2020陣中見舞い『夜間飛行〜王子様〜』

表TOP 裏TOP 裏NOV 『夜間飛行〜魔法使い〜』<『夜間飛行〜王子様〜』 BBS

 ふっと影が射した気がした。
 いつの間にか眠っていて、いつもは雨戸を閉めてある窓からの明かりは月明かりのそれではなく僅かに鈍くて、微かな雨のにおいと薔薇の匂いが鼻を擽る。
「ん……」
 瞼を擦ろうとしてまだ本調子とは言えない身体の重さだけれど緩慢に動く指に、佐々木君に感謝する。お粥もデザートも美味しかったなぁ…ととろとろ考えていた私は、テラス窓を開けて立っている人にどきっとする。
 長身はすらりとしていて、見慣れた制服姿ではなく淡い青紫色のジャケットに光沢のある深い紺色のネクタイを合わせた少し大人びた服装に、僅かに濡れた綺麗な黒髪と、手にある淡いピンク色の薔薇の花束。小雨が外灯を反射してまるでその人を引き立てる為の細やかな光のレースのカーテンの様で、ほぅっと見惚れてしまう。
「――え…雨……!?」
 暫しの間の後、神津君が濡れている現実に一気に恐慌状態に陥りかけて慌てて飛び起きようとして、私は突いた腕がかくんと崩れてまたベッドに沈み込みそうになる。その身体を、ひんやりとした濡れた腕が抱き留めてくれた。嗅ぎ慣れたスペアミントの匂いと一層強くなる薔薇の匂い。三日ぶりのしなやかで逞しい腕と胸板。どきんと跳ねた鼓動がそこから高鳴ったまま戻ってこないのに堪らなく幸せで恥ずかしくて嬉しくて、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、神津君の胸板に埋もれている顔を更に寄せてしまう。秘密。気付かないで。嬉しい。ずっと寝込んでいたのに、神津君の顔を見た途端、三日がとても長かった気がしてしまう。
 微かな、本当に微かな雨音の中、神津君の鼓動が聞こえてくる気がする。時間が止まってしまえばいいのに。ぽんぽん、と小さな、本当に小さな力で神津君が私の背中を叩いてくれる…まるで安心しろと言って貰えているみたいで、贅沢で、泣きそうな気分になってしまう。どれ位その力加減に注意を払ってくれているだろうか、神津君は決して非力ではない。私を軽々背負って歩けるし、ああいう時に腰を揺さぶる力も速さも有無を言わせないとても逞しい力強いもので、それなのに今私の背中を叩いてくれた力は、まるで綿菓子を撫でる様だった。どうしよう。好き。とっても、とっても、好き。
 そぉっと腕の力が緩み少し身体を離されて、神津君の指が私の頬を撫でる。寝乱れて貼り付いている髪を直してくれているのかと恥ずかしくなるけれど、それはまだ引いていない私の熱を確認しているのかもしれない。頬を、額を、顎を撫でる指が恥ずかしくて瞳を閉じて身を縮込まらせる私の瞼に、神津君の唇が触れる。
「――駄目だな」
 小さな、独り言の様な呟きの後、神津君の唇が私の唇に重なった。どきんとする。自分の部屋のベッドの上で、家族のいない夜に、神津君と接吻する贅沢と恥ずかしさに湯気が出てもおかしくない位に頬が熱い。最初ただ優しく重ねられているだけだった唇が僅かに動き、遠慮をしている様な動きと力で何度も重ねられ触れ合いなぞりあうそれが、徐々に熱を帯びる。
 ゆっくりと身体がベッドに戻され、神津君の腕が背中に回されたまま、覆い被さられる形で接吻が深いものへと変わっていく。舌が唇を撫でて、とてもゆっくりと這い回る。神津君のスペアミントの味と匂いと枕元に放り出された薔薇の匂い。神津君の身体の重み。支える力が足りない私では簡単に潰れてしまうから神津君が全体重を預けてくる事は殆どない…偶に、本当に偶に、何度かだけそれを味わった事がある…ずっとずっと神津君とだけそう言う事をして、滅茶苦茶な、過酷と言っていい位とってもいやらしい抽挿の最後に神津君が膣内射精をたっぷりとしてくれた後の、脱力。性欲を全て吐き出してくれたあの御褒美の射精の後の重みは、苦しいけれど私は溜まらなく好きだった。こんな貧弱な身体で神津君が最大限に満足してくれる、そんなに素敵な事はない。その後、気まずげに謝られるけれどそんな必要はどこにもないのにといつも思う。やっぱり、貧弱過ぎて安心感がないのかもと少し自己嫌悪してしまう。……。その時は幸せ過ぎて、落ち込むのは家に帰って漸く眠る間際にだけれど。だって、それまでは神津君で頭がいっぱいだから。
「ん……ふ…ぁ……」
