課だった。
ある夜、ユリアは病室で寝ていると、不思議な夢を見た。
真っ白な馬がユリアの前に現れて、こういった。
「貴方の身体を時々貸してもらえませんか?わたしはベルトーユ。馬は、普通人間を背中に乗せますが、馬の私が言うのも変ですけれど、貴方の身体に乗せてほしいのです。お礼は必ずします。それから・・・明日、貴方のところへ、私の友人がやってきます。彼を受け取って、大事に首から下げて欲しいのです。お願いしましたよ。」
そういうと、馬はベッドに横たわるユリアの身体の上に片足を乗せた。
重さは全くかんじない。
その馬は、そのままユリアの身体の中に吸い込まれるように消えた。
翌朝・・・ユリアは、目覚めると、昨日の夢を思い出した。
「不思議な夢・・・馬をわたしが乗せる? わたしが馬に乗るのではなくて?へんな夢。」
ユリアは、くすっと自分の見た奇妙な夢を思い出して笑った。


「なにがおかしいの?何か面白いことでもあった?」


ユリアの母親が、隣でお茶を入れながら、ユリアに聞いた。


「いえ。なんでもない。へんな夢を見ただけ。」
「あら、どんなへんな夢なの?ママにも教えて」
そんな風に会話をしているところへ、誰かが病室のドアをノックした。
「先生かしら?」
ユリアの母親が、立ち上がると、ドアをあけてユリアの父親が入ってきた。「おはよう。ユリア。気分はどう? 昨日、ユリアにおばあちゃんから小包が届いてたから、早く渡したくて持ってきたよ」
父親が、ユリアに祖母から届いた小包を手渡した。
「なにかしら」
ユリアの母親も小包の中身が気になるようで、ユリアの手元を覗き込んだ。
国際郵便の、丈夫で茶色い紙包みを丁寧にあけると、中から小さなダンボールの箱が出てきた。その箱を慎重に開けると、更に中から、キレイな模様の描かれた木の箱が現れた。


「綺麗な箱。」


「ベレスタだよ。白樺の木で作ったものだ」
手のひらに乗る小さな楕円の木の箱の蓋には、馬の絵がレリーフのように浮き彫りされていて、周りをつる草が囲んでいる装飾が施されている。

 

 


ユリアが、そっとその蓋を開けると、中に、小さな赤い「卵型のペンダント」が入っていた。
「まあ・・・ステキ!


先に声をあげたのはユリアの母親の方だった。


「ファベルジェのイースターエッグペンダントよ。」


「ファベルジェ?
おばあ様の大切な品じゃないの?」ユリアはおそるおそるペンダントを手に取った。
ルビーのように赤い、エナメルの地色に金色の百合の紋章と二本の剣が交差した文様が施されている。
「お守りがわりにおばあ様が下さったんだよ。イースターエッグは復活のシンボルだからね。」
ユリアの父親がいった。

「これ・・・ロケットになっているの?」
ユリアがペンダントをそっと開けると、中から、金の鎖でつながった、小さな金で出来た鳥のチャームが出てきた。
ユリアは、はっとした。
「ベレスタの蓋の馬・・・卵・・・首から下げて・・・・」
夢の中に現れた馬の言葉をユリアははっきりと思い出した。


「ほら、つけてごらん」


ユリアの父親が、手鏡をユリアに渡した。
ユリアは、そっとペンダントを首につけて、手鏡を覗き込んだ。
すると・・・・
手鏡の中に写ったのは夢の中に現れた、美しい馬の顔だった。


「うそっ!!
ユリアはびっくりして、手鏡を伏せた。
両親は驚いて
「どうかしたの?!気分が悪いの!?先生をお呼びする?!
とあわてた様子でユリアの顔をみつめた。
ユリアは、
「ちがうの。大丈夫。ちょっと、うれしくて興奮しちゃったみたい。」
無理やり、笑顔を作って、心配する両親にむかって微笑んだ。
(
馬・・・夢に出てきた馬・・・わたしが馬を乗せる・・・友達を首から下げる・・・どういうこと? いったい何が起きているの?)
そして、数日後、ユリアの身体は、治療の成果が現れたのか、担当の医師も驚くほど回復し、退院出きるまでになった。
しかし、帰国は、しばらく先だった。病気が本当に良くなったかどうか、しばらく様子をみるためということだった。
それにしても、ユリアにとってうれしいのは、病院の外に出て、両親の借りている家に一緒にいられることだった。

 

 

 

 

突然の嵐9


来栖少年はその日はめずらしく学校から帰宅すると、どこにも遊びに行かず、居間のソファーに座ってテレビゲームをしていた。

それには、理由があった。
旅行に行っていた祖父が戻ってくる予定の日だったからだ。

来栖少年は、この日を心待ちにしていた。
そう、「あの本」を祖父に返すために。

「あの本」は、今も来栖少年の部屋のベッドサイドの机の上においてある。
大きな大きな、図書館にある、図鑑のように大きくて、重たい、古めかしい何かの皮でできた本。
一週間前に出会ったときは、何か、海賊の地図が描かれているようにも見えたし、魔法の呪文の載った古い大昔の西洋の魔術師が使う魔法辞典のようでもあったし、何か、見ているだけでわくわくしてくるような存在だったのに、今は、不気味な呪いの本のようにしか思えなくて、触るのも怖い気がしていたのだ。

居間のソファーの後ろの大きな吐き出し窓から入ってくる、心地よい風を頬にかんじながら、来栖少年は、その恐ろしい本のことは忘れてゲームに熱中しながら祖父がやってくるのを待っていた。
来栖少年の家の庭には、羽衣ジャスミンが植えられていた。
心地よい初夏の風に羽衣ジャスミンの白い花の香りが、時折部屋のなかにも入ってくる。

しかし、その心地よい風が、いつの間にか、ひんやりと湿ったつめたい風に変わった。

ハーックション!!

来栖少年は、思わず、冷たい風に身震いしてくしゃみをすると、窓を閉めに立ち上がった。
窓ガラス越しに空をみあげると、いつの間にか空は幾重にも重なる黒い雲に覆われて、いまにも雨が降り出しそうになっていた。

その瞬間、部屋に青白い閃光が走った。

「きゃっ!!

声をあげたのは、キッチンで夕食の仕度をはじめていた来栖少年のママだった。

「雷だ・・・」

来栖少年がつぶやいた。

1 2 3 4 ・・・・」

キッチンのほうから、なにか数を数える声がする。

と・・・

ゴロゴロゴロ!!

雷鳴が辺りにとどろいた。

「雷よ!!来栖!!!いな妻が光ってから約5秒で音が鳴ったわ。音速は一秒間に333メートルだから、雷雲は約1.6キロは離れている!大丈夫!大丈夫よっ!!大丈夫だけど、早くテレビを消して!!

来栖少年のママは雷が大嫌いだ。
電気をつけいると、雷が電化製品のコードをつたって屋内に入ってくると真剣に信じている。
いや、実際、近所で落雷などがあると、そういうこともあるらしいが、来栖少年はママの反応がちょっとオーバーだと思っている。
でもこうなってしまうと、どうにもならない。
来栖少年は大人しく、やりかけのテレビゲームを消すはめになった。

「この調子じゃ、早く雷が通り過ぎてくれないと、夕飯がピサ゜になっちゃいそうだ」

来栖少年はため息をついた。
せっかく祖父が来るかもしれないのに、宅配ピザでお出迎えというのが残念な気がするのだ。

その頃・・・・
来栖少年の家から数キロはなれた、港の近くのマンションの一室に、ユリアの家族たちが生活をしていた。

ユリアの部屋の小さな箪笥の上に置かれた、あのおばあ様から送られてきた馬の浮き彫りのある白樺の小箱がカタカタと動いていた。

「ちよっと静かにしてくださいよ」

「なんだって、こんな狭いところに俺はいつも閉じ込められなきゃいけないんだ。
もっとなんとかならなかったのか」

「大人しくしていてください。あなたのようにパワーの強い方は人が乗せられません。貴方を納めておくには今はこの器しかないんですから」

「・・・・。奴が近くまで来ている。今頃、奴も『器』を探しているだろう」

「あの方も貴方同様、人が簡単に乗せられません。厄介なことにならなければいいんですが」

「あの少年に奴が会う前に、俺たちが少年に会わなくてはならない。本当に大丈夫なのか?ベルトーユ。」

「貴方が大人しくしていてくれればなんとかなるでしょう。だから静かに」その日、来栖少年の家に祖父はやってこなかった。

かわりに、宅配ピザ屋がやってきたのだった。

 

 

 


ジョンの異変10


雷は夜中鳴り響き渡っていた。

来栖少年も来栖のママも少々寝不足な冴えない朝を迎えた。
残念ながら、夜が明けても、嵐が通り過ぎた爽やかな朝というわけではなかった。梅雨時の湿った、曇りがちな、少々薄暗い朝だ。

来栖少年が出された朝食は、ぽろぽろになってしまったスクランブルエッグに、そっとひっくり返すと裏が焦げているトースト。

「ごめんなさいねぇ~。バターが焦げちゃって。ママ、なんだか調子悪くて・・・調子悪いと、何やっても失敗ぱっかりね。」

と苦笑いするママ。

いつもは料理の得意なママも、一晩中続いた雷に頭がぽーっとしているらしい。

「いいよ。僕も昨日の雷で寝不足」

そういうと、ぽろぽろのスクランブルエッグにケチャップをたっぷりかけてスプーンですくう様にしながら食べはじめると、テレビが昨日の天気で起きた落雷の被害のニュースを伝えはじめた。

「昨夜の雷雨による被害は関東地方各地に広範囲でみられ、落雷による被害も出ました・・・・大気の乱れはまだ続いており、充分な警戒が必要です。」

テレビのニュースの画面を見ながら

「結構、大変だったんだね・・・」
来栖少年がいった。

「まだ、天気が変わりやすいみたいだから、今日は学校が終わったら早めに帰ってきなさいね。」

ママが心配そうに言った。

来栖にしてみれば、土曜日の午後は、野球をしに行きたいところだ。

「う・・ん。わかったよ」

少し浮かない返事をすると、ランドセルを片手に居間を出た。

来栖少年が玄関を出ると、いつもはしっぽをふって来栖少年を見送る飼い犬のジョンが、庭にある犬小屋の中で横になっているのが見えた。

「?・・・・ジョン?」

来栖少年が近づいてみると、ジョンは眠っている様子とも違い、ぐったりとしている。

あわてて、玄関に戻って

「ママ!! ジョンが変だよっ!!

大声で叫んだ。

ママがあわてて出てきた。

「どうしたの?」

といった来栖少年のママが、ジョンの様子を

見て、さっと顔色を変えた。

「来栖は学校へいきなさい。遅刻してしまうから。ジョンはママが病院へ連れて行くから」

といった。

その時

「ダメダ」


どこからともなく声がした。

「オマエニハヤッテモラウコトガアル」

ジョンだった。ぐったりしているジョンから声が聞こえてくる。
来栖少年とママは、顔をみあわせた。

来栖少年は、この声に聞き覚えがあった。

「あのときの!! 夜中に現れた、あの金色に光った人影の声だ!!

今度は、ママも一緒に「この不思議」を体験した。

「一体・・・どうゆうことなの? 寝不足のせいかしら・・・」

ママはかなり混乱しているようだ。

すると、目の前で横たわっていたジョンが突然スクッと立ち上がった。

目が金色に輝いている。そして、ジョンは来栖少年をまっすぐに見つめながら

「ヨクキケ。ココニオトコヲツレテコイ。トシヨリヤコドモハダメダ。ワカクジョウブナヤツダ。イウコトヲキカナイトオマエノハハオヤニノリウツルゾ。ソウナレバ、コノイヌトオナジコトニナル。イイカ。ワカッタナ」

そして、ジョンはそのまま犬小屋へ入っていった。すくっとたちあがって犬小屋へ入っていったジョンを見てママは

「あら?大丈夫なのかしら?」

と小首をかしげた。

どうやらママにはジョンが来栖にむかって言った言葉は聞こえなかったらしい。

「とにかく、遅刻しちゃうから早くいきなさい」

というママの言葉どおり、家を出た。

「なんとかしなきゃ・・・若くて丈夫そうな男の人を連れてこなきゃ・・・でも誰? そんな知り合いいないし・・・そうだ!!体育の服部先生がいい!体も大きいし、丈夫そうだし。でも、家に来てくれるかなぁ。なんて説明すればいいんだろう。家でママが人質にとられてますから助けに来てくださいなんていったら、警察もきちゃいそうだし。第一、ジョンに人質にとられてるなんて、どう説明すればいい?でも・・・とにかくつれて帰らないとママに乗り移られちゃうんだ!とにかくつれてこなきゃ」

来栖少年は足早に学校へむかった。

 

 

 

校庭で11


クラスメートの健人は来栖より一回り縦も横も大きい男の子だ。肌の色もいつも小麦色に焼けている。室内でゲームをするより、屋外で野球やサッカーをするほうが好きな少年だ。
小柄で色白な来栖とは正反対の、ややぽっちゃりした体型のガキ大将タイプだが、来栖の一番の友人だった。

その健人が、来栖の顔を覗き込んでいった。

「お前、最近、なんか元気ないぞ。なんかあったんじゃないのか?俺でなんとかなることがあったら黙ってないで言えよ。誰かにいじめられてんのか? 」
あんまり心配そうに言うので来栖は健人にいままでのことを話そうかどうか迷った。

そして、迷った末・・・話すことにした。

二時間目の授業の後の休み時間は普通の休み時間より、少し長い。

校庭の真ん中には大きな銀杏の木があった。十五分ほどの休憩時間の間にその銀杏の木の脇を通って、二人は校庭の隅の鉄棒の近く来ると、来栖少年は一番低い鉄棒の前にやってきて、ひょいと鉄棒の上にすわった。教室で話すより静かな場所だからだ。

「実は・・・・」

来栖は、一週間前に起きた、祖父が置いていった本のこと、その本に関わってから、不思議なことが置き始め、挿絵の中の鳥が話しかけてきたり、寝ていると、金色に光る人が現れたり・・・そして、今日はとうとう、ジョンがママを人質にとって
「丈夫で若い男のひとを連れてこないと、ママに乗り移る」
と来栖を脅していることなどを話した。

事情を聞き終わった健人は

「・・・・・。」

無言だった。

なんといっていいのかわからなかったからだろう。

来栖少年は「・・・信じられないよね・・・」
と力なく言った。

その言葉に健人は

「確かに、信じられないけど。でもだ! 俺にはわかる!!

と力づよく言った。

「なにが?

来栖が尋ねると

「お前に、こんな作り話が思いつくはずがないってこと。」
といった。

「はぁ?
「だって、なんか、すげぇ、面白そうだぜ。この話。お前にこんな嘘が思いつくかよ。
挿絵の鳥が話しかけてくるとか、自分ちの犬に、ママが人質にとられているなんてさ。要するに。お前にこんなシャレた作り話が考えられるとも思えないっていうのが、お前の言うことを信じる一番の動機だ。うん。お前は嘘はいっていない。
とするとだ・・・お前は今、ものすげぇ超常現象に巻き込まれているってことだ。よしっ!わかった。信じるよ。俺にまかせろ!!

健人はなにやら自信満々にそういって鉄棒の上に腰掛けている来栖の背中をポンと叩いた。

背中をぽんと叩かれた拍子に来栖は鉄棒の上からひょこっと降りた。
(
俺にまかせろっ・・・て言われても・・・。)
でも、健人に打ち明けて、しかもてっきり「頭がおかしくなったんじゃないか」といわれるんじゃないかとドキドキしていたのに、健人がすんなり信じてくれたことで来栖は大分元気が出た。
それにしても、信じてくれた理由が少々おかしな理屈ではあるけれど。

「要するに、今日、体育の服部先生を連れて帰らないと、お前のママがジョンに乗り移っている何かに食われちまうってことだな。よしっ!二人で服部先生をお前の家に連れて行こう! 
・・・・でも待てよ・・・そうしたら、服部先生がそいつに乗り移られて、魂がジョンみたく食われちまうんじゃないか?

「・・・。そうかも・・・・」

「それ・・・まずくないか?

「でも!! でも、このままだと僕のママが食われちゃう」

「・・・・。確かにお前のママが食われたら大変だが・・・第三者としては微妙な気分だ」

「じゃあ!!ほかにどうすればいいんだよっ!!

「わかった! とにかく、四時間目の授業がすんだら、すぐに職員室へ行って服部先生を連れてこよう。なんとかなるって。服部先生が食われた・・・・、運が悪かったってことで。とにかく教室に戻ろう。三時間目がはじまっちゃう」

二人は教室に戻っていった。

 


消えた龍12

来栖少年の住む街から、いくらか離れた町に、大きな池のある公園がある。
その公園の池の中に・・・・小さなイモリが一匹、イモリにしてはぎこちない様子で手足をばたつかせながら泳いでいる。
しばらく不器用に泳いでいたイモリは岸辺に生える草にしがみつくと、なんとかかんとか池のふちにあがってきた。

岸にはそのイモリを小枝でつつく少年がいた。
つつかれたイモリは少年にむかってさけんだ。

「おいっ!こらっ!イタズラはやめろ!

