『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-1』

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 どうせ堕ちるならば、とことん堕ちたい。
 這い上がれないほど深く、溺れ死ぬほど甘やかに。

 額に乗せた薄い本が視界を遮っているが、白衣姿のまま剥き出しになっている手と本が覆っていない顔の下半分に感じる日差しは温かい。それでも日の当たらない部分と風の冷たさに、守崎は秋の終わりを感じていた。
 市内中央部にある市立病院は交通の便で駅前の総合病院に劣っているのもあり、特化した内科以外は来院者が多くない。午前の外来と午後の病館回診までの時間を喫煙者の守崎は屋上のベンチで過ごす事が多かった。数年前に増築された新館も古ぼけた旧館も徐々に喫煙場所を削られ、今は新館の正面玄関外の一画のみが喫煙を許可されているが個人的な時間に患者と顔を合わせる事は守崎としては御免蒙る所だった。――尤も、男と女としてならばその限りではないが。
 不意に昨日頬を叩かれた感触を思い出した守崎の口の端がわずかに歪む。
 貪婪だが締まりの良い人妻と四時間以上愉しんだ揚げ句、唐突に今の夫と離婚するから再婚相手になってくれと強請られたのを即座に拒否した途端、モデル並の女の顔は般若に変わった。
 元から身体だけのつきあいと断言して女と情事を愉しみどれだけ身体の相性がよいと感じても、結婚の必要性を守崎は感じた事がない。それはまだ幼い頃に母親を亡くした為だろうか、夫婦や子を挟んだ男女の情愛を理解出来ない…いや患者の家庭愛などは理解が出来るのだが、それが自分と直結しない。まるでガラスの壁の向こう側で繰り広げられる芝居の様な他人事に過ぎない感覚だが、それなりに多忙な三十四歳の整形外科医は必要性に追われていなかった。
 人妻、OL、看護婦、女子大生など今まで愉しんできた女性は当然両手の指だけでは数え切れないが、執着した例しがない。ホテルを出た後に夫や恋人の元に帰ろうが一人淋しく過ごそうが構わない、興味が湧かない、その様な相手に女は痺れを切らす。大抵が恋人か夫になる事を強請られ、そして断って終わる。自然消滅の方が少ない。
 ふわりと秋風がそよぎ、白衣の裾を揺らす。
「――?」
 不意に口の端に咥えていた煙草を取られかけ、守崎は反射的にそれを掴む。
 額に乗せていた本がゆっくりと落ちていく中、視界に映ったのは守崎に手首を掴まれて思わず身体を引きかけている華奢な少女の姿だった。
 入院患者だろう右手のギプスと、純白の優美なデザインの袖のないネグリジェの上に枯葉色のカーディガンを羽織った姿は、柔らかだが強い秋の陽光にうっすらとシルエットを透かしている。病的な華奢さではなく付くべき所はついているたおやかな肢体だが、守崎の掴んだ手首は簡単に折れそうな程に細い。腰まで届くしなやかな漆黒の髪とそれと対照的な白い肌と、驚いた表情で守崎を見つめている整った清楚そのものの顔立ちが印象的だった。
 ベンチの上に、本が落ちる。
「あ…あの、眠っていらっしゃるのかと思って…申し訳ありません」
 穏やかで柔らかく澄んだ声色と丁寧な物言いが耳に心地よい。守崎が解くのを敢えて止めていた手首を掴む手が気恥ずかしいのか、わずかに頬を染めて伏せる長い睫毛と黒目がちな大きな瞳が堪らなく初々しく、そのまま困らせたい衝動に医師は駆られる。
「いや、構わない。――それに、屋上は禁煙だ」
 どうすればいいのか判らないのか凍りついたままの少女の手を放し、華奢な指先から煙草を取り上げて守崎はポケットの中にあった携帯灰皿にそれを押し込む。それから見上げた少女に、医師の目がわずかに細まる。
 十七歳くらいだろうか。今朝のミーティングで昨夜の交通事故で単純骨折の患者が入院したとは聞いている。普通ならば整形外科に力を入れている駅前の総合病院に運ばれていた筈なのだが、昨夜の市内夜間救急の整形外科担当はこの病院だった。総合病院はほぼ全診療科を受け入れ可能な筈だがその分もあって救急が一番最初に埋まってしまう傾向にあり、結果この病院に回されてきたといった処だろうか。
「昨日の事故の患者かな? 佐々木先生が担当?」
「はい」
 煙草を無断で取り上げてしまった事を咎められるとでも思っていたのか不安そうな面持ちだった少女が医師の言葉に柔らかく微笑む。橈骨単純骨折で術後の翌日に院内を歩き回れるのならば大した事故ではなかったのだろうが、翌日くらいは大人しく寝ていてくれた方が医者としては気が楽だった。物静かな様でいて実は話を聞かないタイプの少女なのだろうか。
「何故、屋上に?」
「母が今見舞いから帰りましたので、見送りに」
「病室で寝ている様に言われなかったのか?」
「京都から朝一番で来て下さったので、せめて少しでも」
 病室から抜け出してきたのを咎められた為か、少し困った様な笑顔で言い訳をする少女に医師の顔に苦笑いが浮かぶ。
 未成年の娘が交通事故で入院したとなれば親は見舞いに来て当たり前であろう。警察の事情聴取もあれば保険会社への連絡もあるのだから親が出て来ない方がおかしく、親も事故後の娘に見送りなど不要と言ったのだろう、親の言いつけを守りながらも隠れて屋上から見送ろうとする少女がどこか好ましい。事故の動揺で親に散々甘えて我侭を言ってもおかしくない年頃だろうが、恐らくこの少女は親に心配と迷惑をかけまいとするのだろう…何故か守崎はそう感じていた。
 新館の屋上ならば高層で見晴らしもよく屋上庭園もあり入院患者は基本的にそちらを利用する。旧館の屋上は古びているのもあり物干し場と立ち入り禁止の場所が大半を占めており、守崎と少女が今いる場所は物干し場を通り抜けてから建物を回り込まねばならない病院の中でも知る者の少ない穴場である。だが、駅への大通りへは一番近く、バス停への並木道を見下ろす事が出来た。
「悪い子だ」
