「いのーしゃん…もっろちゅーひへふらはひ……えりょいちゅー…しゅき」
蜂蜜声令嬢の泥酔台詞を訳すると恐らく『伊能さんもっとチューして下さい、エロいチュー好き』となる。
だが省吾は件の彼女にエロい接吻をした事がない。つまり別枠でエロい接吻を経験済みの可能性大。――好きな男とやはり済ませているのかと考えると虫除け用偽彼氏としては本物がどうにかしろと言いたくなる。大体何かある度にホテルにダブルかスイートが省吾の名前で確保してあるのもおかしい。令嬢の醜聞を考えれば虫除けであっても同衾させるのは悪手としか言い様がないのに例の支配人が妙に懇切丁寧なのが落ち着かない。タキシードにしてもサイズを伝えさせられる前に誂えた様な物が準備をされていたのもおかしい。
住む世界が違い過ぎる自覚はあるのだから、本気で熱を上げる前にとっとと戦略的撤退をさせて貰いたい。
ん…んふ……っと甘く蕩け切った声が至近距離で漏れる。薄暗く照明を落としたベッドの上でパールホワイトのドレスは背中の紐を解かれ乳房を露出したそれは緩み切ったコルセットと言った方が近い。床に落ちていたのを回収したオーバースカートのないドレスはどうにか腰の前後を隠しているだけに過ぎず、だらしなくウエストの辺りに纏まってしまっている状態は非常に煽情的だった。両の乳房も剥き出しだが、揃いのパールホワイトの下着は愛液でねっとりと濡れて下腹部の付け根の構造を透かしてしまっている。
悩ましい姿の彼女の横で添い寝しながら省吾は緩やかに愛撫を繰り返す。外は雨。静かな部屋に蕩けきった甘い吐息と衣擦れの音とくちゅくちゅと軽い水音が響くだけである。まだパーティーは終了していない時間であり、彼女の酔いを醒まさせて送り出すべきだとは思うのだが。
横寝の体勢で僅かに形を崩したけしからぬ豊かな乳房を柔らかに揉みしだきながら、省吾は身悶える彼女の唇を再び奪う。深く重ねぬるぬると滑る口内粘膜を舌先で舐ると、口内と小鼻から堪らなくいやらしい喘ぎ声が籠る。あんっ…ぁぁんと子猫が甘える様な声が舌先と粘膜をじんわりと伝わり脳を酩酊させる…元から好みの蜂蜜声が麻薬に変わり、底無し沼に似た快楽に汚すと拙い借り物のタキシードを脱いである省吾の隣で淫らに彼女が身悶える。
――酔っているなどと言い訳が出来ない程度しか飲んでいない。彼女は乾杯+α程度で完全に泥酔してしまっているが省吾はこの程度ではほろ酔いすらならない。自分の意思で彼女を穢していると、判っている、だが、止められない。
素面ならば接吻か愛撫のどちらか一方でも気を失ってしまいそうなキャパシティの小さな彼女は、酔っているせいで柔軟に男に翻弄されている。今までの酒癖から考えて今回のこれは彼女の記憶には残らない、だからこその悪戯であり、卑怯だとは判っている。
接吻くらい、してもいいのではなかろうか? 狭い場所で啄木鳥の様な勢いだけの子供じみた唇の奪い方をしてきた彼女に唆されたとは言い難い。
接吻の間の息継ぎも覚束ない彼女にそっと唇を離すと唾液の糸がとろりと伸び、あん……と物欲しげな極上の甘い喘ぎ声が零れて潤み切った瞳が省吾を見つめてくる。
「いのーしゃん…えりょいちゅー……きもちいー……」
それは何よりで。そう軽く返そうと頭の隅で考えながら省吾は彼女の唇に軽く口付ける。軽く重ねてすぐ離すだけの接吻を繰り返し、手一つ分だけ顔を離して額を指先で柔らかに撫でるとやや怪訝そうに彼女が唇を尖らせた。
「……。ちゅー」
美味しい事を憶えると歯止めが壊れる可愛らしくも困った性分の成人女性に、省吾はくすりと笑う。いや笑い事ではない。あくまでも偽彼氏でしかない自分相手にこの子は何をやっているのだろうと呆れるし、そして本命に同情を禁じ得ない。これはかなりに浮気と言っていいのではなかろうか、少なくとも自分が好意を持たれている側の男ならば拳骨を頭に落としてしまいたくなる…実際に暴力にならない程度に力加減はしてしまいそうだが、だがかなり腸が煮えくりかえりそうな気がする。そして相手に強烈に報復しかねない。
「こわ」
ぼそりと呟いてしまった省吾に彼女がこてりと首を傾げた。上流階級の報復など考えたくもない。
「いのーしゃん?」
「いけない事をしている自覚はある?」
省吾の問いに彼女が首を傾げたままんーと可愛く唸ってから破顔する。
「いのーしゃんにゃらせーふ」
