2017発掘品完結『優しい夜明け』(『休暇便り』より)

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 追い立てられる様に生きている。
 山間部の秋の夜明けは寒くて不意に目が覚めてしまう場合が多い。ましてや所々隙間風が吹く古ぼけたアパートならば尚更に。
 小さな布団の中で私は一緒に寝ている男の寝顔を見つめる。柔らかな漆黒の髪、端正と言っていいだろう整った顔立ち…それでも少し垢抜けない印象が残るのはファッションなどにあまり興味がない為で、磨けば光るけれど今のままで十分だと思うのは私が若干ファザコン気味なのもあるだろう。
 不思議な人。
 優しくて穏やかでいて奔放なのに、いつも追い立てられて生きている気がする男。まるで死刑宣告をされている囚人みたいな、今にも断裂しそうな鋼の細い糸を心の底に張り続けている男。多分その糸に触れれば弾き飛ばされる…視界の中にあっても言葉を交わしても二度と人として向き合ってくれる事はない、そんな気がする。人当たりがいいのに、奥底で孤独な男。
 裸の腕にそっと歯を当ててみる。
 スポーツジムに通ってもいないのに引き締まった綺麗な筋肉のついた腕。肩も胸板もとても綺麗。ビジュアル系とか軟弱なものでなく実用の、鍛えた身体。父の研究室に出入りするからには理系の研究者を目指している筈なのに、父にも目をかけられているのに、正体が見えない。ここに居るのに、当人も楽しんでいるのに、魂のどこかがここに居ない気がする人。誰も手に入れられない。父に気に入られて目をかけられているけれど、多分父の片腕に収まってはくれない。何処からか来て、何処かへ去ってしまう。
 堪らなく、好き。
 眠っているのを起こしたら可哀相なのに手を伸ばして性器を擦りたてて勃起させて犯したくなる…途中から犯されるのはこちらになるけれど、騎上位でずぷずぷと咥え込んで腰を振りたくりたい。好き。私を抱くまで童貞だったとか言うけれどどこか嘘臭いねちっこくて執拗な責めがとっても好き。なかなか射精しないガチガチな巨根も好き。こちらは処女だったけれどこれがサイズオーバーなのは流石に判る。インテリな穏やかなテノールで不思議と下品に感じないいやらしい言葉でエグく責め立てて蔑んで誉めて頭が狂いそうな位犯し抜くセックスも大好き。
 疲れている癖に。自分の時間なんて最初から持っていないみたいに、いつも何かに追われてる。単位はもう取れているのに講義に資格取得にアルバイトにと奔走して…底無しに吸収していかないと潰れてしまいそうな、決して満たされない餓鬼みたい。いつか壊れてしまいそうで心配で、でもこの男ならそれでも平然とこなしてしまう気もする怪物。
 そんな男が何で女に手を出しているか。ガス抜きみたいな気もするけれど、それすら休息になっていない。ひたすら削れていく一方。鋭さを増していく錐や刃みたい…多分私は鞘じゃなくて研ぎ石の一つ。真綿や鞘でくるまれる時間なんてあるのかしら、そう考えると少しだけ胸の表面がざわめく。この男が安らぐ場所があったら絶対に嫉妬してしまうだろう。
 でも今は一番近くにいるのは私。敬意を払われているのは父だし師事されているのも父だけれど、父の付属品として私を射る程馬鹿な男ではない。一人の人間として見てくれる…でも特別じゃない。特別なんて持ってない、誰にでも誠実で誰にでも優しいけれど誰も捕まえられない、まるで実体がないみたいで、それなのに虚無として扱うには酷く惹かれる。
 多分自分が壊れていると気付いていて、その原因も理由も判っていて、それでいて穏やかに笑う。疲弊に気付かない愚鈍な連中にも私にも等しく。どうせ直せない、どうせ癒せない、そう言われているみたいで無性に苛立つのにそれでも馬鹿らしい位に好き。
 そっと頬を指先でなぞる。
 古いアパートは所々傷んでいて隙間風対策の修繕など簡単なものは忙しい筈のこの住人がこなしている。何でも出来るけれど無駄な労力を費やす時間があれば休んで貰いたいから正直ここは嫌い。薄い布団もシャワーすらない間取りも大学から遠い不便さも。この男を削る何もかもが嫌い。でも私とのセックスも多分この男を削ってる。
 指も好き。広い肩も逞し過ぎない胸板も、結構粗食で脂肪の少ない身体も、本を読む時に少し眉間に皺が寄る癖も、穏やかだけれどたまにとても悩ましい滑らかな声音も、肩越しに振り向く時の笑顔も、巨根で喉奥まで犯しながら抑え込む手も優しげに撫でる指も上手に咥えていると褒める優しげな蔑みの声も、お尻が赤くなるまで叩く掌も、脚を絡めているのにまるで何も邪魔していないみたいな激しい腰の動きも、気付くといつも静かに本を読んでいる横顔も、全て好き。
 でも言えない。
 この男の牡の欲望を受け止めてこうして一緒に寝るのは私だけ。周囲は付き合っていると皆思っているけれど、手に入れていない。他の女を抱く程器用じゃないけれど、愛してもいない女を誤解させかねないレベルでずっと丁重に扱っていやらしい牝にした酷い男。
 でも好き。
 だから眠っていて。無防備な寝顔を見せて。小さな古い部屋の布団の中で痩せた犬の様に身を寄せ合って暖めあって…次の瞬間に世界が終わってもいい。
 幸せな恋じゃないなんて判ってる。手に入らないのも判ってる。変えられない惨めさも判ってる。でもだからと言って諦められる位の感情ならそんなの恋じゃない。自分がこんなに馬鹿な女なんて知らなかった。
 ねぇ、気付いてる?認識して許してくれている?私が傍にいる事。誰でもいい、じゃなくて。
 私は何を返せるの?
 惨めで苦しくてやりきれなくて、でも貴方が触れてくれると、私は幸せになれる。
 願いを教えて。社交辞令の笑顔じゃなくて。貴方の本当に欲しがるものを贈りたい。駆け抜けて行かないで。留まる枝を見つけて。雨をしのぐ軒で休んで。
 磨り硝子の向こうの薄明。もうすぐ起きてしまうであろう愛しい男。とても穏やかで無防備な寝顔を見つめていると、泣きそうになる。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
 不意に、腕が動いて私の肩を更に引き寄せた。まだ寝呆けているだけなのに、自分が求められている様で幸せで胸が苦しくなる。
 こんな小さな事で一喜一憂して馬鹿みたい。
 きっと恋は人を馬鹿にさせるのだろう。

FAF20151021〜20170306

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