 医師の苦笑いに、少女の頬が桜色に染まる。
 白い肌が何かあるたびに染まる風情に、悪い癖でかすかに食指が擡げるのを守崎は感じた。寝ている大人の口元から煙草を取り上げる度胸があるかと思えば少し揶揄うだけで気恥ずかしげに俯いてしまう奥ゆかしさもある、いや、どちらかと言えば内気な気質なのかもしれない、その様な自分の半分ほどの年齢の少女を愉しみたい衝動はいつもよりも不思議と強かった。
「親の見送りは?」
「あ、はい」
 唐突に急かされ、相手が気づくか気づかぬかの小さな会釈をしてから少女はフェンスへと脚を運ぶ。ベールを思わせる漆黒の髪は長さも相当のもので重みがある筈なのだが秋風にさらりとそよぎ、今まで少女のいた空間の残り香の様に揺れる。掴んだ手首の華奢さは判っているが、肩も腰も脚も皆手折れそうなまでに薄く細いのだが筋肉と脂肪が貧弱のひとつ手前の絶妙な加減でついており、抱き心地のよさそうな危うい華奢さを醸し出していた。
 淡い甘い香りは何の花のものだろうか、少女を撫でた風が男の鼻をくすぐる。薔薇や百合の類の華やかなものではなく、思春期の少女が用いがちな柑橘系でもなく、控えめな甘さは温室の花でなく庭園の隅にひっそりと咲いている様な自己主張の少ない穏やかなものだった。
 後ろ姿のままの少女が今どの様な表情をしているのかを見たくなり、男はベンチから立ち上がりゆっくりとフェンスの前へ進む。
 晩秋の昼下がりの日差しが少女に降り注ぎ、漆黒の髪に幾筋もの淡い金色の帯を浮かび上がらせる。淡い桜色の柔肌の繊細な産毛は透ける程薄く、だが淋しげに揺れる大きな瞳に被る睫毛は長い。入院患者らしく化粧は何一つ施していない事を近い距離で見てようやく気付いたが、気付かずにいてもおかしくない程に少女の顔は整っていた。
 透明感のある肌は小さな顎から胸元へと続き、白い寝衣の胸元は華奢な肢体の清楚可憐な印象を劣情へと変える豊かな乳房の膨らみをわずかに覗かせている。最初なだらかで頂点から半球状になる釣鐘を連想させる形だと判るのは、強い日差しに乳房の形が布に浮かび上がっている為だった。
「――ぁ……」
 守崎が隣りに来たのに気付いたのか、少女が小さな声を漏らして顔をあげる。少し沈んでいた表情が戸惑ったものへ、そして困った様な微笑みに変わった。
「母親の姿は見えたか?」
「はい。ちょうどあのバスに乗る所が見えました」
 まだ十七歳で事故翌日で一人ではやはり不安なのか、酷く頼りなげな印象の笑顔に守崎は反射的に少女の身体に手を伸ばしかけ、止める。定石ならば肩を抱くなり唇を奪うなりなのだが、初対面の未成年相手にいきなり出来る真似ではないが、そうしたくて仕方がない。病院内で入院患者に初対面で医者がセクハラなどリスクが高過ぎる上に守崎自身そこまで性欲面で飢えてはいないのだが、何故か物足りなさを感じてしまっていた。
「今日すぐに京都に戻るのではあるまい?」
「はい…これから色々と手続きをして下さるので、恐らく明日の夕方に戻るのではないかと」
「それは随分と忙しないな」
「父が赴任中なので」
 泣きそうなのを我慢している微笑みがくすっと柔らかなものに変わるのを見た守崎の指先で、フェンスが小さく軋む。娘が事故にあっても二日程度で戻るのは病院の完全看護を過信しているか、少女の怪我が大したものではない為か。少なくともこの少女の様子から察すると放任主義や愛情不足と言う事でもあるまい。
「信頼されている病院の関係者としては、見送りが終わったのならば病室から抜け出してきたお嬢様を早く戻さなければなるまい」
「え?」
「少し熱のある唇だ」
 百六十センチ少しだろうか、百八十四センチの長身の守崎と比べれば小柄だが高校生女子としては一般的な身長の少女が男を見上げると少し顎を上げる状態になり、自然と唇を見せる状態になる。白い肌と同じで荒れる気配を微塵も感じさせない小振りな唇を、守崎は指先で撫でた。
 ぴくんと少女の身体が跳ね、そしてそのまま固まる。
 じわりと熱が伝わる唇は予想通り子供らしいリップすら着けておらず、だが指に吸いついてくる様に柔らかく張りがあり潤っていた。平熱よりもわずかに熱い唇と指先をかすかに湿らせる淡い吐息は情事を連想させ、そして男の仕草に頬を桜色に染めて大きく瞳を見開いて強張る少女の初々しい反応に酷く悪戯心が刺激される。
 微かに震えている唇をこのまま奪えば少女はどんな反応をするだろうか、動けずにされるがままか、悲鳴をあげる事が出来るのか、冷静に咎めるか、反応を確かめてみたい。女を揶揄う事も嘲る事も多いが、いつもとどこかが異なる。気を緩めれば不様に勃起しかねない程に精神の奥底が低温で滾ぎっており、その高揚感は難手術が成功する間際のものに似ていた…女や情交にはついぞ覚えた事のない興奮に男は戸惑い、わずかに眉間に皺を寄せた。
「身体に不自由は?」
 身体の隅々まで調べたい衝動がある。ギプスの下の具合はどうなのか、この白い肌に傷がついていないのか、臓器に損傷はないのか…当然事故の検査入院を兼ねているのであろうから行われる予定は立っている筈なのだが、守崎自身で調べておきたくて仕方がない。同僚の老医師を軽んじているのではないが過信しているワケでもない。自分の腕でこの少女を診て治療をしたかった。
「腕が使えないのは困りますが…後は、特に……」
 唇に触れられたままそれから逃れる事も出来ないのか、長い睫毛に縁どられた大きな瞳を頼りなく揺らしながら少女は小さな声で答える。一音紡ぐたびに動く唇の柔らかさに、震える吐息にも似た穏やかで甘く澄んだ声音に、男の背筋を微熱に似た、温かさよりわずかに高い温度のうねりが這い昇る。
 屋上を風が吹きぬけた。病院からすぐの所にある市内有数の広大な公園のものなのか土と植物のにおいと、そして甘い少女の匂いが男の鼻をくすぐり、男の白衣を上質の絹糸を思わせる長い黒髪が撫でる。白い寝衣とカーディガンを風が煽り、ブラジャーを付けていない少女の白い胸元が長身の男の視界に入り、十分発育していると評するには劣情を刺激し過ぎる形よく豊かな乳房の半ばまでが目に映った。女性入院患者は寝巻姿である為にブラジャーなどを付けていない事が多いが、少女のその無防備さは男にとっては盗み見えた幸運と感じるよりも誰かに見られかねない場所での少女の油断として不快なものに思えた。
