2008-9年末年始『第五夜・薄氷』(『空中浮遊』より)

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 須藤は基本的に小動物や子供が昔から苦手だった。
 子供が子供時代から子供を嫌うのはどこかおかしいが、腕力がある一定以上ある人間は基本的にそれを加減するのに非常に気を使うものであり、そして相手がその気配りを意識する可能性はかなり低い。
「須藤、やり過ぎ」
 ベッドの上でぐったりと失神している華奢な…高校生には見えないくらいに幼い少女から身体を離した須藤に、苦笑いを浮かべて神津が言った。冬休みに入って自由時間が増え学習会にかこつけて同級生の少女、槙原玲を交代で玩具にするのが日課となりつつある。原則一日三人ではあるが、それでもこんな華奢な身体で同級生三人の相手というのは負担が大きいだろう、とは思うもののそこは健康な男子として目の前に据え膳があって遠慮をするのはなかなか難しい。
 全身汗まみれになっている槙原の顔と腹部に飛び散っている精液をティッシュでぐいと拭おうとして、その肌の柔らかさや筋肉の薄さに須藤はいつも戸惑う。部活や道場の練習相手の鼻血を拭いてやるのとは勝手が違い過ぎて、寝たまま放っておいてやるべき所が柔らかな肌を強く押す事になってしまう。
「はいはい」
 やや呆れた様な声で佐々木が台所で温かな蒸しタオルを作りやってくる。そのままベッドの縁に座り、そっと壊れ物を扱う様な丁寧な動作で槙原の身体を拭いていく。――正直、須藤にはこの空気が苦手だった。槙原が神津を好きなのは周知の事実で、神津も憎からず思っており…そして佐々木も槙原が好きなのだ。恐らく、神津も気づいている筈だが、あえて須藤も神津もそれに気づかないふりをしている。いや、佐々木自身は判っているかもしれない。だがそれを指摘すれば佐々木自身に居場所がなくなってしまうだろう。
 最初は七人いた『学習会』仲間は現在五人に減っていた。
 健康な男子が女子を好きに出来る日が続けば色気や欲が出てきてしまうのは当然で、そして馬鹿ではない連中だから自分が逸脱してしまうと判れば自然と距離をとる様になるか、もしくは距離をとる様に仕向けていける。一人は須藤自身が神津と一緒に引導を渡し、もう一人は自然と学習会から抜けていった。友情は変わらないものの、女の存在というのは古来から友情の敵である。
 剣道部ほどではないが国内有数の柔道部を持つ進学校は限定されていて、越境組で高校からも距離の近い安アパート住まいの須藤の部屋が学習会のたまり場になるのはある意味自然な流れだった。あまり家具のない殺風景な部屋は複数が居着くのに適していた上、佐々木は片づけ上手で…それと槙原も一緒に片づけるのが楽しいのだろう、事後や事前に洗濯までこなすのはどうしても洗濯物が貯まったりなどむさくるしくなりがちな部屋の主としては助かる話だった。
 尤も、部活の練習が夜まで続く須藤にとっては自分のいない時間も貸し出す不安要素があるのだが。

「はい、槙原さんはココアで、須藤君梅こぶ茶、あとはコーヒー」
 布団乾燥機のモーター音が唸り、TVは夜八時のバラエティ番組を放送している。いつの間にか個々で持ちよったカップの柄はちぐはぐで、唯一判りやすいのは槙原の苺模様のティーカップだけだが佐々木は全員のカップをしっかり認識しているらしく、順番にトレイから各自の前にカップを置いていく。槙原のココアには焼いたマシュマロまで乗せる丁寧さが気の毒過ぎてたまらない。
 卓袱台の上のホットプレートではそろそろ焼きそばが出来上がりはじめていて、槙原は今日も体力が限界なのか壁にもたれたまま部屋着代わりの須藤のトレーナーに埋もれる様に座り込んでココアを舐めつつ、神津を時折見つめている。
 篭っていた性臭が換気でどうにか消されていく中、今度は焼きそばの臭いが部屋に篭っていく。
「須藤君は年末どうする?」
「ウチは県外の生徒も多いから元旦と大晦日だけ練習なしだからな…元旦だけ家に帰ろうと思う」
「了解。槙原は?」
「え、ええっと……元旦は夕方から親戚が集まるから無理です」
「それなら元旦は休みだな」
 健気なくらいに自分の用事を言わない槙原に、焼きそばを炒めながら神津は素っ気なく決定していく。――恐らく初詣などを誘われるのを期待していそうな槙原がやや肩を落とすのが須藤には見えた。
「二年参りにでも行くか?」
「俺はいいけど」「僕も」
「が、頑張って説得します」
 頬を赤くして槙原が意気込む。朴念仁とまでは言わないが、自分の親友ながらに神津の時々見せる女の扱いの下手さにフォローせずにはいられない。そして、何も表面には出ていないが、佐々木もまた喜んでいるのが須藤には判る。
 互いに微妙な距離があるから維持出来る関係が自分のアパートを主に展開するのはかなり気が休まらないが、しかし見えない場所でされる方が気になって仕方ないのかもしれない。
 数日前の陽気が嘘の様に冷え込んできたのを感じ、須藤は換気用に薄く開けていた窓を閉める。小動物並の少女の体調をここにいる全員が恐らく気づかっているだろう。
「――槙原、少しは肉を食べろ。また貧血おこすぞ」
「え、でも、でも、皆お肉好きだし」
「大丈夫だよ特売のたっぷり冷凍してあるから」
「佐々木お前も玉の追加とかしてないで食べろよ」
 練習が終わればラーメン屋に寄って帰るだけの日々より騒がしく、だが危ういバランスで成り立っている時間が、須藤は嫌いではない。

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