少年はカラカラ笑うと
「そんななりでいらして、そのへんの水鳥に食われでもしたらいかがいたします
? アカハラどの」

そういって、イモリをその手のヒラにすくいあげた。

「アカハラ殿というのはやめろ。まさかいつもの姿でここへ来るわけにもいくまい。おまえはよい。人間に化けるのは十八番のようだから。しかしわれらはちがう。水中ならいざしらず、陸上で人に化けるのは難儀。」

「いいのですか? こんなに白昼堂堂、廟の眷属が抜け出してきたりして。」

「それはおまえも同じであろうよ。いいのか?稲荷どのの片割れがこんなところへ遊びにきておって」

「うちは、いいのです。お堂も小さな稲荷神社ですから。昼間人がお参りにくることも滅多にありません。それより、そちらは、参拝客も多い御廟。眷属の姿がみえなかったら、人も不審におもいましょう」

「ならば、心配無用よ。わが主の御廟へおぬしも一度参ってみるがいい。俺のごとき眷属は柱という柱にまきついて、そのうち一匹留守にしたところで、誰が気がつくことか。そんなことより・・・昨夜、眷属仲間でウワサをしていたことの真偽を問いただすためにおぬしを呼び出した。俺は仲間からの伝言を持ってきたのだ」

「龍神の眷属どのが、わたしなんぞになんの御用でしょう?

「うむ。それがな、昨夜の雷雨。あれはわれらの知らぬこと。わが主のおわします場所のほど近くに、『器』を持たぬ異国のものたちの気配を最近感じるのだ。
どうも昨夜の雷雨はそやつらの仕業らしい。われらは風をかぎ分けるのが得意ゆえ」

「異国の?

「うむ。われらも異国から来たが、われらは「人」が連れてきた。しかしそれらは、どうも、人に連れられてやってきたわけではないようなのだ」

「なんと・・・・」

「勝手にやってきた。ゆえに、器がない。おぬしや俺のように化身することも出来ぬらしい。かつて、九尾のきつねとやらが参ったことがあったな。人が連れてきたものではないものは、必ず『器』を欲しがるものだ。そやつらが何なのかつきとめてくれぬか? われらが主や人に仇するともかぎらん。」

「それはたやすいが・・・ひとつ条件がある。わたしだけではあまり鼻がきかないもので。一緒につきあっていただきたい」

そういうと、少年は、イモリを白い開襟シャツの胸のポケットにいれてしまった。

「あっ!こらっ!だせ!稲荷ぎつね!!! まだ一緒に行くとは言っておらんぞ!

イモリは大声で怒鳴ったが少年は細くつりあがった目をさらに細めて

「くっくっく・・・」

と肩をゆらして笑いながら池の側を離れた。
「こらっ!!池から離すな!!ひからびるわいっ!!

「大丈夫。ときどき水をかけてさしあげますよ」

言うと、そのまま少年は、イモリをポケットにいれたまま草むらの奥へと消えていった。

 

 


選ばれし者?13

健人と来栖は四時間目の授業が終わると、職員室へ飛んでいった。

体育の服部先生を説得して来栖の家に来てもらうためだ。

体育の服部先生は、この学校で一番体格が良くて丈夫そうな男の先生だった。小高い丘の上にあるこの学校の坂道も難なく、毎朝軽い足取りでソフトスーツの上にリュックサックを背負って、スニーカーを履いた格好でジョギングしながら登校するほどだった。

「っていうくらいスポーツマンなんだから、ジョンに取り付いてるやつに取り付かれても大丈夫さ」
と、職員室の扉の前で躊躇している来栖にむかって健人が言った。

「う・・・うん。そうだよね」

来栖は力強くうなづくと

思い切って、職員室のドアを開いた。

ちょうどいい具合に服部先生がいる。

二人はまっすぐに服部先生のもとにいって

「あの・・・・先生、今日の午後お暇ですか?
「いや。先生、午後からバレー部の練習があるからねぇ。なにか用?

だった。

一気にがっくりしてしまった来栖に代わって健人が

「あっ・・・いえ・・・・なんでもありません」

そういうと、二人は、始めの勢いがすっかりなくなった状態で、職員室を出ようとした。

「失礼しました」

健人と来栖が職員室からの出際、力なくお辞儀をして、くるりとドアのほうに体を返したとき

と尋ねた。

しかし、帰ってきた答えは二人は他の先生と出会いがしらに入り口でぶつかった。

「わっ!!

「おっとと」

お互いにあわてて飛びのいた。

「すみません!!

健人と来栖がほぼ同時にぶつかってしまった先生にむかって謝った。

「こちらこそごめんなさいね~あなたたち大丈夫でしたか?

随分上の方から聞こえてくる、ぶつかってしまった先生の声を聞いて、二人は見上げた。

国際理解という授業を担当している、イギリスから来たアンドリュー先生だった。

健人の目がキラリとひかった。

アンドリュー先生は服部先生よりも少し細身だけれど、背はぜんぜん服部先生より高かった。特別丈夫かどうかはわからないが、ひ弱なかんじはない。
若いかどうかは、よくわからないが、担任の鈴木先生よりは若いかもしれない。
そして、「男」。条件はだいたい整っている。


「そっか!その手があったか!!
健人が小声だが核心に満ちた声でつぶやいた。何か閃いたらしい。
そんな健人の横で来栖はきょとんとしている。

「あの~アンドリュー先生!!ちょっとお願いしたいことがあるんですが。」

健人が突然目を輝かせていった。

健人が強引にアンドリュー先生を職員室に押し込むと

「僕たち、五年生なんですけど。こいつのうちに珍しい外国の本があるらしいんです。おじいちゃんの本らしいんですが、途中までおじいちゃんに読んでもらったんですけど、途中でおじいちゃんが旅行にいってしまって、どうしてもこいつ、続きが読みたくておじいちゃんの帰りが待てないらしくて。先生、こいつの家に来てもらえませんか? 本当は本を持ってこれればいいんですけど、なんでも、かなり古い本で、持ち出せないらしいんです。」

健人はスラスラともっともらしいことを言った。

来栖も、打ち合わせなしの健人のアドリブにすっかり驚いている。

「その本は英語ですか?

「わかりません。でもとにかく、古くて、外国の言葉で書かれている本らしいです。」

アンドリュー先生は来栖の家にある、その「古い洋書」に少し心を動かされたようだった。

アンドリュー先生は特に担任もクラブの顧問も持っていない。午後はスケジュールも空いているというので、その場で快くオッケーしてくれることになった。

三人は学校の門の前で待ち合わせて、帰り支度のあと来栖の家に向う約束をした。

「よかったな来栖」

「う・・・うん。でも・・・驚いたよ。健人にあんな才能があるなんて。よくあんなこと思いついたね」

「馬鹿!お前とお前のママが心配で必死だったから言えたんだよっ! それと、以前おやじが、イギリス人は古いものが大好きだっていっていたのを思い出しただけさ。」

健人はちょっとふくれっつらをして見せたが、その顔がおかしくて来栖は笑ってしまった。

 

 

 

浮いたファベルジェ・エッグ14

ユリアが昼食をとりに居間へ行っている間、小さな衣類ケースの上でまたしても、白樺で出来たベレスタがカタカタと音をたてて動いていた。

そして、中からフェニールのまたしても苛立った声が・・・・。

「いつまでこうしているつもりだ!!こんなところに籠もっている間に、ヤツの『器』が見つかったらどうするんだ!! だいたいなんであの子は外に出ないんだ!!

「まあ落ち着いて・・・彼女は外出を病院の医師や両親から控えるように言われているんです。」

ベルトーユの暢気な言葉にいよいよ頭にきた様子で

「なんで、そんな子のところにいるんだ!!それじゃ、いつまでたってもあの少年のところへいけないばかりか、ヤツの動きも抑えられないぞ。だいたい病気はお前が治したんじゃないのかっ!

「まあ・・・そうなんですが。人間はなかなか用心深いものですから。」

「そんな暢気な連中につきあっていられるか! こうなったら、おいらが一人で行く! 止めるなよっ!

フェニールがそういうと、白樺の小箱が、衣類ケースの上から床に落ちた。

落ちた表紙に、白樺の小箱の蓋が開き、フェニールを入れたファベルジェのロケット型ペンダントが床にコロリと転がった。

と・・・・そのルビー色の卵型のペンダントはすーっと宙に浮いた。

その有様を、偶然昼食が済んで部屋に戻ってきたユリアがしたのだった。


「・・・・・・。きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ユリアは思わず大声で叫んだ。

その声を聞きつけて、居間にいたユリアのママがやってきた。

「どうしたの!!

 

ユリアは、真っ青な顔で

「あれ・・・あれ・・・・・」

と、部屋の真ん中に浮かんでいるルビー色のファベルジェのペンダントを指差した。

「まあ・・・!!!

ユリアのママも唖然として、宙に浮いているペンダントを見つめている。

と・・・・

ペンダントはそのまますーっと浮かびながら移動して、ユリアとママの前を横切っていった。

我にかえったユリアは
「ママ!!ペンダントが飛んでいっちゃう!!

そう叫んで、ペンダントを追いかけた。

玄関のドアの方へ、ペンダントが飛んでいき、玄関ドアが音もなくゆっくり開いた。

ユリアはあわてて手を伸ばして、宙に浮いて滑るように移動するペンダントをつかんだ。

つかんだ瞬間

「ユリア。このペンダントをつけて外へ出て、おいらの言うところへ行け。」

たまご型のペンダントがしゃぺった。

ユリアは言われるままに、ペンダントを首からさげた。
ルビー色のたまご型のペンダントを身につけてみると、ペンダントはほんのり暖かく、しかもちょっぴり重たい。
ユリアはなんだか、ホンモノの鳥の卵を手渡されたような楽しい気分になった。ユリアがもう少し子供のころに、田舎の祖母の家で鶏の卵が生まれたのを祖母からそっと手渡しされたときのような、ほんわかと暖かなぬくもりを思い出したのだ。

「ママ!わたしちょっと出かけてくるわ」

ユリアの言葉にユリアのママは驚いた。

「あなた!何処へ行くつもり?!お医者さまはまだ外へは行ってはいけないっておっしゃってたわ!うちにはいりなさい!!

「大丈夫。お守りがあるもの」

ユリアはペンダントをママに見せるように顔の前に持ち上げて見せた。

ママは困り果てたような面持ちで

「ああ・・・どうしましょう・・・・」

とつぶやいた。

「じゃあパパと行こう」

ユリアが玄関ドアの敷居から足を踏み出そうとしたとき
外出から戻ってきたユリアのパパがユリアの前に立ちはだかった。
そしてユリアは退院後はじめて来栖少年の住む街を散歩することになった。

 

 

 

 

家の周りで・・・・15 

「ここですね。」

少年に化けた稲荷ぎつねが、来栖少年の家の近くまで来て、胸ポケットの中のイモリにむかって言った。

「うむ」
イモリが体に似合わない低い声で返事をした。

「でも・・・私は、ここから先はいけません。犬が・・・私は苦手なもので。」

稲荷ぎつねが眉を顰めていった。

「犬?

「ええ。ここの家の庭にいます。」

 

「ふむ・・・まあいい。後は俺が様子を見に行こう。この姿なら、どこからでも入れようよ。そなたは、この近くでまっていてくれ。」

イモリは来栖少年の住む街にある、中国の神の御廟の眷属の龍神が姿を変えたものだった。

ところが・・・イモリが人間の少年に化けた稲荷ぎつねの胸のシャツのポケットから外に出ようとするが、体が固まったようになって何故か動かない。

? 妙だな。体が動かん」

「どうかしたんですか?

「わからん。わからんが、体が動かんのだ。こんなことははじめてだ。まるで蛇
に睨まれた蛙のように体がすくんで身動きできん。」

「貴方まで天敵ですか? あの家に天敵が?

「・・・・天敵・・・。俺の天敵は鳳凰くらいなものだ。それもこの俺をすくませるとなれば、それは四神のひとつ朱雀級のやつだ。そんなやつがあの家にいるとも思えん。」

「イモリに変じているのがいけないのかもしれませんよ。元の大きさに戻ったらいかがでしょう」

「ここで元の姿に戻ったら、たちまちこの一体が雨雲と雷雲に包まれて、豪雨になるわ。ひとまず、退散しよう。やつらの潜んでいる場所もわかったし。出直すとしよう」


イモリに変じている関帝廟の眷属の龍と、人間の少年に化けている稲荷ぎつねの二人が、来栖少年の家の近くでこんな会話をしているころ・・・・

フェニールの入った、たまご型ペンダントを身につけたユリアは、ユリアのパパの運転する車で、この周辺までやってきていた。

初めての異国の土地でユリアにはまったくこの土地の土地勘がない。それなのに、なんとなく「行かなくてはいけないところ」がわかる。
胸に下げたペンダントの中で、暖かな鼓動が響いてくる感じが伝わってくる。
その鼓動が、強くなるように感じるほうへ進んでいくことが正しい気がユリアにはしたのだ。

住宅地の、入り組んだ道に入る、手前に来たとき、ユリアは
「パパ、少し車から降りて外を歩いてもいい?

と尋ねた。

「どこか喫茶店はないかな? お茶を飲んで、そろそろ帰ろう」

ユリアのパパがそういって、周囲を見渡すと、ちょうど4~50メートル先の左手に、蔦の葉の絡まった、ロッジ風の外見をした喫茶店をみつけた。

喫茶店のわきの小さなスペースに車を止めて二人は喫茶店へ入った。

ドアを開けるとカランカランと牧場の羊が首から下げているような小さなカウベルの音がして、中から店主が出てきた。お客さんは誰もいない。
大きな窓ガラスのある店内は、住宅地で日当たりが悪いせいか薄暗い。
しかし、陰気なかんじはなかった。山小屋風の店内には観葉植物のゴムの木やパキラの鉢がいくつも置かれ、ひんやりとした空気に満ちていてユリアはすっかり気に入った。

「いっらっしゃいませ」

と店主が二人を店の奥の窓際の席に案内した。

「いらっしゃいませ」と言われて、ユリアは、自分の国にいるときのように、普通に席について、店主に

「お茶を二つ。あと、ケーキはある?」

と聞いた。

「オレンジタルトがありますが、それでよろしければ」

といわれ

「それでいいわ」

と答えた。

ユリアのパパが、そのやりとりを不思議そうに驚きとともに見ていた。

「ユリア・・・お前、いつの間にこの国の言葉を覚えたんだい?」


パパに尋ねられて、ユリアははじめて自分がごく普通にいつもどおりに、家族以
外のひとと会話をしたことに気がついた。

「えっ? このお店のひとは、わたしたちの国の言葉が出来たわ」

「いや・・・この国の言葉を話したのはお前のほうだよ」

ユリアの胸のペンダントがまたぽーっと暖かくなった。


ユリアが、来栖少年の家の近くの喫茶店でお茶を飲んでいるころ、ちょうど、アンドリュー先生を連れた健人と来栖が、この近くまできていた。

ユリアは、来栖と健人とアンドリュー先生の三人が通りの向こう側の歩道を通りすぎていくのを窓から見た。

しかし、久しぶりの外出で疲れたのか、ユリアの気分が少し悪くなった。

「なんだか疲れちゃったみたい。」

ユリアは、パパと一緒に、「三人」を前に自宅に戻ったのだった。


ユリアたちが、来栖少年の家から遠ざかったころ・・・・

稲荷ぎつねの胸ポケットの中のイモリが

「ふぅー・・・やっと体が楽になった。なんだったんだ・・・いったい」

 

と、もぞもぞとポケットの中で伸びをした。

「気をつけてくださいよ。眷属がイモリのままひからびちやったら貴方の主に顔向けできません」

「そのときは、人間を多少犠牲にしても龍の姿にもどるわい。」

「それも困ります!!

「とにかく、これから俺はあの家に潜入する。またあとで会おう」

いうと、イモリは、稲荷ぎつねのポケットからするすると出て行った。

本当の名前 16

来栖少年が、友人の健人と、国際理解の科目を受け持つ外国人講師のアンドリュー先生を連れて帰宅すると、室内には甘いパニラの香りが漂っていた。
キッチンで、来栖のママがホットケーキを焼いているらしい。

「ママただいま~」

という来栖の声にママは気がつかないようだった。

健人が

「いいにおいだな。ホットケーキか?

と聞いた。

 

「大丈夫。今日は運がよかったね。アンドリュー先生や君の分もあるよ。ママはいつもホットケーキは多めに焼いて、残る分は冷凍するから。」
と来栖が言った。

そして

「どうぞ」

と、アンドリュー先生と健人を家の中へ案内した。

来栖のママはやっと気がついたらしく

「あら!お友達もいっしょ? 」

と健人を見るなりそういい、健人と来栖の後ろから遠慮がちに現れたアンドリュー先生の姿を見て、

「来栖! この方はどちら様?

