おかしな求婚
伊達 梶乃
〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉 深夜。退役軍人病院精神科1階の調理室から火が上がった。なぜか開け放たれている窓から炎が噴き上がる。
病室を開けて回り、入院患者を避難させる当直の医師、看護師、介護士たち。寝ぼけている入院患者、パニックを起こして叫びながら走り回る入院患者、病室の隅に丸まったまま動こうとしない入院患者、面格子の嵌まった窓から飛び降りようとする入院患者を格子から引き剥がそうとする看護師、廊下を匍匐前進していく入院患者に躓いて倒れる入院患者、泣き喚きながら医師にすがりつく入院患者、その他いろいろ、全然避難できていない。
サイレンを鳴らしてやって来た消防車が玄関前に急停車し、消防士が2人躍り出て、病院内に駆け込んでいく。そしてすぐに入院患者1名を連れて駆け出てきて、消防車に乗り込む。ハイスピードで去っていく消防車。入れ替わりに何台もの消防車がやって来て、消火活動を始める。
病院から少し離れた路地裏に停まっている消防車。その中に残された2着の消防服と、1着のパジャマ上下およびナイトキャップと涎かけ。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉
「ただいまー。何かもう嫌んなっちゃうね、不景気でさ。金ヅル探しに行ったってのに、リッチなマダムはみーんな宵のうちに帰っちゃって、夜中過ぎまで残ってるのはたかり屋の若いコだけ。んな、俺にたかったってカクテルの1杯くらいしか奢らないってのに、わかっちゃいないんだから。」
肩を竦めてぶつくさ言いながら、フェイスマンのご帰還。現在、午前8時。午前様と言っていいものかどうか。ミイラ採りがミイラになったのでないといいが(Aチームの財政的に)。まさか終電で寝込んで遥か遠くまで行ってしまったのではあるまいか。これはこれで、運賃が洒落にならない額になったりするものだ。
そんなフェイスマンのぶつくさの先は、アジトのソファにいつもでーんと座っているハンニバル。ここのところハンニバルは起床が早い。年のせいとは思いたくないフェイスマンである。
「あ、ごめん、コングだったか。てっきりハンニバルかと。」
そう、フェイスマンがハンニバルだと思って話しかけていたのはコングだった。コングならこの時刻、起きていて当然。むしろ、起きてジョギングに出かけて戻ってきて食事してアルバイトに行こうかという時刻。
「間違っちゃいませんよ。あたしですよ、あたし。」 コングがハンニバルの声で言った。
「え? 何、ハンニバル、どっかに隠れてんの?」 と、フェイスマンはソファの後ろ側を見た。しかし、ハンニバルはいない。
「お前さん、あたしが変装の名人ってこと忘れちゃいませんかね?」
「いや、忘れてないけどさ、変装ってレベルじゃないでしょ。コング本人だよね? 何、俺、ドッキリ仕掛けられてんの? 俺の力量、試されてる?」
びっくりはしていないが、あわあわとするフェイスマン。おろおろすらしている。
「そんな慌てなさんなって。この間、特殊メイクの講習会に行ってな、それを変装に採り入れてみたんだ。どうだ、コングそっくりだろう? 肌の質感と言い、ヒゲと言い、モヒカンと言い。」
モヒカンは特殊メイクじゃなくヅラだろう。ヒゲだってつけヒゲだ。
「どう見たってコング本人だよ。ハンニバルの何をどうすればこうなるわけ?」
ハンニバルの変装だとわかったフェイスマンは、さわさわとモヒカンやヒゲや肌を触ってみていた。
「おい、ハンニバル、そろそろ種明かししてやろうぜ。」 今度はコング風ハンニバルの口からコングの声が出た。
「このまんまでも面白いんですけどね。」 コング風ハンニバルの口からハンニバルの声が言う。
「どういうこと? わけわかんないよもう!」 「これだ、これ。」
コング風ハンニバルだと思っていたコングが口をあんがーと開け、上顎に貼りつけていた小さな機械を指で摘まんで取り出し、唾液でぬちょぬちょのそれをフェイスマンに見せた。
「高性能の小型防水ワイヤレススピーカーだ。これでハンニバルの声を俺の口から出して、俺は口パクしてたってわけだ。」
「イコライザの調整が大変でしたけどね。スピーカーが小さいから、どうしても高音寄りになるし、コングの口の中で反響すると、どうもあたしの声とは違ってしまいましてね。あたしが聞いてる自分の声と、お前たちが聞いてるあたしの声とは違うし、コングの聞いてるあたしの声も、口の中から聞こえるもんで、外から聞いてるのとは違って聞こえるし。」
そう言いながらインカムをつけてリビングルームに入ってきたのは、マードックだった。口から出ているのはハンニバルの声。
「結局、ラジカセで録音しながら調整したもんな。面倒臭かったぜ。」
コングが、ハンニバルの声を発するマードックに言う。そのコングの表情と態度は、普段マードックに向けられるものではなく、どちらかと言うとハンニバルに向けられるもの。ということは、これはハンニバル。後ろ髪の跳ね方や、ネルシャツのヨレ方とか、コンバースの汚れ方とか、全くもってマードックの姿ではあるけれど。
「ふふふ、このモンキーは本物のモンキーじゃなくて、ハンニバルだ!」
ツカツカとマードック(ハンニバル?)の前に歩み出たフェイスマンは、マードックの顎の下の皮を掴んだ。変装のマスクを剥がすために。
「いででででで。やめやめやめやめ、マジ痛えからストップ!」 マードックの声で、ハンニバルと思しきマードックが喚く。
「それも演技なんでしょ? それにしても、よくくっついてて取れないな、このマスク。」
演技だったら相手は上官なんだが、いいのかその狼藉。演技じゃなくても上官か。 「やめてやれ、フェイス。」
今度こそハンニバルが姿を現した。インカムつけて、何らかの機械を抱えて。 「それはあたしじゃなくてモンキーだ。」
ハンニバルの姿が見えているんだから、言われなくてもわかる。フェイスマンはマードックから手を離した。
「はー痛かった。ここ、血ィ出てねえ?」 解放されたマードックが顎下を摩りつつも、その部位をコングに見せる。
「残念ながら、何も出てねえぜ。ちっと赤くなってるだけだ。ほら、マイク返せ。」 「あいよ。」
マードックも口をあんがーと開けて、高性能小型防水ワイヤレススピーカーを上顎から取って、唾液でぬちょぬちょなのをズボンに擦りつけてからコングに渡した。
「何で俺のこと騙すわけ?」 口を尖らせて、フェイスマンがハンニバルに尋ねる。
「お前さんを騙せたら、この方法、誰にだって通用するってことだろう?」
「何をどう通用させる気なの? スピーカーつけるの協力者じゃなきゃいけないわけだし、変装の名人を名乗ってるハンニバルは変装しないで隠れて喋ってるだけだし。」