酔っ払いの保証ほど信じてはならないものはない。挫折に勢いを削がれ、ぽんぽんと小さな頭を軽く叩き起き上がる省吾を不思議そうに彼女が見上げてくる。
タキシードとタイだけを脱いでの添い寝だった状態からカマーバンドを解いてシャツを脱ぎ始める省吾に、ちらりと見た彼女の顔が限界まで赤く染まっているのが映った。
「……。やらないから。もう寝るだけ」
「……。しょんにゃあー」
嬉しいのか恥ずかしいのか照れているのか謎の赤面から頬を膨らませての拗ね顔に変わる彼女をそのままに、クローゼットの扉を開けてハンガーを取り出す省吾の背中にぽふりと柔らかな感触が当たった。完全に酔いが回っているのか背中から抱きついてきているバランスがかなり怪しい。
「コアラ」
「……。らっこ」
「コアラ」
「しりとりににゃっれにゃいれふ」くすくすと笑う背後霊が背中に頬ずりをしている感触がこそばゆい。「――ちゅー、ひちゃひまひた」
中学生でも今日日ここまで浮かれた声は出さないと思われる至福の蜂蜜声は、秘め事の共有の確認の様に密やかで蕩けるみたいに甘い。シャツの釦を外しかけて止まっていた動きを再開させ、省吾は冷静な声を出す。
「このままだと脱げないんだけど?」
「むー…なやみゅ」
頬擦りを続けながらの思案の声にくすりと笑いが漏れる。
「借り物なんだから粗略に扱えない」
「いのーしゃんのれふよ?」
「……。はい?」
「らっれ、にゃんろもかりりゅのめんろーれふもにょ。らっららおーらーめーろでぴったいにゃにょおかっらほーがはやいれふ」
これだから上流階級は…。一目で上等な物と判ってしまうタキシード一式の値段を考えて長い溜息をつく省吾の背中に、背後のご令嬢がぐりぐりと額を押し付けて擦り付けてくる。クローゼットの扉に頭を沈めたくなりながら退いてくれない彼女にズボンのファスナーを下ろし出来るだけ脱ぐ準備を進めていくが、一向に離れてくれる気配はしない。背中に子亀に貼り付かれたまま靴下まで脱いでしまった省吾ははっきりと伝わる様に大きな溜息をつく。
「脱ぎたいんだけど」
「ふぁ、ふぁひ!」
ごつーんごつーんと額をぶつけ始めた奇行がぴたりと止み、一歩退いた様子に省吾はシャツとズボンを脱ぎハンガーに掛ける。下着姿になり風呂に入るか悩むと、背後でもじもじとしている彼女の気配に肩越しに振り向いてみる。――視覚的に暴力なのは判っていたが、緩みきったコルセットドレスがウエストの下に纏わり付いているのとパンティだけの姿は下手な全裸よりいやらしい。顔を真っ赤に染めて物言いたげなその唇で蜂蜜声のお強請りをされれば何でも叶えたくなってしまう自分が想像つき、省吾は可憐な唇に指を当てて言葉を封じようとする。
「いのーしゃん、にゅがひへ……くだしゃい」先に言われた。「らっれしわににゃっひゃうのらめれひょ…?らから、にゅがにゃいろらめれふ、らかりゃ…にゅがひへ……?」
どうにか誤訳出来ないものかと暫し悩んでみるが省吾の頭には上手な逃げ口上が思い浮かばない。弛みきったコルセットドレスを更に弛めて脱がすだけの簡単な仕事だが、どうせ明日には憶えていない酔っ払い相手だが、自分がその蜜の味を憶えてしまうのが非常に拙い気がする。独占欲や支配欲を憶えるのは非常に危険だった。令嬢と平民の身分差以上に好きな男のいる女への執着など狂気の沙汰としか思えない。それなのに、極上の蜂蜜声が好み過ぎて堪らない。
「にゅがひへあげまふのれ、にゅがひっこれふ」
「は…? ――おい!」
情緒の欠片もなく上端を掴んだ彼女がぐいと省吾の下着を太腿の途中まで引き下ろした。押さえ込まれていたモノが一瞬曲げられかけ、布から外れて勢いよく跳ね上がる。開放感よりも襲われた様な奇妙な焦りに狼狽えてしまう省吾の前で、自分のした行為の結果など考えてもいなかったのか真っ赤になって硬直している彼女だが、その瞳は反り返っているモノに向けられたまま動かない。
「こら」
何を言えばいいのか判らなくなり、額をかなり強く指で弾くがそれでも彼女は動かない。やがて視線を逸らさないままはくはくと唇が動き、そして言葉が紡がれる。
「いのーしゃんの…こりぇ……おおきい…でふよにぇ?」
今度は力加減なしで省吾は彼女の額を指で弾いた。
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134『オタク女子ハメ』
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