私たちが誇るもの〜アフリカン・レディースお針子団
伊達 梶乃
ここのところ、リー(ハンニバル)のクリーニング屋は普段よりいくらか忙しかった。 「こんばんは。」
ドアベルがカランと鳴るのと同時に、入ってきた女性が挨拶をした。 「はいこんばんは。」
クリーニング屋の主人、リーは洗濯物をプレスする手を止めずに上目遣いで客を見た。 「これ、手洗い推奨なんだけど、お願いできるかしら?」
女性は手提げの紙袋からエスニックな刺繍の入ったショールを取り出した。リーはプレスを一時中断して、そのショールを受け取ると生地を親指と人差し指で挟んで撫でた。
「ちょっと縮むかもしれませんぞ。」 「じゃないかと思ってたのよ。だから専門家に任せようかと思って。」
「できる限りのことはしてみましょう。おーい、弟子や!」 リーは店の奥の方に顔を向けて弟子(マードック)を呼んだ。 「あいよ!」
奥から威勢のいい声が返ってくる。 「手洗い推奨品の仕上がりはいつになるかな?」
「ああっとね、別々に押し洗いしなきゃなんねっから、乾いてなくていいんなら、ええっと、3日後かな。」
クリーニング屋から乾いていない洗濯物を渡されたら、憤ること請け合い。 「乾かしたら?」 「モノは何?」
「刺繍入りのショールだ。」 「じゃあ陰干しで平干しした後、刺繍避けて手アイロンだから6日後。」 リーは顔を客の方に戻した。
「6日後で構わないかね?」 「ええ、構いません。」 「時間がかかって申し訳ない。手洗い推奨品が山積みになってましてね。」
「それでお弟子さんを?」 リー店長、自分では手洗いをしたくないので、弟子を召喚したのである。
「子曰く、老いては子を従え。ご存知かな?」
女性は「いろいろ違います」と言いたかったけど、黙って微笑みながら頭をふるふると横に振り続けた。その間にリーは預かり伝票を書いていた。品名、仕上がり日、それとリストを指で確認しつつ料金を書き込んでいく。
「ショールの基本料金に、刺繍入り、手洗い、平干し、陰干しオプションを加えて、っと。」
最後に電卓を叩いて合計額を書き込み、それを女性に見せる。結構な金額ではあるが、女性は提示されたクリーニング料に納得して支払った。
「それじゃ、よろしくお願いね。」 「毎度あり。」
リーは女性が店を出ていくと、カウンターに置かれた札をポケットに入れてニンマリと笑った。
話は半年ほど前に遡る。
児童館やコミュニティセンターでボランティアとして参加することが多かったコングは、その実績を買われて、小学校の補助教員としてスカウトされた。教員と言っても勉強を教えるのではなく、子供たちが散らかしたものを片づけたり、ハンディキャップを持つ子供の手助けをするのが仕事だ。買われたのは、実績と言うより体力かもしれない。
補助教員の仕事は朝から昼を少し回ったところまで。子供たちがランチを食べて、少し遊んで帰った後は、日誌を書いたり教員との打ち合わせなどもあるが、それさえ終わればその日の職務は終了。コングはこの仕事を受けることにした。少ないながら給与も出るそうだし、服装は普段通りでいいそうだし(ただし首周りのジャラジャラは自粛)。
初仕事の日から、コングはスケジュール表に従って、校庭に散らばったボールやら何やらを片づけたり、右腕で足が不自由な児童を抱え左手で車椅子を掴んで階段を上ったり、同様にして階段を下りたり、スケジュール表にはないけれどもちょっとした隙間時間に蛍光灯を交換したり、ガタついたドアを直したり、休む間もなく働いた。そして、子供たちがすっかり帰宅した後、再度校庭の片づけをし、職員室で日誌を書きながらランチとして持ってきたバナナとリンゴを食べ、翌日のスケジュールの確認と打ち合わせ。
と、その時。 「あらまあどうしましょ。」
数歩ほど離れた席で、年配の女性が手紙を見ながら声を上げた。無論、手紙を持っていない方の手は頬に添えられている。
「どうしたんですか、キャロル先生。」 その横の席の教員が尋ねる。 「アフリカに送った布、燃やされちゃったんですって。」
「ええっ、誰がそんなひどいことを?」 「恐らく、村の男性陣。これはちょっと……問題だわ。」
キャロル先生、と呼ばれた女性は、頬にやっていた手をグーにしながら口の前に持ってきて、険しい表情になった。
打ち合わせも終わり、キャロル先生たちの話を聞いていたコングは、体を年配教員の方に向けて尋ねた。
「一体どういう話なんだ? 最初っから説明してくんねえか。」
「ああ、補助教員のバラカスさんね。私、キャロル・ルークラフトと申します。よろしくお願いします。」 「おう、よろしく頼むぜ。」
そしてキャロル先生は事態を説明し始めた。彼女は、アフリカの人々の生活を向上させるためのNGOと組んで、特に子供たちと女性をターゲットにして、ここの学校で文房具や本の寄付を募るだけでなく、各家庭で余っている布や糸を集めてアフリカに送り、手の空いている女性陣にその布を使ってポーチやペンケースなどを縫って送ってもらい、こちらのバザーでそれらを販売し、売り上げを製作者に送る、という活動を行っている。その布が燃やされたというのだ。
「ひでえ、としか言いようがねえな。」 コングは話を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その地域は、まだ女性の地位が低いところで、識字率だって男性60%に対して女性は40%にも満たないの。学校に通ったことがない女性が半数以上ってことね。そもそも学校も少ないし、教科書も子供たち全員分は揃ってなくて。」
「そんなんじゃ、ろくに飯も食ってねえんだろうな。」
「そう、1日3食は食べられないそうよ。男性の仕事もあまりなくて。鉱山での仕事に就ければいいのだけど、危険を伴う過酷な肉体労働で、それでもお賃金は少ないの。その少ないお金を自分の奥さんと子供たちのために使う人なんて稀で、お賃金を貰うとすぐに自分の飲み食いに使ってしまうとか。女性が働けるところなんて全然ないから、少しでも女性と子供たちのためになれば、と思って。それに、自分で働いてその対価を貰えば、自信が持てるでしょ。」
「おう、その通りだぜ。そんで、その布が燃やされちまったのか。」
「ええ。見ず知らずの人に燃やされたのなら、その犯人を捕まえて、新しく布を送ればいい話だけど、燃やしたのが村の男性陣となると……。」
「やっかみか。」 「多分そうでしょうね。女子供はお金を貰っているのに、何で自分たち男性にはお金が貰えないんだ、っていう。」
「そりゃ働いた賃金だからじゃねえか。」
「でも、向こうの男性は、女性が働いてお金を稼ぐということに不慣れで、女性が針仕事をするのは当然のことであって、それがお金になるとは思っていないんでしょう。」
「そのNGOの奴らは、男どもに何かしてやってんのか?」