「風邪をひかれては困る」
 唇から指を離して白衣を脱ぎ、守崎は華奢な少女をそれで包む。長身で肩幅も広い医師の白衣は少女には大き過ぎ、流石に裾を引きずるとまではいかなかったがカーディガンも寝衣も隠れ、白衣からスリッパを履いたしなやかな素足が見える姿は他に何も身に纏っていない状態を連想させ、初々しくも危うい艶めかしさを醸し出す。
 白衣の中に巻き込んだ癖のない滑らかな黒髪を直す時に守崎の指に細い首筋が触れた。細い。男の行為に頬を桜色に染め、わずかに首を傾げて困惑と微笑みの混ざった表情を浮かべながら見上げてくる少女は従順な愛玩動物の様に無防備だった。男にされるがままの女となると軽い女と思えそうだが、少女は逆に一度壊せば元に戻せない硝子細工の様な触れるものに慎重さを要求してくる空気がある。
「あの…先生がお風邪を……」
 白衣を脱げば確かに少し寒いかもしれない外気に、守崎は軽く背を丸め、少女の耳元近くまで顔を寄せた。
「こんな薄着で屋上に出て来る患者が心配するのか?医者である、俺に」
 手の置き場を意識しなければ白衣を纏った少女に触れてしまいそうな奇妙な衝動に、男はフェンスに指を絡める。その体勢はフェンスと自身の間に少女を挟み、逃げ場を奪うものだった。先刻から嗅いでいたかすかな甘い匂いは顔を寄せてより明確に医師の鼻孔をくすぐり、劣情を刺激する…相手に嗅がせる為のコロンとは異なる控えめな花の香りは上気させればどれだけ男を悦ばせるだろう。――ただ揶揄うだけでなく、このまだ男を知らないであろう華奢な少女に憶える欲情を男ははっきりと意識する。
「ぇ……、あ、あのっ……」
 視線を下せば恐らく少女の乳房を覗き込めるだろうが、盗み見るつもりにはなれなかった。少女に自ら寝衣を脱がせるか、男が脱がすか、男の目に晒す事を意識させて嬲る様に行わなければ意味がない…会ったばかりの少女に向けるには不可思議な妄執に近い感覚に守崎はわずかに眉を顰める。どちらかと言えば嗜虐的な性癖であるのは否めないが、手に入れてもいない女相手にあれこれと作戦を練る程落ちぶれてはいないと考えており、そして今までこの様な状態になった事もない。そもそも油断して女に煙草を取り上げられかけたのが意外でならない。
 秋風がそよぐ中、男の口元から首にかけて至近距離にある白い肌の微熱が伝わってくる。形良い耳の薄い産毛がかすかに唇に触れ、腕とフェンスの間で白衣に包まれた華奢な肢体がぴくんと震え、拒むでもなし求めるでもなしのとりとめのない声を少女がこぼす。立派なセクハラ行為だと内心自嘲しつつ男は至近距離で得られる少女の情報――触れるか触れないかの距離の温もりを伝える空気やわずかに密度を増す甘い香りやかすかな息遣いに、見えない手で掴まれたかの様に胸の底が詰まる感覚を覚え守崎は浅い呼吸を漏らす。
「ここに来る事はあまり勧められない。人気が少なく監視カメラからも遠い」
「申し訳ありません、立ち入り禁止でしたか?」
「いや違う、が」
 男の挙動に戸惑っている様子とは異なる真面目な問いに、守崎は笑いを堪える。振り回されきって自分を見失っているかの様でいてしっかりと話は聞いているが、だからと言って冷静に男の悪戯を振り切るだけの積極的抵抗はないらしい…それが無意識に男を誘っているものなのか実は意識しているものなのかが多少気になる所だった。
「居合わせた悪い男に不埒な真似をされるかもしれないとは思わないのか?」
「ここは病院です」
 公共施設での猥褻行為など思いもよらないのであろう、穏やかだが異性との距離に戸惑っている声音が、かすかな震える吐息が耳に心地よい。
「この距離を何とも思わない、と?」ゆっくりと囁きかける唇が耳を掠めた瞬間、びくんと少女の身体が腕の中で跳ねたのも構わず、男は続けて嬲る様に柔らかく息を吹きかける。「いけない遊びに慣れているのか?」
 男女の駆け引き以前のまるで子供のままごと遊びの様な感覚のこそばゆさに守崎は嗤いたくなるが、それもまた楽しいと思う自分がいた。不慣れそのものの少女もやがては手慣れたものに変わっていくのだろうが、今ここで急いて落とす必要もなく、だがあっさりと解放する必要もない。
 フェンスに絡めていた指を解き、守崎は少女の唇をゆっくりとなぞる。柔らかく弾力があるが小さな唇は厚からず薄からず優美な形で、この唇で男のモノを挟み喉奥まで咥え込まされる様子は想像し難い…それは一般的な自分の母親の情交を想像する禁忌感に近い印象だった。処女を相手にした事はあり不慣れさも愉しめると判っているが、どこか勝手が異なる。
「男と付き合った事は?」
「ぁ…、あ……りま…せん……」
 性器で弄ぶ様にじわりと侵食する様に男の唇が白い耳朶を柔らかく撫で、少女を嬲る言葉を低く淡々と囁き問いかけ注ぎ込み続けていく。行きずりの女をホテルに連れ込むまでの駆け引きの愉しみと似ている様でいて異なる、釣り感覚の真剣さと娯楽としての客観性と混ざる様に、腹腔と性器が熱く煮え滾ぎる高揚感と
ぞくりと皮膚が鳥肌立つ程の警戒感が男の精神を波立たせる。
 柔らかな、だが明確でありながらどこか空虚さを伴う日差しの中、業務用である白衣が秋風にはためき、少女の白い寝衣がふわりと医師の身体に絡み付く。腰まで届く漆黒の髪は細くしなやかになびき悪戯に応じるかの様に男の服を撫でる。フェンスを掴む指先と片方の頬で感じる秋の日差しの熱量よりもかすかな、唇に触れる形良い耳の繊細な産毛。
 恐れを含んだ言葉にならない上擦った吐息に誘われる様にゆっくりと男は顔を動かす。
「――人が…、人がきます……」