と、来栖の顔を驚いた様子で見た。
「えっと・・・国際理解のアンドリュー先生。おじいちゃんから預かった本を見てもらいたくて来てもらったんだ」


「そう。とにかく、みんなお昼まだよね? ちょうどホットケーキをたくさん焼いたから、召し上がって。今持ってくるから」

ママは、アンドリュー先生に軽く会釈して、「ごゆっくりなさってくださいね。
」というとそそくさとキッチンへ戻っていった。

それにしても・・・ジョンが静かだった。
いつもなら、玄関先の犬小屋の脇にいて、健人が来ても吼えるのに。
はじめて見るはずのアンドリュー先生が来ているのに、うんともすんとも言わない。来栖少年が改めて庭に出てジョンの小屋を見て見るとジョンの姿が見えなかっ
た。

(
やっぱり、具合が悪くてあの後ママが病院に連れていったんだろうか・・・)

来栖少年は心配になって、そっとキッチンのママの側に行って「ママ?ジョンはどうしたの?犬小屋にいないけど・・・やっぱり病院へ連れて行ったの?
と尋ねた。

聞かれてママのほうが不思議そうに

「えっ? つれていっていないわよ?犬小屋にいないって・・・逃げちゃったのかしら。」

といった。

「えっ?」

来栖少年は、お盆にホットケーキとお茶を載せて健人たちのところへ運びながら家の中を見渡したが、体の大きなジョンが隠れている様子もない。

とりあえず、三人は、ママの焼いたホットケーキとお茶を飲んで一服してから、例の「古い洋書」を見に二階の来栖少年の部屋へ移動した。
来栖少年の部屋のドアを開けると「あっ!

と声をだした。

「どうした?」

健人がいった。

「あれ・・・」

来栖が、来栖少年のいつも寝ているベッドを指差すと、そこには、大の字で寝ているジョンの姿があった。

「ジョン・・・」

来栖の声に、ジョンは、むくりと起き上がった。

、来栖少年は
そして

「ツレテキタノカ? ジョウブデワカイオトコ・・・」

といった。

ジョンは、アンドリュー先生をちらりと見て、ベッドからおりると、アンドリュー先生にちかずいて、ぐるりと先生の周りをまわって

「キニイッタ」

と一言いうなり、アンドリュー先生にとびかかった。

「うわっ!!
ンに、いきなりのしかかられて、アンドリュー先生は床に倒れこんだ。

そして、何事もなかったかのように、立ち上がると、自分の手足を確かめるように見回して

「ふむ・・・まあまあだな」

といった。

健人は

「喰われたのか?アンドリュー先生・・・」

と来栖にむかって小声でいった。

立ち上がると来栖少年くらいの背のあるジョンが部屋の真ん中で倒れている。
「・・・そう・・・みたい」

来栖が青ざめながら言った。

アンドリュー先生は、来栖少年のベッドサイドのテーブルの上の、例の「古い洋書」をパラパラとめくりながら

「これを何処で手に入れた?」

といった。

来栖は、少し震えながら

「おっ・・・おじいちゃんが持ってきたんだ。詳しいことは知らない。」

と答えた。

「読んだのか?」

アンドリュー先生に乗り移った「何か」が来栖に尋ねる。
いつもは穏やかなアンドリュー先生が別人のように目つきが鋭く、何よりも、「声」が、いつもの先生のものではなかった。

あの、さっきまでジョンに乗り移っていた、「金色の人影」の声だった。

「貴方は・・・誰!?

来栖が強い口調で尋ねた。

アンドリュー先生は、古い洋書のページをゆっくりとめくりながら、うつむき加減のまま

「・・・ルーク・・・ルークとあいつは呼んでいた」

と答えた。
そして、その一部始終を部屋の隅で見守るものがあった。

稲荷ぎつねが運んできた、龍神の化身のイモリだった。

祖父の裏切り? 17


アンドリュー先生の姿をしたルークはベッドに腰を下ろし、軽く足を組んでくつろいだ様子で来栖たちにむかっていった。

「こちらの世界に私のほうが来ることになるとはな。今まで来たいとも思わなかったが。
お前、名前はなんという? 人の名前だけ聞いておいて自分は名乗らないのか?

来栖少年はちらりと健人の顔を見てから、こわばった表情で答えた。

「く・・・くるす。鷹取来栖。」

「クルス? 」

ルークは来栖の名前を聞いた瞬間少し、目を見開いた。アンドリュー先生の瞳の色は青いので、青い瞳がキラリと光ったように見えた。

「なるほど・・・。それで・・・」

そういうと、ルークは倒れているジョンの方を見た。

ジョンは倒れたままだったが、死んではいなかった。疲れ果ててぐっすり眠っている様子だった。

「る・・・ルーク・・・さん! 貴方は誰? 何しに来たの? あの夜僕の部屋に出てきた金色の人影は貴方だったんでしょ!?

来栖は必死で尋ねた。

「・・・・。そうだ。あれはわたしだ。あの時は、お前を連れてくるつもりだった。お前は、火の鳥の言葉がわかった。俺にはわからないヤツの言葉を聞いた。
だからお前を通訳にしようと、こっちへ連れてくるつもりだった。俺たちは旅をしていたか
ら。だが、火の鳥フェニールがいなくなった今、それはもはや必要がないことだ。」

「それじゃぁ、何しにこっちへ来たの?! 」

脅える来栖と健人の顔を見てルークはニヤリと笑った。

「ふん・・・・。何しに来たのか? さて・・・俺にもわからん。俺は国を追放されたのだ。ヤツのせいで。この俺が、なんで「生卵」を守らねばならん?あんなものは捨てて当然だ。騎士は美女を守るものと相場が決まっている。やつのせいで帰る場所もない。そして、ヤツがいなくなった今、俺に与えられた罰も消えた。国に帰ろうとさえしなければ俺は自由だ。何処で何をしようと誰のとがめだても受けない。だから来たのだ。ここへね。しばらくこちら側に留まるつもりだ。お前たちのおかげでなかなかいい『器 』もみつかったことだしね。といっても向こうでの私には格段に劣るが。まあいいだろう」

ルークの話は来栖たちにとって、ちんぷんかんぷんだった。
話のいきさつがいまひとつ良くわからないからだ。

ヤツって何?火の鳥?フェニールって火の鳥のこと?「生卵」を捨てた? で、その罰で国外追放? 

解らないことだらけだった。
ただ、はっきり解ることは

ルークと名乗るアンドリュー先生を乗っ取ったヤツが、ここに「居つく」ということだった。

「そんな・・・アンドリュー先生はどうなるの? 学校は? あなたはアンドリュー先生の代わりは出来ないでしょ? それに、何処に住むの? うちはダメだよ。ママが許さない。いや、出張中のパパが一番許さない。もちろん僕もだっ!!

来栖少年がそう叫ぶように言ったとき・・・

「わしが許すよ」

と来栖少年と、健人の背後で声がした。

来栖の祖父だった。

 

とんでもない居候18

 

 

「おじいちゃん!!帰ってきてたの!?

来栖は待ちに待っていた祖父の姿を見て思わず叫ぶように言った。

「昨日の雷で空の便が乱れてね。今日の朝こっちについたんだよ。」

一週間前、祖父が来栖少年の前においていった本のせいで、今こんなことになっていて、祖父があと一日早く予定通り帰ってきていれば、こんなことにはなっていなかったのにと思うと、来栖少年は、旅行の帰りが遅れた祖父に少し腹がたった。
そして、今も、目の前の『ルーク』という得たいの知れないヤツをかばうような発言をした祖父にも来栖少年は苛立ちを覚えた。

「なんで!!ダメだよ!こんなヤツ、家に置いちゃ。アンドリュー先生はどうなるの?! こいつに乗っ取られたままになっちゃうの? 早くこいつをおっぱらってよ!おじいちゃん!

来栖少年は、祖父にむかって半ば泣き出しそうな勢いで言った。

しかし、祖父は

「ここに置くわけにはいかんから。わしのところへ来させよう。それならいいだろう? 」

そういった。

 

「なんで? なんでこんなヤツの肩を持つの?

来栖少年の言葉に祖父は、

「彼は必要なんじゃよ。わしにとってね。孫のお前にも、それはゆずれん・・・。」

いつもの優しい祖父とはちがう表情で言った。そして、ベッドサイドに置かれたあの古い洋書をそっと大事そうに手にとった。

「というわけだ。悪いな。しばらくこの『器』は借りる。心配するな。お前が側にいればこの器の持ち主は無事なようだ。しかし、お前が離れれば、器の持ち主は消えるかもしれん。器の持ち主のことが心配ならつきあうことだ。」

ルークはそういうと、祖父と一緒に来栖の部屋から出て行った。

健人は、ただ黙って来栖の横にいた。
気がつくと、ジョンも目が覚めたらしく、来栖少年の足元に座っていた。

「なんか・・・おかしなことになってきたな・・・。それにしても・・・なんでお前のおじいちゃんが、ヤツをかくまうようなことをするんだろう・・・」

健人がぽそりといった。

「わからないよ・・・。でも、よくわからないけど・・・あの本と関わっちゃいけない気がするんだ。あのルークってヤツにも・・・。なのに・・・なんでおじいちゃんはあんなヤツに関わろうとするんだろう・・・」

 

 

来栖が怒りと哀しさが、ないまぜになったような声でそうに言うと

「・・・・それが、学者ってやつなのかもな。よくわかんないけどさ。どんなに危険なことになるかもしれなくても、好奇心っていのかな。そいつを止められないんだよ。大人はさ、探究心なんていうけど。結局、誰でも持ってる好奇心が大人になっても納まらなくて、どんどんエスカレートしちゃってるのが学者なんだと思うよ。」

健人がそういった。

来栖はうなだれながら

「健人ってさ・・・見かけによらず、いろんなこと考えてるんだね。僕はそんな目でおじいちゃんを見たことないよ。すぐ側にいるのに」

「他人だから見えることってあるんじゃないか? 俺だって自分のオヤジとかじーさんのこととかはわかんねーし。」

 

「・・・・そういうもんかな。」

「そういうもんだよ」

二人はルークがこちら側の世界に滞在することになったことに不安の色を隠せなかった。

そんな二人の足元で

ジョンが

う~~っとうなり声を上げている。

竜神の化身のイモリが、あわてて部屋の隅の本棚のかげに隠れた。

そして、ぽそりとつぶやいた。

「厄介なことになったな・・・・」

外はいつの間にかいつ雨が降り出すかわからないような曇り空になっていた。

 

 

 

 

おのおのの夜19

 

来栖少年の祖父の家は、来栖少年の家から歩いて10分ほどの場所の古い洋風の家だった。
昔、この辺りに異国から赴任した大使夫妻が建てさせたという、洋風の東屋のような作りをした年代ものの家だ。

「この家を使うといい。わししかおらん。好きに使ってくれ」

来栖の祖父はアンドリュー先生に乗り移ったルークに向っていった。

「物好きなやつだ。なぜ俺なんぞを招きいれる? 」

ルークはいぶかしげに言った。
来栖の祖父は、片手に抱えた、例の古い洋書を持ち上げて見せてニヤリと笑った。

「わしは、長年言語学を研究しておるんだがね。どーもこの本の文字は、いまだかつて見たことがない。ルーン文字にも似ているが、どうにも解読できない。
しかし、偶然にもこの文字の研究者に出会うことができてね。そして、『読み方』を教えてもらったのだよ。文字の読み方ではなく・・・『この本の読み方』だ。」

「なるほど。」

「そして・・・、君が現れた。教えられたとおりに。」

「まるで召還された悪魔のようだな」

「そうかも知れん。わしはファストで君はメフィストフェレスだ」

来栖の祖父の言葉にルークは一瞬、気を悪くしたようだった。
自虐的な笑みを浮かべて

「それでは、お望みのように地獄めぐりにお連れしようか?

そういった。

「ダンテを知っているのかね? こちらの世界のことをどれだけ知っている?

来栖の祖父は、目を輝かせていった。

「お前が知っていることくらいは知っているだろう」
ルークがそっけなく答える。

 

「わしは、この本の内容が知りたいのだ。何が描かれているのか。」

「知ってどうする? たいしたものではないかもしれんぞ。逆に、破滅を呼ぶ呪われた本かもしれん。」

「かまうものか。この年になると、楽しみごとが少なくなる。たとえ破滅が来ようとも退屈よりはマシというものだ。」

「あぶないじじいだ」

ルークはアンドリュー先生の青い瞳で、睨みつけた。

「器を得ると制約がふえる。久しぶりに『疲れ』を感じる。休ませてもらう」

そういうと、ルークは今のソファーにゴロリと横になってそのまま寝てしまった。

こうして、ルークと来栖少年の祖父との奇妙な同居生活が始まった。

一方、それらのやりとりをつぶさに調査しにきていた竜神の化身のイモリもルークが眠ったのを見届けてから、稲荷きつねの待っている社へ戻ってきた。

「で・・・そいつは、結局なんなんです?

昼間は少年の姿をしていた稲荷狐も、夜も更けた今は、きつねに戻っている。

イモリがひんやりとした社の石段の上で、気持ちよさそうに腹ばいながら

「『はぐれ』というやつだ。」

 

といった。

「はぐれ・・・・」

稲荷が繰り返すようにいった。

「仕えるべき主のおらぬ『はぐれ』だ。しかも西洋の『はぐれ』だ。」

「では、我らのようにもとは眷属なのですか?

「よくわからん。眷属なのかなんなのか・・・。そういえば『騎士』だと言っていたな。」

「騎士?では、もとは人ですか? それとも天使とかいう西洋の神の兵士のことですか?

 

「もう少し、探ってみんことにはわからんが・・・。害をなす輩なのかなんなのか、いまひとつわからん。しかし、人に容易に乗り移る以上は何をしでかすかわからん。九尾のきつねのように人に乗り移って、世を乱すようであれば、いつでも討てるように見張っておらねばなるまい」

「厄介なことになりましたね」

「まったくだ。この暑い時期に・・・。俺は御廟の石柱に巻きついて、昼寝をしていたいというのに。厄介な仕事が増えた」

「ただ・・・討つといっても、気がかりなこともありますよ。昼間貴方があった金縛り・・・アレの原因も調べなくては、イザという時に金縛りでは困ります」

「うむ。そうだったな。そっちはそなたが調べてくれまいか。俺ではどうやら無理そうだ」

「わかりました。お役にたてることならば。どうせ、忘れられたような社の番。少々退屈してました。」

「退屈? 勤勉な奴らだ。俺は退屈なんぞしたことがない。昼寝が一番だ」
イモリに化身した竜神がそういうと

「それは、お忙しい方のいうセリフです」

稲荷きつねはそういうとくるりとイモリに背をむけて

「では早速こちらも調査に参ります。ではまたここで・・・」
そういうと社の影に姿を消した。

イモリも

「朝まで俺も一休みさせてもらおう」

社の石段の影に入っていった。




更に、その夜はユリアの部屋も騒がしかった。

ユリアが眠りについたころ、ベレスタの中で、フェニールとベルトーユがまたまたもめていた。

いつにも増してフェニールの機嫌が悪かった。

それもそのはず、せっかく、来栖少年たちを見つけたのに、彼らを前にしながら、ユリアは帰宅してしまったのだから・・・・。

 

「ヤツが『器』を手に入れてしまったじゃないか!!目の前にいたのに!!この子じゃダメダ!肝心なときに具合が悪くなるなんて!!もっと元気のいい別の子のもとにいくぞ!

フェニールが怒鳴り散らすたびにスツールのうえに置かれた白樺の小箱がカタカタと動く。

しかし、よほど久々の外出でくたびれたのか、ユリアはぐっすり眠っていて、全く気づく様子がなかった。

「でも、貴方を入れて運ぶことのできるペンダントの所有者は彼女です。そして、貴方を入れられるペンダントは今のところ彼女しかもっていない。」

「似たようなのがいくらでもあるだろう!!

 

 

「彼女の生まれた国で作られたものでなくてはダメなんです。そして所有者も。貴方が生まれた国と同じ国のものでなくては・・・」

「う~む・・・・。シェアが狭すぎる」

「今は・・・。でも、そのうち広がりますよ。」

「とにかく、ヤツが『器』を得た。これで、どの器に乗り換えることも出きるようになった。あのイギリス人の器から出るようなことがあれば、俺はヤツを焼き滅ぼさなきゃならん。」

「それは、最終手段です。そうならないように説得しなくては」

「それには、あの少年が必要だ。俺の言葉はやつには伝わらない。それには、この病弱少女にもっと動いてもらわなくては。グズグズしている場合ではないぞ」



祖父の書斎の重厚な机の上に置かれた古い大きな洋書は、窓から降り注ぐ月明かりのもと、誰もいない部屋のなかで、ひとりでに表紙が開かれ、音もなくページが繰られた。

知らず知らずのうちに、物語はたくさんの者を巻き込みながらゆっくりと進み始めた。

第一章 完

 

 

 

第二章
二人の転校生 2-1
夕食後、ユリアのパパが、ユリアと、ユリアのママに向っていった。

「ユリアの体調も落ち着いているようだし、こっちのお医者さんも本国で経過を見てもかまわないといっているし。
もう、国に帰ってもいいかもしれないが、ちょうどこっちでの仕事が来てね。もうしばらく日本にいることにしたんだよ。
それで、ユリアもただ、一日部屋にとじこもっていても面白くないだろうと思ってね。かえって体にもよくない。それで今日、役所へ行ってみたんだ。
役所の人と話しをしてみたらユリアも日本の公立学校へ行けるらしい。健康上の理由もあ

るから見学程度だが、どうだろう? 日本の学校をのぞいてみる気はあるかい?

