欧米人には中年になるとやたらと太る人が多い。 それも日本でいうところの"中年太り"とはケタが違う。 食生活の差か、はたまた遺伝子の違いか,"太っている"というより"巨大化"という表現の方がふさわしい。 ここに一人の女性がいる。 若い頃は、-と言ってもまだ26、十分に若いのだが-あふれんばかりの美貌で道行く男どもを魅了した彼女だが、今やその面影はない。 現在、身長57m、体重550t、じゃなかった身長172cm、体重・・・ 「Vielen Dank!」 バキッ! ・・・イテテテテ。ま、詳細なデータは不明として、明らかに太め、いや太めなどという生易しい体型ではない。 原因ははっきりしている。半分は彼女の中に1/4だけ流れている、ゲルマンの血。 彼女の名、それは−惣流・アスカ・ラングレー−。 今一つの理由は、彼女の食生活にある。 かつて日本にいた頃、彼女はきわめてバランスの取れた食生活を送っていた。 ひとえにそれは、同居人である碇シンジの努力の賜物である。 サードインパクトの後、彼女は一人ドイツへと戻ってきた。 料理などできない彼女のこと、当然食事はインスタントと外食が中心となる。 この辺、もう一人のかつての同居人である葛城ミサトも同様なのだが、ただ一つ違うところは、アスカは一人の寂しさを紛らわす為、食べることでストレスを発散させたことであろう。 結果がコレ、である。 そして今日も彼女は食べ続ける。 「余計なことかもしれませんけど、少し、食欲を控えたほうがいいんじゃないですか?」 時に西暦2027年。アスカはイギリス、ケンブリッジ大学の研究室にいた。 体型はともかくとして、この若さで工学博士である。かつての赤木博士と同じく。 その研究室の同僚である女性が、親切にも、あるいは無謀にもアスカに忠告する。 その女性の名は山岸マユミ。 マユミの目から見ても、最近のアスカは特に暴飲暴食が目立つ。 その理由はいたって単純明快。ストレスである。 なぜ、最近になって、より以上のストレスを感じるようになったか。 事の起こりは3ヶ月前、一通のエアメールからであった。 差出人の名は洞木、いや鈴原ヒカリ。 いわゆる"結婚しました"という手紙である。 その時はさすがにアスカにも余裕があった。ヒカリは彼女にとって親友であり、素直に彼女の結婚を喜んだ。 だが、この日を境に、堰を切ったように彼女の元に同様の手紙が送られてくるようになった。かつての友人たちから。 25過ぎ、30前、などになるとみんな妙に焦るものだ。 「お互い最後の一人にはなりなくはない。」とはかつて赤木リツコが葛城ミサトに言った言葉だが、一般論でもある。 それにしてもその数、勢いは半端ではなかった。 対して自分には言い寄ってくる男すらいない。 ついに、アスカはキレた。 一番の親友であるヒカリの結婚を確認した、という安心感(?)も手伝ってか."結婚"という文字を見ただけで、相手の名前も確認せずに破り捨てる。当然原形を止めないくらい。 そんなある日。 「ハイ、惣流です。」 「あ、アスカ?」 「シ、シンジ?」 電話の向うから聞こえた声は、懐かしい、そして愛しいシンジのものだった。 だが、そんな愛しさを、アスカは表には出さない。 「な、なによ、突然。」 突然でない電話などない。 「あ、ごめん、いきなりで。」 でも謝るシンジ。 「今度さ、そっちへ行くことになって。」 その一言でおもいっきり舞い上がるアスカ。 『シンジが来る。シンジが来てくれる。このアタシに会いに!』 誰もそんな事は言っていないのだが、勝手に解釈し、盛り上がるアスカ だが、ふとそこで気付く。 『まずい。この状況はぜ〜ったい、まずすぎる!』 そう、変わり果てたこの体。 『こんな姿をシンジの前に晒すわけにはいかないわ!ダイエットよ!!シンジがこっちに来る前に!!!』 心の中で拳を握るアスカ。 「で、いつ来るの?」 「へ?」 この間、シンジも何やら話していたのだが、アスカは全く聞いていない。唐突に話を振られ、電話の向うで素っ頓狂な声を上げるシンジ。 「あ、うん。来月の終わりぐらいだよ。」 それでもすぐ立ち直って、きちんと答えるあたりに、アスカとの付き合いの長さが感じられる。 「そう。」 『時間はあるわね。アスカ、やるわよ!』 「あのー、アスカ?」 「ご、ごめんねシンジ。で、なに、仕事で来るの?」 ちなみにシンジはこちらに来る目的を既に話していた。単にアスカが聞いていなかっただけである。この事が後に喜劇、もとい悲劇を生むことにアスカは気付いていない。 「いや、遊びに行くんだよ。」 『アスカのところへ。』頭の中で勝手に言葉をつなげるアスカ。自分で聞いておいてこれでホントに仕事だったらどうしていたんだろうか。考えるのも怖い・・・。 「そう、じゃあこっちにきたらアタシが案内してあげるわ!」 「え、いいよ。アスカも忙しいだろうし。まあ、こっちからアスカには会いに行くけど。」 「い、いいのよ。どうせ暇なんだから。空港まで迎えに行ってあげるからありがたくおもいなさいよ。」 親切の押し売りである。 そもそもアスカの研究室は今猛烈に忙しい。ここでアスカが休んだら、おそらくマユミあたりが1週間は徹夜する羽目になるだろう。(かわいそうに) しかし、今のアスカにそんなことは関係ない。 