あやかしびと(propeller)
武部涼一(変更不可)は幼い頃から特殊な病院に閉じ込められてきた。その内に秘める特別な力ゆえに。10年以上が過ぎて幾つかの転機があり中でも最大のものを迎えて涼一は外の世界へと抜け出した。幼い頃より過ごしてきた妖狐のすずと共に。
しかし、人妖と呼ばれる涼一に外の世界は安住の地などではなかった。日本でただひとつ人妖のための都市、神沢市にしか逃げ込む場所はない。そこで出会う神沢学園生徒会の面々。如月双七と名を変えた彼は生徒会に迎えられ、夢に描いた学園生活を過ごしていく。
propeller第2弾。実力あるクリエイターが揃ってのブランドがギャグの次に挑んだのは燃えと萌えの共存する伝奇アドベンチャー。挑戦する姿勢は評価したいのですが、個人的には荒川工氏がライターを務めることがないのが悩ましいところ。好きなんですけどねぇ、氏の文章。
購入動機はアリスソフトの「ぱすてるチャイムContinue」がこちらの期待に添えない出来であったから。身も蓋もないですが本当。期待通りの出来であったなら手を出す暇はなかったはずなので。
初回特典はあやかしぼん。ゲストによるカラーイラスト、対談、原画紹介、早い話がスタッフによる同人誌。正直に言えばこれくらいはデフォルトでつけて欲しい気がします。マニュアルはペラペラだし。
大した内容ではありませんが修整ファイルが出ています。該当する症状の方はあてておきましょう。
ジャンルは伝奇アドベンチャー。システム的に変わったところはありません。
足回りは平均以上。ただし、工夫の余地もあり。メッセージスキップは既読未読を判別して高速、ではありますが文章量が半端ではない上に選択肢間が非常に開いているので相対的に遅く感じます。なにせ、2周目以降はルート分岐の選択肢までスキップでも30分ぐらいかかりますから。選択肢単位のスキップがあると良かったように思います。現時点の仕様では時間潰し道具必須。
バックログは別画面で行い、恐らく最初まで戻れるのではないかと。ボイスのリピート再生も可能、ホイールマウスにも対応しています。
他にもボイスのオン/オフがキャラクター毎にできるなど設定面はきめ細やかに調整可能。それだけにスキップ面での配慮不足が惜しまれます。
個人的に困ったのはクリックの設定。クリックしている時間が少しでも長いと問答無用で未読スキップを始めるのは勘弁して欲しかったです。この機能にはかなり泣かされました。
シナリオは筋書きの緻密さよりもノリや勢いを優先した構成。上のあらすじからもわかるように逃亡者が学園生活で癒されムードだったり、鬱展開っぽかったり、ラブコメだったり、バトルだったりするのでかなりごった煮のような印象があります。設定も物語の大筋を決めてからそれに合わせて作ったような感があるのでシナリオを重視する方やトータルカラーが気になる人には苦しい面があります。限定して作られた設定も必要充分とは言えません。
しかし、ごった煮された素材のひとつひとつは実に良くできているのでゲーム全体に有無を言わせない迫力と勢いがあります。短所を長所で覆い隠すことに大体において成功しているのではないでしょうか。ボリュームもかなりのもので波長が合えば満足度は相当に高いです。
日常会話は数多いキャラクターの個性がうまく出ています。笑いも思った以上に散りばめられていて飽きることなく読み進められるのではないかと。シリアス→ギャグという流れでもそれ用の曲をテキストに先行させて流すなど工夫が感じられます。
戦闘はキャラクターの個性と必殺技の見せ方で勝負! といった感じ。きっちりした流れの中での駆け引きの描写などを求める方には向いていません。熱さこそが全てといっても過言ではないです。
主人公とヒロインが惹かれ合う過程の描写はかなり弱め。説得力という言葉を持ち出すと苦しいシナリオが多いです。惹かれあった後の描写は十分すぎるほど雰囲気が出ているのですが。