ユリアは突然のパパの申し出に驚いて答えに困った。

ママのほうは
「見学程度なら、いい体験になるんじゃないかしら? 病状が落ち着いているとはいえ、すぐ帰国するより、しばらくこちらの病院で様子を見てもらっているほうが私も安心だし。」

と乗り気だった。

「わたしも・・・日本の学校へ行けるの?

ユリア「いけるよ。日本は『児童の権利に関する条約』という国際条約の締約国だからね。ユリアには日本の子供たちのように日本で教育を受ける義務はないけれど、権利は保障されている。だから日本の子供たちと同じように公立の学校に無償で行くことが出来るんだよ」

「ふ~ん・・・そうなの・・・・」

ユリアは、いまひとつ、乗り気ではない様子だった。ユリアとしては、日本にはあまり感心がなかった。むしろ自分の国の仲間たちのいる学校へ一日も早く戻りたかった。

「まあ、無理しなくてもいい。近いうちに、地図や学校の資料を持ってくるよ」

パパがそういった。
が、半信半疑というかんじでパパに尋ねた。

 

ユリアは浮かない表情のまま

「ごちそうさま」

というと、自室に戻った。

そして、机の引き出しからあの祖母から送られてきた白樺の小箱のベレスタを取り出して、そっと蓋をあけた。

中にはフェニールの入っている、ルビー色のファ
ベルジェのペンダントが入っている。

「どうかしたんですか?浮かない顔をして」

ベレスタの内側にはめ込まれている鏡に、金色の髪の騎士を乗せていた白馬、ベルトーユが現れた。

あの、ペンダントが浮きあがる事件のあと、ユリアは、ベルトーユと、ファベルジェのペンダントの中に入っている火の鳥フェニールたちの存在を知り、今では普通に会話をする関係になっていた。

ベルトーユの言葉に、ユリアは

「パパが・・・日本の学校に行って見ないか・・・って」

心細そうに言った。

「おおっ!いいじゃないか! これでやっと外に出られるぞ!

フェニールがペンダントの中でペンダントを揺さぶりながら、そういった。

「で、いつ学校へ行くんだ? その学校にはあの少年はいるのか?

フェニールが矢次早に尋ねた。

「そう、せかさないで。まだ何も決まっていないんだから。パパがそのうち書類をそろえてくるらしいわ。」

「あ~~っ!!!! イライラするっ!!なんでこういつもおっとりしているんだっ! もっと、元気で活発な子はほかにいないのかっ!!

フェニールの言葉にユリアは怒って

「それなら、好きにすればいいわ。このペンダントはお婆さまが私に下さったんだから、気に入らないなら出て行って頂戴。」

そういって、ロケット式のファベルジェ・エッグを指さきでこじあけようとした。

「わかった!!わかったから開けるな!!開けたらこの家ごと火事になるぞっ!

フェニールが叫んだ。
二人のやりとりに
「なんだか・・・ルークとおなじくらい、二人とも相性悪いですね・・・」
ベルトーユが隣でため息をついた。


その頃・・・時を同じくして、稲荷きつねのほうは、一緒にいあわせていた御廟の使いのイモリに変じた竜神が、突然金縛りにあって身動きができなくなった事件を、稲荷ぎつねの定例の集まりの席で報告していた。

稲荷狐の定例の集まりの席といっても、山の中や森の中の朽ち果てそうな社で狐たちが車

座で集まっているわけではない。

定例会は、横浜の某高級ホテルのラウンジのコーナーを貸しきっていつも開かれている。

集まっている面々は小奇麗に着飾った、老婦人や、仕立てのよいしスーツ姿の老紳士たち・・・。ぱっと見は政治家のパーティーのような感じだ。

その席に今日は、その場に不似合いな、子供が1人混ざっている。

「それで・・・御廟の竜神殿の金縛りの原因をそなたは調べておるのかね?

グレーのスーツに身を包んだ白髪の老人がご馳走の並んだ円卓を挟んだ向こう側で、1人の少年に尋ねた。
少年は緊張した面持ちで

「はい。でも、これ以上はくわしいことがわからないところでございます」

少年が答えると

「竜神殿の言われるように、朱雀ほどの天敵が近寄らないかぎり、御廟の竜神を
すくませるなど、考えられないこと。それほどの霊力のものが、どこからやってきていったいどこかに潜んでいるのか・・・。

お前・・・その来栖とかいう少年と同じ学校へ通いなさい。そして身辺を探りなさい。なにか手がかりがつかめるかもしれん。人間界の手続きはわしらがうまくやる。明日からお前は『豊川かずや』と名乗るがよい。」
白髪の老人がそういった。

最長老からの辞令をうけて、改めて名前ももらって、人間界に潜入することになった、小さな古びた社の少年狐は身震いをした。

「面白くなりそうだ・・・」

そうつぶやくと、とりあえず、目の前に並んだご馳走に手をつけた。

「腹が減っては戦はできぬ・・・だからね。」

豊川和也こと稲荷ぎつねが、来栖少年の通う学校に現れたのは、その翌日だった。
そして・・・・
本国では中学生のユリアが、体力回復のためのリハビリと、日本の子供たちと接する機会をかねて、来栖少年の通う学校の六年生として編入してきたのは、それから半月後のこと
だった。

 

 

ルークの授業 2-2

アンドリュー先生は、イギリス人の講師の先生で、「国際理解」という科目を担当している。
国際理解という科目は、その名のとおり、語学の授業というよりも、日本以外の国の文化を理解するための授業だ。特に、教科書は決まっていない。先生も毎年、どこの国の先生がやってくるか特に決まっていない。今年はたまたまアンドリュー先生がこの学校にくることになったのだった。その国の先生が、生徒たちに、独自の資料を思い思いに使って自分の国のことを紹介していく。
歌を紹介したり、民族衣装を見せてくれる先生もいたりする。

その、授業を・・・・

アンドリュー先生に乗り移ったルークが、誰が見ても「いつものアンドリュー先生」と変わりなく授業を行っていた。

声もいつものアンドリュー先生のように、やさしげで、表情も柔らかい。
誰一人としてアンドリュー先生がアンドリュー先生ではないと疑うものはいないだろう。健人と来栖をのぞいては・・・。

ルークの乗り移ったアンドリュー先生は、黒板の前の机の上に、紙芝居のように厚紙が張ってある写真をみんなに見せながらいった。

「皆さんは、これを何かで見たことがありますか? これはイギリスにあるストーン・ヘンジといいます。」

写真には、大きないびつな石が、積み木のように積み上げられて、円陣を成している不思議なものだった。

「ではこの写真は見たことがありますか?

そういうと、紙芝居の紙を引き抜くように写真を引き抜いて、次の写真を見せた。

テレビでよく見かけるビッグベンとテムズ川にかかったロンドン橋の写真だ。

「この写真はイギリスの首都ロンドンです。東京と同じようなものですが、ここから200キロはなれたところに、さっきのストーン・ヘッジがあります。
200
キロですから、東京から新幹線で静岡より先、浜松よりは近いところといえば皆さんにもわかりますか?

 

アンドリュー先生の説明を皆静かに聞いている。

「ストーン・ヘンジはいまからおよそ4500年前に作られたといわれています。石の高さはおよそ4メートル。重さは2tのものから7tほどのものが使われて円形に配置されていますが、誰が、どうやって、何のために作ったものかは未だに謎とされています。皆さんは、これはなんのために作られたのだとおもいますか?

アンドリュー先生がクラスの生徒にむかって質問をした。

「はいっ!

元気よく手を上げるものがあった。

クラスのお調子者の水谷だ。

 

「はい。君は・・・水谷さんですね。」

いつの間にか、ルークが乗り移っているはずのアンドリュー先生は、クラスの生徒たちの名前も覚えているようだった。

名前を呼ばれた水谷は立ち上がって

「宇宙人がUFOの基地のために作ったんだと思います!!

自信満々に答えた。

アンドリュー先生は優しげな笑みをうかべて

「なるほど。面白い意見ですね」

といった。

 

あの、射すくめるような目つきをするルークが乗り移っているとは到底思えない表情だった。

もしかしたら、アンドリュー先生はもとにもどっていて、ルークはアンドリュー先生の中からいなくなったのかもしれない・・・来栖も健人も、授業を受けながらそう思った。

 

 

ストーン・ヘンジの謎 2-3

授業が終わると、来栖と健人は廊下へ出て、廊下の窓から校庭を見渡しながら

「なんかさぁ・・・アンドリュー先生・・・普通に戻ったんじゃないかなぁ」

と来栖がつぶやいた。

「俺もそう思った。いつものアンドリュー先生だった気がする。そういえば、あれからルークはどうなったんだ?

健人がいった。

「・・・・わからない。おじいちゃんにもあれから会ってないし。僕も、アンドリュー先生に起きたことは避けてたから・・・。」

「もしかすると・・・よくわかんないけど、アンドリュー先生から抜け出たのかも!

健人が楽観的にいった。

「・・・・だといいけど・・・・。」

来栖の元気のない表情を見て、健人は話題を変えようと

「だけどさぁ~あのストーン・ヘンジってやつ、どうやってあんな石積み上げたんだろうな。何の目的で・・・お前のおじいちゃんとか好きそうだよな」

といった。

 

その時・・・健人と来栖の背後で、声がした。

「ドルイドだ」

健人と来栖が驚いて振り返った。

アンドリュー先生だった。

「お前たち、興味があるのか?ストーンヘンジに。」

アンドリュー先生は、二人を見下ろしていった。
授業の時の穏やかなアンドリュー先生とは別人だった。

(ルークだ・・・!!アンドリュー先生の中にちゃんといるじゃん!!

来栖と健人はルークの入ったアンドリュー先生を恐る恐る見上げた。

「興味があるなら教えてやってもいい。」

二人は、

「あっ・・・いえ・・・別に・・・・」

としどろもどろに答えた。

その時だった。
「是非教えてください! すごく興味があります!

健人と来栖とアンドリュー先生の側に、色白の小柄な少年が
やってきた。

先日、転入してきた、豊川和也こと・・・・稲荷ぎつねだった。

アンドリュー先生は一瞬沈黙したようだったが

「豊川くん・・・だったね。それじゃあ、三人とも放課後、職員室の横の会議室へいらっしゃい。少し、詳しい話をしてあげよう」

そういうと、授業のときのような優しい笑みを浮かべていい、去っていった。

豊川は、その後姿を見送ると、健人と来栖の方に向き直って

「二人とも、よろしくね。」
とニッコリ微笑んだ。

なんだか、人見知りしないというか、物怖じしない笑顔に、健人も来栖も少しとまどった。

 

その二人の反応を見てとった稲荷ぎつねは

「僕のうちの仕事は旅役者ってやつなんだ。興行しながら各地を回ってるから、転校しなれてるんだ。ポスターとチケットが出来上がったら君たちににもあげるよ。ご両親と見にきてよ。僕も舞台に出るんだよ。」

といった。

豊川の言葉に二人は、「なるほど」と思ったが、豊川の中に、さっきの「アンドリュー先生」と似た何かをかんじた気がした。

(とても優しそうなアンドリュー先生と・・・ゾッとする笑みを浮かべるアンドリュー先生・・・どちらも『ルーク』が乗り移ってからそうなった気がする・・そして、豊川くんのこの笑顔も・・・ルークがする「優しいときのアンドリュー先生」に似ている気がするのは気のせい? )

来栖はなんとなく胸騒ぎを覚えた。

隣の健人が、来栖の肩をポンと叩くと

「乗りかかった船だ。俺も放課後つきあうって。」

といった。

「野球の練習があるんじやないの?

来栖が言うと

「心配すんな。俺は天才打者なんだ。多少練習さぼっても俺の野生の勘には影響はないのさ」

健人が笑っていった。

健人の笑顔に少しだけホッとする来栖だった。


ペンダント騒動 ii-4

来栖の通う小学校へ、六年生の授業を週に3日、午前中に見学しに来ているユリアは、四時間目の授業も終わり、帰り支度をしているところを学級委員の村上加奈子に呼びとめられた。

「ユリア=レオノヴァさん!

ユリアが振り返ると、ユリアよりも肉付きのよい、どっしりした女の子が仁王立ちしている。

「何かよう?

ユリアが答えると

「貴方、そのネックレス。学校に、そういうの着けて来てはいけないのよ!

 

と村上は言った。

ユリアは、困惑した。

こんな風に、身につけているものを他者からとやかく言われたのは生まれてはじめてだったからだ。

「・・・・。でも・・・先生は何もおっしゃってないし・・・それに、これはお守りだから・・・・」

と小声で答えた。

村上は、

「先生が何も言わないのは、貴方が外国人だからよ。わたしたちにはうるさく言うわよ。それにお守りには見えないわね。そんな形のお守り見たことないもの。」

といって、ユリアのペンダントにいきなり触ろうと手を伸ばした。

たまご型のファベルジェのペンダントに触れた瞬間

「きゃあっ!!

声を上げたのは、ユリアではなく、村上加奈子のほうだった。

「あ・・・つっう・・・」

村上がペンダントに触れた手を引っ込めて、触れた指先を押さえた。

ユリアには何が起きたのかまったくわからなかった。村上は、キッとユリアを睨みつけると

「あなた・・・魔女でしょ! そんなへんなもの首から下げて!
うちのお母さんが言っていたわよ! 外国には昔魔女がたくさんいて火あぶりにされたって。だから貴方のことも外国の魔女かもしれないから近づくなって。ほんとにその通りだったわ!!

そういうと、くるりと踵を返して去っていった。

ユリアは、ただ呆然として村上の後姿を見ていたが、カバンを手にクラスから出て足早に帰宅した。

帰宅後、ユリアは昼食もそこそこに自室に入ると、ベッドにもぐりこんでしまった。

ユリアの様子がおかしかったので、ユリアのママは心配して部屋へくるとユリアは

 

「もう学校に行きたくない。しばらく1人にして。」

と一言いって毛布をかぶった。

ユリアのママが心配そうな面持ちで部屋から出て行くと、ベッドサイドのベレスタがカタカタと動いた。

「ユリア!! ユリア!! どうしたんです?

ベルトーユが心配そうに声をかけてきた。ユリアは起き上がると、胸にかけていたペンダトをはずして、ベレスタの小箱の中へしまった。

すると、いままで静かだったペンダントの中のフェニールが突然

「せっかく学校に行くようになって外にでられと思ったら!!今度はあんな不細工少女のせいで登校拒否か!

と怒鳴り声をあげた。

「うるさいっ!! たまごの中に閉じこもってる貴方に言われたくないわっ!!

ユリアが怒鳴り返した。
「うっ・・・・むむむむ」
フェニールがうなった。

 

 

「二人とも・・・何があったんですか。」

ベルトーユが困った様子でいった。

「相手はひがんでるんだ! 見ればわかるだろっ! 」
フェニールがいった。

「ペンダントのことをいわれたのよ! 学校にペンダントをしてきちゃいけないって。それにあの子・・・私のこと魔女だって言ったわ!! それにあの子の親も影でそういってるのよっ! きっとみんな影でそういってるにちがいないわ!日本人は意地悪だわっ! 日本の学校なんか行きたくもないっ」

「ユリア・・・落ち着いて。二人だけで学校へやっった私が間違ってました。次からは私も行きます。私もカバンの中へ入れていって。日本とは文化が違いますからペンダントのことを何か言われたら、小箱の中へいれていけばいい。これがないと、ユリアも『言葉』がわからなくて困るでしょう? 」

「・・・・学校なんかいかなくても別に困らないわ。第一、私は14才よ。小学六年生の授業なんか見てもちっとも面白くない!

「・・・まあまあ・・・散歩だと思って・・・・」

「気分の悪くなる散歩なんて行きたくもない!!

ユリアは毛布を被ってそのまま夕方まで眠ってしまった。

夕食のとき、ユリアはパパとママに

「学校には行きたくない」

とぽつりと言った。

食欲もあまりない。

ユリアのパパが

「・・・ユリアが行きたくないというならしかたがないね。
ユリアにはこの学校に行く権利はあるが義務はない。そして権利を行使するかしないかはこの場合自由だからね。ただ・・・君の権利を阻むものが存在するなら、それは排除されなくてはならない。それが権利というものなんだよ。わかるね?

静かに言った。

ママが心配そうに

「でも貴方、ユリアはこの国に病気の治療のために来ているのですもの。それ以外で無理をする必要はないと思います。かえってまた具合が悪くなったらその方が心配だし。」

とパパにむかっていった。

「確かに。ママの言うとおりだ。今後学校に行くかどうかは自分で決めなさい。ただ、行きたくない理由を聞かせてくれないかな? 理由くらい教えてくれてもいいだろう?

パパの言葉に「・・・・・。ペンダントを・・・してきちゃいけないって、クラスメートに言われたの。あと、わたしのこと魔女だって・・・」

ユリアは小声で言った。

「まあ・・・・」

ユリアのパパとママは顔を見合わせた。

「ユリア・・・すべての日本人がそう思っているわけじゃないよ。ただ、中には、外国人に強い偏見というか、拒絶反応をもっている人たちもいる。それも事実だ。
第一、ユリアの治療をしてくれている病院の先生や看護婦さんはユリアに酷いことをいうかい? 言わないだろう?

「それは・・・!! それはビジネスだからよ!きっと心の奥では、あの子のように思っているに違いないわっ!