「むむ、それもそうだな。」 「いいじゃねえか、フェイス。新しい機械を試したかったってだけだ。悪かったな、許してくれ。」
「うん……許すか許さないかって言ったら許すよ、そりゃあ。」 コングに謝られて、怒るに怒れないフェイスマンであった。
「それで大佐、オイラを病院から連れ出したってことは、何かお仕事?」
まさかこれだけのために、退役軍人病院精神科に火を放って消防車で駆けつけ、消火のどさくさに紛れてマードックを攫っていったわけではあるまい。因みにこの一件のせいで、Aチームの罪名に放火が加わった。
「そうだ、フェイス、仕事だ仕事。どんなのが来てる?」 「ええとね。」 懐から手帳を取り出し、ページを捲って読み上げる。
「スシレストランの店長から。保健当局に“サルモネラ菌の中毒者が出たので営業停止”と何度も繰り返し嫌がらせを受けているので、保健当局の悪事を暴いてほしい。」
「そりゃあ嫌がらせじゃなくて本当のことだろう?」
「俺もそう思う。生卵を絡めてソイソースで味つけしたライスを出してるって言ってたから。」 「生卵はいけねえぜ。あいつァ腹に来る。」
「それ、店長に“この国の卵は生食禁止”って言ってやんねえ限り被害者が増えるから、早く言った方がよくね?」
「じゃあ、この後すぐに行って、禁止して、相談料貰ってくるよ。お次は、ダチョウの卵で作ったホビロンを売り出したいっていうベトナム料理屋やってるオーストラリア人からの相談。」
「いつからあたしたちは相談所になったんだ?」 「そういうのはAチームの仕事じゃねえって断れ。」
「でも俺たちを頼って来てるわけだから、話聞いてあげないと。」 「フェイスらしくねえじゃん。一文にもなんねえことに時間使ってさ。」
「ああ、確かに俺らしくないか。何かもう金欠に慣れちゃって。金次第で何でもやってのけるAチームだったよね、俺たち。ハハハッ。」
眉をハの字にして笑うフェイスマン。 「とりあえず、ホビロンはアヒルの卵で作ってこそ、だ。」
「だな。ダチョウの卵でホビロン作ったら、羽がゴツくて食いにくいだろ。喉に刺さるかもしんねえぞ。」
「ダチョウの卵、でかいから、どんくらい加熱すんのか見極めが難しくねえ? 生のダチョウの胎児なんて食いたかねえよ。」
「じゃあ、この件も“危ないからやめろ”って言っておく。次。エンジェル経由で、地主の息子に村から追い出されそうなんで何とかしてほしいっていう依頼が来てる。」
「それは俺たちの仕事っぽいな。」 「卵も関係なさそうだしな。」
「それが、関係ないわけでもないんだよね。依頼主の仕事、ヒヨコの雌雄鑑別師だって。」
「何でヒヨコの雌雄鑑別師が、それも地主本人じゃなくて息子に追い出されるんだ?」 「オスとメス、間違えまくったからじゃねえの?」
「間違えたって地主にゃ関係ねえだろ。いや……地主の息子が養鶏業者って線もあるな。」
「よし、ヒヨコの雌雄鑑別師のとこに行って話を聞こうじゃないか。場所はどこだ? ミネソタか?」
卵と言えばミネソタなのは、日本の年配者だけが持つ概念。 「えーと、何て言えばいいんだろう、ロスとシスコの間? フレズノの南の辺り。」
「割と近えじゃねえか。」 飛行機を使わずに行ける場所だとわかって、コングの表情が和らいだ。
「それじゃ、俺、生卵のとことホビロンのとこに行ってくる。ハンニバルたちは先に依頼人のとこに向かってて。」
フェイスマンは手帳にメモった住所と簡単な地図を、ローテーブルの上にあったチラシ(新聞に挟まっていたもの)の裏に書き写すと、コングに渡した。
「……大変だぜ、フェイス。」 チラシを受け取ったコングが目を見開く。 「何、どうしたの? そこ、何かヤバい場所?」
「これ見ろよ。」 裏が白いチラシの表側をフェイスマンに見せるコング。 「卵が半額だぜ! 1人1パック限りだけどよ。」
「いつ? どこで?」 「今日だ。この先の公園でバザーがあって、そこで売ってる。」 「ハンニバル、いい?」
フェイスマンがお伺いを立てる。 「うむ。全員で向かうとしよう。」
そんなわけでAチーム一同、半額の卵を買いに颯爽と公園に向かったのであった。
〈Aチームのテーマ曲、再び始まって0.5秒で終わる。〉
ロサンゼルスから車で2時間ほど。長方形に区切られた各種の畑が延々と広がる地帯。その途中、特に目印もない脇道に入り、林の中へ。それを超えると、いくつかの民家と建屋があった。少し離れたところに建つ立派な屋敷は、地主の家だろう。
適当な場所に車を停めたコング。 「地主に追い出されるってえから畑とかあるもんだと思ってたけど、そういうわけじゃねえんだな。」
「ヒヨコ鑑別師だしな。」 車から降りて辺りを見回すAチーム−1名。平飼いされている鶏はいるが、人の姿は近場にはない。
「あ、あそこに人がいる。」 アラスカ人並みの視力を持つマードックが遠くを指差した。
「あんな遠くまで行かなくても、どこかの建物の中に人がいるはずだ。」
つかつかと歩き出したハンニバルが、手近な建物の扉をドンドンと叩いた。ドアチャイムなどないので。 「こんにちは、誰かいないか?」
ややあって、扉が中から開き、年配の男性が顔を覗かせた。 「おやおや、村の外の人が訪ねてくるなんて珍しい。こんにちは、何の用かな?」
ドアの中に目を凝らすと、そこは家屋ではなく鶏小屋だった。屋内ではあるが天窓から陽光が入り、明るく清潔そうな環境の中、鶏が自由に歩き回っている。
「ええと、何て言ったっけか。」 と、ハンニバルがコングの方を振り返る。 「ユーナ・バルチャックだ。」
コングがチラシの裏に書かれた名前を思い出して答える。
「そうそう、ユーナ・バルチャックさんに会いたいんだが、彼女のお宅を教えてもらえないか?」
「ああ、地主の息子の件だな。ってことは、あんた方、Aチームか。」
「そうだ。俺はハンニバルことジョン・スミス。それとコング、モンキー。後からフェイスマンってのが来る。」
「俺はミロス・コジャール。鶏に卵を産ませてる。」 「ほう、卵を。」 としか言えない。 「そうだ、卵だ。」
深く頷くおっさん。 「して、ユーナさんのお宅は?」 「隣だ。」
作業用グローブを嵌めた手で隣を指差すおっさん。その方向をぐりっと見るAチームの3名。隣と言うには少々距離がある場所に建物があったので、ハンニバルはコジャール氏の方に顔を戻した。
「わかった、ありがとう。」 「どういたしまして。」 そうして3人は隣の家に向かって歩き出した。
「ここで生まれた卵を鑑別するわけか。」 「違うぜ大佐、鑑別するのはヒヨコ。卵の段階じゃオスメスわかんねって。」
「ってことは、どっかで卵が大量にヒヨコになってるってこった。壮観だろうな。」