「ええ、もちろん。鉱山の仕事以外でも職に就けるように、読み書きや計算を教えて、ある程度できるようになったらNGOの仕事を手伝ってもらったり、他の地域での仕事を斡旋しています。なのに、報告では、読み書き計算の段階でほとんどの人が逃げてしまうそうです。」
「男ども、ダメダメじゃねえか。」 「その一言に尽きますね。」 2人はしばらく口を噤んでいた。
「おし、俺の知り合いに頼んでみるぜ。」
知り合い、即ちハンニバルとフェイスマンとマードックである。アフリカに行くには飛行機に乗らなければならないので、コングは行かないつもり。学校での仕事もあるし。
「キャロル先生は布を集めといてくれ。」 コングの言葉に、キャロル先生は力強く頷いた。
その少し前、Aチームのアジトでは、ハンニバルがモリモリと牛ドネルケバブのピタサンドを食べていた。その隣のフェイスマンも、モリモリと鶏ドネルケバブサンドを食べていた。ハンニバルの向かいでは、マードックがこれまたモリモリと羊ドネルケバブサンドを食べていた。
なぜAチームの面々が揃ってドネルケバブサンドを食べているのかと言うと、先週、ドネルケバブサンド屋の依頼“売れないから売れるようにしてプリーズ”を1日で終わらせ、報酬がドネルケバブサンド1週間無料だったからだ。したがって、ここ1週間、朝昼晩3食ずっとドネルケバブサンド。元を取るために、マードックも病院に帰らずドネルケバブサンドを食べている。元と言っても、資材や備品はフェイスマンがちょろまかしてきたものだし、かかったコストはほぼ100%が人件費である。あとはアイデア料くらい。
そんなに毎食ドネルケバブサンドを食べて厭きない? とお思いでしょう。それがですね、Aチームが“売れないのを売れるようにした”システムにより、厭きにくくなっているのです。
つまり、店に入って小さなボウルを取り、壁沿いに並んだ各種野菜から好きなものを好きなようにボウルに入れ、店の奥で店員に牛肉・鶏肉・羊肉・魚フライ・豆フライのどれにするのかを伝え(有料トッピングが必要ならばここで注文)、ボウルに入った野菜と選んだ具を半分に切って開いたピタ
in
バーガー袋に入れてもらって会計し、戻りの壁沿いに並んだ各種ソースや無料トッピングをかける。最後に、必要ならばバーガー袋の口を畳んでテープで留める。○亀製麺や○ブウェイと似たようなスタイルだ。
だから、ハンニバルのピタには牛肉(ダブル)と少々のオニオンと塩胡椒しか入っておらず、フェイスマンのピタには鶏肉とオリーブとレタスとトマトとキャベツとワカモレに少々の塩とライム汁、マードックのピタには羊肉と大量のパクチーとピーマンとハラペーニョとピクルスとフライドガーリックに唐辛子ソース。20回試行錯誤して選んだ、各人のベストチョイスである。
食べ終わってバーガー袋をくしゃくしゃっと丸めてラタンのゴミ箱に投げ、フェイスマンはローテーブルの下からプラスチックのボトルをいくつも取り出して、テーブル上に置いた。それから席を立って、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを持ってくる。それとグラスを2つ。
「ほら、ハンニバル、食後のサプリメント飲んで。」 グラスに水を注ぎながらフェイスマンが言うと、ハンニバルは嫌そうな顔をした。
「そんなもの飲まなくても、あたしは健康ですって。」
「サプリメント飲み始めたから健康なのかもしれないよ? 最低限、ビタミンCとビタミンB群は飲んどこうよ。ハンニバル、葉巻吸うからCは多めに。あと、フィッシュオイル。」
テーブルの上にティッシュペーパーを2枚広げると、フェイスマンはサプリメントのボトルから中身を振り出した。
「俺はB群とEとDを飲んどこうかな。」
ティッシュペーパーの上のでっかい粒やでっかいカプセルを見て、ハンニバルは溜息をついた。【注;アメリカのサプリメントは往々にしてでかく、昔のサプリメントもほとんどがでかかった。したがって、当時のアメリカのサプリメントはほぼほぼ全部でかい。】】
「いつも思うんだが、サプリメントってのは何でこんなに大きいんだ?」
1粒が中指の先から第1関節まである。毎回、喉に詰まらせるんじゃないかと思いながら飲んでいる。
「必要な成分がたっぷり入ってるからだよ。」 「もっと小さな粒を複数個でもいいと思うんだが。」
「確かにその方が飲みやすいけど、そうすると、作るのにコストがかかるんじゃないかな? ああ、モンキーも飲む?」
「いらねえよ、そんな何に効くかわかんねえモン。」
「そりゃ俺も、何に効くのかよくわかんないけど、でも不足してるビタミンは補っとこうよ。」
「唐辛子にゃビタミンCとEがたっぷり入ってるぜ。ビタミンじゃねっけどカプサイシンとβカロテンも多いし、食物繊維だって多いし、それにカリウムもたっぷりよ。そんな唐辛子ソースをどばっとかけて食ったんだから、サプリメントはいらねえってわけ。」
100gあたりで考えればね。唐辛子100g食べるのは至難の業だけど。
「羊の肉にはB群も多いし、カルニチンだって入ってる。タンパク質が多くて脂質は少ねえ。パクチーにゃビタミンKとモリブデンが死ぬほど入ってる。どう? これでも俺っちにサプリメントが必要?」
病院暮らしも伊達ではない。マードックが栄養について語っている間に、ハンニバルとフェイスマンはサプリメントを1粒ずつ、うっくん、うっくんと水で流し込んでいた。
「フェイス、サプリメント会社から“サプリメントが売れないので売れるようにしてください”って依頼を取ってきちゃくれませんかね。そしたら粒を小さくするように言いますわ。」
「依頼って、取ってくるもんじゃないんじゃない?」
サプリメントを全部飲み終えたフェイスマンは、下に敷いていたティッシュペーパーで口を拭うと、サプリメントのボトルをローテーブルの下にしまった。
「もしお金に余裕ができたら、依頼がなくても、サプリメント会社に粒を小さくしてもらう作戦、やってもいいんじゃないかな。」
フェイスマンの許しが出て、ハンニバルは表情を少し明るくした。飲まなきゃならないでかいサプリメントは、まだ半分くらい残ってるけど。
「そうだな、依頼がなきゃ動かないっていうのもイメージが悪いしな。世直しの一環として、サプリメントを飲みやすいサイズにしてやる作戦、じっくり考えておきましょう。」
ハンニバルは“もしお金に余裕ができたら”という条件を、よく聞いていなかった。耳が遠くて、とか、短期記憶があやふやになってきて、というのではなく、元からハンニバル、人の話は半分くらいしか聞いていない。
と、その時。 「帰ったぜ。」 補助教員の仕事からコングが帰ってきた。 「お帰り。仕事、どうだった?」
コングのために席を空けるべく、フェイスマンがソファから立ち上がった。因みにこのアジトには、2人掛けソファがローテーブルと共にあるだけで、マードックはずっとローテーブルをベンチ代わりにしている。