ユリアが興奮していった。

「ふむ・・・・。ビジネス・・・か・・・」

パパはユリアの言葉に沈黙させられた。

「そうだね。人は、確かに、自分が嫌だと思った相手でも、仕事のときは相手に対して誠意を持って接する。そうでなくはならないのがビジネスだ。要するに日本人から無償の誠意をユリアが感じることが出来なければユリアは日本人にいい印象が持てないということだね。」

ユリアはコクリとうなずいた。

「それには、ユリアに酷いことを言った子以外にも接してみなくてはわからないことになるね。」

パパがユリアの顔をのぞきこんだ。

「クラスの子全員がユリアに酷いことを言うようならしかたがない。でも今のところ酷いことを言ったのは1人だけだ。クラスの中の何人がユリアに酷いことを言うか調べてきて欲しいな。ただ・・・言葉だけじゃない何かをされたときはすぐに帰ってきなさい。ユリアの持ち物、使ってる机、椅子、今現在君が学校で占有、また所有しているすべてのものに少しでも傷をつけられたり汚されたりしたら。そして君の髪1本にも悪意を持って触れられたら、すぐに帰宅してパパやママに言いなさい。そのときは学校へは行かなくていい。」

パパの静かだけれど力強い語調に、ユリアは
「わかったわ」

はっきりとそういった。

 

放課後の会議室 iiー5

 


ユリアが、クラスメートの村上加奈子からペンダントのことで言いがかりをつけられたことで憤慨して、帰宅後ベッドにもぐりこんでいた頃・・・・

六時間目が終わり、掃除や「帰りの会」を終えて、健人と来栖と豊川和也の三人は、アンドリュー先生と約束したとおり、職員室の隣の会議室の前に来ていた。

そして間もなくアンドリュー先生がやってきて会議室の鍵を開け、三人は長テーブルと折りたたみ椅子が置かれている会議室に通された。

カーテンの締め切った会議室は、なんとなく埃っぽい臭いがした。
アンドリュー先生もそう感じたのか、カーテ
ンと窓を少しあけた。
カーテンを開けたことで、床まで西日が差し込んできた。

その時・・・豊川和也にあたった西日が壁に「きつね」の影を映し出した。

「ほほう。豊川くんは・・・こちらサイドらしい。」

アンドリュー先生はそういってニヤリと笑った。

健人と来栖は顔を見合わせている。正体をやすやすと見抜かれて豊川和也の表情はこわばっていた。

「まあ、そんなことはどうでもいい。ストーンヘンジのことが聞きたかったんだろう? それと・・・豊川くんは、『私のこと』も。まあ、座りたまえ。」

豊川和也はこわばった表情のまま

「こっ・・・こんなところでいいんですか?

とアンドリュー先生に聞いた。

「かまわんだろう。隣の職員室にもほとんど他の先生はいない。さて・・・何から話そうか?

アンドリュー先生はそういって、自分から椅子に腰をおろした。

四人の間に沈黙が流れていたが、健人がその気まずい沈黙に耐えかねたように
「あっあのう・・・ストーンヘンジですけど・・・あれはなんなんですか?

どうやって、誰があんな大きな石を運んで積み上げたのか・・・先生は知ってるんですか?

と尋ねた。

アンドリュー先生はいった。

4500年前のことはわたしも正確にはわからない。ただ、アレは『エントランス』だ。」

「エントランス?

来栖がいった。

「そう・・・エントランス(玄関)だ。勇者の魂を神々の国へ運び、また神々を勇者のうえに呼ぶための神々とこちらを結ぶ『エントランス』だ。夏至の夜、エントランス・ホールに集められた勇者たちの上に、ドルイドが神々を召還する。そして、冬至には戦死した勇者たちのうえの神々を天へ返す儀式が行われた。勇者たちは、死ぬと一度は人として葬られるが、年に一度、死んだ年の冬至の日に掘り起こされ、このエントランスホールでドルイドの手によって聖なる炎に包まれる。そのとき、勇者の魂は天へ迎えられる。」

「ドルイド・・・って?

来栖が尋ねた。

「ドルイドは、司祭長だ。わたしはドルイドの騎士だった」

アンドリュー先生が答えた。

「ドルイドの騎士?!
豊川和也が思わず声をあげた。

「それじゃあ・・・貴方は、神々の守護を得たドルイドの騎士・・・? 」

来栖と豊川がドルイドやその騎士に関心を寄せているとき・・・
健人はどうしてもストーンヘンジの作り方にこだわっていた。

「でも・・・どうやってあの石を運んだんだ?

アンドリュー先生は、くすっとわらった。

「どうしてもそこに君はこだわるんだね。面白い。

『魔法』ではない。今のイギリスと当時では気候がまるでちがった。私がいたころのあの地は、

夏以外はほとんど雪と氷に覆われていた。」

「あっ・・・氷の上!!

「土の上よりは遥かに運びやすかっただろう。そして、降り積もった雪で山をつくり氷のように硬く押し固めてプティングのように中心に設置し、その周囲に石柱を押し付けるように立てかける。上部に固定用の石を乗せ・・・夏まで放置すれば・・・出来上がりだ。まあ、建設現場をこの目で見たわけではないが、あの当時はそういわれていた。」

そういったアンドリュー先生にむかって来栖は

「なんで、それを授業のときに言わなかったんですか?
と思わずいった。

 

「なんで? そんなことを私が知っているのはまずいだろう?
アンドリュー先生が笑みを浮かべていった。

「そのまずいことを・・・何故僕たちに教えてくれるんですか?
健人の言葉に

「・・・・。なぜだろうね。・・・実のところわたしにもわからない。ただ・・・この国は『寛容』だ。こちら側の中でも、この国ほど『寛容』を感じる国はない。」

アンドリュー先生が答えた。

「そうでしょうね。この国は確かに『寛容』です。だから僕なんかも、こうしていられる。さて今日のところはおひらきにしましょう。またいろいろ聞かせてください。アンドリュー先生。」

豊川和也がそういった。

そして、健人と来栖のほうに向き直って

「僕の正体のことは、くれぐれも内密に」

そういうと、ニコリと笑った。

 

 


アカハラ殿 見参 ii6

チャイナタウンのほぼ中心に、イモリに化身している竜神の棲家がある。

棲家といっても、彼の家ではない。主である関帝を祭る御廟の石柱の一つが彼の居場所だ。
廟を支える石柱のひとつひとつに、彼の仲間の『眷属』である竜神が撒きついて廟を守っている。

廟は石造りで、風通しがよく、稲荷の少年に「アカハラどの」などとあだ名されている竜神も普段はひんやりとした石柱に撒きついているせいか、暑さにはしごく弱い。

チャイナタウンも夜の九時をすぎると、店はすべてシャッターを下ろし、人通りもほとんどいなくなる。

そんなひと気のないチャイナタウンの真ん中の廟に、白いワイシャツに黒いズボンの1人の男が廟の石段に腰を下ろして涼をとっていた。

まさに、石柱に撒きついている龍、「アカハラどの」だった。

そこへ、稲荷の少年こと豊川和也がアイスキャンディーの入ったコンビニの袋を手に、走ってやってきた。

「おおおお~来たか来たか。早くよこせ早く」

石段に座り込んでいた男は子供のように、少年のもっているコンビニのビニール袋の中からアイスキャンディーを取り出して食べ始めた。

 

「めずらしいですね。今日はイモリではないんですか?

「ん? うむ。こう暑いと、イモリではひからびてしまうからな。しかたなく人型(ひとかた)をとった。しかし、人型でも暑い!! 水中ならばまだいいが、陸上では人に変じるのはいささかしんどい。」

男の愚痴に、周囲の石柱にまきつく龍たちがくすくすと笑った。

「ディ・リュー(六番目)、お使いご苦労なことだ。人型もなかなか様になっているではないか」

石柱の龍が冷やかすようにいった。

「ディ・リュー」とは、稲荷少年に「アカハラどの」とあだ名されるこの男の仲間内の呼び名だった。御廟の龍のなかの六匹目という意味だ。人間に変じ、人間の格好になったリューは、外見に適応したのか、重々しい「龍神」のしゃべり方ではなく、自然とフランクな話し方になっていた。


「それで・・・・例の金縛りの原因はわかったか?

ディ・リューが、豊川少年にむかって尋ねた。

「それが・・・まだです。」

豊川和也は少々ばつの悪そうな表情でいった。

「そうか・・・。まあいいさ。で、ほかには何か収穫はあったか?

「ええ。例の『器』を得た異国のもののことで。だふん、アカハラ殿の金縛りも関係してくるかもしれませんよ」
「そのアカハラどのというのはやめろ。リューとよべ。リューと。」

「解りました。で、リューさん。報告のつづきですが・・・今は、鷹取来栖の祖父の家で、鷹取来栖の通う学校の臨時講師アンドリュー・ロイドとして暮らしています。で、面白いことがわかりましたよ。あのアンドリュー・ロイドというイギリス人の器に乗り移っているのは『ルーク』と名乗る古代ケルトの『ドルイドの騎士』でした」

「・・・・・なにがなんだと?

リューは眉をしかめて聞き返した。

「ですから・・・古代ケルトの祭祀ドルイドに使える騎士ですよ」

豊川少年が少々じれったいそぶりでいった。

それでも、リューはピンと来ていないようだった。

「もしかして・・・リューさん・・・古代ケルトとか・・・ストーンヘンジとか、ご存知ないとか?

言われて

「全くご存じない。解るように説明しろ」

リューは食べ終わったアイスキャンディーの棒を豊川少年のさげているコンビニの袋に差し入れながらいった。

「あっ!!まだ僕食べてないんですから!袋にゴミ入れないでくださいよ~」

「いいから説明しろ」

「まったくもぉ・・・。身勝手な方なんだから・・・。」

「お前も早くたべないと解けちまうぞ」

「食べてたら、説明できないじゃないですか!!

「食べながら報告しろ」

「全く・・・。」

豊川少年はアイスキャンディーをガリガリとかじりながら話はじめた。

「今から4500年前、イギリスには巨石文明がありました。その遺跡がストーンヘンジ。巨石をつかった建造物です。その使用目的や建造方法は長らく謎に包まれていて、現在でも謎だらけです。ただ、一部の学者のなかでは、当時イギリスに住んでいたとされる自然崇拝を行う古代ケルト民族が、儀式を行うために建造したのではないかと言っているものもいるそうです。その自然崇拝の中枢にいた司祭がドルイドと呼ばれるもので、彼らには神々と交信する力があるとされていたそうです。」

「神々と交信? シャーマンか?

「う・・・ん、シャーマンとは微妙に違うかもしれません。彼ら自身に神を降ろして神託を述べるようなことは行われていなかったようですから。ですから、単純に司祭なのでしょう。しかし、力のある司祭でないと、神々を呼ぶことは出来なかったようですから・・・道教の導師のような存在というのが一番近いでしょうか・・・」

「なるほど。」

「で・・・あのものはそのドルイドを守護する騎士だったらしいのです。しかも、ドルイドの力によって神々の守護を受けているのでかつては半神半人というかんじだったでしょうか・・・。」

「ふむ・・・・。立場は似ているが・・・人だったのか・・・ということは、霊力は俺たちよりは下のようだな。しかしそんなヤツが何故『はぐれ』になっているのだ?その主のドルイドはどうしたのだ」

「・・・消えたんです。」

「消えた? 馬鹿な。主が消えて眷属だけ残るなんてことがあるか」
リューは怪訝そうにいった。

「消えたんです。イギリスにキリスト教が入ってきた際に・・・神の子キリストとドルイドが同一視され、いつしかドルイドは歴史の中に消えていった。」

「そういえば、あいつ、『たまご』がどうとかこうとかいっとったな。なんのたまごか知らんが・・・。たまごの人工保育の任務を途中で投げ出したとか、その罰がどうとかこうとか・・・・しかもその罰からも逃れてきたようだし・・・。

ほんじゃ何か、ルークってやつは、ドルイドがキリスト教のキリストと同化した時点で失業したわけだ。で、新しい会社に再就職したが、なかなか馴染めず、仕事も面白くなくて休み勝ちになったあげく、任務放棄で左遷・・・しかもその会社もやめて今はプータロウで、来栖の学校の臨時講師に
乗り移って、教員の真似事をしてるってわけか。そういうやつが、関帝のもとにこないだお参りにきとったな。」

「・・・リューさん・・・そういわれちゃうと、身も蓋もないというか・・・・まあそういう言い方のほうが解りやすいというか・・・・」

「いずれにせよ何をしでかすかわからんやつだな。しかも・・・逃亡者の可能性もあるわけだ。」

リューはそういって立ち上がると、黒いズボンのお尻の埃をパンパンとはたいて


「お前は、学校の方を引き続き調査してくれ。俺も直接ルークってやつにあたってみる」

 

「えっ?

「イモリとしてじゃなく、人型で・・・ってことだ。ヤツと話がしてみたくなった」

「大丈夫ですか? 金縛りの原因もはっきりしていないのに。」

「人型のほうが、イモリのときよりも霊力は受けにくい。イザとなったらここのの兄弟たちに助けを求めるさ。」

そういうと、リューは廟の階段を降りていった。

「まさか・・・今からいくんですか?

「そっ。昼間は暑いしね。」

 

豊川和也の声を背中に聞きながらリューはそういうと、廟を出てひと気のない明かりの消えたチャイナタウンの中へと去っていった。



 

伝授 ii-


ルークが来栖少年の祖父宅に、アンドリュー・ロイドの器のまま滞在しはじめてちょうど一ヵ月が経った。

目的意識も特にないまま、アンドリューの器を借りて、来栖少年の学校の臨時講師をしている毎日が、ルークにとっては今までにない充実した毎日のように感じられた。

遠い過去・・・ドルイドの騎士となって、異国の外敵や、ドルイドを狙う内なる敵と戦い続けていた日々、使えるべき主が消え去って、新たな主のもとで再び、戦い続けていた自分の、今までとは全く違った「毎日」に

「こんな生き方もあるのか」

と思った。

単調だが、穏やかな日々。

「もし自分が、騎士になっていなかったら・・・・こんな穏やかな生活もあったのだろうか・・・・」

とふと考えた。

だが、その考えも、戦いの記憶にすぐに打ち消された。

「いや・・・平穏な暮らしも、われわれ騎士が村を守っていたからこそ存在したのだ。自分が騎士でなかったとして、あの頃、他の村人と共に田畑を耕していても、戦いに巻き込まれ穏やかな日々は続かなかっただろう・・・」

そんな思いにふけっていると、バルコニーのついた窓ガラスを、外側からなにものかがこつこつと叩く音がする。

振り向くと、そこには、人型をとった廟の竜神の化身リューの姿があった。バルコニーは二階にある。その外側から、まるで夜這いに来た男のように窓ガラスを叩いている。

「なんだ・・・お前は!?

「硬い話は抜きだ。まあ、中へ入れてくれ。危害はくわえんよ。玄関からだと、うるさそうなジイサンがいるようだったから、こっちから上がってきた。」

リューの言葉に、ルークはしぶしぶ窓を開けた。

「どーも。窓を閉め切っていると思ったら・・・
クーラーが効いてるねぇ。こりゃ助かる。節電節電でどこも暑くてね」

リューが言いながら、窓際においてある籐の椅子に腰掛けていった。

その様子をルークはギロリと睨みつけながら

「何者だ。あの狐の少年の仲間か」

とリューにむかって問い詰めるように言った。

「狐じゃぁない。当ててみろ」

リューが、涼しい顔をしていった。

 

ルークが窓辺に行き、カーテンをさっと開くと、月明かりがリューの上にふりそそぎ、リューの影が壁に映し出された。

「・・・・。ドラゴン・・・か?

ルークが怪訝そうにいった。

「ドラゴン・・・まあそんなところか。」

「東洋のドラゴンが何しに来た。」

ルークの言葉に

「それはこっちのセリフ。俺のショバで西洋の『ドルイドの騎士』とやらが何をしているのか、そいつが気になってやってきた。」

籐の椅子に足を組んで座っているリューが、チラリとルークを見上げていった。

ルークはベッドに腰を下ろした。

そして

「何もしていない。見てのとおりだ。毎日人間の子供の学校へ教員として通っている。それだけだ。」

「その目的は?

「目的なんぞない。」

ルークの言葉にリューの黒い切れ長の瞳が鋭く光った。

「まるで、審問官に捕まった罪人だな・・・」

ルークはため息をついていった。

「逃亡者だろう。あっち側で何をやった? こちら側と自由に行き来ができるのは、ケルトの神から授かった力のせいか?

「たまごを捨てた。」

「何のたまごだ?

「司教が私と同士に一つの『たまご』を預けた。だが、馬鹿らしくて捨てたのだ。何のたまごかは知らなかった。それと、ちょっとばかり同士をからかった。そして、その同士は、クソ真面目に私が捨てた『たまご』を見つけ出し、王に即位した。
たまごから生まれたものは、『火の鳥』だった・・・それだけのことだ。そして私は、罰を与えられた。『けして変わらぬもの』を探して来いと。そんなものはありはしない。なんでも変わっていくものだ。要するに、永遠にさまよい歩くという罰を与えられたわけだ。」

そこまでいうと、ルークは両腕を頭のうしろに組んで、ゴロリとベッドの上に仰向けに横になった。

「で・・・、その『さすらいの騎士』がなんでここまで『さすらって』来たのだ」

ルークは天井を仰いだまま・・・

「あの少年が・・・ここのじいさんの孫だ。あの来栖という少年が、私たちの世界を覗いたからだ。こんなことは始めてだった。しかも、あの少年には火の鳥の言葉がわかった。やつと何年も共に寝起きをしながら『けしてかわらぬもの』を探すたびを続けてきたわたしにもさっぱりわからなかったのに・・・だ。」

「それでその少年に興味がわいて、こちら側に来たと?

