Gavin Bryars
Gavin Bryars (1943- UK)
ギャビン・ブライヤーズは『タイタニック号の沈没』『イエスの血
は決して私を見捨てたことはない』などの代表作を持つ実験的作曲
家として知られる。ブライヤーズの作品中、ミニマル的要素の濃厚
な『イエス〜』では、ある老人が歌う(その歌詞がタイトルとなっ
ている)テープ素材を反復させて、テーマの背景となる伴奏の楽器
編成を次々に入れ替えていくという方法を用いている。テープルー
プや繰り返される素材の複雑な加工・発展性は比較的抑制されてい
るブライヤーズの音楽だが、「反復する=ミニマル・ミュージック」
の感触を確かに持つものがいくつかある。それでもシステマティッ
クではなくどこか緩慢で自由な反復は、ジャズと即興という彼の出
自との近しさを感じさせる。
ブライヤーズはもともとジャズ・プレイヤーのキャリアを持ち、自
身が演奏家として経た、即興をめぐるさまざまな変遷が作品に現わ
れる。彼に限らず、またジャズに限らず即興は「反復」と「反復し
ないこと」の二面性を常に持っているもので、前者は繰り返しを背
景・推進力とする音楽の流れ、あるいはそのリフレイン自体のゆる
やかな変化という形で、そして後者はより自由で予測困難な瞬間の
連なりを生み出す。この二面性がブライヤーズの作品間を、一曲の
内部を往復する。
同時に、「即興が可能な演奏家を必要とする作品」などのように
(下記"After the Requiem"がその一例)、作品の性格と演奏者と
の関係が非常に重要になってくることになる。演奏に参加するミュー
ジシャンの資質によって演奏結果が決定される作品(そうした振幅
を作曲者自身がすでに持っているのだ)と、あらかじめ書き上げら
れた反復パターンを含む譜面を演奏する作品とが、ブライヤーズの
音楽の二つの柱であり、さらには両者の展開を通った後に現われて
くる多様なスタイルの源泉となっている。
"The Sinking of the Titanic"
"Jesus' Blood Never Failed Me Yet"
(Obscure,1975)
(1998年、ヴァージンよりリイシューされ、現在入手が容易。)
1.The Sinking of the Titanic
1912年4月、タイタニック号の沈没を想像により大幅なフィクションを加
え音によって再現したドキュメンタリー。座礁した後も演奏を続けた船上の音
楽家をイメージさせる弦楽合奏ループされ、やがて沈みゆくように響きはくぐ
もり、フェイドアウトする。最も広く知られる作品。
"Hommages"
(Crepuscule,1989)
1. My First Homage
2. The English Mail-coach
3. The Vespertine Park
4. Hi-tremolo
1. My First Homage
ビブラフォン、ピアノ各2台、シンバル、チューバ。ジャズの編成とコードに
よる、くぐもったピアノが淡く響くシンプルなリフと、コードと旋律。ピアノ
の反復をミニマルと聴くより、タイトルが "My Foolish Heart"のイニシャル
から取られたことが示すように、これはゆるやかなジャズである。
4. Hi-tremolo
3台のピアノ、ビブラフォン、2台のマリンバによるトレモロの集合。これら
がふと上昇し、さらに高いトレモロへと移り変わり、下降する。
"After the Requiem"
(ECM,1991)
1. After the Requiem
2. The Old Tower of Loebenicht
3. Alaric I or II
4. Allegrasco
1. After the Requiem
すべてが弦楽器によるアンサンブル。ここでギターを弾いているビル・フリー
ゼルは非常に長いフレーズを演奏の特質とするギタリストで* 、ここでもなだ
らかなカーヴを描く。このディスクはヴィオラ、チェロ、それにエレクトリッ
ク・ギターという、線の楽器の組み合わせによって絹雲の流れのような時間を
もたらす。「線の音楽」とは言ってもしかし、鋭く交錯することはむしろ少な
い。線の動きはゆるやかであり、このアンサンブルの本質は音色のコンビネー
ションのほうに存在するのではないだろうか。例えば二つの楽器がユニゾン
(同音)で鳴らされた後にそれぞれの音高へと上昇/下降し離れていく瞬間な
ど、特に美しい表情の変化を見せる。交錯するのは、旋律ではなく音色なので
ある。拮抗、分離、融和の連続であり、それらが静けさのうちになされる。
* 同じECMからのポール・ブレイ『フラグメント』では、ブレイの点描的で
空白の多いピアノを縫うようにフレーズを長く引き伸ばし、音楽を横方向へと
安定させ、流れさせていた。この演奏も印象深い。
Paul Bley "Fragments" (ECM,1986) ECM 1320
3. Alaric I or II
異なる音域のサックスによるカルテット。音色のミニマリズムと言える。1曲
目で聴かれたより一層の微妙な音色の差異が浮かび上がるのは、楽器が同族で
あるからに他ならない。ジャズ的に引き伸ばされた自由な即興の重なり合いの
背景には、ミニマル・ミュージックの古典的形態とも言えるアーチ型の反復フ
レーズが続く。
・h o m e・
・minimal・