 寄せられる顔に流石に怯えたのかわずかにギプスの右腕を上に上げ、異性との距離を少しでも作ろうとするが、身長差もあって背を丸める男の身体との間の空間は密着せずとも顔を寄せられる状態だった。
「男とキスをした事は?」
 軽く首を傾げ、守崎はあと数センチと離れていない位置にある少女の唇の火照りを唇で感じつつ少女に問いかける。
「ゃ……、そのような…いやです……」
 フェンスに頭部を押し付け限界まで顎を引いている少女にはもう逃がす先がなく、消え入りそうな声で哀願するがその声音ですら柔らかく澄んだもので酷く男の嗜虐性を刺激するものだった。高く澄んだ声は高圧的な響きを帯びがちだが、この少女の声は威圧的部分が欠片もなく、例えば無力な小鳥のさえずりや、一人の夏の夜長にふと聞こえてくる風鈴の涼しげな音色や、か弱く優しく寄り添う小動物的を思わせる性質である。
 守崎の唇のすぐ先にある少女の唇の震えと動きが空気の揺らぎで伝わり、花の蜜を思わせる甘い呼気に医師自身の煙草の臭いの呼気が混ざり、溶けあった湿った空気が肺に送り込まれる。
 男と交わる愉しみを知っている女ならば何らかの反応を見せそうな状況は確かに少女の不慣れさを感じさせ、守崎の口元を歪ませた。フェンスから解いた片手の指先で少女の頬をなぞり、至近距離の唇を重ねない様に気をつけつつ華奢な顎をそっと上げさせる間も薄く繊細な柔肌の震えは収まらず、無反応とは異なりわずかに顎に加わっている負荷が男の行為への抵抗を意味している。
「おねがいします…、ゆるしてください…そのような……こと……」
「その様な事とは?」
「――ぁ…っ」
 俯いていた顎を上げられた少女の肩から漆黒の髪がさらりと流れ落ち、胸元にあった華奢な手が自らの胸から男の胸へと掌を返しこれ以上の動きを止めさせようとする形になるが、胸板を押し返す事も、いやそもそも男に触れる事すら出来ずにそのまま凍りつく。
「その調子で男を拒めるとでも思っているのか?」
「ですが…、あの…ゃ……やめて…いただきたく……」
「よくも今まで手をつけられずにいたものだ」
「? え…?あの……?」
 言葉の意味が判らないのか不思議そうな声を漏らす少女に男は苦笑いを浮かべる。今この瞬間に唇を奪われかねない状況で男の言葉に耳を傾ける余裕があるのか、今にも崩れ落ちてしまいそうに震えあがり頼りなげなのか判らない。
 顎を上げさせる指先に伝わる小刻みな震えに、男はフェンスに絡めていた指を解き……、
 小さな唇に重ねた。
 重なった瞬間、ぴくんと華奢な肢体が跳ね、そして嵐をやり過ごす様に抗わず従う様に少女の身体が大人しく震えながら立ち竦む。口内粘膜を思わせる程柔らかく弾力のある唇を塞がれたままの呼吸方法が判らないのか、息を止めたままの少女を愉しむ様に強く押し付けては緩め、優しくなぞり、焦らす様に掠らせる。
「ぁ……」
 されるがままの少女から戸惑う様な甘い声が漏れ、男はわずかに顎を引いて口の端を歪める。反射的なものなのか呼吸は出来ずとも瞳は閉じている少女に、男は額を軽く押し当てた。
「目を開けろ」
「?」
 恐る恐るといった様子で長い睫毛を上げた少女の頬が至近距離にある男の顔に真っ赤に染まり、唇を重ね合わせたままで声をかけられた不自然さに気づいたのか遅れて不思議そうに小首を傾げる。
 ふわりと顔を引いた守崎の揃えた人差し指と中指が唇に重ねられているのに気づき、少女は何度か瞬きをした。
「医者が患者の唇を奪うなどあってはならないだろう?」
 頷くべきか揶揄われた事をせめるべきか迷っているのか何度か守崎の顔から視線を逸らせては戻す少女の唇を男の指がなぞり、ぴくんと華奢な肢体が震える。キスまではせずとも淫らな動きで性的な反応を引き出せばその時点で十分に問題があるのだが、少女はそこまで強気に構えられないらしい。
 指先でゆっくりと唇をなぞられ、華奢な肢体がぴくぴくと震え紅潮していた頬はやや赤みが和らいできたものの艶めかしい桜色に染まり上気する。乳房や下腹部を愛撫するものと同じ焦らす卑猥な指遣いに、柔らかな唇がわななきかすかな声が漏れ、戸惑いと羞恥に揺れる大きな黒目がちな瞳が守崎に注がれては切なげに伏せられた。長い睫毛も印象的だが乳児の様な青みがかった白目と光の加減で常盤緑を帯びる深い色合いの黒目が美しい。
「あ…あの……、ぁ……っ…あの……」
 かすかに首を振ろうとする仕草が悩ましく身悶だえる性交渉を連想させるのは、潤みきった瞳と甘く震える声の為だろうか。このまま困らせたくなる衝動に駆られつつ、守崎はちいさく柔らかな唇からゆっくりと指を離した。
 はぁっと緩い吐息を漏らした少女の身体がフェンスと身体の間で力なく崩れかけ、反射的に男は抱き留める。
 ふわりと受け止めた華奢な肢体の軽さと予想以上に豊かで劣情を煽る乳房の弾力だけでなく、少女を腕の中に捕らえたもどかしい充足感に守崎は戸惑う。白衣で包んだ上からでも感じ取ってしまう馴染む感触は女を抱きなれている為のものとは異なり、抱き留める腕の角度も胸板に受け止める頭の小ささも何もかもがしっくりと当然の様に収まり、そして男の全身を熱く滾ぎらせる。
 晩秋の屋上を吹き抜ける風が物干し場のシーツをはためかせる音が守崎の耳に届くが、それよりもはっきりと腕の中の少女の早鐘を打つ鼓動が指先や指先から伝わってくる気がした。
「ぁ……っ、も、申し訳ありません……」
 かすかな身じろぎはあるが、少女が激しく抗がう気配はない。
「どうしたのかな、お嬢さん」
「脚に…力が入らなくて……だ、大丈夫なのですが…。ぇ…?ぁ……力が……」
 病状を懸念させない様に言っているのだろう、恐らく悪戯のせいで腰が抜けたといった所だと男には想像がついたが少女は自分が何故力が入らないのか判らないらしい。だが同時に事故での入院である以上何らかの異常の可能性も否定出来ない、が、まさか揶揄った結果腰が抜けたのであればここで騒ぎだてて原因を追及された場合の言い訳が難しく思え、医師はわずかに目だけ空を仰ぎ見る。午後の病館回診までは小一時間といった所だろうか。
