冷たい。冷たい鏡。
触れる先から熱が奪われていく。
このままずっと触れていればきっと。
心まで凍って、完全な魔になれる。


「熱心ですね。何か願い事でも?」
先程まで無かった気配を認めて、殆ど凭れるように預けていた体をセフィロトグラスから引き剥がす。
鏡の間。
ここの空気はいつも冷たい。
否、そう感じるのは私の体温が高いからだ。
私は、声のした方向に視線を落とした。
ここ―セフィロトグラスに続く階段の下に、彼は居た。
御飾りの皇帝を掲げた、現在のワルバラキス城の実権を握る男。
私の支配者。
「貴公以外の者の願いでも叶えてくれるのかな、この鏡は?」
「おやおや、知りませんでしたか?この鏡は、私の願い事だけ叶えてくれないのですよ。」
いつも通りの、他人を見下した様な微笑を湛えて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
冷めた漆黒の視線に絡め取られ、私は動けなくなる。
元より、抵抗など出来る筈がなかった。
私は、そう作られた。
ただ時折、この体が人の体温を保っているのを証明するように、心が軋む。
それを煩わしいと思う冷めた心のどこかで、安堵している。
私はまだ人か。
「どんな願い事をしていたんですか?」
青白い顔が間近にあった。
冷たい指が、頬から顎のラインをなぞる。
問いに答えずにいるとその指は仮面の下に潜り、爛れた皮膚に触れてきた。
背中を、厭な感覚が這い上がってくる。
私の熱を移すように、執拗にその指は爛れをなぞる。
が、一向に熱は移らず指は冷たいままだ。
私は未だ、その冷たさに慣れる事が出来ない。
私の心を見透かした様に、クスリと小さく笑うと、疵に触れていたその手で仮面を押し上げた。
カラリ、と仮面が床に滑る。
「貴方の願い事でしたら、私が叶えて差し上げられますよ?」
顎を捕られて上向かされた頬に、冷たい唇が落ちてくる。
息まで冷たいのだな、と今更ながら思った。
「どうやって?」
落ちてくる筈だった唇を止め、肩越しに遠くを見ていた私の視線に、面白そうに視線を絡めた。
「何故、と聞かないんですね。」
何故、私の願いを知っているのか、と?
「今更、だろう?」
私の事で知らぬ事などないのに、彼は人のようなやり取りを好む。
己以外の真実を知る術を知らぬ、愚かな人の。
幻と真実を見誤る、愚かな人の。
――7人の愚か者
心がまた軋んだ。
またひとつクスリ、と笑う冷たい吐息が耳朶にかかる。
「忘れてしまいなさい、全てを。」
吸い込まれるように、私は鏡に身体を預けた。


忘れたかった。忘れてしまえれば、楽になれたのに。
肌を重ねる度に思い知らされる。
冷たい鏡面と冷たい肌に挟まれて動けなくなる。
私だけが熱い。
私だけが異形。
「熱い・・・ですね。」
首筋にかかる冷たい吐息に、いい加減熱くなった身体が震える。
彼にしてみれば普段より熱くなっている筈のものも、私よりずっと冷たい。
「貴方が中途半端なままなのは、」
自分の熱に蝕まれた頭はその意味を理解できず、言葉はそのまま意識の表面を滑って深層へと落ちていく。
「貴方自身が、迷っているからですよ。」
魔か。
人か。
背を支える冷たい鏡面が、辛うじて意識を現実に繋ぎ止めている。
「選びなさい。」




「仕事をひとつ、お願いします」
「仕事?」
「ええ。ブライの森のその奥の長老の家へ、姫君を迎えに行っていただけますか。」
『選べ』と強要する声が聞こえる。
「クイーンロゼの娘、レッドローズをここへ。」



アトガキ。みたいなの。

いつかちゃんと本にしたい作品シリーズ1。(謎)
Let's Try 一人称。
とても難しくて恥ずかしかったです。(‥‥‥‥)
ところで、どうもテムラーの台詞打ってると、某社長を思い出してしょうがないのですが(笑)


カガミノマゾク〜overture〜

LOST SEVEN
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