「仕事自体は何てことねえ。けど、困ったことが持ち上がっててな。」 コングはソファにどすっと座ると、事態を説明し始めた。
「――ってわけで、一つ頼まれちゃくれねえか?」 「そこの男どもを改心させて、女性と子供たちを助けるってことだな?」
ハンニバルが確認のために尋ねた。こっくりと頷くコング。 「いいんじゃないですかね。どうだ、フェイス。」
ハンニバルは乗り気だが、フェイスマンが首を縦に振る可能性は低そう。 「依頼人はコングってことでいい?」
「おう、分割払いで頼むぜ。」 「アフリカまで行くとなると、民間航空機で……安い時期の安い航空会社でも片道2000ドルくらいかかるよ。」
「そんなにするのか。」 驚いたのはハンニバル。
「うん、直行便なくて滅茶苦茶時間かかるのに、高い時期に高い航空会社使うと2万ドル超える。でも、こっちにはモンキーがいるし。」
「何、オイラがアフリカまで飛ばすの? コングちゃん、飛ぶもんダメだろ?」
「いんや、俺は行かねえ。補助教員の仕事もあるしな。俺がいなけりゃ、その分、人件費も食費もかかんねえだろ。」
「そんじゃフェイス、パイロット1と乗客2のフライトプラン書いといて。あと必要書類全部でっち上げて。」
「そんなの必要? いつも、その辺の飛行機かっぱらって、ちゃちゃっと飛んでない?」 「アフリカまで直行便がねえの、何でか知ってる?」
「途中で給油しなきゃなんないから……あ、そうか。」
そう、途中の空港で下りて給油してまた飛ばなければならないから。そのためには事前申告も必要だし、着陸した直後に逮捕されないための書類も必要。
「車で東海岸に行ってから、格安飛行機でヨーロッパのどこかに飛んで、そこからまた車で行くってのはどうなんだ? 確かジブラルタル海峡にはカーフェリーがあるはずだ。車のガス代やレンタカー代、フェリー代はかかるだろうけど、全行程飛行機よりは安いんじゃないか?」
と、ハンニバルが提案。
「確かにそういうルートもあるし、そんだったらコングちゃんも少しは気が楽だろうけど、全行程ジェットで行けば1日かかんねえで行けるのが……ちょっち待って、ええと、あの辺まで40時間くらい? で、あっち行くのに最短で7時間、そっからフェリーの待ち時間は抜かしても50時間ってとこ? ってえと、合計で4日ちょい。待ち時間も寝る時間もご飯タイムもトイレ休憩も抜かして。」
マードックが脳内地図を思い浮かべながらアバウトに計算している間、コングは何度も「俺は行かねえぜ」と繰り返していた。
「随分、時間かかるんだな。」 「地球、でっかいから。」 地球人の1人として、胸を張るマードック。
「コングが行かないんだったら、ジェット機で行こうよ。偽造書類は俺が何とかする。」
車に最低90時間も乗らなきゃならないことを考えたら、何種類もの書類をでっち上げるくらい何てことない、とフェイスマンは早速、上着を羽織った。
「フェイス、詳しい地図を入手してきてくれ。」
「オッケ。コング、アフリカのどの辺か、もうちょっと情報ちょうだい。それからコング、俺たちの偽造パスポート、車から探しといて。ビザもいるか。渡航目的は観光でいいよね。カナリア諸島メインでいっか。ハンニバル、ジェット機、何日借りる?」
「3日もあればいいんじゃないですか?」 行きに1日、解決に1日、帰りで1日の予定。
「3日ね。モンキー、一緒に来て。ルートとレンタル機、決めなきゃなんないから。」 「よっしゃ。」
「ハンニバル、向こう行ってからの作戦、考えといてよ。」 「もちろんですとも。」
フェイスマンが仕切っているけど、リーダーは文句も言わずにこっくりと頷いた。
〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
バンの後部に潜って、偽造パスポートを探すコング。バンの外では、コングが説明する現場の位置をフェイスマンがメモに書き取っている。それを覗き込んで、地図帳で大体の位置を確認するマードック。アジトのソファに座って、難しい顔をして考え込んでいるハンニバル。
アジトにフェイスマンが帰ってきて、ローテーブルの上に並んだ偽造パスポートとマードックの操縦免許証の上に偽造ビザとアフリカの詳細地図を乗せ、再度外出。
学校の職員室で、布の寄付を募るお手紙を書くキャロル先生。ゼロックスで印刷して、家庭数を配布物の棚に置いていく。
マードックがレンタル機のカタログを見て、長距離のフライトも可能な小型ジェット機を選ぶ。燃料タンクが大きく、補助タンクもつけられるが、事故った時には人生諦めなきゃならないやつ。フェイスマンが頷き、書類にメーカーと機種名と型番を書き込む。
電話で呼ばれて、急遽、自動車修理工場のヘルプに入るコング。頼まれたことを即行でこなす。感謝はされるが「今度奢るぜ」で済まされる。
すっかり日も落ち、一旦アジトに集合するAチーム。揃ってドネルケバブサンド屋に行き、最後の無料ドネルケバブサンドを貰う。欲張って、1人2つずつ。肉はダブルで。帰宅して、4人揃ってケバブサンドにかぶりつく。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉
翌朝。 「はい、ハンニバル、これ着て。モンキーはこれ。」
落ち着いたスーツ姿のフェイスマンは、食べすぎでもたれている胃を摩りながら起きてきたハンニバルに、近くのクリーニング屋からかっぱらってきたスーツを差し出した。既に起床して、子供用シリアルの箱を抱えつつ詳細地図を見つめているマードックにも、パイロットの正装一式を投げて寄越す。
「随分と高そうな服だな。この艶、シルク混か?」 受け取ったスーツを見てハンニバルが言う。
「カナリア諸島に観光に行く実業家って設定だからね。専用ジェットも欲しいとこだけど、どれにしようかまだ決めかねてるから、今んとこはレンタルで、って感じ。俺はハンニバルの秘書。モンキーは知り合いの信頼できるパイロット。」
「俺っちのこと信頼したら、世も末よ?」 カラフルなシリアルを箱から口に直接流し込んでザグザグ噛みながら、マードックが不明瞭に言う。
「操縦の腕は信頼してますよ。」 「腕はね。」 読者の皆様も頷いていることと思われます。
「そんじゃ俺ァ仕事行ってくるぜ。」 身支度を整えたコングがバスルームからリビングルームに出てきた。
「コングちゃん、これから朝ゴハンかと思って、牛乳、コップに注いじまった。」
マードックがシリアルの箱で、ローテーブルに置いてある牛乳を示した。マードックが飲むのかと思いきや、コングのためのものだった。
「飯はてめえらが起きる前に食ったけどよ、もったいねえからいただくぜ。」
コングは少々ぬるまった牛乳を一気に飲んだ。その途端、目が上を向き、膝ががくりと折れ、床にばったりと倒れる。
