先日、HARIが持つ資料の山で地殻変動が発生した。
地殻変動が発生すると古い地層が表に現れる為、かなり高い確率で「昔の資料」や「失われた(と思われていた)資料」が発掘される。
今回、発掘されたのは1999年3月〜4月のパソコン雑誌数誌であった。
1999年4月といえば、今からちょうど3年前で区切りも良いので、振り返ってみよう。
当時の「ハイ・スペック」PCは、こんな仕様だった。
(週間アスキー 1999/03/31号)
CPU:Pentium!!! 500Mhz
HDD:12GB
メモリ:128MB
ビデオ:STB nVIDIA TNT 16MB AGP
ちなみに、同じく2002年3月の「ハイ・スペック」PCの仕様は・・・、
CPU:Pentium4 2.2AGhz
HDD:80GB
メモリ:512MB
ビデオ:nVIDIA Quadro2Pro 64MB AGPx4
(双方とも、DELLの36〜7万円台デスクトップPC、2002年3月のスペックはDELLのWEBサイトで見積もった物。)
たった3年でこの進歩は驚愕に値すると同時に、PC市場への不信・不安を感じる。
3年が「長い期間」か「短い期間」かは、人それぞれであろうが、PCを「一般の人が使う機械」と考え、その価格帯を考慮すると「短い」と言えるだろう。
(PCも価格帯はピンからキリまであるが、10万円位のTVやビデオは、故障しない限り3年以上は平気で使っている事と思う。)
TVやビデオは成熟しており、3年位の機械の差は「あまり」無い。
だが、PCの世界では3年は「とてつもない」差がある。
(その証拠に3年前では「達成には課題が山積み」されていたCPU内部クロックの1Ghzは突破され、今や2Ghzも市販されている。)
では、1999年年に発売されたPCが今では使い物にならないかといえば・・・、微妙な所であろう。
もしインターネットや表計算ソフト、ワープロソフトがメインであれば、一部の機能では遅さを感じるかもしれないが十分に使える。
HARIがPentium233Mhzマシンの使用を完全に止めたのは、2002年1月1日からである。
それまでは、インターネットや画像処理に使用していたが、十分使えた。(さすがに速度は遅いが・・・。)
だがゲームやマルチメディアとなると、1999年スペックでは厳しい。
こういった分野の最新製品は、平気で「Pentium!!!800Mhz以上」などといったスペックを求めてくる。
1999年当時にハイスペックPCを購入した人は、そういった分野に興味があるから購入した人が少なからずいるはずである。
もし、1999年に40万のハイスペックPCを36回以上の分割で購入された人は、未だにローンを払っている事になる。
GATEWAYのハイスペックPCを、この当時の広告「1日当りXXX円」につれられて60回分割で購入した人は、すでに存在しない会社のPC(それも、今では価値が購入時の1/10も無いマシン)にあと2年(2004年!迄)も支払いが残っている事になる。
それらのPCを使いつづけるには拡張していけば良いのだが、これとて「お金をつぎ込んでいる」事に変わりはない。
最近の調査では「買って無駄だと思った物」にPCが上位ランクインされている。
そろそろPCも、むやみやたらな「性能向上」から脱して欲しいものだ。
ちなみに、市場が「買い替え需要がメイン」になり、年間販売量が安定した場合、インテルやマイクロソフトの販売戦略は根底から崩れる事だろう。
だからこそ、彼らは「より高性能なハード」を開発し続け、「アップしたマシン性能を消費するソフト」を開発しつづけているのだ。
そう、まるで「泳ぐのを止めたら死んでしまうサメ」のように・・・。
余談
発掘された資料に「週間アスキー 1999年 3月10日号」があったのだが、その号に掲載されている唐沢なをき紙の漫画「電脳なをさん No.144 次はこんな色がみたいぞiMac」は、当時発売された7色のiMac(モニタ一体型の奴ね。)のバリエーションを2P・76機種画いていた。
「蛍光イエローiMac」だの「シャア専用ザク ピンク色色iMac」だの中に、後に本当に発売される「花柄iMac」が・・・。(絵も、そのものずばり。)
世の中、何が現実になるか解らないなぁ・・・。
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