次々と孵化するヒヨコを想像して、コングがニンマリと笑った。子供好きなコングは、他の脊椎動物の子供も好きなのである。特にヒヨコは、小さくてホワホワしていてピイピイ鳴いていて可愛い。
「でもヒヨコ、孵化してすぐはホビロンの中身っぽくて、あんま可愛いもんじゃねえよ。」
そう、マードックの言う通り、孵化後ちょっとして羽が乾いてから可愛くなるのだ、ヒヨコは。
〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
スシレストランを訪ね、作務衣姿で和帽子を被った店長に、食品衛生学の本を開いて指し示しながら卵の生食は危険であることを伝えるフェイスマン。愕然として、がくりと一枚板のカウンターに手をつく店長。懐から3つ折りの紙を取り出したフェイスマンが、それを開いて店長に突きつける。黙読して頷く店長、笑顔を見せるフェイスマン。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉
ヒヨコについて話しているうちに、3人は隣の家の前に到着した。ハンニバルが扉をドンドンと叩く。この界隈にはドアチャイムが存在しないようだ。
「こんにちは!」 ややあって中からドアが開き、若い女性が顔を覗かせた。 「はい?」 「ユーナ・バルチャックさん?」
「ユーナは姉で、私は妹のユーラです。姉にご用ですか?」
「地主に追い出される件で来たAチームのハンニバル・スミスだ。後ろのはコングとモンキー。後からフェイスが来る。」
“地主の息子”が“地主”に置き換わっているが、Aチーム的には大した問題じゃない。
「はいはい、話は姉から聞いてます。まさか本当に来てくださるとは。どうぞ、中へ。今、姉は仕事中なので、少々お待ちください。」
建物入ってすぐの場所は、彼女たちの住居のようだった。テーブルと椅子と、簡単なキッチン。3人が入るとみっちみちの狭いスペース。幸い椅子は4つあり、Aチーム全員が着席することは可能。しかし、そうすると、うら若き女性を立たせることになる。目配せした3人は、ユーラに席を勧められたものの、座ったのはハンニバルだけで、コングとマードックは警戒しているかのような動作でささっとドアの両側に分かれて立つと、何気なく壁に寄りかかった。窓があれば、もっとよさそうな配置になるんだが、窓はなかった。
「コーヒーでいいですか?」 カップを手に、ユーラが尋ねる。 「ああ、貰おう。」 「俺には牛乳をくれ。冷たいやつだ。」
「俺っちは甘くてぬるいコーヒー牛乳がいいな。」 我儘な一同である。
ユーラは3人に希望通りの飲み物を出すと(コングとマードックは立ち飲み)、掛け時計を見上げた。
「あと数分で休憩時間になります。私からお話ししてもいいんですが、この件、姉が主導ということになっていますので。」
「こっちは1人まだ来てないが、いつ到着するかもわからんから、ユーナさんが休憩に入り次第、話を聞くことにしよう。」
待っている間、3人は周囲を見回した。玄関のドアの正面に、奥に続く扉。それとは90度の位置にも扉があるが、恐らくバスルーム(トイレ含む)に続くのだろう。その扉の対面には壁に沿って階段がある。2階は寝室なのだろう。壁には時計の他に、初生雛鑑別師と初生高等鑑別師の認定状が額に入ってかかっている。それと、両親と幼い姉妹の写真も。
「ユーラさんはヒヨコ雌雄鑑別師じゃないのか?」 認定状に入っているユーナの名前を見て、ハンニバルが尋ねた。
「ええ、私にはあんな難しいことはできません。」
その時、バスルームなんじゃないかと思われていた扉の向こうでタイマーが鳴る音がして、ややあってからユーラそっくりの顔立ちだが眼鏡をかけた女性が、目をしぼしぼさせて出てきた。衛生服に身を包み、髪も衛生帽で包んで、無論、手にはゴム手袋。外したマスクを手首にかけている。
「ユーナ、Aチームが来てくれたわ。」 眼鏡をかけていない方のユーラが姉に声をかける。
「え、あ、ホントだ、ようこそいらっしゃいました。こんな格好でごめんなさい。」
ぺこりと頭を下げるユーナは、今週給食配膳係の学級委員長のようだった。 「そんな、格好なんて気にする必要ありませんよ。」
優しくハンニバルが言う。
「こちらがAチームのハンニバルさん、それと、あちらがコングさんとモンキーさん。で、お待たせしました、姉のユーナです。」
「お待たせして申し訳ありません。ユーナ・バルチャックです。」 またもやユーナが頭を下げる。
「いやいや、何の予告もなく来たあたしたちもいけませんでしたわ。」
リーダーの言葉に、コングとマードックも頷く。コングに至っては、「行く前に電話しろよな。いきなり行ったら留守かもしんねえだろ」と誰にともなく呟いている。眉間に皺を寄せて。
「いえいえ、こんな辺鄙なところに来てくださって、本当にありがとうございます。」
衛生帽とゴム手袋を取って、裏返した衛生帽にゴム手袋と畳んだマスクを突っ込みながらユーナが言い、ユーラからコーヒーを受け取り、立ったまま飲む。
「お疲れのところ悪いんだが、早速話を聞かせてくれないか?」
「はい、新聞社のアレンさんにお話したように、地主の息子にここから追い出されそうなので何とかしてほしいんです。」
「アレンとはどういうご関係で?」
「以前、アレンさんにインタビューされたんです。若い女性のヒヨコ雌雄鑑別師は珍しいってことで。その時に、困ったことがあったら相談してほしい、仕事柄、いろいろと伝手があるから、と言われまして。それを思い出して、アレンさんに電話したんです。」
「なるほど。」 「地主に追い出されるってこたぁ、ここは借家なのか?」 そう訊いたのはコング。
「そもそもは両親が地主さんに土地を借りて、さらに借金をして建屋を建てたそうです。でも、長年に亘って支払いを続けて借金と利子を返し終え、ご厚意で土地の所有権を譲ってもらったと聞いています。だから、追い出される謂れはないはずなんですけど、地主さんの息子が私たちに条件をつけて、その条件を飲まないなら出ていけ、と。」
「その条件とは?」 「……私たちのどちらかが自分の嫁になれ、と。」 言い難そうにした後、吐き捨てるようにユーナが言う。
「玉の輿じゃん。」 そう言ったマードックは、ユーナとユーラに睨まれた。
「私たちだって、地主の息子が私たちのどちらかの方を心から愛しているというのなら考えないでもないですよ、私は嫌ですけど。」
「私だって嫌です。」 2人ともが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「でも、どちらでもいいから、って言うんです。馬鹿にすんな、って言いたいですよ。」