「学校に欠勤の連絡しなきゃね。」 フェイスマンが受話器に手を伸ばした。
『本日はクレイジーモンキー航空をご利用いただきありがとうございます。当機はロサンゼルス発、ワシントンD.C.経由、カナリア諸島のテネリフェ島着の予定ではありますが、計器の故障によりルートが南に逸れてアフリカ大陸に着陸する見込みです。』
小型ジェット機のスピーカーから、パイロットのアナウンスが流れている。
空港の入口からレンタルした小型ジェット機まで、すべてを無事にごまかし続けたAチーム(コングは箱入り)。荷物も積み込み終わり、管制塔との話もつけ、あとは離陸するのみ。
「テネリフェ島の3つ星ホテル、予約してることにしたんだ。写真見たけど、すっごくよさそうなとこだよ。」
シートベルトを締めて、フェイスマンが隣のハンニバルに言う。滞在先として申告はしたが、予約は入れてない。 「行きませんけどね。」
さらっとあしらうハンニバル社長。 「いつか行ってみたいなあ。」
フェイスマンは夢見るような表情で呟いた。ただし、実際に行ったら、フェイスマンなら10分で厭きると思う。セクスィ〜な美女が同じホテルに滞在していない限りは。むしろ裕福な爺婆に「セクスィ〜なハンサム坊やじゃのう」とフェイスマンの方が鑑賞されそうだ。
『離着陸の際や機体の角度が半端ない際、揺れが激しい際には、シートベルトの着用をお願いします。また、機内食は出ません。トイレは後方にございますが、極力ご使用なさらないようご協力お願いします。以上を踏まえた上で、到着まで、空の旅をごゆるりとお楽しみください。』
「機内食、出ないのか?」 マードックのアナウンスを聞いて、ハンニバルがフェイスマンの方を向く。
「言われてないから準備してないよ。」 そりゃあ準備してなきゃ機内食出ないね。 『それでは、離陸いたします。』
〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
ジェット機が走り出し、Aチーム、絶食の旅が始まった。因みに、水さえもない。こうなったらもう、寝るしかない。
真剣な表情で操縦桿を操るマードック。眠ろうと努力するハンニバルおよびフェイスマン。
小さなジェット機がぐんぐん上昇して、雲の中へと消えていった。 〈Aチームのテーマ曲が終わってCM。〉
それから6時間半の後、ワシントンD.C.で給油している間に、フェイスマンは空港係員に頼み込んで、水とサンドイッチを3人×3食分、買ってきてもらった。プランでは給油に下りるだけで乗客は機外に出ないことになっていたので、マードック以外が滑走路に出ることさえ規約違反なのだが、マードックに食料調達に行かせたら何を買ってくるかわかったもんじゃない。……いや、わかる。ビーフジャーキーとアイスクリームだ。
「あーあ、無駄にお金使っちゃった。」
備えつけの小型冷蔵庫に水とサンドイッチ6食分をしまって、フェイスマンが眉をハの字にして溜息をつく。係員に代金を現金で支払ったからだ。
「1日はかかんねえけど(=1日弱はかかる)って、オイラ言わなかったっけ?」
給油を済ませて操縦席に戻ったマードックが、フェイスマンから水とサンドイッチを受け取って尋ねる。
「聞いた気がする。でもあの時、お腹一杯だったし、ここ1週間、食事って言ったらドネルケバブサンドだったから、食べるものを準備するって意識がなくなってた。それに、やること一杯あったし。」
管制塔から通信が入り、マードックが真面目に受け答えを始めたので、フェイスマンはそれだけ言って、席に戻った。
フェイスマンが席に着いてシートベルトを嵌めるとすぐに、ジェット機は西に向けて走り始め、ふわっと上昇した。
ハンニバルは既にサンドイッチを半分ほど食べ、水も飲み、穏やかな表情を見せていた。
「お前さん、夕飯の後もどっか行ってたけど、何してたんだ?」
その言葉には、“食料調達も忘れて何してたんだ?”という非難のニュアンスが。
「ほら、布を燃やされたって言ってたからさ、夜遅くに倉庫に忍び込んで、布とか糸とか裁縫道具とかソーイング関係の本とか盗ってきた。夕飯のすぐ後は、アフリカの人たちが作ったものを売るなら、バザーじゃなくてもっとちゃんとしたとこの方がいいかと思って、ショッピングセンターに期間限定で出店できないか相談しに行ってた。」
それを聞いて、ハンニバルは片眉を上げた。遊び歩いていたわけではなく、今回の仕事に関係していることだったのなら仕方ない。 「それで?」
「ちょっと先になるけど、退店して空きになっている場所があるから、そこに出店していいって。こっちも、ちょっと先の方が都合いいから、その線で話まとめてきた。布は、スーツケースと箱に詰め込んである。」
「やけに沢山スーツケース持ってきてると思ったら、そういうことか。」
「うん。その分、俺たちの着替えはないけど。現地調達すればいいかと思って。」 「アフリカで、か?」 「アフリカ、服売ってない?」
「売ってたとしても、カードも小切手も使えないだろう?」 「そうだ……。」
まずった、とか、しくった、のポーズで固まるフェイスマン。具体的に言うと、シートに背から頭を沿わせて、両掌の掌底を目に当てて、口は半開きで口角を下げる。
ハンニバルは、フェイスマンは放っておくことにして、ハムとレタスのサンドイッチを取り、ぱくぱくと2口で食べ終えた。
アフリカ大陸西岸に沿って南下していくと、滑走路が1本だけの小さな空港が見えた。マードックは無線機のマイクを取って、テネリフェ空港と交信しているかのように話をした。しかし、そこはもちろんテネリフェ空港ではない。現地の管制官から、当然ながら、テネリフェ空港に戻るように言われる。しかし、そう言われて引き下がるマードックではない。燃料がもうない旨を告げる。けちんぼな空港のせいでテネリフェ空港までの燃料ギリギリしか入れさせてもらえなかったから、と。目的地より南東に結構飛んでいる今、そりゃあ燃料はない。ガス欠で墜落目前。慌てた現地管制官は着陸を許可した。幸い、滑走路上に離陸準備中の機はなく、着陸後にもたついている機もなく、あと10分は離着陸の予定が入っていない。
天気もよく、夜もすっかり明け、滑走路も真っ直ぐで、着陸に不安要素はない。小型ジェット機はお手本のようにスムースに着陸した。管制官の指示に従って、直角に折れて出口を進む。停止するよう管制官に言われて、そこで止まり、エンジンも止める。ジェット機の窓から正面に見える空港の建物は、案外近代的だった。
緊急着陸扱いになったAチーム一行は、「テネリフェの宿に荷物を置いたらここに観光に来る予定だったんだ」と、現地警察や空港係員に対してごねまくった。マードックも、ジェット機の機器が狂っていたと主張。フェイスマンがこの国の観光ビザとパスポートを提示して何とか納得してもらい、入国審査も同時に終わらせ、台車を借りて荷物を運び出した。それと共に、空港内の外貨両替所で現地通貨を手に入れる。トイレにも行っておく。