リューにいわれて、ルークは苦笑いしながら

「そういうこと・・・になるな」

といった。

「まあ、おおまかないきさつはわかったが・・・その火の鳥とお前は旅をしてい
たのか? 」

「ああ」

「ということは・・・あながち、『罰』というだけではなかったのではないか? 本当に任務を与えられていたのではないのか?

リューがいった。

ルークがちらりとリューの方をみた。

「お目付け役さ。わたしがおかしなマネをしたら、即座に焼き殺す役を荷っていただけだろう。」

「・・・・。そんなまわりくどいことをするだろうか・・・。まあいい。
で、今、その『火の鳥』はどこにいる?あちら側か?

「わからん。なにしろ、わたしが、来栖少年に会いにこちら側へ一度来たあと、連れていた馬もろとも消えたのだ。だから私は『こちら』へ来たんだが・・・。お目付け役がいなければ自由だからな」

「ふむ・・・。もしかすると・・・・こちら側にいるのかもしれんな。」

リューはあの金縛りの原因が、その「火の鳥」のせいではないかと思い当たった。

しかし、まるで気配をかんじない。
リューのほうから気配を感じることはできないのに、蛇に睨まれた蛙のように金縛りにあうというのは、いささかリューのプライドを傷つけた。

「わかった! 今日のところはこれで引き上げるとする。あっ・・・そうそう、自己紹介が遅れたが俺は関帝廟を警護する龍のディ・リューだ。」

「・・・わたしはルークだ。」
「知ってるって。お前さんのことは俺の相棒の稲荷ぎつねがいろいろ調べてくれているからな。ほんじゃ、ルーク、また会おう。それから・・・今乗り移っているその『器』には、お前さんのパワーはちょっと重荷すぎるな。お前・・・そろそろ俺たちみたいに人型がとれると思うぞ。」

?

「観想するのだ。鏡を見ながら、お前のもとの姿を念じてみろ。その器はいらなくなるはずだ。これ・・・中国六千年の秘伝」

言うとリューはウィンクをして、またさっき来た窓からさっていった。

「観想?

ルークはリューの後姿を見送りながら、月明かりが照らすバルコニーで一人つぶやいた。

 


大司教バーナム ii-8

 


ルークと火の鳥とルークを乗せた馬が、その後、あちら側の世界の「白紙委任の森」の中で、消息を絶ったらしいということを、大司教バーナムが幾人かの村人たちの情報で知りえたのはつい最近のことだった。

大司教バーナムは、この国の司祭長を勤める有力な司教だ。
その力は時に「王」よりも強いといわれていたが、「栗色の髪の騎士」が王に就任してからは、なにかと自由がきかずもどかしい思いをしていた。

「火の鳥の卵事件」の際も、大司教バーナムはルークに火刑の罰を与えることが妥当であると主張して
いたが、かつて「金色の髪の騎士」と同士であった「王」からの、「『けしてかわらぬもの』を探すこと」という任務によって、事実上罰が軽減されたことも不服であった。

だが、今回、ルークたちの行方がわからなくなったことは大司教バーナムにとっては、ルークを陥れる最大のチャンスとなった。

大司教バーナムは、早速王にまみえるため、いそいそと城に続く石畳の回廊を足早に歩いていった。

中庭に近づくと、剣と剣が激しくぶつかり合う音が響き渡っていた。
王の前で数人の騎士たちが、剣の稽古をしている最中だった。

そこへ大司教バーナムが息を切らせてやってきた。
「王よ」

大司教バーナムの呼びかけに、王は、右手を軽くあげて、騎士たちに稽古を中断する合図を送った。
そして

「大司教殿。いかがしましたか? そんなに息を切らせて」

といった。

「ルーク目の行方がわからなくなりました」

大司教バーナムがいった。

「行方が? いったいどういうことですか? 」
「ルークの行方は行く先々で、火の鳥フェニールによって居場所が報告されておりました。フェニールの鳴き声を聞きつけた近くの村人たちがその都度報告してくるのです。ところが、ここ一月ほど誰もフェニールの鳴き声を聞いたものがありません。
そして、ルークの姿も『白紙委任の森』へ入ったあと、森から出てきたところを見たものがありません。フェニールもルークもルークの馬も・・・行方不明になったのです。旅に出たとはいえこちらの世界にいる限り、彼らの居場所は必ずわかるのです。それなのに、彼らの居場所が全くわからなくなったとすれば・・・考えられることは一つ・・・。」

大司教バーナムのグレーににごった瞳がギラリと王を見据えた。
「あちら側へ行ったとしか考えられません」

王は大司教バーナムの言葉に動揺した様子で

「あちら側へ? でもなにゆえに? フェニールや馬のベルトーユまで連れて行ったというのか?
といった。

バーナムは王の顔を覗き込むようにしていった。

「ルークはまたしても言いつけを破ったのです。大司教であるわたしの命を破り、キリストの復活の象徴でもある『火の鳥のたまご』を勝手に小人の国へ捨てたと思えば、王である貴方様の命もまたやぶった。
もともとドルイドの騎士だったものなど信じるに値せぬのです。やつらの主はいつまでもドルイドなのです。そして、たやすくあちら側へいけるのもやつにドルイドが下ろしたケルトの神から授かった力がある証拠。危険なやつです。王よ。ルークめの処分を・・・」

「お待ちください。大司教どの。もし、火の鳥も馬もあちら側へ行ったとするなら、『けしてかわらぬもの』の手がかりをあちら側に見つけたのかもしれません。事情をよく調べてみなくては・・・・」

王が穏やかに言った。

その言葉に、苛立ちを隠せぬ様子で大司教は

「王は、いささかルーク目に甘いところがあおりのようだ!!

といった。

その言葉に王は

「大司教はいささかルークに対して厳しすぎるところがおありのようですね。」
と穏やかではあったが、はっきりとした口調でそういった。

「私は、あやつめの反逆癖を懸念しておるのです。あやつめには、騎士として一番求められる従順さがない!! それが心配なのですっ!!そして、あやつの持つ力にも! 」

憤慨する大司教バナームを王はなだめながら

「まあ、お怒りをお納めください。まだ反逆と決まったわけではありません。それに・・・彼の持つ力は、われわれには必要なのです。彼はわれらに出来ないことが出きる。その力は貴重な宝です。やすやすと手放してしまったり、消し去ってしまってはいけないと思うのです。この件はわたしも調査します。少し時間をくださいませんか? 」

というと、大司教バーナムは不満げに

「御意・・・」
と答え、一礼してその場を去っていった。

王は、剣の稽古を中断していた騎士たちにむかって、ぱんぱんと手を叩くと


「稽古はじめっ!

と号令を送った。

中庭から再び、剣のぶつかり合う音が響きはじめた。

王はしばらく騎士たちの稽古を見守っていたが、落ち着かない様子で自室へ戻った。

自室に戻ると王妃フレイヤがやってきた。

王のなんとなく元気のない様子を見て王妃は心配そうに

「どうかなさったのですか?
と尋ねた。

王は肩にかけた長いローブをはずし、身軽な格好になると、椅子に腰を下ろして

「ルークが・・・ルークたちが行方不明になったそうだ・・・・」

とためいき交じりにいった。

王妃は、「ルーク」の名を聞いた途端、その美しい眉を一瞬ひそめた。
そして

「あのような追放したも同然のもののことに何故王はお心を砕かれるのですか?
と、その美しく優しげな顔に似合わない冷たい言葉をいった。

王妃は大司教バーナムと同様『ルーク』を嫌っていた。

何故か、「ルーク」のこととなると、妻の自分よりも王の心が奪われるように見えるからだった。王妃は王が「ルーク」から知らず知らず受ける影響をひどく嫌った。まるで、自分の知っている夫が、「ルーク」の影響で「別人になってしまう」ように思われたからだ。

「ルーク」と出会う前の「栗色の髪の騎士ブルーム」の頃から、王はフレイヤと幼い頃より婚約をしていた。二人は名門の出であった。

この国の王は終身制でも身分制でも世襲制でもない。
ある時期がくると、多くの騎士の中から、新たに王が選出されることになっている。
だが、それは国民による選挙ではなく、大司教を始めとする司教たちによるものだった。

そのシーズンにかつての「栗色の髪の騎士」と呼ばれたブルームも、『王にならん』
として意気揚々と司教たちから与えられる課題に挑む野心あふれる若者だった。

ところが、そのシーズンで、ブルームは「金色の髪の騎士」と呼ばれる「ルーク」に出会った。

それからだろうか・・・・ブルームは少しずつ、変わっていった。

かつての野心にあふれた青年らしさが、少しずつ消えていくようにフレイヤには感じられるようになったのだ。

まばゆいばかりの宝石も、その輝きが虚しくなり、豪奢な宮殿、美しい絹織物、すべての富と権力・・・そうしたものが、あまり価値のないもののようにブルームには思えてきたかのように、執着心が気迫になっていった。

フレイヤはそれが不服だった。

あの「火の鳥のたまご事件」のとき、大司教バーナムの言うとおり、ルークを火刑にしてしまえばよかったのに・・・と密かに思っていた。

ルークさえいなくなれば、またかつての活気に満ちたブルームが帰ってきてくれる・・・そう思えてならないのだ。

「王は・・・ルークのこととなると、わたくしがまるで見えなくなるかのようですわ」

王妃フレイヤは、水色の薄衣の裾をさっと引き寄せると、王の自室から足早に出て行った。

その後姿を見ながら、王は深いため息をついた。

 

 

学校炎上 ii-10

あのペンダント事件のあとも、ユリアは学校へ行くことにした。

そして、クラスメートの村上加奈子のご機嫌を取るわけではないが、その日はペンダントはしてゆかず、ぺレスタの小箱に入れ、スカートのポケットに忍ばせていくことにした。

朝、教室に入ると、皆ざわざわとして席につくものはいなかった。
その日は「夏休み」前の「終業式」だったのだ。
ユリアはいまひとつ現状が飲み込めずにいた。
目の前を何人もクラスメートが通り過ぎていくが、皆ユリアの姿が見えていない

かのようなそぶりだ。

村上加奈子がユリアをジロリと睨みつけてとおり過ぎようとした時、ユリアは

「おはよう」

と村上加奈子に声をかけた。
村上加奈子はプイっと顔を背けてユリアの挨拶を無視しようとしたが

ユリアもひるまず
「あなたの言うとおり、今日はペンダントはしていないのよ」

といって襟のあたりを見せた。

村上加奈子は一瞬立ち止まったが、だまったままユリアを睨みつけて、さっさと教室を出て行った。

クラスメートのほとんどが教室から出て行く。

誰一人としてユリアに移動先を教えるものはいなかった。

ユリアは、村上加奈子の後を追いかけた。

「待って!! 皆何処へ行くの?

そういってユリアが村上加奈子の肩に触れた瞬間、村上加奈子が振り向きざま

「触らないで!! 魔女!!

といってユリアの胸元をドンっ!!と片手で突き飛ばした。

ユリアは胸元を勢いよく押された拍子によろけて、壁に背中をぶつけた。

胸元を押された衝撃と壁に背中を打ちつけた衝撃とでユリアはうずくまるように
してその場にしゃがみこんでしまった。

その様子を見た村上加奈子が

「ふん!  おおげさね」

と吐き棄てるように言った。

その時だった。

キェェェェェェーン・・・・・・

という物凄い音が学校中響き渡った。


そして・・・・その後のことは、皆よく覚えていなかったが、とにかく・・・・

校舎が一棟全焼したのだった。

終業式のために全校生徒は校舎とは別棟の体育館へ移動していたため、幸い、死傷者は誰一人でなかった。


そして、燃え盛る炎の中、村上加奈子とユリアを助け出したのは、アンドリュー先生だった。


後日、消防と警察の両方が調べに入ったが、職員室の横の湯沸し室のボイラーの事故ということで処理された。


ユリアが目を覚ましたのは学校から少しはなれた病院の一室だった。
アンドリュー先生に救出されたのち、救急車で病院へ搬送されたためだった。

ユリアが目を覚ますと、枕元に、ユリアの両親と、アンドリュー先生がいた。

「ユリア!!

ユリアのママが、泣きそうな声で声をかけた。

「ママ・・・パパ・・・・」

ユリアがその声にこたえるように言った。

 

「アンドリュー先生と言う方がお前を助けてくださったんだよ」

ユリアのパパがそういった。

「アンドリュー先生・・・?

ユリアの両親の後ろにいたアンドリュー先生が、ユリアのパパの肩越しに顔をのぞかせた。

そして、ユリアのパパとママにむかって

「ユリアと二人だけにしてもらえませんか? 少し話しを聞きたいので。いえ、五分程度で結構です。」

といった。

ユリアのパパとママはアンドリュー先生に会釈をすると病室を出て行った。

アンドリュー先生は、ユリアのベッドサイドに座ると

ポケットから、いつもユリアが身につけてるファベルジェのルビー色のペンダントをとりだして、ユリアに手渡して言った。

「君のだ。廊下に落ちていた。」

ユリアは

「学校が燃えたのは・・・わたしのせいだわ・・・・。わたし・・・あの子が言ったとおり、魔女なんだわ・・・」

と小声でいった。

「それは違う。フェニールは君に感応したんだ。君の怒りがフェニールに伝わったんだ」

とアンドリュー先生が言った。

!? フェニールのことを知っているの!?

アンドリュー先生は黙ってうなずいた。

「ベルトーユは? ベルトーユはどこ?!

ユリアの言葉に

「私はここですよ」

とベルトーユの声が返ってきた。

ベレスタの小箱はユリアのスカートの中に入ったままだった。
「フェニールはペンダントの中に閉じこもっている。しばらくは大人しくしているだろう。私とも再会したし・・・。自分のしたことを反省しているらしい。君も驚いただろう。こんなことは初めてだ。恐らく・・・フェニール本人も。」

アンドリュー先生はそういうと病室を出て行った。

ユリアはスカートのポケットからベレスタの小箱を取り出すと、中のベルトーユにむかって

「あのひとを知っているの? あのひとはあなた達を知っているわ。」
と聞いた。

ベルトーユは
「あの人は・・・・『ルーク』という私たちの世界の騎士です。彼の意識がこちら側へ来てしまったので私たちは彼を追いかけてこちら側へ来たのです。そしてずっと彼を探していたのですが。まさかこんな形で再会するとは思いませんでした。」

そう答えたとき、ユリアのパパとママが病室に戻ってきた。

「お医者さまが、落ち着き次第帰っていいとおっしゃったわ。さあ家に帰りましょう。本当にどこも怪我がなくてよかったわ。」

ママとパパに抱えられるようにユリアは病室を後にした。

 

リューの逆鱗 ii-11

来栖少年の通う小学校の校舎が一棟まるまる全焼した事件は、テレビのニュース番組でも大きく報じらた。

来栖少年もまさか自分の通う学校が全焼してしまうなんて想像もしていなかった。
そして、テレビより早く、この事件を察知した者がいた。
関帝廟の竜神、リューと、稲荷ぎつねの豊川和也、そしてアンドリュー先生だった。
この三人は・・・あの事故が起きる直前、間違いなくフェニールの鳴き声を聞いたのだった。
しかし、不思議なことに、あの学校中に響きわたったと思われたフェニールの巨大な鳴き声は、来栖少年も健人も、ユリア本人も聞いていなかった。

そして、フェニールが学校を炎で包んだとき、フェニールの並々ならぬ気配が関帝廟の竜神たちにもはっきりと伝わったのだった。

「今の気配・・・やはり・・・朱雀か?!

「朱雀なら何ゆえここに!?

御廟の石柱に撒きついた竜神たちが、一斉にざわめきだった。

リューと、稲荷狐の豊川は、連れ立って、アンドリュー先生の滞在する来栖少年の祖父の家に、その夜早速訪れた。

アンドリュー先生こと、ルークは二人の訪問を、事前に察知していたように、二人を招きいれた。

玄関を開けると、板張りの居間が広がっていた。そこには踏むと埃が立ち上りそうな年代もののペルシャジュータンが敷かれ、その上に古びた応接セットが置かれている。来栖少年の祖父の趣味だった。

その応接セットの椅子に座るように二人を促して、ルークは手馴れた様子でキッチンにお茶を取りにいった。
トレイにティーポットとカップを乗せたルークが戻ってくると、テーブルの上にそれらを置いて、自分も椅子に腰を下ろした。

「・・・悠長にお茶などすすっている気分じゃない。単刀直入に聞く。昼間のアレはなんだ! お前の仲間か? 俺たちのショバで人間の建物をアレだけハデに燃やすとわっ!! 一体どういうつもりだっ! 返答次第ではタダではすまないぞ」

リューが切れ長の眼を更に吊り上げて言った。

稲荷ぎつねの豊川少年が

「アレは・・・なんだったんですか? 物凄い声の・・・・」

といった。

「アレは・・・・フェニール。『火の鳥』だ。」

ルークが静かに答えた。
『たまご』から孵ったヤツの鳴き
声かっ! そして、あの火事はそいつの仕業なのか!
リューがいった。

「そうだ・・・・。フェニールの仕業だ。」

ルークの言葉に

「そいつは・・・お前のお目付け役じゃなかったのか?