「もしかして地主の息子はお2人を区別できないんじゃないか? お2人さん、双子でしょう?」 「ああ、眼鏡がなかったら区別できねえ。」
「ヒヨコのスペシャリストがユーナさんで、そうじゃねえのがユーラさんだから、ヒヨコがいなかったら区別できねえよ。」
今この場にヒヨコはいないので、マードックは2人を区別できていないということになる。目の前にいて服装も違う2人を区別できないのは、頭が相当アレであると言っていいだろう。
「ユーラはヒヨコの前段階、鳥類の卵を孵化させるスペシャリストなんですよ。卵の廃棄率がすごく低い上、鶏でもウズラでも七面鳥でも指定された日時と個数の通りに孵化させられるんです。この奥がユーラの仕事場で、孵卵器がずらっと並んでいて、研究所みたいですよ。」
ユーナが玄関の対面にあるドアを示した。
「いえ、私はそんな、スペシャリストってわけじゃなくて、母が残したデータに従って卵を孵卵器に入れているだけです。」
「それを言ったら、私は父さんに習った方法でヒヨコのオスとメスを分けてるだけよ。まず体格と姿勢で雛を分けて、それでわからなかった雛は羽を見て分けて、品種によっては色で分けて、最後の手段として総排泄口を見て分ける。こんなの、小さい頃からやってれば、誰だってできるわ。」
「門前の小僧ってやつだな。」 門前の小僧は経を習っていないけど、ユーナはヒヨコ鑑別法を習っているから、その辺がちょっと違う。
「あ、そうだ、ヒヨコ持っていかないと。ちょっとごめんなさい、10分くらい待っててもらえますか?」 「手伝うぜ。」 「オイラも。」
「じゃあ、お願いします。メスはコジャールさんのとこへ、オスはマイルスキーさんのとこへ……って場所わかりませんよね。」
「コジャールさんは隣だろ? マイルスキーさんちは知らねえが。俺がコジャールさんとこにメスを持ってくから、モンキー、お前はユーナさんと一緒にマイルスキーさんちにオスを持ってけ。」
「よっしゃ。」 「マスクとゴム手袋はつけてください。ヒヨコと我々の、お互いの健康のために。」
〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
ベトナム料理屋を訪ね、男物のアオザイを着ている店長(オーストラリア人)に、鳥類図鑑の卵の大きさ比較のページと雛の大きさ比較のページと羽の大きさ比較のページを順に見せながら、ダチョウのホビロンは加熱時間が思っている以上にかかることと、胚(中身)の羽が固いため喉に刺さる可能性があることを伝えるフェイスマン。愕然として、エアーズロックのポスターが張られた壁に凭れかかる店長。懐から3つ折りの紙を(以下略)。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉
女性用のマスクとゴム手袋をつけてぱっつんぱっつんになっているコングとマードックが、ユーナの後ろについて彼女の仕事場に入った。ユーナが電気のスイッチをオンにすると、今まで静かだったヒヨコがピヨピヨと鳴き始めた。
「かなり眩しいな。もうちっと眩しさ抑えねえと見えるもんも見えねえんじゃねえか?」
「ヒヨコ見分けなきゃなんないんだから、明るい方がいいに決まってるだろ。」
明るさに目を細める2人。狭い部屋の低い天井すべてを白色光の蛍光灯が覆っていると言っても過言ではない。
「明るくないと、総排泄口で見分ける時によく見えないんです。電気スタンドを使っていたこともあるんですけど、光源が近いと白熱電球じゃ熱くて。ちょうどいい形と大きさの蛍光灯の電気スタンドって売ってないんですよ。」
こういうの、と、欲しい電気スタンドの大きさと形を手で表現する。高輝度白色LEDが開発され市販されるのは、まだ先の話である。
「けどよ、こんなに明るくちゃ、あんたの目に悪いだろ。」 そうコングが気遣うと、彼女は哀しげに微笑んで「そうですね」とだけ言った。
「さ、運んじまおうぜ。ユーナさん、先導よろしく!」 空気を読まないマードックが、ヒヨコを載せたトレイを持ち上げた。
「そっちはメスです。」 ユーナに言われて、そのトレイをコングに渡し、もう1つのトレイを持ち上げるマードックであった。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。〉
ほくほくとした顔でコルベットを走らせるフェイスマン。ドライブイン(日本で言うドライブイン。アメリカで言えばダイナー)を見つけて減速し、駐車場に入る。
ドライブインに入店しカウンター席に着いたフェイスマン、寄ってきたおばちゃん店員にメニューを指し示しながら注文する。すぐさま出されたコーヒーを受け取り、店員にあれこれ質問するフェイスマン。セクスィ〜な仕草で上着を脱いで横のスツールに置き、ネクタイを緩めるハンサムガイに、質問に答えるたびにステキな笑顔を向けられ、満更でもないおばちゃん店員。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。〉
「オスは廃棄するんじゃないのか?」
残されたハンニバルが、マスクの箱とゴム手袋の箱を片づけているユーラに尋ねた。大手の鶏卵業者はオスのヒヨコを大量に殺処分しているという報道を聞いたことがあったので。それも、肉をミンチにする機械に生きたままのヒヨコを放り込むとか何とか。
「今日のは肉用の鶏の雛なので、オスもメスも育てます。それぞれ最適育成条件が違うので別々に。交配用の鶏は、オスメス一緒に育てます。採卵用の鶏のオスは、売れるほどの品質ではないので、少し育ててから私たちで食べます。」
「ほう、命を粗末にしない、いい取り組みですな。」
不要なオスのヒヨコをミンチにして捨てているのだったら、依頼を断ろうと思っていたハンニバル。そして、壁の写真を見遣る。 「ご両親は?」
「生まれ故郷に帰りました。私たちはこっちで生まれましたけど、両親は苗字でわかると思いますが東欧の生まれなんです。ヒヨコの雌雄鑑別って目に厳しくて、ユーナも視力が落ちていっています。長年、この仕事を続けてきた父の視力が生活に支障を来すまで落ちたので、仕事を私たちに任せて、母も付き添いで。向こうで元気にやっているそうです。ここで暮らすのは不便ですからね。」
ロサンゼルスとサンフランシスコの間にぽつんとある少人数の集落で、商店もない。幹線道路まで出ても、畑しかない。電気と上下水道は通じているようだが、ガスが来ていないことは外に置いてあるガスボンベでわかる。
「買い物はどうしてるんだ?」
「車で買い出しに行ってます。ロスから来る間にドライブインがあったでしょう? あそこである程度のものは手に入ります。グローサリーはもちろん、デイリーや野菜も小売りしてもらえるんです。」