アスカは今、激しく燃えていた(苦笑) それから、アスカの挑戦が始まった。 だが、そこは天下の惣流アスカ。激しく燃えつつも、決して無茶はしない。無理なダイエットでのリバウンドや、体調を崩してしまう可能性などを十分考慮してのダイエットである。 理路整然と、しかし確実に体を絞っていく。 ちなみにその裏に、大量の徹夜を強いられたマユミの苦労があったことを追記しておこう。 −そしておよそ一ヶ月後 「あれが、あの惣流アスカ?」 「ちっくしょー、あんないい女だと知ってりゃぁ。」 「やっぱり男かな?」 「だろうな。」 男たちのささやく声が聞こえる。 見事にアスカは以前と同じ、いやそれ以上の美貌を手に入れた。 無論その裏には血の滲むような(マユミの)苦労があるのだが、そんなことは(当然)おくびにも出さない。 つい一月前まで自分を見ようともしなかった男たちを、アスカは見下す。 『あんたたちの為じゃないわよ。全てはシンジの、シンジとの幸せな生活の為!』 「アスカ、行くわよ。」 すべての準備を終えると、アスカは愛車である真っ赤なBMWに乗り空港へと向かった。 「おっそいわねーシンジ。」 気流の為飛行機が遅れたこともあったが、原因はもっと別にある。 あの日、電話がかかってきたとき、アスカは迎えに行く、とだけ勝手に言って電話を切ってしまったのだ。待ち合わせ場所も決めずに。 ポストブリッジ空港。人ひとりを捜すにはあまりに広い場所である。 「アスカさーん。」 不意に名前を呼ばれて振り返るアスカ。 シンジでないのはすぐに判った(シンジがアスカをさん付けで呼ぶはずはない)が、こんな所で他に知り合いに会う可能性などない。 向うから駆け寄ってくるのはどうやら女性のようだった。 「あ、あんたは!」 ようやく女性の顔を確認し、驚くアスカ。 「き、霧島マナ...」 「お久しぶりです。アスカさん。」 にこやかに挨拶をするマナとは対照的に、表情を強張らせるアスカ 『これはまずいわ。なんでこんな所にこの女がいるのよ。それもよりによってシンジが来るって時に。』 アスカにとっては甚だ困ったことになった。シンジと二人っきりで、甘いひとときを過ごすため、用意周到に計画を立てたのだ。 マユミにもシンジが来ることを教えていない。邪魔となる可能性のあるもはことごとく排除し、今日という日に備えたのだ。 それが、当日のこの瞬間に、よりにもよって最大の敵、天敵が立ちふさがったのである。 『何とかしてシンジが来る前にこの女を排除しないと。』 甘いひとときどころか、シンジ自体を奪われかねない。アスカは考えを巡らせた。だが、 「私、もう霧島マナじゃないんです。」 え、と思うアスカ。 「そうか、名前を変えたんだっけ。」 10年以上前の、マナとの出会いとその時の事件を思い起こすアスカ。結局その後、軍に追われるマナは名を変え、一人で生きる道を選んだのだ。が、今のアスカにとってそんなことはどうでもよい。 「いえ、そういうことじゃなくって・・・。結婚したんです、私。」 その言葉に一筋の光明を見出すアスカ。結婚しているなら、今更シンジが目の前に現れても関係ない。 最大のライバルが、自分から舞台を下りてくれたのだ。これほど嬉しいことはない。 この時アスカは一つの可能性に気付いていない。 人というものは、たいてい自分に都合のいいものしか見ないし、アスカのような性格だと、自分に都合のいい解釈しかしないから、しょうがないといえばしょうがないのかもしれないが。 「だから私、今は・・・」 マナが何か言おうとしたその時、アスカは視線の先にシンジの姿を見つけ出していた。 最後に会ったのはまだアスカがデブる前、7年ほど前だろうか。シンジは見違えるくらい大人びて、頼もしそうに見えた。 「シンジ〜!」 愛しい人に向かって手を振ろうとするアスカ。だが、 「シンジこっち!アスカさんいたよー!」 シンジに向かって手を振るマナの姿が会った。 「え?」 きつねにつままれたような表情を向けるアスカに向かってマナが微笑む。 「私、シンジと結婚したんです。だから、霧島マナから碇マナになりました!」 ・ ・ ・ 凍り付くアスカ。 「ア、アスカ?」 心配そうな顔をして近づいてくるシンジ。 「え、あ、ああ、シンジ。大丈夫よ。」 とても大丈夫といえるような心境ではないのだが、何とか立ち直ってシンジに微笑みかえす。多少、いやかなり引きつった笑みであったが。 「でも悪いね、アスカも忙しいだろうに。新婚旅行の案内までお願いしちゃって。」 とどめだった。 ・ ・ ・ さて、果たして誰が悪いのだろうか? 実はシンジはアスカにすでに結婚の報告をしていた。それも2度も。 一つは例の電話の際、これはアスカが話を聞いていなかった。 ではもう一つは? シンジは、電話に先だって実はアスカに葉書を出していた。 ここで思い出して欲しい。アスカが”結婚”と書かれた手紙をどう扱っていたか。 そう彼女はシンジからの手紙と気付かず、その場で破り捨ててしまっていたのだ。 そしてこれがその結果であった・・・ その後シンジとマナの新婚旅行に散々付き合わされ、アスカが燃え尽きたのは言うまでもない。 「アスカ、さん。何かあったんですか?」(byマユミ) 「ほっといて・・・」(泣) |