鳩山新政権の50日−政権交代の成果、実績及び今後の課題−

                    

労働運動研究所 柴山健太郎

 (労働運動研究復刊24号掲載)

 鳩山新政権−依然として高い支持率

 

鳩山政権が誕生して50日余り経った。成立後の鳩山政権の支持率は非常に高く、大手各紙の世論調査はいずれも70%台を示した。それが1ヶ月後の10月中旬になるとやや下がったものの、依然として60%台後半から70%を高い支持率を維持した。その後、1168日に実施された最新の読売新聞の全国世論調査では、政権支持率が63%で前回調査71%から8ポイント低下し、不支持率は27(前回21)6ポイント上昇した(1110日『読売新聞』)。ここで注目されるのは、政権支持率が下がったといっても、安倍、福田、麻生政権などの同じ時期の支持率に比べてははるかに高いといえる。

この調査で、鳩山政権支持の理由で一番多いのは「非自民の政権だから」が31%だが、注目されるのは「政策に期待できる」が29%、「政治指導の政治決定を目指している」が21%など、政策や政治姿勢に対する信頼感が突出していることである。これは政党支持にも顕著に表われており、民主党支持が43%に対し、自民党支持はわずか19%に減り、「支持政党なし」が28%に減少していることである。これは鳩山政権の誕生とその活躍によって自公政権のタライ回しで鬱屈していた国内の空気がかなり活性化してきたことを示している。

だがその反面、注目されるのは鳩山政権の政策や活動、民主党の国会・党の運営に対するに疑念、懸念、批判も同時に強まっていることである。例えば:

「鳩山内閣は、衆院選の政権公約(マニフェスト)の掲げた政策について、(A)『国の借金である国債の発行を増やしてでも、実現すべきだ』と思いますか、それとも(B)『国債の発行を増やさないように、一部は実現を見送るべきだ』と思いますか」という設問に対する回答である。

この設問では、(A)の意見が8%、(B)の意見が85%、「答えない」が7%で、国債増発を危惧する意見が強いことである。これは民主党が選挙中に「財源は心配ない」と言っていたのに、選挙後には一転して国債増発を言い出したことに対する有権者の批判である。

さらに日本郵政の新社長に斉藤次郎・元大蔵次官を任用したことに対しては「評価する」が27%、「評価しない」が52%、「答えない」が21%で、ここでも旧大蔵省高級官僚の任命には批判が非常に強いことである。

沖縄の米軍普天間飛行場の移設について、「合意どおり進める方がよい」が31%、「少しは修正する方がよい」が32%、「大幅に修正する方がよい」が19%、「答えない」が17%で、「少しは修正しても合意を履行すべきだ」という意見が過半数を占めている。さらに普天間飛行場の移設をめぐって、鳩山政権の閣僚が勝手に発言していることについては、「問題だ」が63%、「問題はない」が26%、「答えない」が11%となっており、ここでも内閣の一体性のなさに不信感が示されている。鳩山首相が「政治とカネ」問題で説明責任を果たしていると思うかという設問に関しては、「果たしている」が19%、「果たしていない」が73%、「答えない」が9%となっている。

これらの設問と回答を見ると、とくに普天間飛行場の問題については、明らかにマスコミのかなり強い世論誘導の影響が見られるが、それ以外はおおむね世論の動向を反映しているように思われる。今回の世論調査における鳩山政権の支持率低下の原因が、これらの設問に対する回答に反映されていると言えよう

 

短期間に目覚しい実績

 

鳩山政権に対して、マスコミ、特に読売、朝日、日経新聞など大手全国紙がことごとにネガテイブ・キャンペーンを展開しているのに、依然として63%という高い支持率を維持している理由は何か。それは鳩山政権の成立以来の予想外の実績だといえよう。

日本の現代政治研究者のジェラルド・カーチス教授(米コロンビア大学)はいう。

「民主党が政権を担ってまだ1ヶ月余りだが、この短い間の実績は目覚しい。何よりもまず、政府が政策を決める仕組みを根本から変えた。自民党時代の手法を変えたという意味だけではない。大正時代に、天皇が任免する高級官僚と国会議席の多数派を占める政党が一緒になって政権を構成するという仕組みができ、それは新憲法下でも基本的に代わらなかった。だが鳩山政権がこの統治システムを革命的に改変した歴史的意味は大きい。