4つのシナリオの中でどうにも不備が目立つのがオーラスであるすずシナリオ。これまでは短所を隠してきた長所があまり機能しておらず、必然的に弱点が剥き出しになってしまっています。主人公よりも強力なキャラクターの扱い(出番)に明らかに困っていたり、伏線の回収が巧くなかったり、展開が意味不明であったり、まとめとは言いにくい締めくくりであったり、と最後に息切れしてしまったように見えるのは本当に残念。
Hシーンは微妙に意図不明な面も。挿入する箇所がシナリオの流れを切ってしまうところだったり、ユーザーに求められているとは思えないキャラに用意されていたりするのはどうかと思います。メインヒロインに関しては可もなく不可もなく。回数は2回程度。
CGは本作の格好良さの多くを一手に引き受けています。ただし、戦闘シーンのカットイン演出はあまりうまくいっているとは言えません。ギャグを引き立てるSDカットも可愛らしいものが揃っていて、原画家の多才さを感じさせます。
立ちCGとイベントCGは仕上げの時間に差があったのか、両者の間に隔たりが存在してしまっています。出来としては立ちCGの絵はやや不安定で固く、イベントCGは柔らかな感触を受けました。どちらかといえば逆よりは良かったと思いますが、統一感に欠けるのはもったいないところ。
背景は全体の中ではもう一歩な仕上がり。純粋な枚数もシナリオのボリュームからすると少ないですし、流用の仕方もちょっとなりふり構わない感じ(ヘリポート、道路など)でやや印象が悪いです。
音楽はシーンに応じた曲がしっかりと用意されています。前述したギャグシーン用の曲の使用法など巧いです。ただ定番の旋律が多いのでプレイ中は効果大ながらもプレイ後に記憶に残りにくいのが残念なところ。
ボイスは主人公も含めてフルボイス。既に書いたように個別にオン/オフが可能ですが、主人公の声は性格とは合致しているものの、やや人を選びそう。ヒロイン陣は文句のつけようもないハイレベル。有名所が揃ってその名に恥じることのない演技をしています。そのさらに上を行くヒーロー陣(主人公を除く)。誰もが一度は聞いたことのあるであろう著名な表の方々が参加していてもう夢のキャストと言っていいほど。このために買っても後悔しません。
まとめ。予想外の大作。まさしく伏兵というべき存在。果たして事前にどれだけの人がこの作品がここまでの出来だと予見したでしょうか。熱いノリが好きな方にオススメ。相性が良ければ今年の3本指に入る作品になることでしょう。
お気に入り:加藤虎太郎、一乃谷兄妹、トーニャ、ウラジミール、飯塚薫
評点:85
以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。
1、如月すず
色々と微妙。すず以外の3人のシナリオで「彼女は家族、ドキドキではなくてホッとする相手」と同じ結論(理由)を出してきたのに、このシナリオでいきなり恋愛対象にされても正直ついていけない。ましてこれまで一緒に寝ても、全裸を見ても平気の平助(この表現すごく多かったなぁ)だった訳だから。
薫シナリオで彼女を苛める様子なんかは大変好きです。好感度高め。人間とは感性の違う様子が少しではあるが出ていたと思うので。まぁ、主目的は薫の芯の強さの表現の方であるんだろうけど。双七に告白された後でほとんど躊躇う様子なく明かしたしね。
オーラスシナリオが激しく盛り上がりに欠けるのは言霊の能力にも問題があると思う。耳を塞げば全く通用しないというのはそこらの人妖にも劣る能力だと思えてしまう。せめて直接、肌で音波を浴びてはいけない、くらいの設定にするべきだったのではないかと。さらに能力が使えなくなったことによってさらわれても(心配はしても)危機感が全くないのが盛り上がらない大きな原因ではないでしょうか。言霊が取り消すことができないという設定もなんだかおかしいしね。
2、上杉刑二郎
もう一歩、存在意義が薄い。いかなる意味においても彼が副会長である理由がよく分からない。神沢学園の中でも実はそんなに強くない?
