2008-9年末年始『第三夜・寒椿』(『Tightrope Dance』より)

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 色褪せた世界。枯れた芝生と時間を忘れた様な常緑樹の鈍い深緑と煤けた茶色。広い日本庭園を吹き抜ける風は十二月にしては珍しく暖かく、それはまるで作り物のめいた世界の現実感を更に失わせる。
 枯葉一つ落ちていない手入れの行き届いた庭園はどこか居心地の悪い印象さえあるが、コートのポケットに無造作に手を突っ込んだままの少年は特に気にする様子もなく歩く。
 屋敷から池の中央の橋を渡り、奥まった場所にある寒椿の植え込みだけが紅い。高さ1メートル足らずのその植え込みの裏に、少年と同い年くらいの少女がいた。
 まだ中学に進むか否かといった年頃の少女だが、艶やかな振袖姿で石の上に座り瞳を閉じている姿は、まるで人形か何かの様に生気を感じさせない。いや、人間以外の何かが少女の形を成しているのではないかと思わせる程、奇妙に不快な胸苦しさを見る者に印象づける。それは結い上げてもなお膝まで届くゆるやかに波打つ黒髪の為かもしれない。
「ああ、いらっしゃったのね。お久しぶり」
 白磁の肌に玉虫色の紅をさした唇が動き、そして少女が瞳を開く。その口調は落ち着いた大人の女性のものであり、そして少女の浮かべた微笑みもまた幼い少女のするものではなかった。最上の人形を思わせる美貌の中で、穏やかな笑みを浮かべる少女の瞳はぬらぬらとぬめり、その瞳に映る存在の魂を掴み取る様な狂気と虚無が混在している。
「どうも。お姫様も元気そうで」
 異常な視線を浴びても別に怯える事もなく軽く笑う少年に、少女が腿の上で合わせている手を動かす。まるで人間としての動きを忘れていた様なぎこちない仕草のまま、華奢な手は少年のコートのポケットから手を引き出した。
「今日は何の御用?」
「いつもの顔色伺い」
 素っ気ない少年の口調に、引き出した手を自分の顔へと寄せた少女は少年の指を咥え、舐り上げる。生温かい口内で舌が指を這い回り、そして歯が突き立てられた。
 鋭い痛みにわずかに顔をしかめる少年に、紅と血のついた指をゆっくりと口を離す少女が艶然と微笑む。
「いつも大変ね」
 指から滲む血を繰り返し舐めあげる少女の手が少年のコートのボタンを外し、そしてまるで蛇を思わせる仕草で下腹部を撫で回す。
「また新しい子に悪戯をしてるのでしょう?いけない人」
「さて。――指みたいに噛まないで下さいね」
 指からまだ滲む血に、ポケットからハンカチを出しながら少年は寒椿の植え込みの向こうにある屋敷を見る。暖かくても冬場の為視界に映るほとんどの窓は閉まっている様に見えるがこの少女のいる場所を家人が気にしないとは思えない。つまりは自分は観察されていると考えておいた方がいいと思いつつ、少年は片手で指にハンカチを巻く。
 振袖姿の少女に引き寄せられるまま石の上に膝をつく少年の腰ははだけ、そして玉虫色にぬめる唇がまだ中途半端に勃っただけのものを咥えた。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて舐る巧みな口に、少年の背がわずかに仰け反る。
 少し遊び始めるのが早いかと自分でも考えている少年だが、この少女の淫蕩な口戯は知っている中で最も卑猥で甘く、そして精神を削られる。わずかな狼藉も許されない相手にも関らず、少女の行動は男としてのタガを試して削り取るのを喜ぶものだった。まだ一人前扱いをされない年頃であっても噂は嫌でも耳に入ってくるもので、そしてこの少女が何人の男をいかに惨めに破滅させていったかは考えたくもない。大人の男を選べばまだよいのだが、あくまでもこの少女は、この少女の様な存在は悪趣味だった。
 少女の肩を、頭を掴む事も出来ず、少年は呻く。

 一滴も残さずに嚥下した少女がうっとりと微笑んだ後、鮮やかな絵の施された貝を少年へと差し出した。
「紅をさして下さる?」
 内側に紅を塗り込んである蛤を手渡され、一瞬筆と水を探しかけ、そして少年はまだ血の滲んでいる指のハンカチを解く。

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