 内閣が政策を作り、それを国会で通すという方式は、いわゆる族議員が出る余地を無くし、政策決定の責任が誰にあるかをより明確に示した。大臣が官僚の書いたメモを棒読みせず、自分の言葉で国民に向かって語るのは、鳩山政権がもたらした変化の大きさを象徴している。」(1022日『朝日新聞』)

 伊東光晴・京大名誉教授も、政権交代と鳩山新政権の経済政策を次のように評価する。

 「戦後日本で本格的な政権交代が生じた。もちろん過去にも政権交代はあった。だがそれは政策転換を伴っていなかった。『本格的』と書いたのは、自民党から民主党連立政権への転換は、政策の極めて“大きな”変化を予想させ、それが期待と批判をひきおこしているからである。」

 「政権交代は、日本の政治の上ですくなくとも二つの目に見えるプラスをつくり出している。その第一は、長期政権と利益集団との癒着関係のもたらす社会のゆがみの是正であり、第二は,野党時代に貯えた人材と知識の顕在化である。・・・ダム建設政策の転換は、10年以上も前から、当時のさきがけ、社民党によって研究・討議されてきたものであり、その人達が民主党の結成に参加した。それは、同時に、日本の財政構造のゆがみの是正と、自民党を地方で支える草の根組織=利益集団への批判でもあった。」

 「親の知名度と地盤を受けつぎ政治家になる古いタイプの政治家とは対照的に、社会的活躍と国際的知識を持つたひとかどの人間が政治に中に入っている。日本の農業政策の失敗の象徴−ウルグアイ・ラウンドでのミニマム・アクセスにパリにあって反対した篠原孝氏も議員である。たとえ農水省の現大臣・副大臣に危惧をいだいても、こうした人のやがての登場が私には政権交代に期待をもたせるのである。」(『世界』0912月号「鳩山新政権の経済政策を評価する」)

経済・財政政策における社会保障専門家で、内閣府大臣官房審議官も務めた日本総合研究所理事の湯元健治氏もいう。

 「鳩山新政権が誕生して1か月半余りが経過した。官僚主導型から政治主導型への転換によって,政策の意思決定スピードは格段に向上した。行政刷新会議と各大臣は、予算組み替えによる政官業の既得権打破に向けて迅速な行動をとり始めている。行く手には多大な困難が待ち受けているが、行政の無駄排除や既存施策の大胆な見直しに対する国民の期待は大きい。」(09116日『読売新聞』「新政権の課題『超競争社会スウェーデンに学ぶ』」

 

 厳しい批判と提言

 

  だが、鳩山政権の実績に対するこれらの高い評価には、政策の欠陥の指摘や批判を伴っていることを見逃すわけにはいかない。

  カーチス教授が新政権の欠陥として厳しく指摘する問題点の第一は、内閣の一体性の問題だ。連立与党・国民党の党首が首相と対等のように振舞うのを許したが、これは首相の権威を低め、内閣の一体性を損なっている。第二に、税収が大きく落ち込むなかでマニフェストの政策をすべて実行するには、さらなる赤字国債の発行が必要だが、国の借金をこれ以上膨らませれば鳩山政権の信用が揺らぐ。したがってたとえマニフェストが選挙公約であっても、必要に応じてそれを柔軟に修正するのが当然だという。

伊東光晴氏は鳩山政権の政策の問題点として、@長妻厚労相の年金政策の欠陥(A労働市場政策の根本的建て直し(B消費税の付加価値税への転換などを挙げている。

又、湯元健治氏も、新政権の経済政策の問題点として@二酸化炭素(CO)など温室効果ガス削減の具体的道筋と高速料金無料化、暫定税率廃止など他の政策との整合性の確保A景気判断や経済見通しに基づく、マクロ政策運営の実施。金融モラトリアムはその視点の欠如を物語る。B中長期の成長戦略や財政再建目標・計画の策定などを指摘する。彼はさらに、「成長戦略」の策定が不可欠として、次の3点を指摘する。