「それじゃあ牛乳も貴重品だな。うちのモヒカンが大事な牛乳を飲んでしまって済まなかったね。」 「あのくらい、大丈夫です。」
「この後もずっと牛乳飲むんだぞ。あいつは牛乳以外、何も飲まんからな。」 と、その時。 「おう、戻ったぜ。」
噂のコングがヒヨコを入れていたトレイに卵を入れて戻ってきた。 「これ、コジャールさんから、いつものやつだって渡されたぜ。」
卵をユーラに差し出す。 「いつもの、ですね。」 それで通じるようで、ユーラはトレイを受け取りながら頷いた。
と、その時。 「どう? 話、進んでる?」 開けたままだったドアからフェイスマンが入ってきた。 「まあそこそこ。」
「初めまして、ユーナさん。フェイスマンことテンプルトン・ペックと申します。」
ハンニバルの返事をスルーして、卵を持ったユーラに挨拶をするフェイスマン。 「違えよ、この人はユーナさんの妹のユーラさんだ。」
コングがフェイスマンの脇腹に肘鉄を食らわせる。 「ふぐっ、それは失礼しました、ユーラさん。うおっ。」
背後から忍び寄ってきたマードックに膝カックンされて、倒れそうになるのを踏み止まるフェイスマン。 「何すんだよモンキー。」
振り返ってマードックを睨む。 「ユーラさんとユーナさんを間違えたかどにより、膝カックンの刑。」
当時、膝カックンってあったっけか? 「ユーナさんのことしか知らなかったんだから仕方ないだろ?」
「知っていたとしても、仕方ないですよ。」 マードックの斜め後ろでくすくすと笑うユーナを見て、フェイスマンはもう一度ユーラの方を見た。
「え、双子?」 「仕方ないですね。」 ユーラもくすくすと笑った。
「さて、話に戻ろう。」
ユーラが卵を孵卵器にセッティングして戻ってきてから、ハンニバルが切り出した。
「地主の息子が2人のどちらかと結婚したがっていて、結婚してくれないなら出ていけと言ったところからだな。」
「2人の親父さんのものになっているはずの土地と家だってのにな。」 ハンニバルの説明にコングが補足する。
「じゃあ、ここが誰の所有になってるのか、役所行って調べてくるよ。」 そういうのはお手の物のフェイスマン。手帳のTO
DO欄にメモを取り、トンッとピリオドを打つと顔を上げて口を開いた。
「ここに来る途中のドライブインで話を聞いたんだけど、この辺り一帯の地主がユーナさんとユーラさんのことを自分の孫のように大層可愛がってたって。2人が小さい頃は、地主が2人を連れてドライブインに来ることもあったとか。少なくとも月1で、多い時は週1で。」
「ええ、地主さんは私たちのことを赤ちゃんの頃からずっと、本当の孫のように可愛がってくれて。私たちも地主さんが本当のお祖父ちゃんのように思っていました。まさか地主さんの馬鹿息子が私たちと結婚したがっているなんて、当時は思ってもいませんでしたけど。」
「ドライブインの人も、地主様には馬鹿息子がいるって言ってた。どう馬鹿なのかは不明。」 「モンキーよりゃマシだろうよ。」
馬鹿具合で上を行くマードックは現在、頬肉を吸い込んで唇を尖らせ、腋を締めて肘を若干後ろに引き、しゃがんだまま部屋の隅でぷるぷるしていた。どうやらヒヨコの霊に憑依されたようだ。
「他にどんな情報を聞いたんだ?」
「えっとね、ドライブインの土地はその地主とは関係ないっていうのと、あと、ちょっと前まで週1くらいで電話で注文が来て地主の屋敷に配達に行ってたのに、最近は全然、って。」
「それはきっと、先月、地主さんが亡くなったからでしょう。」 「馬鹿息子に暗殺されたんじゃねえか?」
「フレズノにある地主さんの会社の方がうちにも電話で連絡してくれて、会社で心臓発作を起こして病院に運ばれたけど、処置の甲斐なく亡くなったそうです。私も、馬鹿息子が地主さんの食事に毒を盛ったのかと考えたこともありました。でも、地主さんが“愚息とはもう長いこと会っていない”と言っていたのを思い出して、違うかな、と。お葬式も社葬で、私たちは特別に呼んでもらいましたが、息子が来ていたかどうかは知りません。」
優しかった地主のことを思い出して、うるっと来ているユーナの後を、ユーラが続ける。
「馬鹿息子は、地主さんが亡くなるまで姿をくらませていて、今は家に戻ってきているけど、地主さんの仕事を継ぐこともなく家に籠もったままだと噂で聞きました。親のお金で働かずに遊んで暮らしていたとか何とか。」
「働いてねえくせに結婚したいって、一体何考えてやがんでえ。」
男の風上にも置けねえ、と憤慨するコング。そう言えば、コングママは女手一つでコング兄弟姉妹を育ててたっけ。
「ユーナさん、ユーラさん、これまで地主の息子と会ったことは?」
「それが思い出せないんです。地主さんのお屋敷に行ったことはないし……子供の頃に会っている可能性はあります。」
「同じ学校だったとかは?」
「それはないです。地主さんの話からすると、私たちと馬鹿息子、だいぶ年が離れていますから。あっちは多分、40代じゃないでしょうか。」
「息子って言うから、てっきりお2人と同じくらいの年かと思ってた。」
「だって、地主さんが私たちの祖父の年代ですよ。馬鹿息子は若い後妻さんとの間の子だって地主さんから聞いた覚えがあるので、うちの両親と私たちの間くらいの年代のはずです。」
「はい。」 とフェイスマンが挙手。 「後妻さんに話を聞いてくる。」 「直接、屋敷に乗り込むのか?」
「それは無理です。後妻さんはだいぶ前に地主さんと離婚して出ていって、別のお金持ちと結婚したそうです。」
「あー残念。俺の本領発揮できるとこだったのに。」 今年一番の悔しさを見せるフェイスマン。上手く行けば金ヅルにもなったのに。
「……こうやって話してるだけじゃ核心は掴めないな。」 コーヒーのお代わりを貰いながらハンニバルが言う。 「核心って?」
「何で馬鹿息子がユーナさんかユーラさんと結婚したいか、だ。」 「出会いがねえからじゃねえのか?」
「今は屋敷に引き籠ってるから出会いないけど、その前はずっと遊び歩いてたんだったら出会いがないわけはないよ。不動産会社の社長の御曹司なんだから、無職だって不細工だって、その気になりゃいくらでも結婚したいってコが寄ってくる。俺が言うんだから間違いない。それに、いざとなったら結婚相談所だってあるしね。」
何が間違いないんだかわからないけど、フェイスマンの言葉に何となく納得する面々。
「ユーナさん、ユーラさん、馬鹿息子は今、屋敷に住んでるんだな?」 「そのはずです。」
「モンキー、外から屋敷を見て内部の様子を掴めるか?」 部屋の隅に向かって言うハンニバル。 「大体なら。」
ヒヨコのポーズのまま、真顔で答えるマードック。
「よし、早速見に行ってくれ。フェイス、お前は役所に行く前に、モンキーの足を調達してくれ。」 足って言うか、羽?