リューが怪訝な面持ちで言った。

「この数ヶ月、われらは離れていた。その間・・・お互いにいろいろな変化が起きたようだ。私も、あんなフェニールは見たことがない。そして、今はフェニールは人間の少女の持つペンダントの中にいて、彼女の心と感応するようになっている。」

ルークの言葉にリューは

「馬鹿なっ!! 犬や猫じゃあるまいし!それじゃなにかっ!その火の鳥は人間の少女に手乗り文鳥みたいになついたってわけか!

といった。

「・・・・まあ・・・そういうことだ。一緒にいるうちに、何かが共鳴したんだろう・・・」

「でも・・・それはまずくないですか? 今後、その火の鳥は少女の心と共鳴し続けるとしたら、少女の身に何かあるたびに、今回のようなことが起きることになりますよ。その少女には火の鳥を制御することは出来ないのでしょう? 」

豊川少年がいった。

「なにしろ・・・私もはじめてのことだ。こんなことはフェニール本人も始めてだっただろう。人間の子供に共鳴するなど・・・よほどのことがあったのだとは思うが・・・。いずれにせよ本人たちに事情を聞かなくては。」

「悠長なことは言っていられないぞ。ことによると、我ら眷属が力づくでもそのフェニールとやらを退治することになるかもしれん。」
リューがルークをにらみつけた。

「・・・・ことは、そう簡単なことではない。火の鳥は別名不死鳥と呼ばれている。彼は・・・・不死身だ」

「そんな・・・・」

「退治は不可能だ。」

ルークの言葉に

「お前がそのたまごを捨てた気持ちが・・・わかった気がするぞ」

リューがガックリと肩を落としていった。

「では・・・火の鳥の動向は、その人間の少女次第ということになるわけですね」
豊川少年の言葉にルークは無言でうなずいた。

「彼女になついて共鳴したということは、彼女が彼の『主人』になったということだ。もう一度彼女に会って、ゆっくりと話をしてみなくては・・・」「その辺りはお前さんにまかせる。何かわかったら呼んでくれ。」
リューはそういうと、ティーカップのお茶を一口飲んで

「フン・・・茉莉花茶のほうが美味い」

と一言文句をいうとルークと稲荷ぎつねを置いてさっさと家を出て行った。

稲荷きつねの豊川少年も、リューのあとを追いかけるように、

「それじゃ、僕も失礼します。また来ます。」

といって、出て行った。

残されたルークは冷めた紅茶を一口飲むと
「茉莉花茶? 知らんな・・・」

そうつぶやいた。


そして・・・ユリアが焼きたてのシナモンクッキーを持って、ペンダントの中の
フェニールに導かれるままここへやってきたのは、次の日の午後だった。

 

 

ユリアの訪問  ii-12

夏休み第一日目にアンドリュー先生の家に行くというのはユリアにとって、心躍る出来事になった。

何故なら、ユリアは、昨日の火事の折、アンドリュー先生に火事の中から救出されたことですっかりアンドリュー先生が気に入ってしまったからだ。

「だって・・・なんかステキじゃない? あの長身で、ブロンドで青い瞳のアンドリュー先生が、燃え盛る炎の中から私を助けてくれたなんて!!まるで騎士みた
いじゃない?

ユリアは上機嫌で新しい夏物のバニラクリームのような淡い黄色みを帯びた白い面ピケのワンピースを鏡の前で試着して、ポーズをとりながらいった。
襟ぐりがゆるいカーブを描いたラウンドで、袖はフレンチスリーブ、スカート部分がサーキュラーのフレアになっている。
このワンピースはユリアのママが縫ったものだった。
ファベルジェのルビー色のペンダントが良く映える。


そのフレアスカートをくるりくるりとまるでモンシロチョウが羽ばたいているように回転させながら、そのアンドリュー先生の家に、お礼に行くという「お出かけ」がうれしくて仕方が無い。

「まるで騎士みたい」

というユリアの言葉に、スツールの上に置かれたベレスタの中のベルトーユが

「ですから・・・ホンモノの騎士なんですってば」

といった。

いつもなら、ベルトーユと一緒にわいわい口うるさくユリアに話しかけてくるフェニールも、昨日の事件以降、ペンダントの中で一言も声を出さない。

「ちゃんとアンドリュー先生のおうちに案内してくれるんでしょうねっ!

ユリアがフェニールに向っていった。

「・・・・・。」

フェニールは黙っている。
「ねえっ!ちょっと聞いているの?!

ユリアの言葉にようやく

「・・・・聞いている・・・」

と返事があった。

「ちゃんと案内して頂戴ね。アンドリュー先生のおうちがわかるのは貴方だけなんだから」

ユリアがそういうと、首から下げたフェニールの入ったペンダントがポワンと暖かくなった。これが、周囲に人がいてユリアと直接会話が出来ないときのフェニールからの信号だった。

ユリアが心の中で問いかけると、ペンダントが胸元で暖かくなって返事をする。

イェスなら一回。 ノーなら二回。警告なら三回以上・・・。

そんなことが、いつの間にか自然と取り決められていた。

一度、来栖少年の家を探しに出かけたときは、来栖少年の家のすぐ側の喫茶店まで行き、目の前を来栖少年や健人、アンドリュー先生たちが通り過ぎても、無関心で「疲れた」と帰宅してしまったのに、今度は妙に張り切っているユリアに、フェニールは
「まったく・・・現金な子だよ」

と呆れたようにつぶやいた。

「なんか言った?!

 

ユリアの言葉に

「いえ・・・別に・・・・」

神妙になるフェニールだった。


アンドリュー先生の家へお礼に行くのはパパとママも一緒だった。
三人がアンドリュー先生のいる来栖少年の祖父の家についたのはちょうど三時ごろだった。

パパとママが、アンドリュー先生の家への道筋をすらすらと説明するユリアを不思議がったがユリアは

「えっ? 昨日・・・昨日アンドリュー先生と二人でお話しているときにうかがったの」

とユリアは小さな嘘を・・・ひとつついた。あの本に関わり始めたときの来栖少年のように・・・。


ユリアとユリアの両親の訪問をやはり、待っていたように、ルークは快く受け入れた。

ユリアがドアチャイムを鳴らすと、アンドリュー先生が現れて昨日の夜、リューたちをもてなしたように、三人を招きいれた。

ユリアの両親が

「昨日は娘をありがとうございました」

と口をそろえてアンドリュー先生にいい・・・・ユリアは、両手に抱えた紙袋を差し出した。

「これ・・・私とママが焼いたクッキーです。良かったら召し上がってください」

「ありがとう」

アンドリュー先生は、例の埃りっぽいジュータンの上の応接セットへと三人を座らせた。

ジュータンを踏んだ途端、ユリアが軽くむせこんだ。

「ああ・・・このジュータンのせいかな。なにしろ調度品が古くてあちこち埃っぽい」

アンドリュー先生がそういってあわてて、窓をあけたが、外から入ってきた風は、夏のじめじめとした熱風だった。

「ちょっと待っていて」

アンドリュー先生が、キッチンへ行くと、手に冷えた水差しに入った水とコップを持って戻ってきた。

出された水を飲むと、ユリアの咳がすっと治まった。水は、わずかにペパーミントとレモンの香りがした。

「よかった。ユリアくんに聞きたいことがあるんだけれど。昨日はあまり聞けなかったから」

とアンドリュー先生がいった。

そして、学校で、ペンダントをめぐってクラスの子に「魔女」だといわれて虐められたこと、終業式の当日、ペンダントのことでとでトラブルになった子がユリアを突き飛ばしたことなどをユリアはアンドリュー先生にはなした。

「そのペンダントは?

アンドリュー先生がユリアに尋ねた。

「おばあ様が、送ってくださったんです。わたし、病気の治療で日本に来たから。」

「そう・・・古いものなのかな?

アンドリュー先生が尋ねると

「ファベルジェ・エッグです。小さなものですけれどファベルジェの工房のホンモノです。革命前に祖母の母が手に入れたものだそうです。」
と、ユリアのパパが答えた。

「そうですか・・・・」

アンドリュー先生は、静かにそういうと、少しの間、目を閉じた。
何か、考え事をしているようだったが、自分の中で答えをみつけたらしく、ゆっくりと、まぶたを開いた。

ユリアはそのアンドリュー先生の表情に、心なしか胸騒ぎを覚えた。

胸元のペンダントが何度もポワンポワンと熱くなるのを感じていた。

 

ルークの決意 ii-13

「で・・・・お前、あっち側に火の鳥とその仲間たち連れて帰る決心をしたってわけか?

関帝廟の竜神の化身リューが、ルークの乗りうつったアンドリュー先生にむかって、ユリアの持ってきたシナモンクッキーをかじりながらいった。

リューはすっかり我が家のようにやってきては、この来栖少年の祖父の家でくつろいでいる。

「このクッキーは、やっぱり茉莉花茶にあうな。・・・しかしなぁ・・・その火の鳥は完全にユリアって子になついている様子だったんだろう?

「・・・・」

「お前が帰るっていうだけで、素直にやつも帰るのか? もし帰るのを嫌がったらどうする気だ?

リューの問いにルークは、伏目がちに言った。

「そのときは・・・この本を燃やしてくれ」

ルークはリューの前に、来栖少年の祖父が持っていた、古い洋書を差し出した。

「なんだ・・・この本は?

「ドルイドの魔法がかけられた本だ。わたしたちはこの中に長い年月封印されていた。」

リューが、ページをめくると、中は・・・・

「白紙・・・・?

「そうか・・・お前には白紙に見えるのか・・・。恐らく・・・それが正しい。ドルイドは文字を使って筆記することを避けていた。だから文字は書かれていないはずなのだ。しかし・・・来栖少年の祖父と、来栖少年は、この本に『文字』が書かれているといった。ルーン文字に似ているが読めないと・・・・。来栖は挿絵まで見た、しかも・・・挿絵の中のフェニールと会話をした。わたしは・・・だから彼に興味がわいた。それでこちら側に来たのだが・・・来栖はそれ以上ページをめくろうとしなかった。怖くなったらしい・・・」

「・・・・。よくわかんねぇ話だが・・・要するに、『好奇心』ってやつじゃないのか? この本に何が書かれているのか知りたいっていう『好奇心』が、ジイサンとガキに文字や絵を見せた・・・そのドルイドの魔法ってやつの力で」

リューがそういった。

「・・・・なるほど。そんな風に考えたことはなかった。この本の中身が白紙に見えた君の気持ちが、この本に対して全く無関心であることも良くわかった」

ルークがいった。

「いやっ・・・そういう訳じゃなくて・・・まあ機嫌直せ。このクッキーうまいぞ。」

リューがテーブルの上の紙袋をルークのほうに差し出した。

「しかし・・・俺としては、この本を燃やすのは反対だ。そんなことしたら、お前たちが消えてなくなっちまうんだろう? ここまで話をきいちまっておいて、そんな薄情なことが出きるか。なんか方法があるはずだ。俺も御廟の兄弟たちに聞いてみる。変な気起すなよ。まあ、もうガキどもは夏休みだ。ユリアって子を刺激するやつもしばらくはいないだろう。まあ早まったことはするなよ」

そういうと、

「もう一枚くれ。これ気に入ったわ。ユリアちゃんにまた焼いて持ってきてくれるように頼んでおいてくれよ。んじゃ」

テーブルの上の紙袋からクッキーを一枚とりだして、口にくわえながらリューは帰っていった。

 

大司教バーナムの陰謀 ii-14

「王よっ!! お聞きになりましたかっ!! フェニールの声をっ!!

「・・・・・。」

フェニールのあげた鳴き声は、王のいるこの国にもとどろき渡っていた。

王ブルームは、椅子のひじあてにひじをついて頬杖をつきながら黙っている。

「ルークめの仕業に違いありません!あやつめ、フェニールを手なずけて、人間界で暴れているのですっ! 一刻も早く、あの『あの呪われた書』を処分せねばっ!!

大司教バーナムの言葉に王は

「まだ・・・まだルークの仕業と決まったわけではないっ!! 」

と、いつもの穏やかな王らしくない、荒々しい声をあげた。

そしていった。

「かつて・・・ルークの隠した火の鳥のたまごは、自らの居場所を私の夢に出て告げてきた。しかし・・・今回は、わたしに何も語りかけてこぬ・・・。」

王の言葉に、王妃フレイヤが近寄ってくると

「ルークがたぶらかしているのかもしれませんわ。そして、王を必要としなくなった・・・。わたくしも大司教と同じ考えです」
そう、王の耳元でささやいた。

「・・・・火の鳥が・・・私を必要としなくなった・・・?

王の心に王妃と大司教の言葉によって大きな疑念が沸き起こった。

「フェニールを助けたのはこの私だ!! それなのに・・・助けた私よりも、己を窮地に追い込んだ者の方をフェニールは選んだというのかっ!!

王が椅子から立ち上がって怒鳴るようにいった。

王妃フレイヤはすかさず、王の側に寄ると

「所詮、火の鳥といえども・・・『畜生』なのです。人の恩など微塵も覚えてなどいないのです。そして、『愉快な誘い』があれば、たとえそれが己を騙し、窮地に追い込んだ相手からの誘いでも、欲望の赴くままについていき言いなりになる。そんなものに王はお心を揺さぶられるのですか?

そういって王の腕に絡みつくようにその身を摺り寄せた。

大司教バーナムも王妃フレイヤからの思わぬ助け舟に

「その通りでございます。あの者らの『処分』をっ!!

語気を強めていった。

王は黙り込んだまま、しばらくその場に立ち尽くしていたが、
「もう少し・・・待て。」

そういうと、長いローブを翻して、二人の前から立ち去った。


そして、その夜・・・・大司教バーナムは、「例の本」のありかをよく知る来栖
少年の夢に「栗色の髪の騎士」の姿で現れた。

そして、来栖少年の眠りの中で

「私は栗色の髪の騎士。金色の髪の騎士の行方を捜している。彼は、火の鳥を使ってこちら側の世界を火の海にしようと企んでいる。あの本を燃やして欲しい。そうすれば、その忌まわしい計画を防ぐことが出きる。頼んだぞ」
そういって姿を消した。


翌日、来栖少年は健人に夢の話をし・・・・

二人は、例の本のある来栖少年の祖父の家へむかった。

 

 

危機一髪 ii-15

リューはアンドリュー先生ことルークのもとを離れ、御廟へ戻ってからも、なにか良からぬ予感がして、稲荷ぎつねの豊川少年を呼び寄せると、来栖少年の祖父の家に行くように伝えた。

そして、リュー自身は、兄弟龍たちに、ルークの決意のことを話した。

兄弟龍たちの間でも意見が割れた。

救うべきだという意見と・・・厄介ごとに巻き込まれぬように、そのまま「本」を焼いてしまうほうがよいという意見と。

その兄弟龍たちの話し声が、御廟の中の「観世音菩薩」の耳に入った。

「その火の鳥の力を制御する方法がある」

観世音菩薩が竜神たちに向っていった。
リューは観世音菩薩の前に膝まずいて礼をすると

「どうかお知恵をお授けください」

と地面にひれ伏した。

「その鳥の足に、氷をはめよ。その氷は玉で出来ている。氷の玉はラオ・ウェイの店にある」

観世音菩薩はそう告げた。

「ラオ・ウェイの店の『氷の玉』・・・・」

リューはそうつぶやくと、御廟の外へ走り去った。

その頃、リューの使いで来栖少年の祖父の家にやってきた稲荷きつねの豊川少年は、家のまえで、ちょうど来栖少年と健人に出くわした。
来栖少年は、ママの言いつけで、冷凍にしたハンバーグをもって来ていた。

おじいちゃんとアンドリュー先生への差仕入れだ。しかし、来栖少年と健人の思惑は他にあった。それは、あの夢に現れた「栗色の髪の騎士」と名乗る騎士から言われたとおり、あの祖父の古い本を持ち出して焼いてしまうことだった。

健人と来栖少年の姿を見て、稲荷ぎつねの豊川和也は、いかにも偶然であるかのように

「やあ。君たちもアンドリュー先生に補習してもらうのかい?

と笑顔でいった。

「いや・・・僕たちは、コレを届けにきたんだ。」

来栖少年が冷凍した、ママ特製ハンバーグの入った袋を掲げて見せた。

来栖少年が、祖父の家の玄関チャイムを鳴らした。

ドアを開けたのは、アンドリュー先生ではなく・・・来栖の祖父だった。

「おお。来栖。久しぶりだね。やっとあの本を読む気になったかい?

祖父は上機嫌で久しぶりにやってきた孫と、その友達たちを招きいれた。

来栖と健人は目配せをして

「う・・・うん。あの本。あの本を読んでみることにしたんだけれど。あれ・・・貸してもらっていい?

