1997年 3月 1日
先日、カメラ店でおもしろい会話を聞いた。
一眼レフを購入しに来た客が、その店の一眼レフセットに付いているレンズが純正じゃない事を気にしている。
もちろん、純正でそろえる事もできるが価格は高くなるので悩んでいるらしい。
「お客さん、レンズメーカーは、」
店員がどう説明するのか気になったので展示品のカメラをいじりつつ、聞き耳をたてる。
「レンズメーカーはレンズを専門に作っているので、悪いレンズを作って評判を落としたら潰れちゃいますよ。」
「それに、普通撮影する場合は、純正と比べて性能が落ちるわけでは有りませんよ。」
そこまで聞くと、私はその場をはなれた。
なるほど、うまい説明かもしれない。
でも、悪いレンズってどんなレンズだろう。
今の日本で、すぐ壊れるレンズや、ひどい描写性のレンズを市場に出すとは思えない。
また、カメラやレンズの新しい仕様(例えば、ニコンのDタイプ)に完全に対応していない物もあるが、これはレンズの問題とは別の次元の話だ。
レンズの解像度チェックでは、確かに良くないレンズがある。
しかし昔読んだ雑誌には、チャート図についてレンズメーカーの方が「チャート図を撮るためにレンズを買う人なんていませんよ。」みたいな事を言っていた。
確かに今のレンズの解像度は、多少悪いと言われるレンズであっても(学術的な撮影等を除けば)気にはならないレベルに達している。
操作性が悪いレンズも、確かに存在する。でも、これは慣れの問題とそのレンズの性質による所が大きい。
本当に難があるなら改良が行われるはずだし、操作性に大きな難があるレンズが長期間市場にいられるとは思えない。
それに、操作性が悪いレンズは「操作性が悪い」のであって、悪いレンズでは無いと思う。
じゃあ、悪いレンズは存在しないのか?
写真は、「何を撮るか」がきまると使用するレンズの方向性はだいたい決まってくる。
例えば、野生動物や鳥の飛ぶ姿を撮りたい人は、携帯性を犠牲にしてでも明るい大望遠レンズを欲しがるだろう。
街中スナップ派は多少開放F値が暗くても、携帯性の良いレンズを求めるだろう。
風景を撮るなら開放F値はあまり問題では無いが、ポートレートを撮る時は少しでも明るいレンズが欲しい。
なら、明るければポートレート向きなのかと言えば、そうでもない。
キャノンの85mmF1.2はポートレートには向かないとおっしゃる方がいる。
その反対で、サンダー平山氏は自ら大口径明るいレンズ大好きを自称しているだけあって、ポートレートお勧めレンズセットキャノン版には必ずこのレンズを入れる。
その人が撮る写真やレンズ描写の好みによって、その人にとっての良いレンズが決まるのではないだろうか?
悪いレンズは存在しない、とHARIは考える。
存在するのは、悪いレンズではなく「自分の撮りたい写真/自分の感性に合わないレンズ」だけだ。