 「人口減少、少子・高齢化が進む中で持続的成長を図るには、供給面の強化が不可欠だ。・・・そのためには、次に3点を柱とする成長戦略を策定すべきだ。民間企業経営者や有識者を交えた『成長戦略会議』を総理直轄で設置することを提言したい。第一は、生産性を引上げる技術革新に対する誘因の付与である。ITや研究開発投資に対する税制・予算面の優遇措置を引き続き必要だ。第二に、環境・エネルギー、バイオ、ナノテクなど次世代産業の成長支援策。ここも、予算の重点配分の対象とすべきである。第三は、医療・介護・子育て・教育分野での民間市場の創出である。家計への配分を新市場や雇用創出に結び付けるには、現在の規制体系・補助金制度を抜本的に見直す必要がある。」

 

日本女子大の住沢博紀教授は、今回の民主党政権成立とマニフェスト主義を称して「『律儀な人々』の『各論からの革命』」と規定した(『現代の理論』秋業「『律儀な人々』の革命」)。これは今度の政権交代と鳩山政権の本質の一面を突いている。それは今度の政権交代が、欧州の中道左派政権の成立のように社民党の策定した『綱領』に基づく政治・経済構造改革を目指す闘いから生まれたものではなく、マニフェストに基づく『各論からの革命』になった理由が、冷戦や55年体制の崩壊と自民党の腐敗、政治改革諸潮流の離合集散、小泉構造改革の破綻などの独特の過程から生まれたということである。それだけに民主党としては、ここで指摘された欠陥を克服するには多くの困難を伴うと思うが、民主党が真に「国民の生活が第一」の目標を実現しようとするならばこうした批判を謙虚に検討し、採用できる提言を受け入れることを望みたい。

 

「公論 敵より来る」−竹中平蔵氏の批判

 

「公論 敵より来る」というが、たとえ自民党の主張でも、「あなた方からは言われたくない」などといわずに、道理のある主張は採用すべきだろう。その手始めとして、まず小泉政権の「構造改革」の中心的な担い手であった竹中平蔵・慶応大学教授の鳩山政権の経済政策批判を見てみよう。(1021日『朝日新聞』・インタビュー『司令塔なき民主党経済政策』)

 「経済学的に言えば、ミクロ的によい政策もあるが、全体を俯瞰して、管理するマクロの調整機能がない。今、過去最大となった来年度予算の概算要求額を削る話をしていますよね。本来、どんな経済戦略に基づき、どんな政策をとるか、経済成長率とか財政赤字の目標値とか、全体の大枠が決まっていなければ削れないはずです。しかし、今の民主党にはそれがありません。マニフェストの実現に向けて、大臣という『手足』が積極的に動いたが、全体を見渡す『頭脳』がない。まさに司令塔なき経済運営です。」

 「政策的には、航空自由化(オープンスカイ)を進め、羽田を24時間化,国際化してハブ空港にする方針を打ち出したのは、脱官僚、脱族議員、脱利害集団の政策として高く評価します。私が大臣だったころは、こうした勢力の反対で実現できなかった。・・・だが一方で、利害集団の利権を守るだけの政策もある。典型が郵政フアミリーの利権が露骨に出た郵政見直しです。・・・さらに高速道路無料化は地球温暖化に悪影響があるのではないか。・・・評価できる部分とそうでない部分が混在した『二重人格政権』です。だから、世界の市場関係者が不安視し、日本株だけがとりのこされている」

 「経済政策の司令塔には、三つの機能がある。@マクロ経済と財政の一元管理A政策相互間の整合性の確保B特定の省庁だけではできない政策を総理のリーダーシップの下に実現することです。今の鳩山政権では、第三の機能だけを行政刷新会議でやろうとしている。第二の機能は二重人格、第一の機能は国家戦略室が現在のところ十分やっていない。」

 「小泉政権以降、経済財政諮問会議が次年度のマクロ経済がどうなるかを想定し、予算の全体像を定め、概算要求基準を作っていた。だが鳩山政権で其のプロセスはなくなってしまった。」

 鳩山政権の支持者や批判者や自民党側などから出されている批判に共通しているのは、政府の一体性の欠如、マニフェスト実現のための財源対策の軽視、中長期的戦略や成長戦略の不在である。以下、このうち、財源問題と成長戦略について検討しよう。

 

民主党マニフエスと財源問題

 

