田中佐次郎「井戸十碗展」
ご挨拶と井戸茶碗の私見

井戸茶碗は凛々としたその姿に山川の風貌を彷彿した格調の高い趣があります。元来この茶碗は戦国時代に武将の論功行賞の用具として扱われ領地や名刀、珠玉に匹敵するほどの価値を有し更に茶人数寄者の珍重品として高い金子で売買されたことを歴史が伝えております。井戸はその形状に飯成形の美とサラリとした力強さの長所があって何よりも手取りがよく男子一服の茶に生死の面目を会得する感があり茶碗頂上の由縁を心に銘すのであります。
そもそも井戸茶碗に成る手法と条件は他の茶碗と異なり轆轤目や兜巾、竹之節高台など幾つかの約束事が重なり、作者の作為中の技術を要して、この関所をくぐるには仲々簡単にはゆきません。 まず第一に井戸を作る最初の根本即ち土の吟味を誤ると焼上げた時に井戸に近づくこともふれる事も出来ないのであります。往時の陶工が喜左衛門をはじめ数々の名物を産み今日伝世されておるこれらを良く観察いたしますと「こうなる可き」という定義が随所に施されてあり驚くほど良く仕上げております。したがって井戸は高度な芸術性を帯びた働きをしており、その技能に只々感服するばかりであります。移ろい行く草木、日本の季節風土の中に乾坤一擲人生のうたた歓びを茶之湯と道具に求めた先覚者茶人の美意識は日本人独特のものであり今日尊い文化として受け継がれているようです。
さて一年ほど前に黒田さんより井戸十碗展の要請を受けて、爾来腐心艱苦を尋ねてこの仕事に取り組んできましたが中々思うに任せず二、三週間前に黒田さんと私の間で展示会の延期の話をしていた矢先にギリギリの土壇場で井戸に似た茶碗がようやく十碗揃いました。私の拙なる真新しい茶碗と四百年以上にもなる神聖な朝鮮茶碗とは到底比較にもなりませんが皆様方後高来の上ご批判ご叱声を賜り精神の糧といたしたいと存じますので何卒宜しくお願い申し上げます。
            恐慎謹言
     平成十二年一月吉日 田中佐次郎

田中佐次郎「井戸十碗展」

期間 2月25日(金曜日)〜3月1日(水曜日)
時間 11:00〜19:00(3月1日のみ16:00まで)
場所 渋谷黒田陶苑(渋谷駅より徒歩3分)
   東京都渋谷区渋谷1-16-14メトロプラザ1F
   tel.03-3499-3225
銘 峯の奥山

銘 益荒男

銘 随身


田中佐次郎インタビュー