 神津君の舌がくちゅくちゅと口内を舐ってくれる。とっても、いやらしくて、素敵な舌の動きに少しだけ甘えて、私も舌を動かす。背中に回っている指が背筋をなぞって、ネグリジェをほんの少し掻き毟る動きは、神津君が私をちょっと激しく犯したがっている時の動きで、徐々に…ううん、身体が蕩けている。して。して欲しい。神津君の行為で嫌なんて事一つもない。とっておきのネグリジェだけど神津君なら破いてもいい。実はちょっと乱暴な無理強いっぽい行為が好きなのも知ってる。釦が引き千切られた時は最初怒らせたのか泣きそうになったけれど…でも、あれ?でも何かを怒っていたのかもしれない?理由が判らない…確か他校の生徒を案内をしていた直後で、怒る様な事は何一つしていないから、多分そういうプレイだったのかもしれない。
 ベッドの上で身体がほんの少しだけくねる。恥ずかしい。多分…いやもう絶対に濡れてしまっている。神津君の片手が尻肉の上端の谷間を撫でて、もう一方の指が先刻から執拗に額を撫でている。重なっている身体で判ってしまう。とっても大きくて硬くて熱いもの…神津君が勃起している。して欲しい。神津君が欲情してくれるなら何でもして欲しい。私で、生意気な図々しい話だけれど、神津君の性的欲望は、全て私で受け止めさせて欲しい。何時でもいい。何処でもいい。何度でもいい。どんな恥ずかしい事でも、神津君が喜んでくれるなら、出来れば、このとっても大きくて硬くて熱いもので、私の奥で、一滴残さず膣内射精してくれるなら…一番嬉しい。疼いてしまう。まだ風邪が治りきっていないのに、神津君に移したら大問題なのに、して欲しくて頭の中がおかしくなってしまう。好き。神津君が、本当に好き。
 呼吸が乱れきっている私の口内をぐちゅぐちゅに掻き乱していた神津君の舌と唇が離れると、唾液の糸がとろっと伸びた。美味しくて、もっとお強請りしたくなる。それなのに、神津君の表情は少し浮かない。もう風邪を移してしまったのだろうかと焦る私の額を、神津君の指が撫でて、顔中に唇がそおっと触れる様に接吻られる。
「病人相手に何をしてるんだろうな」
 ぽつりぽつりと静かに弾ける雨垂れの様な、でも少し無愛想な響きの声。とても素敵な人なのに少し無愛想に見えてしまうのが少し嬉しい…これで愛想が良かったらきっと女子が放っておかないから。
「……。あの…、して…いい…んですよ……?」
 はしたない女だと思われたくないなと思いながらそう言ってしまう私の額を、こつんと神津君が弾いた。
「――靴、履いたままだった。……。ワックス掛けを後日絶対にさせて貰う。出来れば、御家族の不在の時に」
 ぼそりと呟き少し無造作に体を離した後、神津君は革靴を片手にティッシュペーパーで床を拭い始めてしまう。
「へ、平気です!ほら欧米のお家は土足で、だから気にしないで下さい!」
 身体を起こそうとする度に肘がへにゃっと崩れてはベッドにまた戻るのを繰り返してしまう。結構回復している筈なのにおかしい何故だろう。昼間の佐々木君の来訪の時は新聞屋さんだと思って玄関まで行けたのに…そう思って、不意に彼のハードな清拭を思い出す。まるで耐久レースの愛撫みたいなあれが体力を丸ごと持って行ってしまった可能性。神津君のお見舞いの為なのに本末転倒極まりなくて思わず佐々木君を恨みたくなる。子犬だから悪戯が過ぎるのは仕方ないし恨めないけれど、もう少しどうにかならなかったのだろうか。
「まだ本調子ではないだろう。起きなくていい」
「でも、でも」
 窓際のフローリングに広げた数枚のティッシュペーパーの上に靴を置いて、開けたままだった窓を神津君が閉める。ああ何で雨が降っているのに気が付かなかったのだろう、もし判っていたらお見舞いなんて断り…断れたのだろうか?神津君のスマートフォンの番号もメールアドレスも教えて貰えているけれど、恥ずかしくて図々しく連絡なんて出来ない。
 何度も起きようとしてぺしゃっと崩れていると、不意に神津君が頭を撫でてくれた。
「……。身体を拭こうか?」
「え…あ……え…、え…、そ…それ、は……」
 神津君に肌を晒すなら垢擦りとお風呂でも足りない。鼻血が出そうな位にサウナに入って全身の汗を絞り出してからじゃないと耐えられない。乙女心を酌んでくれての提案だけれど、神津君は佐々木君が私の身体を清拭してくれているのは知らなくて……。
「――やっぱりな」
「へは…?」
「バスタオル借りられるか?」
「え、は、はいっ。あの、チェストの二段…めぇ……っ!」
 身動き出来ない私の指示でチェストの引き出しを開けた神津君が凍るのを見て私は自分の失態に気付く。バスタオルの入っている引き出しの二段目には私の下着も入っていて、無造作に開ければそのカラフルな光景はどうしても目に入ってしまうだろう。余りの恥ずかしさに毛布を被りたいのに腕も碌に動いてくれないまま真っ赤になる私に、暫し凍り付いていた神津君が視線を合わそうとしないままバスタオルを手に戻ってきた。
