66号 おわりの挨拶
The A'-Team
お楽しみいただけましたでしょうか。
それではまた、冬にお会いしましょう。
【おしまい】
「こんにちは、フェイスです。さっき依頼人の家に仕事料徴収に行ったんだけど、留守で。多いなあ不在。」
「その家、もう10回ぐらい行ってないか?」 ハンニバルが新聞から顔を上げて言った。
「12回行って毎回留守。ハァ、明日13回目行ってみるけど。」 フェイスマンの眉はハの字に下がっている。
「もし在宅してやがったら、透明な傘でぶったたいてやれ。」 コングがビニール傘(なぜかこのアジトに10本くらいある)を指し示した。
「おいおい、あんまりひどく叩くんじゃないぞ。せめて報酬を金庫から取り出して支払いを完了する程度の体力は残して差し上げろ。」
と、ハンニバル。割と怒っていらっしゃるようだ。確かに支払う体力がないと大変。 「次はオイラもついてくぜ。」
マードックも謎のやる気を見せる。 「ハハ……じゃあお願いしようかな。むしろ俺の代わりに行ってきてくれ、モンキー。」
フェイスマンが仕事料の徴収をマードックに任せるとは、相当な事態である。
「透明な傘でぶつにしても、居留守使われてドア開けてもらえなかったら、どうせいっちゅーの。」
リズミカルにタンバリンを尻に叩きつけながらマードックが言う。ヘッドフール&タンバリンである。
「ドアぶち破りゃいい。杭はどうだ、杭は。」 コングがアドバイスする。
「まあ、居留守使われてるって決まったわけじゃないよね。たまたま支払いを忘れて旅行に行っているとかもあり得るし。」
と、冷静になったフェイスマン。 「もしくは、引っ越した、か。」 ハンニバルが、嫌な予感を口にした。 「踏み倒し、か?」
コングがフェイスマンの最も嫌いな単語を出すと、フェイスマンがぶるぶると首を横に振った。 「やめてくれ、縁起でもない!」
激しく首を横に振るのに伴い、フェイスマンの尻もぶるぶると震えた。両の尻たぶが打ち当たる音さえ聞こえるほどに。ぶるる尻音。
「家のドアに『お支払いいただけない場合は家を燃やします』って張り紙したらどうだ?」 ハンニバルが提案した。燃えろ 永遠の戦術。
「引っ越してた場合、新しい所有者に迷惑がかかるだろ。ま、地道に張り込んでみるしかねえな。」
ということで、翌日より、交代で依頼人の家を見張ることにしたAチームであった。 「様子はどうだ?」
双眼鏡で依頼人の家の玄関を見ているマードックの元に、差し入れのあんぱんと牛乳を持ってきたコングが声をかける。冷蔵庫にビールとジュースと牛乳があったので、牛乳を採択。あんぱんには、やはり牛乳が合う。
「相変わらず、人の出入りはねえな。」 早速、あんぱんの袋を開けるマードック。ここは依頼人宅の隣家の2階である。
因みにフェイスマンは依頼人の家の現在の持ち主が誰なのかを調べに行った。ハンニバルは、この依頼人の家の近くに美味いオイスターバーがあると聞いて、オイスターズを食べに行った。ただ、この季節の牡蠣は危険なので、食中毒対策のために黒酢一升を持って。黒酢をかける方法が本当に牡蠣の食中毒に効果的なのか疑問に思い、発案者のマードックに「本当に本当にほんっとーにこの方法、アリなのか?」と尋ねたハンニバルに、マードックは「アリっしょ。痺れ魚の毒には効いたって話だぜ」と答えたのだった。
そのマードックは、双眼鏡で監視を続けながら一瞬で昼ごはんを全量食べてしまい、片手で双眼鏡を持ったまま、もう一方の手でコングのズボンを引っ張った。
「今日の昼ごはん、こんだけ?」 「これだけだ。もっと食いたきゃ金払え。」 溜息をつくしかないマードックだった。
張り込みを始めて4日目、遂に動きがあった。でっかい重機が2台やって来て、家を取り壊し始めたのだ。 「何だ、マジで逃げられたのか?」
本日の見張り役だったコングが、焦って電話をかける。人んちの電話で。 「まずいぜハンニバル、取り壊し始まっちまった!」
しかし電話に出たのはフェイスマンだった。