空港内は近代的だったが、そこを出た途端、広々とした空と乾いた地面、がっしりとした木々とバラック小屋という、いかにもな風景が広がっていた。
「まずは車だな。」 ハンニバルがそう言い、フェイスマンがきょろきょろと辺りを見回す。空港の傍にはレンタカー屋があるものだ。
「あった。」
公用語が英語であることを神に感謝して、フェイスマンはその店(バラック小屋)に小走りで向かっていき、ちょっとしてから4人乗りのピックアップトラックと共に戻ってきた。
「ところどころ錆びてるけど、これでいいよね。」
残る2人に異論はなかったので、スーツケースや箱を荷台に乗せ、コングの箱を開けた。フェイスマンが懐からアンモニア水の小壜を出し、眠るコングの鼻の下で蓋を開ける。
「フガッ!」 コングが覚醒し、フェイスマンは小壜の蓋を閉めてポケットに戻した。 「何だ、ここは?! アフリカか?」
「そうだ。軍曹、体に不調はないか?」 ハンニバルに言われて、コングが体の関節を一通り動かす。 「何ともねえぜ。」
「そりゃよかった。それじゃ、運転を頼んだぞ。」 「おう。」
「ああ、そうそう、学校に欠勤の連絡入れといた。キャロル先生が、NGOの人に詳しいことを聞くといいって住所教えてくれた。」
メモを出して、コングに見せる。 「コングちゃん、これ、この辺の地図。」
パイロットが持つアタッシェケースの中から、マードックが地図を出して渡す。 「……大体わかったぜ。」
メモと地図を見比べてコングが頷き、運転席に乗り込むと、他3名もピックアップトラックに乗り込んだ。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
ドリンク類が売られている店でボトルドウォーターを大量に買い込むAチーム一行。フェイスマンが支払いをしながら、衣料品店の場所を尋ねる。
現地に馴染む服と履き物を買う、コング以外の3名。その場で着替えて、着ていた服は帰りにも着たいので、服を入れておく袋も購入。結構な額になり、フェイスマンがトホホな表情になる。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉
NGOの事務所は、コンクリート造りではあったが、コンクリートのガワにドアと窓を嵌めただけの建物だった。電線が建物に引かれていることから、電気は来ているとわかる。上下水道やガスは、わからない。
事務所の前に車を停めて、Aチームの4人は車から降りた。 「あたしとモンキーはここに残って荷物の番をするとしよう。」
そうハンニバルが言ったので、コングとフェイスマンが事務所に向かう。 「おはようございまーす、キャロル先生の代理で来ましたー。」
ドアを開けて、フェイスマンが挨拶をする。 「お早い到着ですね。話はキャロル先生から電話で伺いました。」
電話はある。ただ、ロサンゼルスからここへの電話となると、1分間の通話がいくらになるか、フェイスマンが聞いたら卒倒するに違いない。
「キャロル先生の依頼を請け負っている村を担当しています、ザカリー・オリバレスです。よろしくお願いします。」
赤く日焼けした肌に栗色の髪の青年は、フェイスマンに右手を差し出した。 「Aチームのフェイスマンです。よろしくー。」
ハンニバルが最初に名乗るべきだよなあ、と思いながら握手を交わす。
「こっちはコング。キャロル先生の助っ人をしようって言い出した張本人。」 ザカリーとコングが握手。
「コングってのは通称で、本名はB.A.バラカスだ。だから、キャロル先生は俺のこと、バラカスって言ってたはずだぜ。」
「そうですそうです、キャロル先生、バラカスさんとお友達があの問題を解決しに行くって言ってました。」
「あと2人、外で荷物番してるんだ。リーダーのハンニバルと、パイロットのモンキー。」
フェイスマンは2人が荷物番をしていると信じているが、実のところ、1人ずつ交代で荷物番をして、荷物番をしていない1人は周辺の商店を物色していた。
「ではそのお2人とはこの後ご挨拶をするとして、早速、くだんの村に行ってみますか?」 ポケットから車のキーを出して、ザカリーが問う。
「ああ、案内頼む。」 コングが言い、フェイスマンも頷いた。
ザカリーのワンボックスカーの後ろをAチームのピックアップトラックが追いかけていく。本当ならザカリーと一緒の車に乗って、道中、詳しい話を聞きたいのだが、5人と荷物が一遍に1つの車に乗るのは無理なので。ワンボックスカーには5人乗ることができるけれど、そうするとAチームの荷物が入りきらない。それに、5人がワンボックスカーに乗ったら、その重さでろくにスピードが出ないばかりか、地面が削れると思う。
「一体、何時間走るの?」
1時間ほど経った頃、車窓風景を見るのに嫌気が差したフェイスマンが尋ねた。軽く「行ってみますか?」と言っていた割には遠い。
「地図からすっと3時間か4時間くれえじゃねえか?」 運転しながらコングが答える。 「そんなに?」
ちょっと行って、様子を見て、当事者たちに話を聞いて、一旦事務所に戻ってくるのかと思っていたフェイスマンは、げんなりとするしかなかった。
「着いたら起こして。」
そう言うと、目を閉じてシートに沈み込んだ。隣の席では、既にマードックがカンカン帽を顔にかけて爆睡している。一睡もせずに1日ほどジェット機を操縦していたのだから当然と言えよう。ハンニバルは、パナマ帽を膝に乗せ、いい姿勢で座って前を見据えている――振りをして寝ていた。
そんなわけで、道中の様子など3人には全くわからないまま、目的の村に到着。コングに起こされた3人は、それぞれの席で大きく伸びをした。そして4人が車から降りる。フェイスマンの指示に従い、それぞれが箱を抱えたりスーツケースの持ち手を伸ばしたり。
ザカリーも車から降りて、村の人々に声をかけていく。「こんにちは、元気?」とか「最近、どう?」とか。村の人々は、その問いかけに、にこやかに答えていた。村人といい関係を築いていることがわかる。掘っ立て小屋の家の前で、原始的なコンロを使って調理している女性もちらほら。
「あのねっちょりしてるの、ピーナッツバター?」 葉に巻かれた薄茶色のペーストを見て、マードックがザカリーに尋ねた。
「そうです。ピーナッツはこの辺りでも栽培されているので、安く手に入るんです。それをペーストにしたものがあれで、自家製ピーナッツバターですね。シチューに入れます。」
「トーストに塗るんじゃねえんだ。」
文化の違いに驚くマードックであった。そして、ピーナッツバターと上顎の相性のよさについて考える。なぜあんなにも、トーストに塗ったピーナッツバターは上顎にくっつくのか。