「意図してでないとは推測するが、更に煽られると据え膳としか思えなくなるぞ?」
「ふえ……?」
「因みに御両親の帰宅は何時だ?」
「明日の夕方、です」
「……。まったく……」
 何かぶっきらぼうに頭を荒く掻いて神津君が大きく息を付く。両親の長期不在中に風邪をひいた迂闊さを叱られるのかなと縮込まる私の両脇に、神津君が手を突く。小雨で濡れている髪や服をバスタオルで拭うのではなかったのかな?と思う私を見下ろす視線は何かを迷っている様で、そして、口が開かれる。
「熱は少しは下がっているのか?」
「え?あ、はい。佐々木君がお見舞いでおかゆ……」
 言い掛けた言葉が途切れる。
 神津君が、乱暴に唇を塞いだ為。
 ぐちゅっと舌が捩込まれ、ベッドの上で私の身体が抱き上げられる。夏掛け毛布を引き剥がした手がそのまま私のネグリジェにかけられ、少し力任せに釦が外された。びくんと身体が揺れるけれど身体に力が入らない私は神津君の腕の中で簡単にネグリジェを脱がされていってしまう。くちゃくちゃと口内で動き舐り回す舌と甘噛みを繰り返す歯に、少し力任せでそれでいて優しく私の身体を抱き締めて愛撫してくれる手に、喘ぎ声が漏れる。三日ぶりの愛撫はやっぱり刺激が強くて、そして神津君の濡れた服がどこかいやらしい…濡れた服の抵抗感も、神津君の服に私の肌を擦り付けている様な恥ずかしさも、堪らなく卑猥。佐々木君の清拭と違って、神津君は性欲で私の身体をまさぐってくれているのだと思うと、頭に一気に血が上ってしまったかの様な感じになり、そして、濡れている下着まで抜き取られて、その性急な進み方に驚いてしまう私の膣内に、ぐいと神津君の指が挿入された。
「んはぁぁぁぁ……っ!」
 とぷっと愛液を溢れさせながら神津君の指を受け止める私の膣内を、神津君の指が探る。そう、探っている。愛撫とは少し異なる動き。神津君の腕の中でびくんびくんと身を震わせている私を抱き締めてくれているけれど、その意識は膣内の指に集中している気がする。でも、神津君の指が動くだけで気持ちよくて仕方なくて…でも、疼いてしまう。指では足りない、ずっとずっと神津君の大きくて硬いものを毎日たっぷりと堪能してしまっている身体は、それを求めてしまう。体力はない。熱もまだある。風邪を移してしまうのは怖い。でも、神津君が望んでくれるなら、したい。
「セックスは、したのか?」
「? 三日前……?」
 神津君はもしかして忘れてしまったのだろうか?そう考えた瞬間、胸がどきっとしてしまう。毎日何度も出来てしまえる性豪な神津君がこの三日の間に他の誰かとしてしまっていたらどうしよう。小学生と間違われる位に貧相でその上乳房だけは不釣り合いに大きくて、取り柄も何もない私なんかより神津君に相応しい人は大勢いて、その女性に心惹かれてしまったら私の勝ち目なんて微塵もない。じわっと涙がこみ上げてきて、でも神津君にしがみつくなんて出来ない。
 私の顔を覗き込んだ神津君の顔が焦ったものになり、そして、抱き締め方が柔らかいものへと変わる。
「――すまない。下衆な勘繰りだ…いや、俺の……」
 音にならない唇の動きは潤んだ視界では読み取れなくて、くすんと啜り上げてしまう私の頭を、ぽんと神津君の手が撫でる。
「……。すまない」
 二度目の謝罪は、愛液をたっぷりと絡ませた手で頭を撫でた為だと気付いたのは数秒後だった。

 いいのかな。これでいいのかな。
 流石に完治前の状態で湯船にお湯を張って入浴するのは躊躇われ、濡れている神津君と一緒にシャワーを浴びた私はバスタオルでわしわしと髪を揉まれていた。シャワーを頭から浴びながらたっぷりと愛撫をされているけれど、神津君のモノを脚の間に挟ませられてちょっと動かされたりはしているけれど、所謂本番行為はしていない。欲しいのは事実で、神津君も…多分、欲情してくれているのは時折荒ぶって口腔や膣内を犯してくれそうになっていた感じで、判る。ぎちぎちに漲っているそれはとても逞しくて目の毒としか言い様がない。
 雨とは異なるお風呂のにおい。柔らかな蒸気。清拭も気持ちよかったけれどたっぷりのお湯のシャワーで洗い流されるのは格別だった。ふぅっと息をつく前髪の束にお湯の雫。――全裸。私も、神津君も。着替えを持って来なかったから。