 民主党は、総選挙キャンペインの中で、マニフェスト実現に要する財源について自民党から執拗な批判・攻撃を受けたが、具体的な数字は挙げず、「一般会計や特別会計を合わせた合計207兆円を全面的に組み替えれば新規施策の財源71兆円をすべて賄える」という主張で強引に乗り切った。

 これがそう簡単でないことは、1990年から2009年にいたる20年間の日本の一般会計の歳出、税収、国債発行額を示した1を見るだけでよく分かる。つまり歳出は2000年に89兆円に達した以後は8185兆円台を上下し、金融危機発生の08年には再び88.9兆円に跳ね上がり、09年には補正予算を含めて102.5兆円に達している。ところが税収の方は2000年の50.7兆円から4351兆円を上下し、09年には46.1兆円に下がっている。この歳出と歳入のギャップを埋めているのが国債だが、2000年に入りおおむね35兆円台を維持し、一時は30兆円台を割ったが金融危機以後は再び30兆円台を突破し、09年には44.1兆円に達している。こうした歳出、歳入,国債発行額の長期的傾向を見ると、民主党の国家財政の現状認識とマニフェストの財源対策がよく練り上げられていたとは言い難い。

このことは鳩山政権成立後にすぐに明らかになった。政権発足後間もなく、鳩山首相はマニフェストで公約した子ども手当てなどの財源を生み出すため、行政刷新会議を主体に麻生政権が決定した総額146987億円の補正予算(表1)の事業仕分け作業に着手させたが、この作業は各省の官僚の抵抗にあい難航し、今後の予算編成の前途多難を予想させるものだった。それでも各省の補正予算から29259億円の執行を停止し、09年度第二次補正予算や10年度予算に充てることが決まった。

 だが秋に入って鳩山政権にとって不幸なことに財政運営の見こみを大きく狂わせる事態が発生した。それは各省のマニフェスト実現のために概算要求額が過去最大に積みあがる一方、景気落ち込みを反映して税収が過去最低まで落ち込んだことであった。財務省が1015日に締め切った10年度予算の概算要求は95兆円台に達し、09年度当初予算(885480億円)よりも6兆円近く多く、要求額としては過去最大を更新した。他方、09年度の税収は当初見込みの46兆円を大きく下回り、30兆円台後半へ落ち込む見通しになった。あわてた藤井裕久財務相は「市場の信任を失わないために麻生政権の44兆円よりも減らす」という方針を打ち出したが、このため税収と国債で確保できる財源は80兆円にとどまる公算が大きくなり、マニフエスと実現のための財源調達はますます窮屈になった。

 このため行政刷新会議は、95兆円の概算要求を92兆円台へ3兆円程度削減する方針をたて、119日、予算の無駄を洗い出す「事業仕分け」の対象として447事業を採り上げ、3つのワーキング・グループで担当して公開で作業を開始した。この事業仕分けの対象は国の約3000事業の1割をわずかに超える程度で、すべてを廃止しても3兆円には達しない。しかもこの「事業仕分け」の対象事業からは規模の巨額な財務省の国債費や国土交通省の巨大プロジェクトなどは除外されたことにも批判が強まっている。また診療報酬の見直しや、地方交付税交付金の見直しなどは医師会や全国知事会などの激しい抵抗が予想される。これらの問題は、いずれ高度の政治判断に持ち込まれることは必至である。今こそ鳩山首相は、速やかに政府・民主党首脳からなり、金融・財政の重要問題を審議・決定する頭脳に当たる機関を創設する必要があるのではないだろうか。

 

世界一の余剰資金の有効活用を

 

最後に、日本の財政危機が深まるなかで、マニフェスト実現のための財源問題に関して、山家悠紀夫・神戸大学経済学研究科教授の主張を検討してみよう。山家氏は、「日本の財政赤字は巨額だが、世界一の資金余剰国である」として、国全体の余剰資金の有効活用と応能負担による国民負担増によって財政危機を克服すべきだと主張している(『現代の理論』09年秋号「財源をどこに求めるか」)。以下、彼の主張を検討してみよう。

 山家氏は、橋本内閣の急進的な増税政策の失敗以降、小泉内閣およびそれ以降の自民党政権の、社会保障費や地方交付税などの抑制歳出抑制を主とする財政再建政策がことごとく失敗した理由は、日本経済の誤った現状認識に基づく誤った政策の遂行にあるという。

