橘学生会館物語・春の特別編

「再会・18歳」

あの場所へ行ってみよう、ということになったのは、TVを観ながら長電話をしていた時。
ちょうどそこが特集されていて、懐かしい景色がたくさん出てきたからである。
話はすぐにまとまったが、いろいろあり、計画を実行したのは企画してから2週間後であった。

新宿で待ち合わせ、目的地へ。切符を買うときからどきどきしていた。
電車へ乗りこみ、座席に座る。変わらない車内。少し変わった車窓からの景色。
そう、私は帰るんだ。あの「橘学生会館」へ。

18歳の時に上京して、初めて住んだ町。大きなわくわくと、ほんの少しの不安をかかえて
降り立った町。そこに、数年振りに行くことにした。そこでできた初めての友達と一緒に。

駅に着くと昔からあったベンチと再会。ぼろぼろだったけど、まだちゃんと使われているんだな〜と感動。
みょ〜〜に汚い、ゆがんだ階段も、消えかけている「おりぐち」の文字も変わってない。
自動改札を抜ける。「前は駅員さんがいたよね〜」と話ながら歩く。そして、駅と隣接しているビルへ。
「ここにMORINAGAがあったよね〜。」「あ、ここのおそばやさん美味しかったね!」とわいわい騒ぐ。

食堂街は地階なので、通りぬけて地上へ。とりあえずは腹ごしらえ、ということで某大学通りへ。
たまに行っていた本屋や、カラオケ屋を確認して感動。モスバーガーで食事。久しぶりだったので美味しかった。

さあ、メインイベントでしょう〜!と腰をあげる。私達のテリトリーはこの通りではなく、某花通りだった。
こちらは休日、暇な時に散歩しにくる程度だったが、先日観ていたTVではこちらをメインにしていた。
絶対間違ってる!大学があるからって、こっちは何にもないじゃないか!と思って観てた。(笑)
ってことで、某花通りに向かう。心はスキップ、スキップ、ランランラン♪で、ある。


キーホルダー1200円。ウッドクラフトの店で購入。かわいいでしょ?ね?ね?

ここの辺りは、結構古い建物が多くて庶民的、かつ下町的な雰囲気がする。すぐわき道に入ると
おせんべいやさんがあったり、お団子やさんがあったり。なかなかレトロな感じなのだ。
「図書館」はないけど、「街角図書室」ならあるぞ!って感じ。私もお世話になったもんだ。
裏通りを抜けて、メインストリートに戻る。八百屋さんや、魚屋さん、肉屋さんに靴屋さん。
昔あったお店は今も健在で、うれしくなった。一番会いたかったビデオ屋さんは休業で、すんごいがっかりだった。

このビデオ屋さんはすごいんだよ〜。4畳半くらいの狭い店に、ビデオがぎっしり!でも、たいていの物は揃ってる。
しかも、ここのおじさんはどこに何があるっていうことを全部把握していて、一発で探してくれるのである!
私が生まれて初めて会員?になったビデオ屋はここ。何回か借りに来てはおじさんと話してた。
お店のなかは歩くスペースは無く、はっきり「何が観たい」と決めてからしか行けなかったけどね。(笑)
しかも、返却もてきとーでよかった。「この辺で返してくれればいいから」なんて言う。すごいでしょ?

で、ここの通りにはいくつかのケーキ屋さんがある。まず、おじいさんがいっつも店の前で座ってた「チャッピー」、
おしゃれな雰囲気の「七つの水仙」、リーズナブルで、パンも売ってる「ワカスギ」。全部健在だったが、
「チャッピー」のおじいさんが見当たらず、ちょっと不安。元気かなあ〜。本当は3つ全部行って食べ比べて
みたかったのだが、さすがにあきらめた。みんな美味しいんだよな〜。今度は実行しようっと。

「あ〜、ここは覚えてる」「何だ〜?ここ。知らん!」「うっきゃ〜!当麻精肉店!コロッケだああああ!」
「あたし、ここでゴミ箱買ってもらった気がする…」「あ、あたしもそうかも!」…なんて騒ぎながら歩く。
ようやく通りの半分くらいまで来て、こんなに寮まで遠いのか…とつくづく思った。本気で遠いぞ!
はあはあ言いながら、「あたしらも年とったね〜…」「いや、昔が若かったんだ!」といいつつ歩いた。