 いいのに。神津君なら、何時でも何処でも全部していいのに。気を遣わせてしまっている申し訳なさに、脱衣所のラタンの椅子に腰掛けさせられたまま髪を解されている私は、視線を向けないようにしているそれに、ほんの少し目を向けてしまう。口腔奉仕なら、風邪は移らないかな?シャワーで洗ったばかりのモノはバスタオルで拭いた筈で、それなのにとっても…大きな傘の先端は、ちょっと濡れていた。バスタオルを一枚しか持ってこなかったから私に気を使ってきちんと拭けなかったのかもしれない。どきんとする位それは逞しくて、赤黒くて、鰓も大きく張り出していて…いつも毎日口やあそこをたっぷりと貪って貰えているから……。
 ふらぁっと埋もれる私の唇に、それが当たる。
「……」
 神津君がバスタオルで髪をくしゃくしゃと揉んでいる状態で、私は身体に力が入らなくて、それは決して意図しての動きではなかったのに丁度唇の位置に来てしまったモノに…いや私が倒れた場所がそこだったのであって。顔が真っ赤になって更に熱くなるのが判る。神津君に口腔奉仕するのは嫌いじゃなくて、いやさせて貰えるなら出来るだけ頑張って悦んで貰いたいけれど、でも雰囲気も何もない状態からがつがつとそれをしてしまうのはちょっと恥じらいと言うものがあって……。
 どくんどくんと、全身が脈打つ。神津君のモノは洗ったばかりで性臭はしなくて、でも、唇に触れているそれに滲んでいるものは、お湯ではないにおいがした。どうしよう。ここで逃げれば嫌がっていると思われそうで、でも三日間なかっただけで神津君を襲う女だとは思われたくなくて。当然、見上げられない。そもそも力が入らない。もし見上げたら、見上げたら、それは神津君に口腔奉仕している時に促される行為と殆ど同じで…まるで愛玩動物を相手にしているみたいに微笑む神津君を見上げながら彼のモノを舐めたり出来るだけ頬張るのは…とても、好きで……。
 そっと、神津君の手が私の頭を撫でた。
 どくんと脈打つ…私の唇に触れている神津君のモノが、ぐいっと揺れる。凄い。臍の辺りまで反り返っているモノはとても大きくて硬いのに、何でその上、とってもいやらしく更に前後に動かせるんだろうか。舐めていいですか?と聞くまでもなく、それは口腔奉仕を促すものだった…勘違いだったらどうしよう、でも、多分、それが正解で……。
 そっと、唇を動かして、唇で掬った神津君の傘の先端の濡れは、ねっとりとしていて私の唇に絡み付く。
 シャワーのお湯でなく、神津君の長大な、もう十分過ぎるまでに性交可能なそれの先走りの汁に、頭の芯がぼおっとする。何度か唇が動いて、徐々に、だけど力が入らないから中途半端に唇で先端をとってもとって美味しい飴を舐る様な奉仕にしか変えられない。くちゃぁっぴちゃぁっと勿体ぶっているみたいな動きをする唇と舌に神津君の汁が絡み付く。少し塩っぱくてとてもねっとりとしている。熱い息が漏れて、神津君の下腹部の剛毛や幹や袋から漂うのが自宅のボディシャンプーのフルーティーな匂いなのが、何故か恥ずかしい。
 舐める。身体の力は入らなくて緩慢にしか動かせないけれど、唇と舌は動かせるから私は神津君の傘の先端を咥えてねとねとと舌を絡ませて彼の先走りの汁を啜る…美味しいと感じるのははしたないと思うけれど、神津君の性欲の証を感じるだけで頭がぼぉっとして夢中になってしまう。少しだけしか動かせない頭の代わりに顎を動かして、唇で神津君の傘を締め付ける。大きいから神津君が無理矢理に操ってくれないと喉奥まで迎え入れる事は出来なくて、あれは窒息しそうだけれど、でも気持ちいい。苦しくなっている筈なのに変だとは思うけれど、あそこがびちょびちょに濡れて挿入前から、触って貰える前からいきそうになるのが恥ずかしい。フェラチオが好きなんだと指摘されているけれど判らない。ただ、ただ、神津君が美味しくて……。
「――拗らせても知らないぞ」
 そう言い、神津君の腕が私の身体をひょいと掬い上げて、そして、ゆっくりと下ろしていく。
 見慣れた、私の自宅の脱衣所で、全裸の神津君と向き合う形で下ろされていくと、その臍の辺りでくちっと私の下腹部と彼の傘の先端が重なった。私の唾液と愛液で濡れるそれは少しだけ前後に擦り付ける動きだけで反り返るモノの角度を少し前に倒させて、愛液でたっぷりと濡れている私の下腹部の溝へ滑り込む。
「ぁ…はあああぁあぁあああああああ!」
 曲線をなぞった後、一瞬膣口の窪みに引っ掛かった傘が私の膣口に潜り込み、ずぶっと膣内へと押し込まれていく。身体を重ねているから神津君の胸板で私の乳房が上へ潰されながら擦れて、湿った肌に軽く引っかかって突っ張っては跳ねるのを繰り返した。立ったままの神津君に両腿を抱えられている私の体重が殆どその一点に支えられ、ずぶずぶと長大な、洗ったばかりの、でも先走りの汁を滴らせる位に準備の整っている剥き出しの男性器が牝肉をこじ開けていって膣奥をずんと突き上げる。
