2019余所自作24『幼馴染との事前入浴』

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 シャワーの音が聞こえる。
 バスバブルを勢いよく一瓶の半分まで投入した湯は泡塗れで多分その層三十センチといった所だろうか。リゾートホテルのスイートルームに相応しいとても広いジャグジーは一人で浸かるには広過ぎて、家族全員が一気に入れる家族風呂に近いかもしれない…当然、誰か他の人と一緒に浸かるのにも十分だろう。
 ふわりと漂うバラの匂いが濃いのはバスバブルを入れ過ぎた為かもしれない。広い浴槽を埋め尽くす泡を眺めながら、彩音は少し息をつく。――幼馴染に見られている淫らな下着は、当然今身に着けていない。脱がされそうになった為、慌てて自ら脱いで逃げる様に浴槽に飛び込んで、そして今に到っている。
 幼馴染がシャワーを浴びている音を、背後に聞きながら。
 自分は何なのだろう。援助交際で処女を失う覚悟はしっかり出来ている筈なのに、今はぐらぐらして何もかもが空回りをしている。接吻は、嫌ではない。抱擁も、嫌ではない。だがそれから先が、怖い。いや相手が見知らぬ小父様ならば多分その両方ともが嫌でも何でもなく仕方ないで諦めていただろうと思う。その程度の覚悟は、諦めは、ついていた。それなのに相手として現れたのが幼馴染だと判った途端に取捨選択が出来た自由な日々を惜しむ様に一気に色々な迷いが出てきてしまった気がする。母親の入院費、身体もだが心も弱い優しい母親を守る為に、父親を少しでも助ける為に…いや判っている。両親が知れば悲しむ事も、この選択が馬鹿な事も。
「彩音。いい?」
 質問と言うより確認するかの様な声の後、幼馴染がゆっくりと湯船に入ってきた。ゆらりと浴室の空気が揺らぎ、自分が入念に洗ったのと同じシャンプーとボディシャンプーの匂いがすぐ近くから漂ってきて、彩音は気恥ずかしさに視線を逸らす。
 丁度良い温度の湯の中で、すぐ近くに幼馴染の身体があるのが何故か伝わってくる。恥ずかしい。何故覚悟を決めていたのに恥ずかしくなるのだろう。身近だからだろうか、それとも物心が漸くついた頃から知っている人物だからなのだろうか。一番昔の記憶の園遊会の時から憶えている。三歳年上の、ちょっと我侭を言っても許してくれる付き合いのいい『お友達』。それなのに……。
 ベッドの上での激しく貪る様な接吻と、強く抱き締めたかと思ったら壊れ物の様に体重をかけまいとする腕の逞しさを思い出し、湯の中で彩音の体温が更に上がる。
 風呂に入っていないからと言い逃れたが、青年はしっかり身体を洗ってしまった。次は何を言えばいいのか、いや、そもそも自分がどうしたいのかが判らない。多分、結ばれるのは、嫌ではない。いや、処女を捧げられるのがこの幼馴染でよかったとすら考えている。だが、それなのに、怖い。自分は誰ででも怖いのだろうか?いや、多分、違う……。
 広い浴槽に勢いよく湯を注ぎ続けていた蛇口からの水音が、不意に止んだ。
「……」
 しんと静まり返った浴室の中で、暫し時間が流れる。
 そして、不意に、静かに幼馴染が彩音の肩に手を添えて、唇を重ねてきた。
 ただ触れるだけの接吻だけでは済まないのはもう知っている通りに、少しだけ甘く囁く様に唇を重ねた後、ゆっくりと口を開き、深く重ねられ唇や舌や口腔粘膜だけでなく吐息すら貪る濃密な接吻へと移っていく。嫌いじゃない。嫌いじゃない。嫌いじゃない…それどころか、ずっと続けたいくらいに、気持ちがよい。童貞ではあっても接吻には慣れているのだろうか?若い肉食獣が獲物を貪る様な荒々しさと激しさがあるのに、堪らなく優しいと感じる瞬間が多くて、彩音は憶えたての接吻に溺れていく。唇が、舌が、蕩ける。不意に、愛しそうという表現が頭に浮かぶ。
 ちくん。
 先刻もあった胸の痛みが接吻の最中にはしる。幼馴染は他のどんな女性と接吻してきたのだろう。自分は、この先、知らない人とこんな接吻をするのだろうか。愛しそうなんて、何でそんな言葉が思い浮かんでしまったのだろう。
 はぁっと熱い吐息が漏れて、唾液が糸を引く。少しだけ離れた顔に、幼馴染の顔を彩音は至近距離で見てしまう。精悍な、男の顔。昔から顔立ちは整っていたけれど男らしい引き締まった顔に胸がどきっと高鳴り、視線を逸らそうとすると剥き出しの首筋や肩が見えてしまって顔が更に熱くなってしまう。
「彩音。――怖がらないでくれ」
 湯の中で幼馴染の腕が動き、彩音の身体が向き合う形で腰の上に乗せられ、抱き寄せられる。
「――!」
 熱い。温かな湯の中で、彩音の下腹部に重なっているモノが、熱い。硬い。何だろう、かなり大きなモノが、ぴったりと挟まっている…麺棒、ペットボトル、手摺…色々と太くて長くて大きな物が頭に浮かんで恐慌状態になる彩音の頬を幼馴染の濡れた手がそっと撫で、そして再び唇が重ねられた。湯の中で腰と胸が重なり、肌が密着する中、青年の腕がしっかりと力強く少女の身体を抱き締める。本気を出されたら抵抗など一切通じないであろう、彩音の身体をすっぽりと包み込んでしまう広い肩と思ったよりも厚い胸板、貧弱さなど欠片もない、綺麗に筋肉のついた身体。これなら、処女を捧げてもきっと後悔しないと思いながら、油断をすると胸がちくんと痛むのは何故だろう。何故、愛しそうと、今も感じてしまうのだろう。
 はぁっと熱く甘い吐息を繰り返し零しながら、彩音は青年の貪る動きに合わせて舌を拙く動かし、抱き締められるままに身体を預ける。
 時間が止まってしまえばいいのに、と思いながら。

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