新訳:赤ずきん
赤ずきん、赤ずきん
その子は継母に名前を呼んで貰えませんでした
いえ、赤ずきん、が名前だったのかも知れません
何れにせよ、その娘はそう呼ばれていたのです
赤ずきん、赤ずきん
継母が呼びます
はい、お母様
赤ずきんが応えます
年の頃は十歳と少し
大きな目が愛らしい少女です
何故お前は返事が遅いんだい?継母が尋ねます
赤ずきんは少し困った顔をして小首を傾げました
いつものやりとりに母はため息をつきます
理解できない娘だ、と母は思います
そして焼きたてのパンやワインの入ったバスケットを赤ずきんに手渡しました
コレをおばあさんの所へ届けておくれ お前のおばあさんの所へ
はい!お母さん!
赤ずきんはおばあさんが好きでしたので喜んでバスケットを推し抱きました
ワインを割らない様に気を付けなさい パンも穢してはいけませんよ
赤ずきんは大きくうなずき、家の扉を開けました
そこは暗雲が立ちこめる陰鬱な森でした
じめじめと湿っぽく、キノコが所々に生えています
赤ずきんはそれらを愛おしく眺めながら歩き始めました
おばあさんの住む家は街と反対方向にあり、道はドンドン細くなります
赤ずきんは益々嬉々として鼻歌を歌います
そのメロディーはかつておばあさんから教えて貰ったモノでした
上機嫌に柔らかな土を踏み、歩いていると素足で走りたくなってきます
やがて赤ずきんはおばあさんの家に着きました
コンコン 木の扉をノックします
誰かえ?
しわがれた声が問います
赤ずきんです おばあさん ワインを持ってきました
あぁ、入るが良いよ 赤ずきん
赤ずきんはドアを開けて中に入りました
簡素なおばあさんの部屋は必要最低限の家具しか無く、ベットだけが目立ちます
おばあさんは横になっている様で、シーツが盛り上がっています
赤ずきんや、ご苦労だったね 荷物はテーブルに置いて置いてくれれば良いよ
はい、おばあさん
赤ずきんはバスケットをテーブルにおき、ベットサイドに椅子を寄せて座りました
おばあさん、おばあさんの耳はどうしてそんなに大きいの
それはね お前の声をよく聴く為だよ
おばあさん、おばあさんの目はどうしてそんなに爛々としているの
それはね お前の顔をよく見る為だよ
おばあさん、おばあさんの口はどうしてそんなに大きいの
それはね お前に物語を伝える為だよ
おばあさん、物語を聴かせて
いいとも赤ずきん
私は見ての通り狼さ
だがね、その昔私がまだ若い人間の娘だった頃
猟師に恋をしたのさ
私の心なんか知らない猟師は私に乱暴してね
辛くて辛くて、鳴きながらこの森に逃げ込んだのさ
気が付いたらこの姿だった
人間の世界には居られなくなっちまった
しかも私はお前の母さんを身籠もっていてね
産気づいて苦しくて仕方なかった時......
又、あの猟師が私の前に現れやがったのさ
思わず男の名前が口をついて出たのは、私にも意外だったね
まだ好きだったのかも知れない
それで、その猟師は其れが自分が犯した娘と見抜いた
お産を精一杯手伝ってくれたけど.....駄目だった
結局は胎を裂いて、仔だけを助ける事にしたんだ
仔を取り出して、腹を縫って.....私は生きのびている
この家もその猟師.....お前の爺さんが建ててくれたのさ
馬鹿だねぇ 男ってのは無駄なプライドだけは高くてさ
ねぇ、赤ずきん
お前はいつも娼婦の色を身につけているのに処女なんだね
いつかお前がワインを割り、パンを穢す時が来て、何処にも行く所が無くなったら....
この家で一緒に暮らそうじゃないか
もしこの家まで人間が来たら外で生きればいい
お前の母は無理にヒトの世界で生きようとして殺されただろう?
私たちは人狼の血族
それから数年
赤ずきんは狼と人間とを自由に選べる存在だった
そして森は尚一層暗く繁り、月夜に狼を映し出す
一人の男が湖畔で禊ぎを済ませて獣の毛皮を纏った
狼の頭巾を被り、男は吼える
狼の力を得たいが為の儀式 ウェア・ウルフ
そして月明かりは今一人の人狼を照らし出す
少女は全裸で男に近づいた
男は魅入られた様に動けない
少女は狼に化けた
飛びかかり、押し倒す
血族を殺めた男 だが美しい男
男は昂然と狼の声を聴いた
狼はその顔を舐める
繰り返される舌の愛撫
いつしか狼は少女に変わっていた
そして人狼はあたらしい血族を迎えるだろう