 音の反響する浴室でなくてよかった。脱衣所に私の喘ぎ声が響いて、折角綺麗にしたばかりの神津君の下腹部が愛液に塗れてしまうのに離れる事が出来ない。深い。大きい。腕一つあげられないのに膣だけがぐびぐびと神津君を締め付けようと波打って絡み付く…そう絡み付く。神津君のモノはとっても大きくて硬いから私の膣なんてお構いなしなのに、でも一突きで達してしまったのは判ってしまうのだろうか、動きを止めてくれる。凄い。気持ちいい。痛い位なのに、とっても気持ちいい。頼もしい、と言っていいのだろうか…男の人に貫かれると言うのは私にとってこの事、神津君に奥まで満たして貰う事。息をするだけで神津君の性器を感じてしまう。胴の部分全てで受け入れている感覚…脂肪も筋肉も足りないから体内全てで受け止めているみたいになる。
「きもち…いい……」
 ちいさな声で呟く私の額に神津君の額が軽く重ねられた。
「いつもより熱い、か?」
「わたし…うごけないから……つまらなく、ない……?」
「馬鹿」怒られているのにその声音は優しくて、貫かれたまま私の身体がぶるっと震える。神津君は狡い。基本的にあまり愛想のよくない人がこう言う事をしている時は優しくしてくれるのは心地良過ぎる。「いつも終わり頃は指一本動かせないから変わらない」
 それは神津君の搾取のせいで、でもつまらないかどうかの答えがはっきりとなかったからほんの少し不安が過ってしまう。一度スイッチが入ってしまったから続けられるだけであって最初から動けないとつまらないかもしれない、いやそもそも……。
 引き寄せられたと感じた次の瞬間、身体が浮いて、そして沈む。
「ん……あああああぁ!」
 神津君が歩いたのだと気付いたのは数歩進んでからだった。一歩進む毎に神津君が両手で抱えてくれている身体が浮き上がり、膣奥を突き上げていた大きな傘がずぐっと膣口近くまで引き戻されて、そして重心が移動するとまた身体が沈み込んで膣奥まで大き過ぎるモノが貫いていく。抽挿とは異なり歩く為の動きは無造作で、ゆっくりとか意図してのものでなく一定のリズムで浮き上がっては沈み込むのの繰り返しで、神津君に抱え込まれ貫かれたまま縋りつく事も出来ない私の身体中で火花が散る。全裸の頭にバスタオルを被せただけの状態で、神津君が歩く度にじゅぼじゅぼといやらしい水音が大きくなって、ぽたぽたっとたまに水が垂れる感触がする…後で廊下を拭いておかないと、そう思うのに、何も出来なくて何も言えない。
 神津君の胸板に、身体に、埋もれて全てを任せている状態で、喘いでしまう。シャワーを浴びたばかりの神津君の肌。筋肉質で、少しだけ日焼けしていて、私と違ってふにゃふにゃしていない肌…いや私は貧弱で女性らしい可愛らしい柔らかな脂肪がかなり足りなくてがりがりで、硬くて嫌われそうでいつも怖い。
 喘いでしまうかはぁっはぁっと息をついているのがやっとな私を、不意に立ち止まった神津君が壁に押しつけ、唇が重ねられる。軽く啄むなどの前置きなしで舌を絡める濃い接吻をしながら、動きを止めてくれた神津君のモノをじっくりと味わってしまう。やっぱり大きい。うっとりとして、でもまだ少し怖い。春先からずっと殆ど毎日受け入れてきているけれど最初は苦しいし…でもその苦しささえ気持ちよくなってしまう自分が少し苦手、まるで別人みたいで。
「玲。身体は、どうだ?」
 神津君の囁き。神津君は大きな声はあまり出さない。それなのに深みのある声は不思議とよく通って他に誰もいない廊下の隅々まで通る様。そう、私の家で、廊下で、今神津君も私も全裸で繋がっている、そう思うとかあっと顔が熱くなる。まるで新婚さんみたい、ううん、両親の不在の間のいやらしい秘め事。廊下で神津君に貫かれていると実感した瞬間、ぎゅっと私の膣肉が神津君のモノを締め付けてしまった。
「へ…へいき……」
 ぽそっと小さな声で何とか答える私の鼻の頭に神津君が軽く唇を当てる。
「無理はさせたくない。俺の意地は考えなくていい」
「維持……?」
 確かに神津君のモノはとっても持続時間が長くて一度始まってしまうと体力がなくなるまで続いてしまい、そして私の体力など簡単に尽きてしまう。ちゃんと…ちゃんとしっかり締め付けたり出来るのだろうか?とてもつまらない事になってしまわないだろうか。嫌われたくない。神津君に喜んで欲しい。何でこんなに駄目なのだろう。もっと背が高くなりたい、大人っぽい身体つきになりたい、ずっとずっと受け入れ続けられる体力が欲しい、ほんの少しでも…好きになって貰える自分が欲しい。