「俺は何すりゃいい?」 リーダー然としてきたハンニバルにコングが問う。
「お屋敷にはガードマンが必要だろうし、地主の息子にはボディガードが必要かもしれん。流しのガードマンが偶然通りかかって屋敷を見つけた体で行ってみちゃあどうだろう?」
流しのガードマンって何だよ、とコングは思ったが、黙ってこっくりと頷いた。
〈Aチームの作業テーマ曲、四たび始まる。〉
2つの山脈の間の平地に広がる、それはもう広大な農園地帯。点在する倉庫の1つから農薬散布用の小型ヘリが飛び立ち、それと共にコルベットが倉庫から離れていく。
いかにも旅の者といった風情を醸し出すボンサックを肩に、地主の屋敷の前に立つコング。門番と話をし、残念そうな顔になり、すごすごと引き下がる。
コングが去った後、屋敷の上空に小型ヘリが姿を現した。農薬散布用のヘリだが、農薬を撒いているのではなさそうで、訝しげに見上げる門番。よくよく見れば、ヘリのスキッドに垂れ幕がついている。その垂れ幕には、『ロブソンズ・ドライブイン おかげさまで25周年』と書いてある。何だ、広告か、と門番が警戒を解く。その後もヘリは屋敷の周囲を高く飛んだり低く飛んだりして、宙返りまでして、この界隈の人々に散々アピールすると、元来た方へ戻っていった。
ハンニバルに言われ、2階の部屋で地主の写真を探すユーナとユーラ。一緒に撮った写真をいくつか見つけて、ハンニバルに見せる。
役所で土地の所有者を調べるフェイスマン。係員が男性だったため、特別なサービスは受けられなかった。
〈Aチームの作業テーマ曲、四たび終わる。〉
「あたしたちの中で背格好が地主に一番近いのは誰だ?」
相変わらずテーブルに就いているハンニバルが、ユーナとユーラに尋ねた。2人は仕事部屋に入ったり、こちらの部屋に出てきたりしており、2人揃ってこちらの部屋にいることはあまりないので、タイミングを伺っていたようだ。
「そうですねえ、フェイスさんでしょうか。それほど背は高くなかったし、決して逞しくなかったし、普通のお爺ちゃんでした。」
「背筋はピンとしてましたけど。」 「ふむ、なるほど。」 写真を見ながら顎を撫でるハンニバル。 「ただいまー。」
噂のフェイスマン、ご帰還。 「ご苦労さん。成果は?」
「ここの土地の所有者、ミハル・バルチャックになってた。クリフォード・リンドグレーンから移譲って。お父さんがミハル・バルチャックさん、地主さんがクリフォード・リンドグレーンさん、だよね?」
頷くユーナとユーラ。
「これで問題はほぼ解決したようなもんだな。馬鹿息子が出ていけと言っても、出ていく必要はない。もちろん、結婚する必要もない。」
「ありがとうございます!」×2
姉妹で嬉しそうな顔を見合わせた後、声を揃えてハンニバルに礼を述べるユーナとユーラ。調べてきたフェイスマンの方は見ずに。
「へい、お待ち〜。」 マードックが農薬散布用ヘリから撮った写真をテーブルに広げる。現像&プリントしたのはコング。バンの中で。
「2階のここが、多分トイレと風呂。ここ、客間。ここも客間。ここもここも客間。で、ここは使われてるっぽい。1階は、ここが多分トイレと風呂。こっちが台所で、この辺ずっと食堂で、ここは当然、玄関ホール&階段。屋敷の外は、正面のここ全部駐車場。停まってる自動車1台、自転車数台。ほんでもって裏にプール。飛び込み台つき、滑り台なし。門のとこに門番。番犬、なし。」
ブレブレの写真を指差しながら、目視でわかったことを報告。
「門番はハンニバルと同じくらいの年で、話した感じ温厚そうだったが、なかなか鍛えてそうな体してたぜ。手も顔から想像つかねえくらいゴツくてよ。もしかしたら、退役軍人か傭兵上がりか、そんなんじゃねえか。」
「門番は1人だけか?」 マードックの後ろから報告しつつ現れたコングにハンニバルが尋ねる。
「ああ、そいつ1人だけだ。地主の息子が家にいる時は門番で、外に出る時は運転手兼ボディガードしてるそうだ。ガード対象が1人だけだから、俺の出る幕はねえとよ。庭師とか自動車整備とか他の仕事はねえか訊いてみたら、使用人も今いるのは最低限の人数だけで、ほとんどがクビになったくらいだから、新しく人を雇うのは無理だろうって話だったぜ。」
「人雇うお金はあるはずなのにね。よく言えばミニマリスト、悪く言えばケチなのかな、地主の息子。」 不思議そうに言うフェイスマン。
「そりゃあ、あんだけの屋敷構えてんだから、金は余りあるほどあると思うぜ。馬鹿息子が一生遊んで暮らしていけるくらいはあるんじゃねえか?」
「羨ましいよね、そういうご身分。あ、そうそう、馬鹿息子、別に馬鹿じゃなかったよ。ついでに調べたら、東部の全寮制高校に行って、あっちのハイレベルな法律学校に行って、弁護士になって、マンハッタンに自分の法律事務所構えてる。」
誰が“地主の息子は家業も継がずに遊び回っている馬鹿野郎だ”なんて根も葉もない噂を流し始めたのやら。ドライブインのおばちゃんが怪しい気がする。
「けど、今、馬鹿じゃねえ息子、屋敷にいるんっしょ? 弁護士の仕事放っぽって屋敷に引き籠ってんの?」
「法律事務所に電話してみたら、秘書が電話に出て、“リンドグレーン先生はお父様がお亡くなりになったためご実家にお帰りになっていますが、仕事は電話とファクシミリでこなしております”って言ってた。」
「並行して、父親の遺産や土地の権利問題なんかも自分で処理してるんだろうな。」 そう言ったのはハンニバル。
「うわ、面倒臭そう。」 「引き籠って然るべきだな。」
引き籠もらずを得ない仕事の量を想像してゲーという顔のフェイスマンと、腕組みをしてうんうんと頷くコング。
「そんな人が何で私たちに、いえ、私たちのどちらかに、結婚しろ、じゃなかったら出ていけ、なんて馬鹿げたことを言ったんでしょう?」
地主の息子の言動が腑に落ちなくて、ユーナが尋ねた。 「その辺が馬鹿息子と言われる所以なのかもね。」
「頭はキレるのに常識がないのかもしれんしな。ま、そこんとこは今晩訊いてみることにしましょ。」
ハンニバルの言葉に、ハテナマークを頭上に浮かべる部下3名。 「ユーナさん、ユーラさん、先代の地主はどんな声だった?」
「低くて、いい声でした。」 「柔らかくて、上品で。」 「あたしみたいな?」 臆面もなく訊くハンニバル。
「いえ、もっと低くて……低いのに響く声でした。」 「コングちゃんの声くらいの低さ?」
「低さはいいんですけど、何と言ったらいいのか……コングさんの声が丸太をくり抜いて作った太鼓の音だとすると、先代の地主さんの声はバスクラリネットの音です。」
「丸太の太鼓だってよ。」 マードックがぷーくすくすと笑う。 「コング、何とかならんかね?」 「声なんざ何とでもならあ。」
ハンニバルに言われて、コングがニヤリと笑った。
〈Aチームの作業曲、五たび始まる。〉
フェイスマンの顔にメイクを施すハンニバル。メイクと言うか、顔面にラテックスを塗って乾かして絵を描く。
高性能小型防水ワイヤレススピーカーは置いておいて、イコライザに別の機械を取りつけるコング。インカムをつけてマイクに声を拾わせ、機械類を通した音波の変化をオシロスコープで見る。
屋敷の外から双眼鏡で2階の使用中の部屋の様子を監視するマードック。ただし、木に変装して。と言っても、林の中のちょうどよさそうな風景を写真に撮り、それをプリントした紙(いわゆる写真)を両面テープで服や帽子や顔に貼りつけただけ。しかしぱっと見には木に見える。
メイクで地主の顔になり、地主が着ていたような一見地味だけど高級なスーツを纏い、本革のプレーントゥを履いたフェイスマンを見て、目を丸くするユーナとユーラ。満足そうなハンニバル。
〈Aチームの作業曲、五たび終わる。〉
深夜もいいとこ、ほぼ未明。 『えー、こちらモ、じゃねえや、木。』
トランシーバーから割れたマードックの声が聞こえた。木の種類は、わかりません。樹木の判別は難しいのだ。樹皮なんてどれも同じに見えるし。
「こちらハンニバルだ。どうした、木。」 『馬鹿じゃねえ息子の部屋、やっと電気消えたぜ。』
やってもやっても終わらない作業を一段落させ、眉頭を揉みながら席を立ち、パジャマに着替えて、半分眠りながら歯を磨き、顔を洗うのは省略して、電気を消してベッドにばったり倒れたのだろう。