「家の前に座ってる男性が多いな。」 そう呟いたのはハンニバル。
「仕事がない人は、1日中、ああやって座って、たまにビール飲んでるんです。もちろん、仕事を持っている男性もいますよ。ピーナッツや野菜、キビ、小麦、キャッサバの畑で働いている人、ココナッツやバナナの収穫を手伝っている人、銅山の仕事をしている人、その他、川で魚採りをしたり、鶏を育てたり。うちの事務所で働いてもらっている人もいます。ああ、ここです、ここ。」
ドア代わりの布、暖簾と言えばいいのか、それをザカリーが片手で開けて、中に入っていく。Aチームもそれに続く。他の掘っ立て小屋の倍以上の広さがあり、板に脚をつけただけの低いテーブルがいくつも並んでいる。
「こんにちは、ライラ。」 「こんにちは、ザカリーさん。」
薄暗い中、ライラと呼ばれた女性が1人、テーブルに向かって縫い物をしていた。焼け残った布の焦げた部分を切り取って、小さな巾着を作っているようだ。
「普段ならこの集会所で集まって縫い物をしているんですが、ご存知のように布を燃やされてしまったので、今日いるのはライラだけです。彼女はこの村で一番、裁縫が上手いんですよ。」
ザカリーがAチームに向かって説明している間にも、ライラはすいすいと布を縫って袋状にしていた。
「布、持ってきたんだ。いるかと思って。」
そうフェイスマンが言い、抱えていた段ボール箱をテーブルの上に下ろし、ガムテープを剥がして中から布を取り出した。他の3人も、箱やスーツケースを開けて中身をテーブルの上に並べていく。
「裁縫道具や糸も持ってきた。あと、小物や羽織り物、縫いぐるみなんかの型紙つきの本も。作る作らないは別として、写真も出てるから、眺めるだけでもいいかなって思って。」
さすがフェイスマン、至れり尽くせりである。それらを見て、ライラの表情がぱあっと明るくなった。目がキラキラと輝いている。
「こんなに沢山! ありがとうございます!」
ライラが立ち上がり、ザカリーの手を取る。わくわくした表情でザカリーを見上げていたライラだったが、はっとして、すぐに暗い面持ちになった。
「でも、また燃やされてしまうかもしれません……。」 「それなんだが、何で布を燃やされたのか、本当のところを話してほしい。」
ずいっと出てきたハンニバルが、ライラに言った。
「……よくわかりません。あの日、ここの前で焚火の跡みたいなのがあって、ここに入ってきたら、布や縫ったものがなくなっていて。それで、燃やされたんだとわかったんです。男の人たちが嫌な笑い方をしていて、きっとあの人たちがやったんだと思います。」
「布を燃やしているところを目撃した人は?」
「燃やした人以外、見てないと思います。夜のうちに燃やしたら、普通、暗い間はみんな家で寝ているので……。」
「嫌な笑い方をしていた男っていうのは、誰だかわかるか?」 「仕事してない人たちです。今も何もしていない男の人たちです。」
「ああ、あいつらだな。」 先刻見かけた輩を思い起こして、ハンニバルがうんうんと頷く。
「布が燃やされたのは事実なんですが、彼らがやったという証拠がないので、どうしたものかと……。」
ザカリーが頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。 「また燃やしにくるでしょうから、そうなったら取っ捕まえてやりますよ。」
そう言って、ハンニバルは胸を張った。 「よろしくお願いします。」 ペコリと頭を下げるザカリー。ライラもその仕草を真似た。
ライラが村の女性たちに声をかけて回って、集会場に手隙の人々が集まった。と言っても、それほど多くはない。
「キャロル先生は、皆さんが作ったものを学校のバザーで売っていたので、ペンケースやポーチを作ってもらっていました。でも、1週間だけですが、アメリカのちゃんとした店で、皆さんが作ったものを売ります。だから、もっと他のものを作ってもいいです。本を見て、何を作るか考えてください。布や糸は、ここにあるものを、好きなだけ使えます。」
フェイスマンから話を聞いて、ザカリーが女性たちに説明した。 「人数、少なくない? いつもこんなもん?」
ザカリーの斜め後ろでフェイスマンが尋ねる。
「今、お昼時なので、子供がいる人は食事の準備や片づけで来られません。今、来ているのは、もう子育てが終わった人と、まだ子供がいない人です。」
「そう言や、ガキどもの学校はどうなってんでい。通える場所にあんのか?」 そう尋ねたのはコング。
「ここから徒歩3分くらいのところに小中学校があります。義務教育にも学費が必要なんですけど、幸いこの村はアメリカからの寄付金のおかげで全員の子供が中学までは無料で教育を受けられます。教員も、この国の教員免許を持った先生が1人、住み込みで来てくれています。午前中は小学校の授業、午後は中学校の授業で、全学年の子を1人で見ているから大変そうですよ。」
「じゃあ学校行く年になったら、みんな勉強できんのか。よかったじゃねえか。教科書がねえって聞いてたから心配してたんだ。」
「教科書は足りていません。この村だけじゃなく、国全体で足りないんです。だから先生がコピーを取って、足りない教科書を補ってくれています。ですが、子供たちはあまり学校に行きたがらなくて、学校に通っているのは都市部で仕事に就きたいという意欲を持った子だけです。実際、家業の手伝いもあれば、水汲みや弟妹の世話、お年寄りの世話もありますしね。ある程度の読み書きと計算を習って、学校に来なくなる子がほとんどです。」
「う……そうか。」
この村の生活事情もあるのだから、勝手な思い込みで「学校には行っとけ」と勧められるものではないのだと理解したコングだった。
「これ、キレイね。やってみたい。」
ライラが刺繍の本を開いて、隣にいる女子に話しかけていた。それを耳にしたフェイスマンがチャッとライラの横にやって来る。
「これをさ、例えばこういう肩にかけるやつとかに縫ったら、いいと思わない?」
別の本を開いて、フリンジのついたショールを纏った女性の写真を見せる。
「刺繍用の糸も針もあるし、刺繍する時の枠も持ってきたから、好きな布を選んで縫ってみない?」
「やってみます。でも、どんな柄にすればいいかしら? 売ることを考えたら、私の好きな柄にするわけには行かないでしょう? 私の好きな柄にしたら、私が欲しくなっちゃうから。」
「じゃあさ、君たちの村の伝統的な柄みたいなのないかな?」
そういう付加価値をつければ高く売れると、フェイスマンは信じている。民族模様の刺繍のついたものに、刺繍を施した人物の写真や説明をつけて売れば、かなりぼったくれる。
「お婆に訊いてきます。」 ライラは立ち上がって、老婆の方に行くと、耳の近くで話しかけた。そしてすぐに戻ってくる。
「昔はあったけど、今は残っていないそうです。」 「お婆にどんなのだったか話聞いて、絵に描いて、それを刺繍すれば?」