3、七海伊緒
ああ、ヒロインでなくて良かった。本当に、心の底からそう思いました。いざヒロインとなったら本作の場合、刑二郎と三角関係鬱風味シナリオとか平気でやりそうデスヨ。
4、新井美羽
まぁ、伊緒よりは、ね。
5、愛野狩人
どう見ても人数合わせのギャグ担当。なぜいるのかわからないほど存在に価値というか意味がない。
6、一乃谷愁厳
形としては刀子の引き立て役になっているのは仕方のないところか。一乃谷の宿命でもあるし。厳格な姿と照れた時のギャップが良い感じなのですが、戦闘面ではかなり不遇な扱いを受けているような気がしないでもありません。
7、一乃谷刀子
凛々しさは見てわかりますが、慌てふためく時に見せる姿は予想外の可愛らしさ。本作一番の萌えキャラと評されるのも納得です。ボイスも魅力増に大幅に貢献、すっかりクセになった私がいます。
シナリオ展開のせいか刀子先輩は立ちCGの豊富さも大きな魅力。イベントCGは原画の方がいいものがあるようで複雑なところ。巫女服Hの最後のカットとか照れた表情が明らかにCGより可愛いですよ。
シナリオはすずが双七を見捨ててしまう流れがあったのが良かったです。やっぱり刀子先輩にとっては自分のシナリオなのですから特別なところが欲しい訳で。終わってから考えるとこれが一番の異色シナリオでしたな。九鬼耀綱も味方だし、どこか不思議な気さえしてくるシナリオでした。
8、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナ
キャラクター造型と声優の勝利。シリアス良しギャグ良しと完璧に近いバランスを誇っています。ついでに言えば変態兄貴も装備とおよそ隙というものが見当たりません。通常はギャグモードでもって存在感を誇示しておいて、待ち構えていたようなタイミングでシリアスモードを起動。この無敵のコンビネーションを前にして、あからさまに怪しい演技をしているのに主人公はあっさり撃沈されてます。
シナリオはもうトーニャとウラジミールの物語と言っても過言ではありません。主人公はおまけに近いです。
9、ウラジミール
本作のギャグ魔神。シリアス顔での笑いは破壊力抜群。中の人の演技が素晴らしく、さすがの一言。トーニャの相棒として相応しいスペックを持ち合わせています。刀子シナリオでの小さな活躍(?)も見逃せないところです。
10、飯塚薫
設定面は実に良いキャラであるのですが、それを充分に活かしきれていないように思います。描写のほとんどが過去に偏っているのがもったいないポイント。双七と別れて以降に何を求め、何を得られ、何を得られなかったのかがほとんど描かれていないので薫の態度に関して説得力以前の話になってしまっています。言いたいことは概ねわかるのだけれど、実際に書いていないのではねぇ。序盤は外の世界の自分に固執しているように見えたのに、それを失ってもまるで平気というあたりがなんとも。
昔の部分に限っても薫はショタなんですか? と普通に聞きたくなるくらいで。だって何らかの特別な理由がないとあれを我慢するはずないですよねぇ。この部分に関してすずシナリオのくるみ凌辱はどうかと思います。わざとやっているのかと思うくらい状況が似ているのにまたしても助けられないというのはどうかと。間接的に主人公が成長できていないと証明してしまっているような。
11、加藤虎太郎
超絶無敵の格好良さ。これぞ主人公、これぞヒーロー。これぞ男の中の男。という訳で実際には飯塚薫シナリオではなく、間違いなく加藤虎太郎シナリオでした。先生がいれば肝心な時に不在の鴉の一族は必要ありません。さくさくとリストラしましょう。
ウラジミール同様、中の人が素晴らしく豪華なキャスティング。私にとってエロゲーにおけるひとつの夢が結実した瞬間でした。