 ぽつりと、神津君の胸板に水滴が弾けた。
 あれ?何? 頭に掛けられているバスタオルでそれを拭いたいのに私の腕は全く力が入らなくて、それなのにぽたっぽたっと水滴が弾け続ける。
「玲……?」
 泣くつもりなんてない。今泣くなんて神津君を困らせる事は絶対にしてはいけないのに、涙が溢れて止められない。
「ごめ……風邪で、っ、なみだもろ……っ…かも」
「……。本当に、お前は……」
 呆れた様な声で何かを呟きかけた後、神津君の頭が私の耳と肩の間にこつんと置かれる。どうしたのかどう思われたのかが判らなくて、でもはっきりと判るのは神津君のモノが滅茶苦茶に反り返って私の中でびくびく脈打っている事だった。判らない。どう思ったのか聞きたくて、でも聞けなくて。

「あ……!ぁ…あ!んっ…あ!」
 ベッドに横たわる神津君の上で私の腰が荒々しく上下に揺さぶられる。ぐちゅっぐちゅっと卑猥な粘液音が大きく鳴り響いて、先刻一度目の射精を終えたばかりの精液が結合部から溢れて神津君の根元や袋へと伝っていく…腰の下にバスタオルを敷いて貰っているから被害は少ないと思うけれど、でも二人分の汗と性臭は部屋の中に篭もっていた。身体を起こしているなんて無理なので神津君の上に崩れている私の胸がむにゅむにゅとクッションの様に揺れて捏ね回されて、涙と唾液がだらしなく伝って神津君へと落ちていってしまうのが恥ずかしい。
 あの後廊下や階段で一歩進む度に軽く絶頂を迎えてしまった私は、神津君の言葉をはっきりと聞けていない。泣く余裕なんてなくなってしまったから仕方ないのだけれど、でも嫌われていないかは怖いまま。
 腰を荒々しく揺さぶられながら神津君に唇を重ねて貰って、んっんふっと声を漏らしながら口内に捻じ込まれている舌を舐る。雨がまだ降っている。さぁっと鳴り続ける雨の音。部屋の窓の位置は誰か異性が一緒なんて周りの家からは判らない配置だけれど、照明も灯さずに神津君と肌を重ねている…雨戸も閉ざさず、レースのカーテンも半分寄せたまま。銀色の雨のカーテン。暗くて、でも夜目に慣れている私には神津君の身体がよく判る。首筋。瞳。綺麗。腰を抱え込んで滅茶苦茶に揺さぶる両手、大好き。親が不在の家に好きな人を泊めてしまうなんて問題だと思うのに、止められない。ぐちゅんぐちゅんと粘液の音が耳を塞ぎたくなる位に大きく鳴り響いて、神津君の傘の先端が膣奥を滅茶苦茶に突き上げてくる。
 大きい。大きい。とても、とっても大きい。神津君が操ってくれる腰以外は全く動けなくて、無駄な脂肪のない筋肉質な彼の腰に跨っている私の腰ばかりが暗い部屋の中で激しく動いている。でももっと激しいのは、膣内にある神津君のモノ。赤黒くて血管がはっきり浮かんでいて薄くて小さな襞が根元から傘の付け根までまっすぐに這っている、とってもとっても硬い幹。卵のSサイズ位ありそうな傘と、ぐいっと反り返って突き出している鰓。凄くいやらしい、一突きで火花が散ってしまう、逞しい、男の人そのもの…貧弱な私にとっての全てを捧げたい象徴。先刻も膣内射精。多分、次も、もっとその後も。
 汗塗れの身体はまるで湯気が立ち上っているみたいで、蒸れた熱気がベッドの上で動く身体に絡み付くみたいだった。雨の夏の夜のせいだろうか。全身が熱くて、特に、神津君のものがずるっと引き戻されては埋もれていく結合部を中心にした下腹部は熱帯植物園の温室にいる感覚。そう言えば男性のあれは樹木にも例えられるのだっけ…とか変な考えが浮かぶ。気持ちいい。とっても大きな立派な幹で犯されるのは、とっても気持ちいい。ぞくん。考えてはいけない事。神津君の精液で、受精したいなんて、考えちゃ駄目。それなのに、欲しくなる。まだ妊娠も出産も育児も立派にこなせない子供なのに、全部ぜんぶ欲しくなる。神津君が欲しくなる。
 私が避妊しているのを知っているから神津君は膣内射精が出来る。そう、顔や身体にかけるのも好きだけれど、神津君はとても膣内射精が好き。私の膣奥にぎっちりと先端を押し付けて、たっぷりと射精してくれる。その後も簡単には抜いてくれない…いや学習会で順番がある時は程々で済ませてしまうけれど、本当は膣内射精が、そしてその後、ずっと大きな鰓を誇るみたいに私の膣奥に精液を溜め込んでおくのが、好き。挿入しっぱなしで膣奥で軽く動かしたり、イキっぱなしの私のクリトリスを弄って悪戯するのも好きみたい。避妊していなければ多分妊娠してしまっているのだろうと思える位に、私の奥に精液を留まらせて馴染ませる。