来栖の言葉に、祖父は

「そうかそうか。もちろんだとも。あの本
は・・・今、アンドリュー先生の部屋にあるかな? 取ってこよう」

といって、二階に上がる階段の側へいこうとした。

その時、来栖少年と、健人が祖父の行く手をさえぎって

「僕らが取りに行くよ。この豊川くんもアンドリュー先生に用があるらしいし・・・」

そういうと、

「じゃ、行こう」

三人は、アンドリュー先生の二階の部屋にむかった。

ドアを数回ノックすると、中からルークの乗り移ったアンドリュー先生がドアを開けた。

「君たちは・・・? 一体なんの様だ?

そういうアンドリュー先生を押しのけるように三人が部屋に入り、豊川少年が、一番に、来栖たちが探している本を見つけた。
そしてすばやく、小脇に抱えると「すみません!! リューさんの命令なんです!!悪く思わないでっ!

そう叫びながら、階段を駆け下り、異変に気がついて玄関ドアの前で豊川少年の行く手をさえぎろうとした来栖の祖父を突き飛ばして一目散に家を飛び出し、リューの待つ御廟へとむかった。

あっという間の出来事に、アンドリュー先生も、来栖少年も健人も唖然とするしかなかった。
そして、来栖少年の祖父は豊川少年に突き飛ばされた拍子に転んでしりもちをついて、したたか腰をうった。

「あいたたたたた・・・・」

床にしりもちをついたまま動けなくなっている祖父を来栖少年と健人が抱えあげて居間のソファーへ座らせた。

「・・・・。しばらくは動かないほうがいい。災難だったな。」

アンドリュー先生が冷ややかな表情でいった。


豊川少年が「例の本」を抱えて、まっしぐらにチャイナタウンの中の御廟に向っているころ、リューは観世音菩薩に言われたとおり、「ラオ・ウェイの店」にやって来ていた。

小さな店の中には、大きな岩のような翡翠に彫刻を施した置物や、香炉や大小の翡翠でできた壷、装身具が所狭しと無造作に並べられていた。

「ラオ・ウェイはいるか」

リューは、店に入るなり大声で尋ねた。

リューに呼ばれて、店の奥から、腰の曲がった、小さな老人が出てきた。
そして、リューを見るなり、小刻みに震えながら

「貴方様のような方が一体なんの御用でしょう」

といった。

この老人にはリューが御廟の眷属の龍の化身であることがすぐにわかったようだった。

「氷の玉で出来た『環』を探している。」

リューが言った。

「氷の玉の『環』・・・? 少々お待ちを」

老人は店の奥へ入っていくと、しばらくして絹張りの手のひらに乗るほどの平たい箱を持って出てきた。

その箱を開くと

「恐らく・・・お探しの品はこの『氷翡翠』の『環』ではないでしょうか」

と老人はいった。

中に、まさに氷で出来たような、透き通るように透明な翡翠のバングル(腕輪)が入っている。

確かに、『氷翡翠』と呼ばれるだけあって、見るからに涼しげなたたずまいをしていた。

リューは

「これか・・・。」

そういって、箱の中から『環』をつまみ上げ
た。『環』に触れている指先が、なんともひんやりとして心地よい。

「うむ。間違いなさそうだ。これを貰っていくぞ。褒美を楽しみにしておけ」

リューの言葉に、老人は「もったいないことでございます」
とその場にひざまずいてひれ伏した。

リューは、ラオ・ウェイ老人の店から、観世音菩薩に告げられたとおり『氷の玉の環』を持って御廟にもどった。

そこには、あの本を無事救出した豊川少年がリューの帰りを待っていた。

 

作戦会議  ii-16


例のごとく・・・ひと気のなくなった御廟の境内で、リューと豊川少年が、石段
に腰を下ろしながら今後の作戦を練っていた。

「これで、アイテムはそろった。がだ・・・・。『誰が猫の首に鈴をつける?』 じゃないが・・・誰が、あのユリアって子のペンダントの中から出てきただけで、周囲が丸焼けになる火の鳥の足にこいつをつけるのか・・・ってことだ」

とリューが、『氷翡翠』で出来た『環』を手にいった。

稲荷ぎつねの豊川少年が、そのバングルをまじまじと見つめながら

「綺麗ですねぇ・・・」

とため息をついた。

その様子をみてリューが

「むほほっ。お前ら稲荷族はこうゆーの目がないもんな。」

と笑った。

豊川少年が、リューの冷やかしに「コンっ・・・」と軽く咳払いをして

「要するに、火の鳥が外に出ても問題ない環境ならいいんですよね」
といった。

「そんな場所あるか?この建物がわんさか密集した横浜に。いわゆる『モクミツ地区』ってやつと再建築不可物件の宝庫みたいなとこだぞ」

とリューが言った。

「モクミツ・・・サイケンチクフカ・・・?

豊川少年は、聞きなれない言葉に小首をかしげた。

「消防士泣かせの場所ってことだ。木造密集地区。略して『もくみつ』。そして、そういう建物は、壊したらその場所にはもう建物は建てられない。だから再建築不可物件ってこと。」

「なるほど・・・」

「そんな土地柄で、火の鳥がのびのびと羽を広げられるところってあると思うか?

 

リューがそういうと、稲荷ぎつねの豊川少年が

「ありますよ。僕にまかせてください」

といった。


「こういう細かい策略はぼくら稲荷の十八番です。段取りが出来たら、また来ます。それまで・・・そうそう、この本を預かっててくださいね。」

豊川少年が、来栖の祖父の家から半ば強奪してきたあの本をリューに渡した。

「おう。まかせとけ。ここなら、兄弟たちが、洪水起せるくらい集まってるからな。多少のボヤなんぞ屁でもない」

リューがどや顔でいった。

「んじゃ、任せましたよ」

「そっちもな」

リューと稲荷ぎつねはお互いに一つずつ「頼みごと」をしてその夜は別れた。


数日後・・・まだ人のいない早朝・・・豊川少年は、大きな手提げ袋を持って御廟に現れた。


「なんだ、こんなに朝早くに呼び出して」

リューは少々不機嫌そうにそういった。
連日の熱帯夜のせいで暑さに弱いリューは寝

 

不足でいまひとつ機嫌が悪い。


「はい、これ」
豊川少年が、手に提げた大きな紙袋をリューに差し出した。

「なんだこれ」

リューが紙袋の中をのぞくと、中に着物が入っている。

「 ? 」

「『ゆかた』です。かわいい柄でしょう? 白地に赤い大輪の朝顔が全体に入っていて。紺地のものより似合うかなと。帯は兵児帯で赤いちりめん絞り。ちょうちょ結びにしただけでも金魚みたいにかわいいですよ」

稲荷ぎつねの豊川少年が得意げにいった。

「・・・で・・・これがなんなんだ?

「これを・・・ルークのところへ持っていってもらいたいんです。僕はこないだの一件があるから、来栖たちに顔を合わせにくいから。あと・・・これ」

豊川少年はポケットの中から、何かのビラを一枚取り出してリューに渡した。

「みなとみらい花火大会?

「ええ」

豊川少年がニッコリと微笑んだ。

「ルークとユリアにデートしてもらいます」

 

その言葉を聞いて

「何~~~?!
リューは思わず大声をあげた。

「そうですねぇ・・・その『ゆかたセット』は商店街の福引で当たったことにでもしておいてください。着る人間がいないから持ってきたと。どうです?自然な流れでしょ?

「・・・・。思いっきり不自然だ。なんで俺が商店街の福引をやるんだっ!!

「まあ、硬いこと言わないで。とにかく、これをルークのところへ届けて。そしてユリアをなんとか、花火大会に連れ出して欲しいんです」

 

「・・・・。着付けはどうする・・・日本の着物は着るのが難しいんだろう? 」

リューの面倒臭そうな表情を見て豊川少年はくすっと笑って

「来栖くんのママなら出来ますよ。きっと。それじゃ後は宜しく。当日現地で会いましょう」

稲荷狐の豊川少年はそういうと、暑さを避けるように足早に帰っていった。

「厄介なもの押し付けやがって~。こんなもの着なくても花火は見れるだろうがっ」

リューはため息をつきながらひとりつぶやいた。

 

花火大会 ii-17

その日は午後から来栖少年の祖父の家に、ユリアとユリアのママ、そして来栖少年や来栖少年のママ・・・と、ユリアに「ゆかた」を着せるのにてんやわんやの大賑わいだった。

リューが、豊川少年の言いつけどおり、ルークのもとに「ゆかた」を届け、花火大会に行くことを条件に、例の本を返すと約束したからだった。
無論・・・リューには本を返す気は毛頭なかったが・・・。

ルークはリューの指図どおり、「商店街の福引で女の子用の『ゆかた一式』が当たった」ということにして、来栖のママとユリアに声をかけたのだった。

 

「なにしろ、女の子のゆかたの着付けは私も始めてなのよ~。おととい、女の子のいる友達ママに教えてもらってきたばっかりだから。」

と、さすがの来栖のママも手を焼いている。

この日のユリアは、襟ぐりの広いノースリープのティーシャツにホットパンツというスポーティな出で立ちだ。
しかし、それも

「子供は着くずれやすいから下にティーシャツや短パンを履かせるといいわよ」
という、来栖のママの友達ママのアイデアだった。

その上から、肌襦袢なしでレースの半襟だけつけて、ゆかたをじかに着せたものの、兵児帯を結んでしあがった時には、ユリアは

「ふーっ・・・・・」

と顔を真っ赤にして手で顔を扇ぐ仕草をしながらソファーに沈み込んでいた。

その様子をみて、ユリアのママが

「ユリア、せっかく着物着たのに。うれしくないの?

と、ユリアの態度を叱るような口調でいった。

来栖のママは、ユリアの仕草を見て、にっこり笑うと

「『ゆかた』は見た目ほど涼しいものじゃないから。暑いでしょ?
とユリアにいった。
ユリアは正直にコクンとうなずいた。

ちょうど、そこに、来栖の祖父とアンドリュー先生ことルークが二階から降りてきた。そして来栖の祖父がユリアの着物姿を見るなり

「これはこれは『ムンデンキント(月の子)』。『幼ごころの君』もかくやというかんじだね」

といった。ルークは黙っている。

来栖少年が「『幼ごころの君』?」と聞き返すと

「そう。ミヒャエル・エンデの『果てしない物語』に出てくるファンタージェンの女王の名前だ。エンデは、そのファンタジーの国の女王は日本の着物のようなドレスを着ているという設定にしていたのだよ」

と来栖少年の祖父がいった。

「へぇ・・・」

健人と来栖が祖父の話に相槌を打ちながら、ユリアの白地に大輪の朝顔の柄のゆかた姿に見とれていた。

豊川少年が見立てたとおり、紺地よりもユリアには白地が似合っていた。

黒地に赤い鼻緒の下駄を前に、ソックスをおそるおそるぬいで、ユリアは生まれてはじめて「下駄」というものを履いた。ビーチサンダルのようだが、木製で、足の下に二枚の歯がついているのが珍しく歩こうとすると、カクンっと前のめりになるようで、バランスがとりにくくなかなかうまく歩けない。ユリアにとって何もかもめずらしい体験だった。



夕方、まだ陽も沈みきっていない時間帯から、ルーク、ユリア、ユリアのママ、来栖、健人・・・の5人は家を出て、花火大会会場近くの駅の人ごみにユリアは早くも疲れた様子を見せた。

「花火大会が始まる前にもう疲れちゃった?

ユリアのうしろで声がした。

豊川少年だった。

「はじめまして。僕、来栖くんと同じクラスの豊川和也。今日は、君のために用意した場所があるから一緒に花火を観てもらうよ。もちろんみんなも来て。」

そういうと、5人を先導するように人ごみを掻き分けてどんどん進んでいった。

そして花見の席のように、既にロープで区切られ、シートが敷かれた特等席を指差して

「うちの一座の席だから遠慮なく座って」

といった。

来栖が

「そういえば、君のうちは芝居をして旅をする役者さんなんだっけ・・・」
といった。

 

豊川和也は

「覚えててくれた? うれしいなあ。うちも花火に出資してるんだよ。たぶん打ち上げるときにマイクで宣伝すると思うけど」

といった。

そして・・・いつの間にか陽もすっかり落ちて・・・花火大会がはじまった。


夏の夜空を、ドーンという轟音と共に打ち上げ花火の大輪の花が次々に満開に花開いていく。

いつしか花火大会も佳境に入り、エンディングの恒例『乱れうち』が始まった。

 

その時、豊川少年が、ユリアにむかって

「ペンダントを貸して」

と言った。

豊川の言葉が花火にかき消されてなかなか聞き取れない。

豊川少年が、大声で

「ユリア!ペンダントを貸して!早く!!!

と叫ぶようにいった。

ユリアは、一瞬躊躇したが

「大丈夫!!僕を信じて!早く!!

 

豊川少年の言葉にユリアはペンダントをはずして豊川少年に渡した。

次の瞬間

豊川少年は立ち上がると、真夏の真っ黒な夜空にむかって力いっぱいペンダントを投げた。

そして

「フェニール!!出て来いっ!!
と声の限りに叫んだ。

その時だった。

夜空が一瞬、どんな大玉の花火が上がったときよりも明るく輝いたかと思うと、夜空に赤々と燃え盛る紅蓮の炎の翼を広げた鳳凰の姿が現れた。

 

観客全員、フェニールの姿を見たが、皆、「火の鳥の姿が現れる花火」だとおもって歓声をあげるばかりで、誰1人としてホンモノの火の鳥だと気がつくものは無かった。
来栖少年とユリア、そしてルークを除いては・・・。


豊川少年は、すかさずポケットから、リューより預かってきたあの「氷翡翠の環」を取り出して、

「フェニール! 受け取れっ!

もう一度、力いっぱい天空に舞うフェニールに向って投げつけた。

フェニールは、「氷翡翠の環」を空中でキャッチすると、自らの足にはめた。

そして・・・その瞬間・・・フェニールの姿は夏の夜空から消え、豊川少年がなげたペンダントが、間もなく元の位置へ空から落ちてきた。

豊川少年は、そのペンダントをすかさずキャッチすると、ユリアに返した。

「これで大丈夫」

豊川少年がニコリと笑って

「さっ・・・帰りましょうか。早めに戻らないと、帰りの人出に巻き込まれちゃう。」

そういうと、来た時と同じように手際よく5人を誘導し、駅の改札口までくると

「それじゃ僕はこれで。じやあまたね。」

そういうと風のように去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たなる旅の始まり ii-18

花火大会の翌日・・・リューは何故かまた我が家のように来栖少年の祖父の家の、居間のソファーでくつろいでいた。

「これで、フェニールってやつも暴走しなくなるだろうよ。だから本も焼き捨てる必要もなくなったわけだ。めでたしめでたし。」

リューが、ルークに向っていった。

ルークは黙ったまま、ティーカップにお茶を注いでいる。

「あっ・・・そうそう。茉莉花茶を持ってきてやったぞ。ここはいつも紅茶ばっかりだからな。ユリアちゃんのお手製シナモ
ンクッキーには、これが絶対合う。」

そういうと、椅子の背もたれに置き忘れてリューの背中で押しつぶされた紙袋をテーブルの上に置いた。

ルークは見向きもせずに自分で入れた紅茶をすすっている。

「フェニールはすっかりユリアちゃんになついたし、孫悟空みたいにあのワッカがヤツの力をセーブしてくれるだろうから、まあ俺としても安心してイモリになれるってわけだ。」

「安心してユリアの側に近寄ってちょっかい出せる・・・の間違いだろう」

ルークが無表情のまま言った。

「うっ・・・・・。」

図星をさされてばつが悪そうに視線をそらしたリューが

「で・・・お前もまだしばらくこっちの世界にいるんだろう?

話題をそらした。

「・・・・。帰る当てもない。」

ルークが再び無表情のままぽつりとそういった。

「なんだっけか、ほら例の『けしからぬもの』じゃなくて、『けしてかわらぬもの』を探すっていうお題もあることだし。どうだ?こっちの世界で探してみるって言うのは」リューの言葉にルークは、いつもの鋭い目つきで

「『けしからぬもの』は山ほどありそうだ。真っ先にお前だ。御廟の眷属がこんなところでいつも油を売っていていいのか。」

睨みつけつつ

「『けしてかわらぬもの』など、そんなものはありはしない。無理難題をふっかけて厄介払いされただけだ」

とそっけなくいった。

「おまえなぁ~まかりなりにも命の恩人だぞ俺は~。俺たちの活躍がなかったら、お前もあの馬も鳥も消えてなくなってたんだぞ。」

 

リューがめくじらをたてて言った。

「べつに頼んだわけじゃない」

ルークは不機嫌そうにいった。

リューは

「自己完結はよくないね。お前さんはもっと他の世界も知るべきだぜ。世の中にはいろんな知識や知恵があるもんだ。それに・・・『けしてかわらぬもの』とやらも・・・まあ、探してみるのもいいんじゃないか? 俺はいつでも付き合うぜ。どーせ暇だしな。」

そういうとソファーにゴロリと横になった。

「おいっ!そんなところで寝ないで廟へ帰って寝ろ」

「ここがなんか居心地がいい・・・・」

リューが持ち込んだテーブルの上の茉莉花茶の茶葉のほのかなジャスミンの香りが、いつの間にか部屋中に漂っていた。

その、いままでにルークのかいだことの無いエキゾチックな香りが、新たな旅のはじまりを予感させるのだった。