「ハンニバルなら今トイレに籠ってる。だから牡蠣に黒酢は効かないって俺は言ったのに……って、取り壊しだって!?」
オイスターバー(のトイレ)を第3のアジト(第2のアジトは依頼人宅の隣家)としたハンニバル。付き添いのフェイスマンはトイレ横の席で待機中。したがって、電話はオイスターバーの電話。店員はこの時間、牡蠣の仕込みの真っ最中。
「4日前は、あの家と土地、まだ買い手がつかなくて依頼人の所有になってたんだけど、それが数日の間に売れたってことか!」
それで新しい所有者が土地だけを所望した、と。新所有者、行動が早い。 「話は聞いた。何してるコング、アレするしかないだろう。」
と、トイレから出てきたハンニバル。牡蠣にあたったにしては復活が早い。 「え、アレって何? 何か作戦を思いついた?」
「作戦と言うほどのことじゃない。この場合、解体業者に依頼人の連絡先を聞けばいいだけじゃないか。」
牡蠣にあたったにしては冷静な判断である。 「あっ、そうか。コング、解体業者に接触して依頼人の連絡先聞いて。」
フェイスマン、右から左に流すだけの中間管理職。
「おし、わかった。でもよ、解体業者が知ってんのは、家のってえか土地の新しい所有者の連絡先だろ? それ聞いてどうなる。」
「新しい所有者から前の所有者のこと聞けるじゃん。」
コングの横で電話内容を聞いていたマードックは、そう言いつつ、着ていたカンガルーの着ぐるみ風パジャマを脱いで渡した。下にはいつもの服を着ているので、着ぐるみ風パジャマを脱いでも何の問題もない。コングに胸倉を捕まれるかと思いドキドキ渡したカンガルーだが、コングは着ぐるみ風パジャマをかなぐり捨てただけだった。
「ちょっと待って、家と土地が売れたってことは……ハンニバル、それからコング、俺、郵便局行ってくる。局留めで小切手が届いてるかも!」
晴れやかな笑顔のフェイスマンは、受話器をハンニバルに押しつけて駆け出していった。 その時、ふとあることを思い出したハンニバル。
“確かあたし、依頼人に目下のアジトの住所教えてたような……。”
食中毒中だが急いでオイスターバーを出て、第1のアジトに戻り、ポストを確認する。そこには、1通の封筒が。
表書きは『Aチームの皆様へ』となっており、裏を返すと前回の依頼人の住所氏名が。中身を破らないように慎重に開封すると、案の定、小切手と依頼人からの手紙が入っていた。小切手、普通郵便で送っていいものなのか?
「何々……。」
手紙を開いて便箋に目を走らせると、依頼人はAチームへの報酬を払うために家と土地を売って田舎に引っ越したとのこと。支払いが遅くなったことを、何度も何度も謝っている。ここまで真摯に仕事料を払ってくれる依頼人も珍しい。
と、そこへ。 「こちらのお手紙も届いております。」
隣家の玄関からモーニング姿の執事が静かに現れ、銀色のトレイに乗せた封書を、白手袋をはめた手でハンニバルの方に差し出した。
「誤ってこちらに届いたようです。」 「おっ、どうも。」 ハンニバルが封書を取ると、執事は軽くお辞儀をして家に戻っていった。
「こっちの封筒は何だ?」
隣の家(ごく普通の建売住宅)に執事がいることなど気にも留めずに、ハンニバルは封筒の中から3つ折りの白上質紙を引き出した。
「何々……なるほど、次回予告か。さて次回は、『ハンニバルと黒酢一升』、『マードックはカワウソを連れている』、『コングマム
体操服で帰還』の3本らしい。」
ビシッとキメ顔で読み終えたハンニバル。しかし、その直後、眉を顰めて腹を押さえて第1のアジトに駆け込んでいった。ハンニバル 大小便の時間。
その頃、取り壊し真っ最中の家では。 「ふんがふっふ。」
カンガルーの着ぐるみ風パジャマを着たマードックが、重機を操る解体業者に話を聞こうと土煙の中にびよーんと飛び込んでいき、土埃と細かい木屑とアスベストの粉を吸い込んで呼吸困難になっていた。
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