 嫌いな子相手ならばしないよね?と確認したくなる。でも怖くて出来ない。好きな子と嫌いではない子はイコールでないから。他の男子は指で自分の精液を掻き出したりしてみせて興奮するけれど、神津君は身体を重ねれば重ねる程、まるで受精させたがっている様に私の膣奥に精液を溜め込む。でもそれは生き物の本能なのかもしれない。
「きて…、なぁか…っ、こ…づくんの……っ、くださ…いっ」
 じゅぼっじゅぼっと激しい音を立てて神津君のものが私の膣を攪拌している。自宅のベッドで、神津君を思って自慰をした事も多いベッドの上で、神津君の上で、私の腰が激しく前後左右に振り回されて、まるで神津君専用の性欲処理道具みたい。そう考えてしまったのが伝わったみたいに神津君が唇を重ねてくれる。冷静に舌を動かしたり唇を重ねたり出来ない野生の動物みたいな接吻で貪りあう。息が、身体中が熱い。涙と汗と涎でどろどろな私はみっともないのに、神津君が笑う。
「また中出しされたいのか?」
「して…っ、こおづくんの……あついので…いっぱいにしてぇ……っ」
 他の人のじゃ駄目。神津君のがいい。神津君のじゃないと嫌。そんな我が儘は言えない。でも今は神津君と一緒。神津君だけしかいない。神津君の精液だけで膣内も子宮もいっぱいになれる…何て素敵なんだろう。どうしよう私とんでもなくいやらしい気分になってる。自宅なのに、風邪引いているのに、神津君に移してしまいかねないのに。神津君の口元が歪む。少しサディスティックないやらしい笑い。好き。この笑顔の後は、とってもとっても激しくいやらしいセックスになる。ぞくぞくぞくっと膣奥から全身に甘い痺れが伝わって、あんとだらしない声が漏れてしまう私のお尻を、神津君が軽く叩いた。
 汗塗れなお尻を叩かれる音は濡れていた。そこから射精までは正直短い間ではない。神津君は射精までが長いから。膣奥や膣口の裏側まで、凄く執拗で荒々しくて苛めっ子な時間が始まる。

 何度も気を失っては目が覚めてを繰り返していた。ベッドが物凄く汗を吸っていて重くて部分部分が熱くて冷えている。
 喘ぎ声が迸る。全身で火花が散って、私の膣がぎゅっと神津君を締め付けているのにそれに構わない様に腰が揺さぶられ続ける。駄目いっちゃってるの、少し休ませて、何とかそう伝えようとしているのに言葉にならない。もしかして体調も良くないから締め付けなんて全く出来ていないのかもしれない。満足させられないのかもしれない。でももう最低三回は射精してくれているのだから…でもふにゃふにゃでも楽しめるのかもしれない。でもそれははしたない…不甲斐なくて。
 ぐいっと身体を抱え込まれて、ベッドの上で身体が一回転した。
 ぽたっと、雫が私の頬で弾ける。神津君の汗。汗を掻いているのは、私の腰をずっと揺さぶって操っていたからなのは判るけれど、私を見下ろしている神津君の顔は、とても楽しそうで、悪戯っぽくて、でも子供っぽさは欠片もない男の人の表情。
「玲」
 微かな雨の音に溶けそうな低い囁き。神津君とだけこういう事が出来る機会は少なくて、一番最初の遊園地の隣のホテルを思い出す…あの時は学習会の他の男子ももう眠っていて、やっぱり体力がもうない私を神津君がこうして見下ろしていた。あれから半年、ほぼ毎日学習会を続けているから管理担当と言う謎の係のお陰で交代する他の人と違い毎日参加の神津君を受け止めているのは百回以上。初日に思いを伝えてしまったけれど、やっぱり今でも好きになっては貰えていないのは切なくて、でも神津君の腕の中にいると胸がどきどきして好きだと再認識してしまう。
 そっと、神津君の手が私の頬を撫でる。解れて頬に貼りついている髪を梳いてくれた指が額に触れる。
「熱はあがっていない、か?」
「たぶん……」
 そう言えばお見舞いに来てくれたのだと思い出して、瞳を枕元の花束に向けた。愛らしいピンクの薔薇の花束はまだ花瓶に活けられていないままで、とてももったいない。神津君からのお花なのだから簡単に枯らしてしまいたくはない。そんな私の視線に気付いたのか、少し神津君が困惑の表情を浮かべる。
「花瓶は、簡単に判る場所にあるか?」
「物置の箱の中で…少し判り難い、かも……」
 自力で動けるのならば即座に活けられるのに、とお見舞いの品を受け取れない不甲斐なさにほんの少しだけ縮込まる私の頬を、神津君が撫でた。
「――そんな顔をしていると連れ回すぞ」
「ふへ……はい?」
「物置は外か?」
「ううん一階」