「大事にしたいか?」
「は…?え、あの…親を心配させる事でしたら御遠慮いただきたいのですが、どの様な……?」
 男の腕の中でさして力も入れられない為体でありながら軽く首を傾げて視線を上げようとする動きが伝わり、手の甲を撫でるしなやかな黒髪の感触が堪らなくこそばゆい。
「……。佐々木先生の面子を潰すのも何か」
 検査データならば診察室などの端末で閲覧出来るが、担当医以外が検査などを加えるとなれば些か領分を超えてしまう問題に守崎はやや大きく息をつく。しかし昨夜搬入の事故患者が急な歩行困難となれば移動は車椅子かストレッチャーの使用が基本なのだが、しかしまだ初な小娘を軽く色責めして腰を抜かさせてしまっただけならば大袈裟以外の何物でもない。
「骨折個所を含み、身体の痛みや痺れは?」
「? あ、はい、軽く全身を打ちましたので痛みは少々ありますが…右腕以外は強い痛みと言う程ではありません。痺れはありません」
「……」事故で軽くとはいえ全身を打った翌日に病院内を歩く少女に医師は軽く眉を顰める。「佐々木先生は安静を申し付けなかったかな?」
「ぁ…の……、検査入院と……、申し訳ありません…おっしゃっていました……」
 叱られた子猫の様に華奢な身体を縮込まらせる少女に医師はわざと伝わる様に大きく息をつく。びくんと腕の中で固まる少女の表情を眺めてみたいと考えつつ、守崎は口を開いた。
「ストレッチャーか車椅子で病室まで運ぶのと、もう一つの方法とどれがいい?」
「え、え…あまり目立つのもご迷惑をおかけするのも控えたいのですが……」
「ならば大人しく寝ておくべきだったな。――秘密主義を咎めるつもりはないが、症状固定後に後遺症が出て迷惑を被るのは自分自身と家族なのだと肝に命じておくべきだ」
 通常、この程度の年齢の患者に対してはもっと柔らかく丁寧に話せる筈なのだが、守崎の口から出る言葉は自分と互角な患者以外の同等な相手への遠慮のない言葉になってしまっている。それを自覚しながら、何故か守崎はそれを直せない。
「後遺症…残りますか?」
 かすかに硬い怯えた口調の少女の問いに、華奢な肢体を抱きとめたままの守崎の上半身がほんのわずかに弧を深める。
「担当医でもない上にカルテを見ていないのでは何とも言えないが、事故後の精密検査も済ましていないのならば大人しくしておけば間違いはない」
「はい…、ありがとうございます」
「――この状態ならば歩いて病室に戻れまい。だがベンチに座らせておくのも外の風が身体に触る…どうしたい?」
 医者として何も出来ていない状況で言われる感謝の言葉に、医者と患者の距離感を保てていない自分に微妙な苛立ちを憶えながら守崎は腕の中の少女に問いかけた。医者としてはまずは少女をベンチに座らせてから車椅子を階下から運んで病室に連れ帰るべきであって他の選択肢はない。
「少しベンチで回復を待って戻ります」
 如何にも少女らしい返答に守崎の口元がかすかに上がる。
「痛みが痺れが出た場合はすぐに教えろ」
「はい。――え…、きゃ……っ」
 男の命令口調に何の抵抗を憶える様子もなく澄んだ声音で応えた少女が、ふわりと抱え上げられて小さな驚きの声をあげた。両膝の裏と背中に腕を回し抱き上げる体勢は所謂ウエディングキャリーであり、男が女を抱き上げる体勢としてはありがちだが患者を車椅子などに運ぶ際にも一応使われるものである。しかし抱えられた少女は一瞬の驚きの後陶磁器を思わせる色白な顔を耳まで上気させ、戸惑う様に視線を逸らせて華奢な肢体を強張らせた。
「運んでいる間は危険だ。暴れるな。あと、俺に体重を預けて力を抜け」
「は、はい」
 気恥ずかしげに視線を合わせられない様子の少女だが、守崎は顔を見つめられずに済む事に安堵している自分自身に気づき軽いもどかしさを憶える。薄手の寝衣と白衣を含んでも四十キロ台半ばであろう軽い身体は確かに女を抱き上げている重みの自覚に繋がるが、同時に今この少女を抱いているのは先刻の微睡みの続きの夢の中の様なあやふやで脆いものに思え、少女の膝の裏にある指がかすかに動く。
 ふわりと風が煽り、少女の柔らかな甘い香りが男の鼻孔をくすぐり、早い鼓動が伝わってきそうな落ち着きなく彷徨う視線が不意に男のものと交わり、そして、恥ずかしげな柔らかな笑みを浮かべて小首を傾げた後、少女は長い睫毛を伏せて男の視線から逃れる。清楚可憐そのものな反応に純粋に感心するのでなく、他の女と同じで弄び嬲り貫き犯せばよがり狂う牝ある己に目覚めていないその初々しさをあざといとすら感じ、どくりとどす黒いものが動悸と共に身体を廻るのを男は感じた。男の内心に気づかない少女が恐る恐る身体を預けてくるのを感じとった瞬間、それが熱を帯びて腰から背筋を焼く。
 この上なく丁寧に扱いたい感覚と、今この場で寝衣を引き裂き獣の様に貪り尽くし蹂躙し征服したい衝動が混ざり、男はその不快感を振り払う様に歩き出した。

 少女の個室は新館の個室の中でも上位のものだった。大きなクローゼットやTVやユニットバスも付いており便利で快適ではあるものの、基本の合部屋とは異なりかなりの差額が発生するそこは空いている場合が多く、急患で入院する場合は合部屋のベッドが空くまでやむを得ず使用する事が多い。だがそんな一般的な入院患者の使用状態とは明らかに異なる、一見して女子高生への見舞いにしては高価過ぎる大きな花籠が医師の目に映る。他に二つ、上品な物と極ありふれた物と、そして失敗作の鶴の折り紙が一つ。旧館の屋上から人目に付かない場所を選んで歩いてくる間に聞いた事故関係者からの物と少女の母親からの物、そして少女がかばった子供からの見舞いなのだろう。昨夜の緊急搬入で私物などが揃っていない病室はそれら以外はサイドテーブルの上の小さな腕時計くらいしか見つからない。
「後で母が家から必要な物は持ってきてくれる予定なので…。あ、あの…ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
