Brian Eno
Ambient #1 Music For Airports
(Editions EG,1978)
アンビエントを考えようとする際、必ずと言ってよいほど言及され
る作品。ブライアン・イーノによるアンビエント・シリーズの第1
作として1978年に発表されたこのアルバムは、タイトル通り空
港施設内で再生されることを目的とした音楽である。イーノ自身の
アンビエントのコンセプトに基づいて作曲されたものであり、空港
という環境を想定して作曲されているが、ケルン空港で考えたアイ
ディアについて、イーノは次のように回想する。
まず中断可能でなくてはならない(構内アナウンスがあるから)。人々の会話
の周波数からはずれている必要があるし、会話パターンとはちがう速度でない
と(コミュニケーションが混乱しないように)。そして空港の生み出すノイズ
と共存できないと。
ブライアン・イーノ/山形浩生訳
『A YEAR』(PARCO出版、1998、p487より引用)
このアルバムには4曲収録されているが、それぞれ電気的に処理さ
れたピアノや女声などによる単純な旋律を持つ音素材を、長いテー
プ・ループに録音し、それらを複数組み合わせて同時演奏させ、ラ
イヴ演奏ではなくいわば「テープ自体に音楽を進行させる」手法が
用いられている。それぞれのテープ・ループの組み合わせにより、
瞬間ごとの音響の垂直的な模様、つまり和音が多彩な変化を伴い、
音楽は緩やかに進行する。
ピアノによる、余分なものをそぎ落とされたかのようにシンプルな
モティーフで始まる印象的な1曲目と3曲目は点描的で、女声がフェ
イドイン/アウトする長めのフレーズが交響的に重なりあう2曲目、
同様に長いフレーズを持つ4曲目と、通して聴くと交互に点と線に
よる響きとなるように全体が構成されている。このアルバムのジャ
ケット裏面には各曲の音の動きを象徴するような、一種の図形楽譜
ともいうべきイラストが掲載されているが、これは音楽の緩やかな
変化のプロセスを表わしているものとしても興味深い。
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右図はジャケット裏面より(部分)。
この、綿密に編まれた構成と音色の繊細な選択を経ていながら、結
果としてのアウトプットは演奏家の情感を排除した非表現的とも言
える音響が再生されるとき、それぞれの空間が持つサウンドスケー
プの特質が埋没することはない、あるいは少ないと思う。環境に溶
け込み得る均質で控えめな音響ゆえに周囲の音が消されずに意識さ
れ続け、残されていることに気付くだろう。一層能動的に聴き取ろ
うとするなら、それは周囲の音を内包する音楽空間、つまり環境と
音楽の境界が確定せずにすべての音が自由に行き来する空間が現れ
ることになる。空港ではジェット・エンジンの音はもちろん、ロビー
に響く人々の声やアナウンスをかき消すことはない。むしろ偶発的
な一つひとつの音に、より大きな存在感を与える可能性も、同時に
持っている。
さらに言えば、かすかな音楽が響いていることに気付き、それを環
境音の間を縫うように積極的に聞き取ろうとするプロセスにおいて、
それまで気付かなかった音、その場所にはいかに多くの音に満たさ
れていたのか、改めて認識する契機となり、これは近年注目の高まっ
ている音響彫刻・サウンド・インスタレーションがめざすものとの
近しい関係にあり、このディスクが持ち運び可能な音具であるとい
う見方もできるだろう。
なお、このディスクについて、空港という場所にあまりこだわりす
ぎることは、音楽の持つ可能性をむしろ限定することにもなるだろ
う。リスナーが自室で再生しても、この控えめで美しい響きは、従
来の「楽曲に没入する」という体験とは異なる時間感覚と環境音と
共存という新たな音楽体験への変容を感じることができる。空港以
外の場所で再生しても何ら失われることのない作品の魅力を引き出
すためには、むしろ忘れて聴いたほうがいい「エアポーツ」という
言葉ではある。
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