ライラの友達、ガビーが横の席から提案する。
「私、絵なんて描けないわ。目の前にあるものなら何とか描けるけど、ないものを話から想像して描くなんて。」
「ライラが描かなくても、上手い人に描かせればいいのよ。ほら、ちょうど暇そうなのいるでしょ。呼んでくるわ。」
ガビーが外に出て、すぐに同い年くらいの男子の腕を引っ張ってきた。少年と青年の間くらいのお年頃。
「何だよ、やめろよ、こんな女ばっかのとこ、恥ずかしいだろ。」
そう言いながらも、素直に引っ張られてきている。2人の関係性が見えて、ほっこりするフェイスマン。
「ねえ、ジャウォ、あんた絵が上手かったわよね? お婆にうちの村の伝統的な柄がどんなのだったか聞いて、絵に描いてくれない?」
「あ、ああ、わかったよ。家から紙とクレヨン持ってくる。」
ダッシュで家に行き、小さかった頃に愛用していた画用紙とクレヨン(ともに寄付されたもの)を持ってダッシュで戻ってくると、ガビーの方をちらりと見てから、老婆の横に座って、画用紙にクレヨンで絵を描き始めた。
「ガビーはいつジャウォと結婚するの?」
絵を描いているジャウォの方に目を向けたままのガビーにライラが小声で問いかける。耳を澄ますフェイスマン。
「ん? あいつが仕事に就いたら。別にどんな仕事でもいいのよ、お金が稼げれば。できれば危なくない仕事。まあ、あの細腕じゃ力仕事はできないわね。」
そう言うガビーは、女子にしてはがっしりと逞しい。細身のライラの隣にいると、余計にごつく見える。しかし、子沢山のいいお母さんになりそうではある。
「ライラはどうなの? 誰かいい人いないの?」
「いないわ。だから私、縫い物の腕を上げて、町で仕事を持って、そこで旦那さんを見つけるつもり。」
夢を語るライラは、最初に見た時の暗い印象とはだいぶ違っていて、フェイスマンは娘の成長を実感した親の気分になった。
「ほら、ガビー、できたぜ。」
ジャウォが画用紙に描いた絵を掲げた。そこには、太陽を背にした鳥(恐らくフェニックスのようなもの)と緑色の木々、深緑色の川に浮かんだ小舟が描かれていた。
「それじゃその辺の風景を絵に描いただけじゃない。もっと、そうね、こういう感じにならない? こういうのとか、それから、こういうのとか。」
ガビーが本をパラパラと捲って、ネイティブアメリカンの染め物やインドの刺繍、北欧のセーターを見せた。
「パターン化するってわけか。ちょっとその本見せて。」 本を受け取ったジャウォは、ガビーが見せた以外の柄も見ていった。
「で、俺が絵を描いて、どうするんだ?」 「あたしらが刺繍するの。こんな感じに。」 別の本のショールを見せる。
「四角い布で肩にかけんのね。……これ、すげえ細かい柄だな。こんな全体じゃなくて、端っこだけでよくねえ?」
画用紙の新しいページに、直角二等辺三角形のアタリをつけ、直角を挟む二辺にまず深緑色で緩く波打つようなパターンを描き、線と線の間も極力細かい柄で埋めていく。その上に薄茶色で小舟の形でパターンを描き、隙間を深緑の柄で埋める。
「舟、水没しちまった。ここ、薄茶色の方がよかったかもな。」
次に、長辺の中央より少し上にアステカの柄にも似たシンプルな鳥の形を大きく赤で描き、後ろには曼荼羅のような円を赤と黄色で描いていく。
「白い花が咲く木、あんじゃん。あれ入れよう。」
残りの部分に白と黄色で小さな花を描き、周りを緑の楕円の葉でウィリアム・モリスっぽく埋めていく。全体が錨型になるように。
「これでどうだ。これを布の四隅に入れるわけよ。」 自信満々でジャウォはガビーの前に画用紙を置いた。
「文句なし。畏れ入りました。」 ガビーはにっこりと笑って、ジャウォの手を取った。
「すごいわ、ジャウォ。この柄、何色の布に刺繍したら合うかしら?」
見つめ合うガビーとジャウォが2人の世界に入ろうとしているのも気にせず、ライラが尋ねる。
「そうだな、結構色使ってるから、黒……だと太陽んとこが強すぎるか。うーん、布の上に乗ること考えてなかった。花を目立たせるんだったら暗い色がいいと思う。」
「わかったわ、どうもありがとう。」 ライラは早速、ショールに向いてそうな布を物色し始めた。
「ザカリーさん、ミシンが壊れちゃってるんだけど、直せない?」 年配の女性がザカリーに声をかけた。
「ミシンですか。僕は直せないですねえ、済みません。」 そう言うザカリーの後ろから、ずいっとコングが進み出た。
「ちっと見せてみろ。」
女性が指差す先の足踏みミシンにコングが対峙する。足踏みミシンは母親が使っていたのを見たことがあった。その頃はミシンの構造など気にもしていなかったが。
「ああ、ここのベルトが劣化してるだけだ。」
何てことはない、ゴムのベルトが経年劣化であちこち細かく切れて、分断はされていないものの緩んで使い物にならなくなっているだけだった。
「ザカリーさんよ、こういうゴム、ねえか?」 「ないですねえ。」
普通、ない。ホームセンターに行かない限りは。もしくは、ここがホームセンターでない限りは。
「代わりになるもんは……そうだ、革のベルト、ねえか?」
コングはオーバーオールを穿いているので、ベルトはしていない。たまに太いベルトをオーバーオールの上から巻く時もあるけど、今は巻いてない。
「僕のベルト、木綿のメッシュなんです。」 最初と最後だけ革の、チノパンやボタンダウンシャツに合うやつ。
「革のベルト、あるよ。」 フェイスマンが手を挙げて助け舟を出す。 「ちょっと待ってて。」
車のところまで戻ると、座席に置いておいた袋から、革のベルトを取り出す。ハンニバル社長が使っていたものを。秘書のベルトは帰りにも使いたいから。フォーマルなスーツで革ベルトなしなんて、カッコ悪いもんね。
「はい、これ、革ベルト。」 ウナギ捕まえた、みたいな感じでベルトをコングに渡す。 「済まねえ。切っちまっても問題ねえか?」
「いいよ。(俺のじゃないから。)」
しかし、厚さのある革を切る道具がない。さらに、ベルトをどうやって円状に固定するか。ここにコングのバンがあれば、工具があるのに。
「金切り鋏、ありますよ。それと、あれ、何て言うんですか、ステープラーの大きいやつ。あれもあります。車から取ってきますね。」
ザカリー、ミシンは直せないけど、村の掘っ立て小屋を直すのは日常茶飯事だから、ある程度の工具は持っているのである。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。〉
ザカリーが、コンテナボックスをえっちらおっちらと運んできて、コングの前にどすんと下ろす。そして、しゃがみ込んで金切り鋏と手動式タッカー(ホチキスガン)を探し出し、コングに渡す。
