1997年 6月30日

IDUMI と IZUMI

IDUMI 〜ポートレートを撮れないと思っていた頃〜

「今回も全滅・・・か。」プリントを見ながら呟いた。

昭和が終わり平成が始まった頃、HARIは上野・不忍池で鵜を追いかけていた。
鵜が飛び立つ瞬間を収めようと、毎週のように通ってはいたのだが、満足できる写真は撮れていない。
良い構図の写真はあるのだが、ピントが浅かったり甘かったりするのだ。

「やはり、機動性を犠牲にしても三脚を使って絞るべきなのかな。」
この時のHARIの器材はNikonFE+MD-14、レンズはトキナーの100-300mmF4ズームを手持ちで使用していた。
「それとも、リアラをやめてISO400クラスのフィルムで2段絞った方が良いかなぁ。」
だが、明確な答えは出せなかった。
「駄目だな、こりゃあ。」

プリントを取りに行った帰りに購入したカメラ雑誌をぱらぱらとめくってみる。
「お、今号にもIDUMIさんが載っている。」
ポートレートのコーナーには、HARIの好みのモデルさんのポートレートがあった。
このモデルさん、最近は一人の撮影者によって撮られた写真が毎号の様に掲載されている。

ポートレート、自分には撮れない写真だな。
なんの根拠もなく、思ってしまう。
興味が無いわけではない。
雑誌に載っていた撮影会に参加しようと電話した事はあった。
だが撮影会連絡先は誰も電話に出ず、結局止めてしまったのだ。
「こんなモデルさんを、こんなふうに撮れたらなぁ。」

自分が撮りたい写真が撮れず、どうすれば撮れるかも分からず、そして「自分が撮りたい写真」そのものが分からなくなってきていた時期。
その後、HARIの趣味から写真は消えていた。


IZUMI 〜気がつけば、ポートレートを撮っていた〜

「新人のIZUMIさんです。」
撮影会主催者といつものモデルさんの後ろにいた女の子が、ペコっと頭を下げた。
いつものモデルさんの友人との事。
気がつけば、HARIは再び写真を趣味としていた。

「どうです、悪くはないでしょう。」主催者が参加者(といいても、全員同じ写真サークルのメンバーだが)に言った。
確かに、悪くはない。
だが、撮影となるとどうなか。
今までの経験で、カメラを通して見た時にモデルさんは変わって見えるのを知っていたからだ。
今回は、撮影前に食事をする段取りとなっている。
ここは当然、事前チェックだ。
彼女には気づかれないように、しぐさ・表情に注目する。

いけるかも、HARIは思いはじめた。
食事は終わり、撮影が開始された。
いつものモデルさんから撮影は始まった。
彼女は、まずは見学・・・、だったが気がつけば撮られはじめている。
あわてて、彼女を撮影しているグループに紛れ込む。
今回がモデル初めてとの事で緊張していたが、撮影にも慣れてくると、良い表情をしてくれる。

いける、HARIは確信した。
彼女は自分にとって撮りやすい。
「○さん」、撮影中盤に彼女の名字を呼んだ。
だが、振り向いてくれない。
「彼女は、○じゃなくて△ですよ。」主催者が訂正してくれた。
「ああ、そうでした。」
でも、なんで○とゆう名字が出てきたのだろう?
その時、忘れていた記憶が蘇ってきた。
○は上野・不忍池で鵜を追いかけていた頃の憧れのモデル・IDUMIさんの名字だったのだ。
あの頃、決して自分には撮れないと思っていたポートレートを、今こうして撮っている。
それも、憧れていたモデルさんと1字違いのモデルさんを。
万感の思いに一瞬とらわれる。

F5のファインダーを通して、微笑んでくれている彼女を見つめる。
彼女と、あの頃の自分の果たせなかった思いに敬意を表して。

心地よいシャッター音が響いた。


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