「了解。そっちに向かう。合流されたし。」 『ラジャー。』 「よし、行くぞ。」
トランシーバーを置いて、ハンニバルがコングの方を見た。頷くコング。
〈Aチームのテーマ曲、三たび始まる。〉
バンに駆け込むハンニバル(インカムつき)、コング(様々な機械を抱えて)、フェイスマン(爺メイクで)。
走ってきたバンが怪しい木の前で止まり、マードック(木の写真つき)を回収。
屋敷の門の前に急停車するバン。門の前に仁王立ちする門番。バンから降りて進み出るコング。ニヤッと笑う2人。コングのパンチをスッと屈んで避ける門番、コングの空いた腋を狙って立ち上がりざまに拳を突き出す。しかしコングはすぐさま腋を締め、肘で拳を弾いた。
殴り合う2人は放っておいて、残りの3名は門番に気づかれないようにそっと門を開いて、するりと敷地内に潜入。屋敷の玄関に向かって走る。施錠された玄関の扉を、先代地主の顔のフェイスマンが針金でちょちょいと開く。屋敷の中にも潜入成功。マードックが先導して、そろりそろりと2階に上がる。
足音を立てないように廊下を進み、とあるドアの前でマードックが止まり、“ここ”という風にドアを指差す。フェイスマンが高性能小型防水ワイヤレススピーカーに粘着剤をつけて、あんがーと口を開け、上顎に貼りつける。インカムをつけたハンニバルは、抱えてきた機械をコングに教わったようにオンにする。機械についているいくつものスライドバーやつまみは、ちょうどいい位置にガムテープで固定されており、テープの表面には油性ペンで『触るんじゃねえぞ、決して!』と書かれている。
フェイスマンとハンニバルが顔を見合わせて頷き合うと、フェイスマンはドアをそっと開けて中に入っていった。ハンニバルはコングに渡された高性能小型マイクをドアの内側に貼りつけて、そっとドアを閉めた。マードックは使用人が来ないように見張り。もし来たら、殴り倒して目隠しして猿轡を噛ませて縛っておくようにハンニバルには言われているが、手ぶらのマードック、誰も来ないよう祈るしかない。
〈Aチームのテーマ曲、三たび終わる。〉
「アルフ、おい、アルフ。」
呼ばれて、アルフ・リンドグレーンは目を覚ました。自分は生家にいる。そしてここには自分のことをアルフと呼ぶ者は、今やもういない。そのことに気づいて、ガバッと身を起こす。
「父さん?」
ベッドとドアのちょうど中間に、先月死んだはずの父親の姿があった。カーテンを引き忘れた窓から差し込む月明かりに照らされて。長いこと離れて住んでおり、久々に顔を見た父親は棺桶の中で目を閉じたままだったが、物心ついてからハイスクールに入る前まで週1回程度は見ていた父親の顔は覚えている。
「そうだ。お前に訊きたいことがあってな。」
その声は、アテるなら若山弦蔵。ハンニバルの声を機械で弄ってフェイスマンの口から出しているのだが、そんなことはアルフにはわからない。記憶にある父親の声に相違なく、アルフはごくりと唾を飲んだ。
「な、何だい、訊きたいことって。」
「お前、ユーナかユーラのどちらかがお前と結婚しないと、この土地から2人を追い出すと言ったそうだな。」 「あ、ああ。」
「一体、どういうつもりだ?」 父親の幽霊が背筋をピシッと伸ばしたままゆらりと近づいてきて、アルフはびくっとした。
「父さん、昔言ってたじゃないか。あの2人のことを気に入りすぎて、“2人のうちのどちらかがお前の嫁さんになってくればいいんだがなあ”って。」
アルフは少し口を噤んで、そしてまた口を開いた。
「父さんは気づいてなかったかもしれないけど、父さんが俺の前で自分の希望を口にしたの、あれが最初で最後だったんだ。いつも、他の人の意見に肯定か否定かするだけで。だから、父さんが死んだ今となってはもう遅いかもしれないけど、父さんの希望を叶えてあげようと思って。」
「そうだったのか。嬉しいよ、アルフ。私のことを思ってくれていたなんて……。」
「あの時からずっと、俺はユーナかユーラと結婚するつもりで、言い寄ってくる女性はみんな断ってきた。でも、ユーナとユーラのことは父さんから聞いて知っているだけで、遠くから見たことはあったけど、直接会ったことも話したこともなくて、そんな男にプロポーズされても断るに決まってる。だから、あんな卑怯な言い方をした……してしまったんだ。」
「……お前は知らなかったんだな、何年か前に2人の家も土地もバルチャック君の、2人の親父さんのものになったということを。」 「な!
……あー、恥ずかしいこと言っちゃったな、俺。てっきり父さんから借りてるだけだと思ってた。」
「最初は賃貸だったが、借地料をしっかり払ってくれて、家を建てるための借金も返済したので、土地を譲ってやったんだ。最初から買い取りの分割払いだったと思えば、こちらの損にはならんしな。」
「朝になったら、早速2人に謝ってくるよ。ありがとう、父さん。父さんがこうやって来てくれなかったら、あの2人に嫌われるだけじゃなく馬鹿にされてたよ。」
既に嫌われている上に馬鹿にされてますよ、とマイクからの音声をインカムとは別のイヤホンで聞いて、ハンニバルは思った。しかし、「もう遅いですよ」とは言えない。それに、そろそろ日が昇る時刻だ。締めに入らなくてはいけない。
「2人のどちらかと結婚してくれれば、なんていう私の言葉は忘れて、2人とは隣人として上手くやって行ってくれ。2人に何かあった時には、力になってやってくれ。それが今の私の望みだ。頼んだぞ。」
「わかった。……そうだ、父さん。俺、父さんの力になるために弁護士になったのに、恩師の法律事務所を引き継いで日々の仕事に追われて、父さんが生きているうちに力になれなくて、本当にごめん。父さんに何もしてあげられなかった。こんなことなら、地元のハイスクールに行った後、父さんの会社に入ればよかった。」
「ああ、そんなことは気にしなくていい。優秀な息子を持って、私も鼻が高かったぞ。お前が家を出て何をしているか知らない人たちには、家業も継がず家にも帰らず、親の金で遊び回っている放蕩息子だと思われているようだがな。その辺りの誤解は解いておいた方がいい。」
「そうだよなあ。早くこっちに法律事務所を構えないと。その前に、挨拶回りに行って自己紹介した方がいいかな。」
「何だ、お前、この後もずっと、ここに住むのか?」
「そうだよ、ここが俺の生まれ故郷だし、父さんの会社の専属弁護士になるのが俺の目標なんだ。もう父さんはいないけど。」
「ありがとう、アルフ。……もう私に思い残すことはない。どうか、元気でいてくれよ。」
口パクしていたフェイスマンは、話が終わるな、と思い、手に隠し持っていた催眠ガスの小型ボンベの口を捩じった。シュー、と微かな音が聞こえる。
「父さん……。」 “俺も寝る……よね……。” アルフがパタンとベッドに倒れたのと同時に、フェイスマンががくりと床に倒れた。
機械類をマードックに持たせ、フェイスマンを担いだハンニバルが玄関から出てくると、門のところでコングがパンダのように座っていた。その正面では門番がばったり倒れている。
「強ェ奴だったぜ。」 「お疲れさん。」
ハンニバルはフェイスマンをバンの中に放り込むと、機械類をバンの中に放り込んだマードックと共に、コングが立ち上がるのに手を貸した。
「コングちゃん、こんな状態じゃ運転できねえんじゃねえの?」 マードックが訊くと、コングは唇を噛んで逡巡した末に口を開いた。
「ハンニバル、運転頼むぜ。モンキー、てめェは決して運転すんじゃねえぞ。」
苦笑してハンニバルはコングを助手席に押し上げ、自分は運転席に座った。機械類とフェイスマンを跨ぎ越えて、自分の席に落ち着くマードック。
長居は無用、と早速バンを走らせ始めたハンニバルだったが、うとうととして体が横に倒れていき、それと共にハンドルが少々回転し、その結果、バンの前輪が側溝に落ちた。
「どうした、ハンニバル?」 「どうしたんよ、大佐?」
慌てて2人がハンニバルの方を見ると、ハンニバルが睡魔と闘っていた。フェイスマンを回収する際にハンニバルも催眠ガスを吸っていたのだ。Aチーム、ピーンチ!