 彼は、「現状認識の誤りの根源は、日本の国家財政の現状をもっぱら政府の負債残高やそのGDP比を中心に論ずることにあり、資産も合わせてそのバランスシートをもとに論ずる必要がある」として、次のように指摘する。

「財務省のホームページを開くと2008年度末の国債発行残高は553兆円になる見通しで、これは一般会計税収の10年分に相当するとか、1人平均にすると432万円、4人家族だと1732万円になるなどと、その残高の多さを強調している。また、政府部門の負債残高の対GDP比は1・7倍で『先進国中最悪の水準になっている』などの記述も目につく。・・・ただ負債の大きさだけを論じていたのでは財政の現状を捉えたことにはならない。資産の方もあわせてみて、そのバランスシートをもとに論じる必要もあるだろう。そして、そうして見ると、日本政府が保有する金融資産の額は554兆円と大きく、対GDP比で見ると1・1倍であって『先進国一の水準』であることが分かる。」(図1、図2)

2007年末における余剰額は250兆円であり、これは世界一の額である。すなわち、日本は世界一の資金余剰国である。政府部門は世界一の資金金不足であっても、日本経済全体としては世界一の資金余剰の状況にある」(12)

こうした情勢分析に基づいて、彼は国民生活を支援するための財源として日本経済の持つ豊富な余剰資金の活用について考える。日本が持つ余剰資金は2007年末現在で250兆円だが(これは円高や海外株価の下落やリーマンブラザーズへの貸し出し、投資の焦げ付きなどで2008年末には225兆円に減少している)、これを有効に活用することを提案している。彼の具体的提案は、@政府の保有している金融資産(埋蔵金)を債券投資等に振り向けるのではなく、政策資金として活用すること、A国債等を増発して民間から資金調達し(海外で運用されている資金を国内投資=国債投資に振り替えさせて)それを政策資金として活用することである。

 

景気対策を重視せよ!

 

さらに彼が特に強調するのは、景気対策の重要性である。

「橋本内閣、小泉内閣以降の内閣の財政再建政策の失敗の経験は、財政再建にあたっていかに景気の動向が大切であるかを物語っている。いかなる増税政策よりも、いかなる歳出削減政策よりも、景気を良くすることの方が(あるいは景気を悪くしない方が)財政再建には役立つ、ということである。現下の経済情勢についてみれば、何よりも国内需要、とりわけ消費需要の回復を図ることが急務である。そしてそのためには、新政権の掲げる政策(雇用対策の強化、最低賃金の引き上げ、社会保障制度の充実等)の実行が有効である。・・・政府のバランスシートを悪化させてでもこれらの政策を実施することが、将来の財源の確保という観点からも有効、ということである。」

さらに山家氏は、将来の社会保障充実の財源として、幾つかの提案をしている。その第一は、先進諸国に比べて低い国民負担率(税+社会保険料/国民所得)を現在の40%以下の水準からから、ヨーロッパ先進諸国の5060%台に引上げることである。第二は、金融危機下でも多額の利益を挙げ、内部留保を増やしている企業に対して税負担を増やすことである(表4、図4)。第三は、所得税の最高税率の引上げや配当・株式売買益への課税強化により、負担能力のある高額所得者や資産家の税負担を引上げることである。

民主党は、山家氏のこうした提言を検討すべきだと思う。だが、いくら日本が250兆円(現在は225兆円)の余剰資金を保有する「世界一の資金余剰国」だといっても、不況が長引き税収が伸びず、40兆円台の国債発行が続けば楽観はできない。現に山家氏はこの論文で、この10数年来、国債発行残高が2倍以上に膨らんでも金利は上昇しなかったとして、「巨額な余剰資金が存在する下では、政府の不足資金がかなりの程度増え、その資金調達額が増加するとしても、金利は上昇しない」と書いているが、この評価は楽観的すぎる。事実、最近はその金利がジリジリと上がり始めているのである。したがって、社会福祉を充実させようとしたら、国民負担の増大は当然であることを国民に説得する必要があるし、それには山家氏が主張する応能原則基づくものでなければならない。伊東光晴氏も、90年代に入って米国にならって大幅に緩和された累進課税の原則を復活させ、さらに欠陥のある消費税に代わって福祉のための欧州型の付加価値税に改めることを主張しているが、この点も検討する必要があると思う。