2022余所自作109『キスだけの約束』

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 学園祭でお化け屋敷の出し物。かなりベタでどうしようもない企画である。
 だが蓋を開ければマニアックなモデラーやDIY好きが何故か二桁いた我がクラスは気付けばお化け屋敷と呼ぶより漆黒迷宮と呼べる謎ダンジョンを作り上げていた。四つん這いになってまで巡る光源なしの多層構造通路で耐荷重百キロなど普通二日限りの行事で作るか?正気の沙汰ではない。相場では段ボールやカーテンなどで作る通路は廃材使用になり、どう考えても二日目終了直後から解体開始しても後夜祭のキャンプファイヤーの薪に提供するのも間に合わない…本気でどうするんだこれは。
 こつんと壁を爪で弾いた槇原がライトを手に不思議そうに首を傾げた。
「これ、どうするんでしょうか」
「知らん」
 ただの廃材でささくれなどで怪我をしたらどうすると思っていたら土木屋と大工の息子がいい笑顔で持ってきた職人道具で綺麗に仕上げた迷宮は、仕上げに世界最強漆黒塗料を丁寧に塗り込んだ壁は反射率ゼロに近く漆黒の世界になっている。結果、お化け屋敷として人を怖がらせる幽霊などもなしの迷宮自体が恐怖と言うどうしようもない状態になっていた。出し物と言うより発表物に近い。演者も必要がないが、リタイア用の非常通路の案内係が必要になった。所々に小さなLED灯が点在し、そこから匍匐前進する脱出路に出られる。たかが一教室にかかる所要時間は十五分。やり過ぎだ馬鹿。
 籤引きで押し付けられた実行委員の最終点検は文化祭前の延長も合わせて十九時半。当然の様に実行委員の点検作業は遅れに遅れ、現在二十時四十分。文化祭実行委員は特例として認められているがもう教師陣の制御下からは零れ落ちており、終わればとっとと帰れとしか言われない。
 安全確認でじりじりと進んでいるが前を進ませれば唐突に転び、後ろでついてこさせると妙に心配になる。学年一の小柄な同級生は生まれたての小型犬並みに危なっかしい。高校三年の初秋なんぞ受験に向けて力を抜けばいいのに何を作っているんだウチの同級生は。最初ライトを持たせていたものの、転ぶ原因になっている道具は取り上げてみたが、今度は手元が暗くて危ないらしい。
「ここ、上がる場所だ」
 まるでスパイ映画のダクト内を進む様な狭い空間が不意に上へ直角に曲がっている。ただ一段上がるだけでなく階段ですらなく梯子状の金具まで黒塗りなのにぞっとする。怪我人が出てもおかしくない。頭おかしいぞ同級生。
「ふぁい」明かりを後ろへ回すと半泣き状態の槇原の顔があった。まずい。「ふぁい?」
 こいつの泣き顔は破壊力がある。何の破壊力か。理性である。
 ぐいと小柄な身体を引き寄せ俺は槇原の唇を唇で塞いだ。狭いL字型の通路は二人が身体を重ねるともう残るは壁しかない。わざわざ抱き締める必要すらなく身体が密着して腕が細い身体に貼り付く。
「ん……っ」
 唐突に重ねた唇の甘い前置きもなしで舌を捩じ込む。甘い。苺ミルクの飴の味。困るな。こいつは小柄で、無防備で、堪らなく支配欲を刺激する。人工的な漆黒の闇の中、ライトが床に転げて消える。びくんと腕の中で跳ねる身体に、唇の間を少しだけ緩めて名前を呼んで頭を撫でると腕の中の身体が少しこちらへと埋もれた。くちっくちっと舌を絡めあう音が暗闇で鳴る。狭い空間だから空気が籠って音がくぐもる。そこそこの長身の俺の肩程の身長の槇原は小学生と間違われてもおかしくない程小さいのに胸だけは大きい。あやす様に撫でる頭も細い首も小さくて壊れ物に触れている感覚がある。小動物的な外見に合う怖がりな接吻はおずおずとしていて、それなのに密着しているせいか早い動悸ははっきりと伝わってきた。
 換気にそこそこ気を使って中型ファンを所々に設置しているが今は電源を落としているから空気が止まっている。苺ミルクの香料と甘いシャンプーの匂いと、ほんのりと汗のにおい。女の汗のにおいが甘いと知ったのはこいつとしてからだった。こいつ発情しているなと暗闇の中少し笑うが、それは自分も同じだった。滅茶苦茶に勃起している。閉門後の教室で恐らく教師も用務員もこの迷宮の中にまで来ないだろう。だがここでセックスに及ぶのは狭過ぎる。拙いな、滅茶苦茶に犯したい。暗闇の異常な空間に興奮しているのが自分でも判る。せめて数か所ある歩ける空間ならば立ちバックなり何なり出来るものを。
 んは……と甘く緩い声を漏らす槇原の唇と自分の舌の間に唾液の糸が垂れていたのか、小さくぷつりと途切れた感触がした。
「酸欠に、なっちゃう……」
 至近距離の呟きは蕩け切っており、まぁ確かにこんな空気の循環のない状況で続けるのは拙いと思い、手を動かしてライトを探っていると、くいと小さな指がシャツを引っ張った。
「もう少し続けたい、とか?」こくんと頷いたらしく前髪が鼻先を掠めるのに少し俺は笑う。「広い所に出たらやれるが、我慢出来ないか?」
 きゅっとシャツを握ったままの指が、また布を引っ張った。

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