 男の視線に気づいたのかちいさな声で少女が言い、看護婦に見つからない様に病室に戻った安堵からかふぅと漏らす息の後、何度も繰り返されている謝罪の言葉を続けて口にする。
 規定により基本的に開け放たれたままの個室扉と病室内を隔てるパーテーションを肩で押して戻し、医師はベッドに少女をそっと横たわらせ、その頭を置いた枕の横に手を突く。
「気にするな。――身体は?」
 病室に戻った以上誰かに見咎められる事はないのだが男の声は潜めたままだった。午後の日差しの降り注ぐ病室はカーテンは寄せられブラインドを上げている為に明るく、男の腕の影が少女の顔にかかる。豊かな漆黒の長い髪がシーツの上でうねり、移動の間中胸板に重なっていた豊かな乳房は横になってもなおさして形を崩さないまま寝衣の胸元からその上端を覗かせている、
 まだ動けないままと知っている少女の無防備な肢体に男は手を伸ばし、軽く上半身を抱え込み身体の下に敷かれていた髪を整え、少女を包んでいた白衣をゆっくりと解く。胸板に頬を埋める形になる少女のかすかな戸惑いの吐息のぞくりとする程初々しくも艶めかしい響きに、男の口の端がかすかに上がる。
「身体は?」
 再度の男の問いに、全身を上気させた少女が小さく首を振ろうとした。
「あの…、まだ…あまりよく力が入らないのですが……、で、ですが、痛みと痺れはありません」
 人目を気にして職員用エレベータを使い極力振動を与えない様に神経を使ったものの、車椅子の安定性とは比較にならない。腰が抜けているだけであっても少なくとも右腕の骨折には多少響く筈なのだが、その苦痛を口にしない少女に男は息をつく。腰が抜けてしまう程、軽い悪戯に反応した身体は痛みよりも刺激に集中してしまったのか、時折見る少女の落ち着きなく視線を彷徨わせる瞳はしっとりと潤み、桜色に上気する柔肌は甘いにおいを漂わせている。肩から白衣を剥いだ瞬間、華奢な肢体がぴくんと揺れ、ちいさな声が漏れ、そして華奢な撫で肩からカーディガンと寝衣がするりと落ちた。
「ぁ……っ、いや……」
 ほんの少しだけ露出した滑らかで薄い肩と鎖骨から片方の乳房にかけては、清楚な顔と同じ様に上気し、そして胸板に擦れている時から伝わっていた頂きの硬いしこりは唇よりも淡い鴇色に染まっている。硬く立った状態であっても少女自身の小指の爪程もない小さな乳首だった。ぴくんと揺れる事しか出来ない脱力しきった身体に今にも泣き出しそうな表情をする少女は、守崎が寝衣の肩を直す間も布の擦れる感触にかすかに身体を震わせ続けていた。
 手触りのよい寝衣を指先で摘まみ、甘いにおいを放ちそうな滑らかな柔肌をそっと覆う様に上げる布で撫でる。骨格自体が華奢で首も肩も細く頼りなく外国の本の妖精の絵を連想させる身体でありながら、屋上で透けて見えた通りの豊かな乳房は釣鐘の上部も柔らかな弧を描く形で膨らみ、下部の曲線は十代特有の張りを保ちつつ男の手が馴染むであろう重量感を漂わせていた。男の守崎の手で掴んでもなお指からこぼれそうな淫らがましい乳房だが、乳綸や乳首の色も大きさも控えめ…いや初々しい子供の様な作りをしており、男に磨かれるのを待つ花の蕾を連想させる。
 その乳房を布が撫で上げる。
 びくんと守崎の腕の中で少女の身体が震え、甘く柔らかな声が切なげに零れた。
 上質な布とレースがふわりと覆う形でなく下から乳房をゆっくりと持ち上げる形で動き、まるで男の手で下から掬い上げられ愛撫されているかの様に乳房を上へと撓ませる。ベッドの上で形よい足の指先がもどかしげに揺れ、少女自身の意識では満足に動かせもしないちいさな踵がシーツにかすかな皺をつくり、潤みきった黒目がちな大きな瞳に涙を溜めさせて、戸惑った様な甘い吐息を漏らす。
「は……ぁ!」
 ちいさな乳首がレースに掛けられた瞬間、少女の全身が更に熱を帯び切なげに震えた。ちいさな唇からこぼれる吐息は湿り気を増し、少女の全身から漂う甘い花のにおいが緩やかな波の様に男の鼻孔に寄せられるそれはよい酒を飲んだ時の心地よさに似ている。
 布とレースを痛みを与えない程度に乳房に圧迫させ、ぐいと上へ引き上げると可憐な乳首が捏ねられ上へ倒され、少女が男の腕の中で嫌いやと訴える様にぶるぶると首を左右に振るが非難の言葉はその唇からは紡がれず、刺激に困惑する不慣れな処女に相応しい戸惑った甘過ぎる声にならない声が男の耳をくすぐった。男に開発される前にも関わらず堪らない反応を見せる乳房に、ただ布を上げるだけでなく悪戯心が布を左右に軽く揺さぶらせてしまうが、それにも少女は男を愉しませる切なげな風情で応えてきた。布でなく指でじっくりと捏ね回し、舌で転がし、歯で甘く噛み、意図して音を立てさせて充血する程強く吸いつけばどれだけ狂おしい反応を見せるかを期待させる敏感な乳首であり、そして美しい形でありつつもそれに劣らない卑猥な乳房である。
 強く押し上げられ倒させていた乳首に食い込んでいたレースが限界を越えて通り抜け、しばし布に擦られる刺激の余韻が続いた後、少女がまるで軽く達した後の様な緩い息を全身でつく。そのまま寝衣を肩まで直す間も無防備そのもののしどけない風情でぼんやりとする少女は男の悪戯を咎める様子はなかった。
 そのまま安堵したのか恥じらっているのかきつく瞳を閉じて胸板に埋もれる少女を嬲る様に、男はゆっくりと布が擦れる感覚が伝わる形で白衣の上半身を解き、そして腰が乗っている部分を剥ぐ為に少女の腰を抱く。
「ぁ……っ」
 かすかな、だが引き攣った甘く熱い吐息がちいさな唇から漏れる。
 薄い夏物の寝衣の下の下着と、小ぶりな尻肉の感触、そして骨折による微熱とは明らかに異なる秘めやかな火照り。指の背で白衣の布を引きながら小さな腰から脚へとなぞる中指と人差し指に、力を込められないにも関わらずぴくんぴくんと柔肌に走る震えが伝わってくる。まだ男を知らないであろう身体であっても敏感さは人一倍なのか、それとも自慰は既に憶えているのか、寝衣の外側からでも伝わってくる熱い湿り気を暴きたい衝動に駆られながら、男はするりと白衣を抜いて少女を横たわらせた。