「よかったな。全裸で庭に出る事だけは避けられた」
「……、え、え、え、えっと!洗面器にお水張ってそこに浸けておくだけで大丈夫ですっ、明日活けますっ」
 神津君がどうやって花瓶を探しに行くつもりなのか瞬時に想像がついて、私は慌てて早口でまくしたててしまう。
 ちっと神津君が舌打ちしたのは、気のせいだと思っておきたい。頬が顔が熱い。浴室から部屋まで戻ってくるまでの一歩一歩が凄い突き上げな上、自宅でそんな事をしてしまってる疚しさで滅茶苦茶だった記憶はまだ生々しい。
「花瓶を胸に挟ませようと考えていたのにな」
「はい?」
 熱がぶり返したのではないかと思える程熱い頬や耳を手を当てたいのにまだ力が入らない私の頭を軽く撫でて、神津君が立ち上がって薔薇の花束を持ち上げる。全裸に薔薇の花束を肩に乗せている姿は何処か可笑しいのに酷くいやらしい。
「少し休んでいろ」
 そう言い、神津君は薄い、困った様な笑みを浮かべた。

 まだ雨は止まない。でも明るくなってきているのは朝が近いからなのだろう。
 薔薇の匂いが強くて、微かな寝息が聞こえる。神津君の寝息。腕枕から回されている手が肩を抱いてくれていて、私は神津君の腕の中で懸命に息を殺している。もし何かしたら神津君を起こしてしまいそうで、眠ってしまうのがもったいなくて、何も出来なくなってしまうけれどそれはとても贅沢な時間だった。何て幸せなんだろう。
 ぽろっと、涙が零れた。
 あれ?何で涙が出るのだろう。それは夥しい量ではないけれど、確かに溢れていく。
 幸せなのに胸が痛い。何でだろう。胸が痛い。
「玲……?」
 少し寝ぼけた様な神津君の声。
「なんでもな……ぃ……っ、です」
「お前は、泣き虫だな」
 ぐいと神津君に身体を更に引き寄せられて、私は裸の胸に顔を埋める格好になる。少し汗のにおい。夏の明け方はまだ涼しくて、神津君の肌は少しひんやりしていて、でも耳を押し当てているその奥で確かな鼓動が聞こえる。泣きそう。神津君に、私の事はほんの少しでも好きですか?と聞きたくて、神津君の胸の中にいる他の女性の存在を知ってしまうのが怖くて、百回そういう事をしても全く好かれないのが怖くて、動けなくなる。もし誰かの事が好きならば私は身を引かなければ神津君に申し訳なくて、でも、神津君の手を放したくない。惨めで卑屈でそんな自分が大嫌い。甘やかさないで欲しい。期待してしまうから。
「こうしているから、お前も少し眠れ……」
 微かな声の後、神津君が私の頭に顔を埋めて、そしてまた寝息が戻ってくる。
 私は何になれるのだろう。何が出来るのだろう。魔法も持っていないし、綺麗なお姫様にもなれない。胸が痛い。それなのに幸せ。訳が分からない。我儘になりたくない。
 全裸のままの神津君と一緒に私の部屋のベッドで寝ているのは非現実的で、まるで風邪で願望が暴走した夢の中の様だった。

 昼前。熟睡していた所に神津君のスマートフォンが鳴って、そして僅かな時間の後に佐々木君がやってきた。予備校の夏期集中講座を何故か休もうとしていた神津君の背中を蹴り出す様に追い出し、そして、佐々木君は私に体温計を勢いよく突き出した。
「38.4℃……」
「お見舞いは悪化させる為のものじゃないんだよ」
 少し厳しく叱られた後、身体を隅々まで清拭して貰い私は廊下やお風呂場を掃除する佐々木君をパジャマ姿で見守る羽目になった。両手で持つ桃のスムージーが冷たくて心地良い…けれど同級生の男子に掃除をさせるのは非常に心苦しい。
「後で自分でやるから……」
「こんなに神津のにおいさせておいたら御両親にバレるよもう」
 潔癖性の傾向があるのか床まで拭いてくれているその少し後ろでぺたんと座り込んでしまいながら申し訳なさと怠さで小さくなってしまう私に、何度もなんども佐々木君が小言を漏らす。でもそれは厳しい怒りとは少し違っていて何だか不思議な御説教だった。無理なら断る様に。病人の自覚を持つ様に。きちんと布団は被る様に。病人はお見舞の人とは距離をとる事。睡眠はしっかりとる様に。まるで子供に言い聞かせる大人みたいで、叱りながらどこか優しい。
 最後に薔薇の花束を花瓶に活けてくれてから、それを眺めながら横顔のまま佐々木君が問いかけてきた。
「――お見舞、嬉しかった?」
「……。うん!」
 神津君といると不安で滅茶苦茶になるけれど、でもそれでも不安よりも幸せの方が圧倒的に大きくて、私は満面の笑みで頷いた。

Fin
17稿202006072041

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