動けるのがマードックだけだったため、村までひとっ走りして早起きな村人を呼び集めて、バンに積んであったジャッキや梃子の原理を利用して何とかバンを側溝の罠から救い出した。ジャッキを当てる場所を間違えて、バンの底が少し凹んだけど、黙っていればわからない。と思いたい。
そんなこんなで、マードックの運転で(助手席から罵倒の言葉を浴びつつ)ユーナとユーラの家の前に戻ってきたのは、既にすっかり朝。雄鶏も鳴き終えて静かになっている。しかし、コングは全身打撲(もしかしたら骨折)、ハンニバルとフェイスマンは寝ている。これはマードック1人の力ではどうにもならない。ハンニバルを運転席から退かすだけでも大変な苦労をしたのだ。気つけ薬のアンプルは、バンの後部をいくら探してもなかったし。ハンニバルとフェイスマンはいくら頬を叩いても起きないし。
うーん、と悩んで、このまま放っておくことにしたマードック、自分も運転席で一眠りすることに決定。隣でマードックがキャップの鍔を引き下げて寝始めたのを見て、コングも仕方なく目を閉じた。
催眠ガスの効果が切れて目を覚ましたハンニバルとフェイスマンがマードックとコングを起こしたのは昼ちょい前。コングも体のあちこちが痛むものの、何とか自力で動けるくらいには復活した。フェイスマンも顔のラテックスを剥がして、バンの後部で服も着替え、すっかり普通のフェイスマン。
4人がバンから降りると、少し離れた場所にキャデラックが停まっていた。ブレブレの写真に写っていた地主の車だ。宣言通り、地主の息子が謝罪に来ているのだろう。
地主の息子のボディガードも務める門番の姿がキャデラックの運転席にない。門番も一緒に狭い家の中に入るとは考え難く、運転手兼ボディガードを務められる状態にない、と推測され、コングが勝ち誇ったように鼻でフンッと笑った。
「なあ、皆の者。」 ハンニバルが部下3名に向き直った。
「地主の息子が来ているんなら、我々がユーナさんとユーラさんに事態を報告する必要はないよな?」
「確かに。あの感じだったら、地主の息子が全部話してくれるんじゃないかな。」
「出てけって声も喧嘩する声も聞こえないから、地主の息子と仲直りできたんじゃん?」 耳をそばだてるマードック。
「ってか、2人のどっちかの笑い声も聞こえるぜ。あ、クッキーの缶開いてテーブルに置く音がした。俺たちにはクッキー出してくんなかったのに。」
「地主の息子が手土産持ってきたのかもしんないよ。」 マードックがいれば、盗聴器も集音機も必要ないのではなかろうか。
「ユーラが、そろそろお昼なんで、チキンスープ召し上がりますか? って言ってる。俺たち、腹ペコなんだけど!」
そう、Aチームはバザーで買った卵1パックを出がけに茹でて、道中、茹で卵に塩をかけて食べはしたが、それ以降、コーヒーと牛乳とコーヒー牛乳しか口にしておらず、非常に空腹なのだ。フェイスマンだけは、ドライブインでホットドッグを食べたけど(その代わり、茹で卵は食べてない)。
「じゃあさ、ロブソンさんのドライブインに寄ってから帰るってどう?」
提案するフェイスマン。空腹のため頭に栄養が行ってないのか、仕事料請求について何も言わずに。 「いい案ですな。行きましょう。」
フェイスマンが仕事料請求のことを忘れている、と気づきながら、ハンニバルは同意した。
バンに乗り込むコングとハンニバル。コルベットに乗り込むフェイスマンとマードック。2台の車はロブソンズ・ドライブインに向かって発進したのであった。
後日、エンジェルの許にバルチャック姉妹から封書が届いた。その中にはAチーム宛の封筒とエンジェルへの短い手紙が入っていた。エンジェルへの手紙には、お礼と、封筒をAチームに渡してほしい、ということだけが短く書かれており、エンジェルは姉妹に電話して、これからAチームに届けに行く、と伝えた。
バルチャック姉妹からの封筒を受け取ったフェイスマンは、早速封を切り、中に入っていた小切手を手紙を取り出すと、手紙はハンニバルに渡した。小切手には、Aチームへの報酬としては少ないが、姉妹が頑張って捻出したであろう額が書かれていた。ただし、小切手に書かれた署名は、地主の息子の名前。バルチャック姉妹が小切手帳を持っているとは考えにくい。地主の息子に相談して、地主の息子に現金を渡し、代わりに小切手を切ってもらったのだろう。
「手紙には何て書いてある?」 小切手を懐に入れ、ソファに座っているハンニバルに尋ねる。
「あたしたちへのお礼と、地主の息子と仲直りして、いい友人になってもらっている、地主の息子は事務所をフレズノに移して、地主の会社の弁護士として働き始めたって書いてある。それにしても、あのドライブインのホットドッグは不味かったな。あのソーセージ、皮がないってだけじゃなく、魚の味がしたぞ。」
「だから俺、あの時、ホットドッグはやめときな、って言ったのに。スパニッシュオムレツのサンドイッチは美味しかったよ。やっぱり卵がいいんだろうね。あそこの村の卵だって言ってたから。」
因みにコングは茹で卵のサンドイッチとベーコンエッグのホットサンドとスパゲッティカルボナーラを食べ、マードックはシャクシューカをパンで掬って食べていた。
「夕飯、スパニッシュオムレツにしてくれ。挽肉入れて、野菜は少なめで。何だったら野菜なしでも構わん。あと、ビールな。」
「オッケ。そのくらいなら俺にも作れる。挽肉も野菜もないから、買いに行ってくるよ。」
収入があったおかげで、フェイスマンの機嫌がよい。ビバ、収入!
「その間に、ユーナさんとユーラさんに手紙書いといて。確かに小切手を受け取ったってこと知らせないと。エンジェルが着服してるかもしれないって思われたら、俺たちは構わないけど、エンジェルが激怒するから。はい、ペン。」
「はいはい。」 かったるそうに返事をして、フェイスマンが懐から出したペンを受け取ると、ハンニバルはチラシの裏に手紙の下書きを始めた。
後日、コングはハロゲンランプを用いた歯科用無影灯をスタンド型に改造して、高熱を出すハロゲンランプの代わりに電球型コンパクト蛍光灯(昼白色)をつけるためにさらに改造して、ユーナに送った。この電気スタンドのおかげで、天井の蛍光灯は1本で済み、電気代の節約になった。そして、ユーナの視力の低下も抑えられたのであった。
【おしまい】
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