「足腰に痛みや痺れは?」
 白衣を手にベッドの横に立つ守崎の目に映る少女は、直前までの刺激で自分に何があったのか判らない様な呆然とした…いやまだ余韻に浸ってしまっているらしいとろんと甘く蕩けた無防備な姿で小刻みに息をついている。悪戯をした相手に向けられた瞳は焦点を結んでおらず、薄く開いた唇と上下する胸元が艶めかしい。
 と、不意に少女の顔が羞恥に染まり、恥ずかしげに視線が逸らされた。
「あ、あ…、あ…の……、まだ…あの……、まだ…動けない……です…身体が重くて……、あ!あの、運んで下さってありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 何とか起き上がろうとしているのかベッドの上でかすかに足掻く華奢な肢体に、守崎は軽く笑う。
「起きる必要はない。ただ何か支障があれば問題だ」白衣のポケットから財布と万年筆を取り出し、名刺の裏に守崎は二つの番号を書いてサイドテーブルの上に置いた。「迷惑ではないついでに、何かあればこの番号に連絡をすればいい」
「え……、で、ですが……」
「人にものを頼むのが苦手だろう。完全看護なのだから困った事があれば看護婦を呼べばいいが、我慢しそうだからな」
「……」咄嗟に答えられない辺り自覚があるのか困った様な表情をした後、また恥ずかしげに少女の視線が逃げる。「ですが看護婦さんより先生の方がお忙しいのでは……?」
「当然、診察や回診の間は呼ばれても即座に応える事は出来ない」
 恐らく少女が教えた番号を使う事はないだろうと思いつつ、男は軽く乱れている寝衣の胸元を指先で整えた。今日会ったばかりの医者の携帯番号に連絡をとる位ならば普通は看護婦に依頼する方がハードルは低く、男もこの様な形で患者に連絡先を教える事など皆無であり、二十年前後の間で何十人といた情交相手でも番号を知らせた女は三人だけある。何故、この少女に番号を教えたか、守崎自身納得出来る答えが思い当たらない。
 気恥ずかしげに視線を逸らせていた少女がおずおずと男を見上げ、わずかに表情を和らげる。
「あの…、本当に、ありがとうございます」
 腰を抜かした理由がまだ判らないのか男の一連の行動を善意と疑わない少女に、ゆらりと動いた男は少女の枕の横に手を突いた。
「室生、瑞穂」
「? 何故名前を……?」
 男が流した視線の先にベッドの枕元にかけられている患者用ネームプレートがあるのを思い出したのか納得した表情の少女に、男は軽く肘を曲げる。
「医者が患者を助けるのは当然だ。――それでもまだなお礼を言うのか?『その様な事』をした男に」
 屋上での行為を思い出したのかわずかに白さを取り戻しかけていた柔肌が再び桜色に染まり、戸惑った様な表情で少女は男を見上げ、そして視線を逸らす。
「ですが…あの……先生は…、なさいませんでしたので……」
「何を?」
 男の言葉に少し困った表情を浮かべ、何度か唇を動かして言葉を紡ぎかけてはそれをやめる少女に、男はちいさな唇に指先を添えて柔らかなそれをゆっくりと触れるか触れないかの焦らす仕草で左右に撫でた。ぴくんと身体を震わせる少女の目尻がほんのりと染まり、悩ましくも初々しい表情のまま甘く潤んだ不定期な吐息が指を湿らせる。んっと詰まった声の後、わずかに緩んだ唇に男は中指の先を滑りこませた。撫でられるだけでも不慣れな状態に指を咥えさせられるとは思わなかったのかびくんと身体を震わせた少女は一瞬男に許しを乞う様に濡れた瞳を向けた後、気恥ずかしそうに長い睫毛を伏せた。
 爪の中程までの指先のわずかな部分にしっとりと濡れた少女の口内の粘膜を感じながら、男は緩やかに指を前後させつつ、薬指で唇をそっと撫で回す。
「まだ返事を聞いていなかったな。――キスをした事は、あるのか?」
 切なげに唇を蹂躙される少女に問いかけるものの、指のささやかな抽挿を受けるだけで精一杯なのか切なげに柳眉を寄せベッドの上で足と手の指でもどかしげに宙を掻き乱れた呼吸を繰り返すだけの少女に、男は悪戯心を酷く刺激される。
「答えないのならば、気軽な礼としてお前の唇を奪う」
「ゃ……、ぁ…っ……まだ…っ…ぁ……っ…まだどなたとも……して……ぁ…んっ…していません……っ」
「何を?」
「キ…キス……です…、ぃや……っ…あ…ぅ……んっ…いや…いや……っ」
 少女が緩く首を振るがそれは男への拒絶と受け取るには無力で溺れきった甘い響きが強過ぎた。と、言葉をようやく紡ぐ少女の舌が口内の指先をちろりと舐め上げ、びくりと濡れた瞳が見開かれる。
「ぁ……」
「男の指を舐めるとは、随分といやらしい小娘だな」
「ぁ…ぁあ……そ、そんな……そんなことを…する…つもりでは……」
 懸命に言い逃れしようとする少女に男は冷めた表情で嗤う。話そうとすれば当然舌も唇も動き、指に触れてもおかしな事などないのだがそれを卑猥な悪戯へ応じたものと感じてしまった少女の不慣れさは男の嗜虐心を煽り、男の行為を次の段階へと進ませる。
「まだ男と付き合った事もキスもした事もない小娘が大胆な真似をするものだ」
 ゆっくりと姿勢を変え、守崎は片方の膝を少女の脚と脚の間に軽く乗せた。細かく言えば、脚と脚の間ではなく、少女の下腹部のすぐ下の寝衣のわずかな窪みに。
 少女の悲鳴に似た甘い嗚咽を聞きながらゆっくりと膝を前後に揺らすものの、合わせている膝が簡単に開かれる事はなく、下腹部に膝が当たるのだけを避けて動く膝に少女は男に何かを訴える視線を時折注いでは膝で内腿を擦られる刺激にびくびくと全身を震わせて声を漏らす。
「もうしわけ…ありません……っ、せんせ…ぃ……もうし……ぁ……っ…ぁ……んっ…ん…ぃゃ…ぁ……っ、ふぅ……っ…もうしわけ……ぁ…りま……」