しばらくすると、見慣れたレンガの建物が。「おお!Mだ〜〜〜!」と叫ぶ。ここは私のいきつけの美容室だった。
御夫婦(たぶん)でやってるこぢんまりとしたお店。ひげが似合うカリスマ美容師のおじさんと、シャンプーが
上手くてほんわか美人のおばさん。おそるおそる覗いてみたら、昔と変わらないスタンスでお仕事中。
ドアごしに二人できゃ〜きゃ〜言いながら見てたら、おじさんと目が合ってしまってあせった。(笑)
引越してからも少し通ってた。しばらく日が空いてから行っても、「もう卒業したの?」などと言ってくれ、大変
うれしかった。「とっくの昔です」とは言えなかったけどね。

この美容室を通りすぎると、寮はもうすぐ。昔はあったおもちゃやさんが花屋さんになってるかと思えば、
ふるくさ〜〜〜い骨董屋さんはまだあったりして、なかなか時代を感じさせる。そして見えてきた駄菓子やさん。
ここではアイスクリームを買いだめしてた。りんごのシャーベットは絶品だったなあ。一応冷蔵庫を覗いたが
品揃えは変わってた。まあ、あたりまえかあ。

この駄菓子やさんの角を曲がると、なつかしの坂道。この辺りは某一族の豪邸が立ち並ぶ。
左には某女子校。古いアパートもまだあった。そして、見えてきた。懐かしすぎる建物が。


この坂道を下ると…

こんな感じだったっけ。こんなに古くて静かに立ってたっけ。ここに住んでたんだ…。信じられない。
だけど、じ〜〜っと眺めてるうちに記憶がよみがえるのなんの。玄関入って右側に受付があり、食堂、
洗濯室、お風呂。外には洗濯干場。反対側には管理人の部屋。階段上がってつきあたりは先輩の部屋。
そこの一角はあこがれの六畳部屋だった。2階には友達の部屋。娯楽室、ロッカー室。角にトイレ。
そして3階の真中が私の部屋…。

外から眺めているだけで、みんなの声が聞こえてくる。私もいる。スウェットとトレーナーのきったない格好で
マグカップ持ってみんなの部屋に遊びに行く。スリッパをぱたぱたいわせて走りまくる。
笑い声。おしゃべり。階段で泣いたこと。そして、なぐさめてくれた友達の温もり。
春の桜、夏の花火、秋の紅葉、冬の大雪。みんな一緒にここで感じてた。嘘みたいだった。

さすがに何年も経つと雰囲気も変わっており、玄関を覗いた限りでは「女子寮」という感じはなかった。
昔はあった名前のプレートが無かった。おそらくもう門限はないのだろう。時代だなあ〜。
何かわからないけど、食品の会社が入ってるようだった。もう寮ではないのか?と思って上を見上げると、あった。
各階に一つずつあった冷蔵庫が見えた!「あった!あった!冷蔵庫!やっぱ、寮だよ〜〜!」と叫んだ。


玄関。

裏に回って、しばしぼ〜〜っと眺める。「こんな普通の建物見て、にやにやしてる女二人って変だよな〜」と
顔を見合わせて笑った。ああ、あの角はあの子の部屋だ。あの階段で屋上にでるんだよね。
みんなで花火を見たのは絶対忘れないよ。楽しかったね。すごく幸せだったね。

今、私は仕事をしている。どうしてもやりたい仕事、という訳ではなかった。なんとなく始めた仕事。
ここに住んでいた頃抱いてた夢は何だったっけ。ああ、そうだ。わたしの夢は…。
夢と現実は違うという事を20歳で知った。そして、今の仕事についた。奇しくも、「夢と魔法の王国」だった。
たのしいことだらけ、と言うと嘘になるけど、私はよかったと思ってる。18で上京してきて、ここに住んで、
また旅立って、一人になって。少しずつ大人になった。18歳の私はここにいた。27歳の私もここにいる。

窓から私が私を見てるような気がしてた。ねえ、私が見える?年はとったけど、あんまり成長してないよ。
どうかな?ごめんね。夢、叶えられなかったよ。でもね、後悔はしなかったよ。今の仕事もようやく
楽しめるようになってきたよ。今日、あなたに会えて良かった。本当に良かった。元気でね。また来るね。

私達は「ばいばい」と言って歩き出した。やっぱり、駅までは遠かった。(笑)近道を思い出して、いったん
わき道を行ったけど、やっぱりまた元に戻って駅に行った。今度はいつ来るんだろう。きっと来よう。
18歳で、帽子が好きな、関西弁が抜けきってない女の子に会いに。