 ちゅぽと音を立てさせて男は中指を少女の口内に挿入させた。びくんと大きく震えた少女の口内が柔らかく温かく指先を包み、周囲の粘膜の滑らかさとは異なる舌の軽いざらつきを整える様に男は指先で軽く掻く。声をあげる事も出来ずに口内と唇と内腿を弄ばれる少女を晩秋の日差しが照らし、かすかに身を捩る少女の胸元では柔らかな白い布を小粒な乳首が痛々しく突き上げているのがはっきりと見て取れていた。徐々に、ゆっくりと、少女が足掻くたびに男の膝が脚の間を割り、寝衣の窪みが深まっていく。スラックス越しにも少女の火照りが伝わってくる。体重を預けてしまえば強引に割ってしまうであろう内腿の空間を必要以上に怯えさせない様にゆっくりと割っていく男に、少女が時折縋る様な瞳で見上げてきては、刺激と羞恥に乱れ、甘い反応を繰り返す。
 衣擦れの音と少女のささやかな喘ぎが晩秋の病室に篭り、甘いにおいが濃密さを増していく中、少女の柔肌がかすかな汗に湿り、男の指先で弄ばれる舌が堪え切れずに不定期に小さく動きくちゅくちゅと淫猥な水音を立てる。びくんと震える華奢な肢体は怯えと拒絶を示すには緩慢で拙く切なげな動きを見せ、指に捏ね回されるままだった舌が無意識だろうかひくひくと揺れ、小さな舌先が男の指を撫で、震える唇が指に軽く吸いつきちゅぽんと可愛らしい音をあげた。緩やかな動きは徐々に一定のリズムと動きを刻み始め、指を男性器に見立てた淫蕩な抽挿の意味に気づいてはいないのか、伏せた長い睫毛の奥から溢れた大粒の涙が頬を伝い落ちていく。
 やがて脚の間を割っていた膝がベッドまで降り、男は口の端を歪ませてわずかに膝を前へほんの少しだけ繰り出した。
「あ……ぁあ…んっ!」
 乳房以外は男の力で簡単に手折れてしまえそうな華奢な身体でありながら、下腹部の丘は男の予想よりも柔らかく膝を受け止める。甲高い喘ぎ声と震えの後、少女は初めて見せる怯えきった思い詰めた瞳を男に向け、痙攣の様に首を左右に振りたくった。
 男の指がゆっくりと口内から引き抜かれ、少女の唾液の糸を短く垂らして途切れる。
 膝を押し当てたまま覆い被さる形の体勢のまま、男は少女へと顔を寄せた。
「これでもなお、お前は俺に礼を言うつもりか?」
「――せん…せい…は……、キス…を……しないでいて…くださいました……」
 怯えきったままの瞳で男を見つめ返す少女の滑らかな額を男の濡れた指が撫でる。
「既に十分な報酬ではあるが…そうだな、舌を出せ」
「? はい……」
 男の行為に怯えた直後だというのに素直に小さな舌を出した少女に、男が顔を寄せて舌を舌先で舐め上げた。
 びくんとはっきり震えた少女の髪を耳の脇で片腕で抑え込み、片手で額を撫でながら、男は震える舌を繰り返しゆっくりと舐めあげ、擦り立てる。ほんの少し顔を突き出せば唇が触れてしまうだろう距離で舌が重なる濡れた音が立ち、男の膝を華奢な脚が頼りなく挟みこみ、身体のかすかな震えが下腹部から膝へと伝わった。散々指で弄ばれて濡れた少女の舌に絡みついている唾液が男の舌に堪らなく甘い。
「動けば、唇が勝手に事故で重なってしまうぞ」
 わずかに舌が離れるタイミングで告げる言葉に、少女は答える事も応える事も出来ないまま舌を差し出し続けていた。
 くちゅくちゅと、舌が小さな範囲で擦れ続け、煙草の臭いの残る男の唾液が少女へと伝い、とろんと放心した様に薄く口を開いている少女の口内へと落ちていく。煙草の臭いを嗅ぐ事はあっても味は知らないであろう少女の身体が小さく震え、そしてしばらくの間の後、至近距離でなければ聞こえない嚥下の音が男の耳に届いた。

 院内用携帯電話のアラーム音が鳴りだすと同時に男はそれを止めた。
「――もしも身体に何かがあれば俺を呼べ」
「はい……」
 ベッドの上に華奢な肢体を横たわらせたまま頬を桜色に染めてぼんやりとしている少女がかすかに頷くのを横目に、男は白衣に袖を通しベッドに背を向ける。
 片膝に残る熱の余韻の生々しさと甘い移り香は適温に調整されている病室の中でも男の背筋をぞくりとざわめかせた。淫行と呼ぶにはあまりにも子供染みた戯れだが、脳や腰や肺の奥が低温で焙られ続けた様な何かをせずにはいられない様な不快感に近いうねりに飲まれている。何をしたいかは判り切っていた。だが、一方的なそれをするつもりにはなれない…少女の怯えきった瞳だけで引いてしまう自分に驚き、苛立ちが更に激しく臓腑を焼く。いや、ただ悲鳴を上げられるのが面倒なだけなのだと思いなおそうと自分に言い聞かせようとするが、少しも焦燥感は軽減しない。それを癒せるものがあると本能が訴えていたが、振り払う様に男は廊下へと向かう。
 腰が抜けるまではいかなくなったものの脱力しきった無防備な身体は、指を絡ませ枕元に押し当てた左手もそのままで男に情交後を連想させる。
 次に、と口を開きかけて男は口を歪めた。
 女に求められる事に慣れてはいても女を求める事には慣れていない…ましてや淫らな行為の後に後ろ髪を引かれる事など。
 背を向けた男に少女が切なげな視線を注いでいたのは、中途半端な行為への物足りなさなのか、無垢な身体に牝の疼きを刻みつけた男への咎めなのか。それを確認する時間と意欲が男には欠けていた。確かめてみたい意識が皆無ではない、だがこれ以上少女に媚びる様に確認を繰り返す己の姿を想像しかけた時点で屈辱感が全身を駆け巡りそれを踏み止まらせる。
 離れた後も残る余韻に、男の眉間に皺が寄った。
 この後少女が医師の悪戯を看護婦に訴えるか、羞恥に嘆くか…前者は職員として確かに問題があるが今までの経験ではよくある危ない火遊びであり相手の心情など知った事ではない、筈だった。たかが十七歳の少女に、わずか一時間程度の面識の女に、今までのあり方が揺らぐ。到底認める事など出来ない屈辱、いや、屈辱を感じる自分自身にも男は違和感を憶え苛立ちを募らせる。
 ぞくりと背筋を這い昇る未知の感覚に、男は白衣の中で掌に爪を深く食い込ませた。

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