コングが何か思いついたようにニヤリと笑って、外に出て、暇そうにしている青年を引っ張ってくる。青年と一緒に屈み込んで、ミシンのペダルと回転輪(ベルト車)およびミシン側の回転輪(ハズミ車)との関係を示し、ボロボロのゴムを引き千切る。ボタリと床に落ちるゴム。回転輪の溝の幅を指で測り、革ベルトに金切り鋏の先で印をつける。大体、半分に切ればいいとわかった。青年に金切り鋏を持たせ、バックルを外した革ベルトを切らせる。切り終えたら、青年にタッカーを持たせ、2本になった革の短辺を合わせてタッカーで留める。床板に穴が開いたけれど、気にしない。裏に出た針を金槌で叩いて平らにさせる。革をベルト車とハズミ車に沿わせてみる。ギリギリの長さだが、それはむしろちょうどいいと言える。革を円状にして、タッカーで留め、針を金槌で叩く。青年が完成したベルトを、まずハズミ車にかけ、真下のスリットに通し、ベルト車にかけようとするが、溝に嵌め込むのが難しい。コングがハズミ車の辺りを見ていって、レバーを倒すとハズミ車側のベルトが一段低い位置に移動した。この状態で青年がベルト車に革をかける。コングがレバーを戻すと、ハズミ車の溝に革が嵌まった。ガッツポーズを取るコングと青年。
年配の女性がミシンに向かい、ペダルを踏むと、針が上下した。女性は青年の手を取って感謝の意を表す。照れる青年。背後でうんうんと頷くコングとザカリー。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。〉
特にすることもなくふらふらと散策していたマードックは、10分くらい歩いたところに川があるのを見つけた。ゆったりと流れる幅広い川だが、水の色は深緑。この川の水で喉を潤したくもないし、水浴びもしたくない。太陽の照りつけは激しいが、川があっても空気は乾燥しており、日陰にいれば比較的涼しい。それもあって、マードックも川に飛び込もうとはしなかった。
「もうちょい水がキレイだったらなー。」
そう呟いて周囲をよくよく見れば、川の上流側では水を汲んでいる人がいる。魚を獲るために罠を仕掛けている人もいる。前に仕掛けた罠から魚を回収している人もいる。下流側では洗濯をしている人もいる。さらに下流側では男児が小用を足している。マードックは川に入らないことに決定した。
因みに村には共用トイレがいくつかあり、村の外れにはこれもいくつか肥溜めがある。発酵を終えたブツは肥料として使われている。と、ザカリーが話していた。
空港でトイレを済ませたAチーム、普段ならそろそろ村の共用トイレをお借りする頃合いではあるが、清潔な水にも限りがあるのであまり水分摂取しておらず、機内で軽食レベルのサンドイッチを1人3箱食べてから固形物も口にしていない(ただし、その前にマードックはシリアルを1箱食べている)。まだ大小共に大丈夫そうなマードックである。
そんなことを考えながら水面を見ていると、カバが泳いでいるのがわかった。ワニもいる。穏やかそうに見えて、結構危険な川だ。
「そうだ、大佐、釣りしたいかも。」
釣り道具など持ってきていないが、いい感じの枝があれば糸はあったから、あと針金を見つけてちょちょいと曲げれば、その辺に餌になる虫がいるだろうし、釣りはできる。マードックは虫を探しながら村に戻っていった。
〈Aチームの作業テーマ曲、またもや始まる。〉
ぶらぶらしているハンニバルを見つけて声をかけるマードック。片手には葉の上に乗せた何かの幼虫を持っており、反対の手にはいい感じの枝を持っている。葉の上で蠢く、案外多くの幼虫(モザイク入りで)。
コングに声をかけるハンニバル。コングが頷いて、ザカリーの持っている工具の中からあれこれ出し、太い針金も見つけて、簡単な釣り針を作って寄越す。錘になりそうなナットも。
いい感じの枝を、釣り竿になるようにザカリーのナイフで削るハンニバル。
フェイスマンに声をかけるマードック。糸の中から強そうなナイロン糸を探し出して、フェイスマンがそれをマードックに投げる。幼虫を持っていない方の手でキャッチする。
いい感じの枝に糸を結びつけるハンニバル。適当な長さに切った糸の反対側に、錘と釣り針を結びつけるマードック。
釣り竿をハンニバルが持ち、幼虫をマードックが持ち、川の方へ向かっていく。 〈Aチームの作業テーマ曲、またもや終わる。〉
川に向かって釣り糸を垂らすハンニバル。餌がいいのかハンニバルの腕がいいのか、案外釣れている。既にマードックが採ってきた大きな葉の上に魚が3匹乗っている。あと1匹釣れれば、Aチーム4人分の食料となる。
「おっと、また掛かったぞ。こりゃちょっと大きめだな。」
ハンニバルがいい感じの枝を慎重に動かしながら後退していく。タモでもあればマードックが助っ人に入れるのだが、タモなどあるわけがない。咄嗟にマードックはカンカン帽を手にした。ビーサンを蹴り脱いで、水の中に足を入れる。ハーフパンツなので膝くらいまでの水深なら問題ない。マードックはカンカン帽を水の中に入れ、手を伸ばした。
「大佐、そーっと、そーっとだよ。」
針にかかった魚がグンと泳ぎ出し、ハンニバルがそれに合わせて枝を動かしたのだが、魚の方が速く、そのせいで魚の体が持ち上がった。糸が切れる寸前に、マードックが魚をカンカン帽で掬い上げた。
「やった!」 「よくやった、大尉!」
一際大きな魚が逃げ出さないように、ビチビチと反抗する魚をカンカン帽ごと抱き締めるマードック。鮮度は落ちるけど、どうせ焼いて食べるんだし。
と、その時。 「ワニだ! 逃げろ、大尉!」 「ええっ?!」
釣った魚はワニも狙っていたようだ。マードックの方に向かってくるワニ。マードックが急いで陸に上がると、ワニも上がってきた。ワニ、魚しか見ていない(ワニから魚見えないけど)。そして、陸の上でもワニ速い。
「魚をこっちに投げて、ワニを跳び越えて川に向かえ!」
ハンニバルの指示通り、マードックは魚をカンカン帽ごとハンニバルの方に投げた。ラグビーのパスの如く、横へ。そして意を決して、ワニに向かってジャンプ。思っていたほどワニは大きくなく、尻尾の付け根の脇に着地したマードック、そのまま川に向かって走る。ワニの尻尾による攻撃は、ワニがマードックを一瞬見失ったので行われなかった。横方向に投げられた魚を追うワニ。魚目掛けて口を開けた瞬間、ハンニバルがいい感じの枝をワニの喉に突き刺した。さらに、いい感じの石を拾って戻ってきたマードックが、ワニの脳天に石を振り下ろす。どの辺が脳天なのかわからなかったが、目のすぐ後ろ辺りに。ダブル攻撃を受け、ワニは動かなくなった。
「これ、死んだのかな? 気絶してんのかな?」 荒い息でマードックが問う。
「わからんから、これはここに置いといて、魚だけ持って戻ろう。」 2人はワニを置いて、魚4匹を持って村に戻った。
「魚を釣ったんだが、誰か焼いちゃくれませんかね。」 集会所に魚を持って入り、ハンニバルが尋ねた。
「すげえな、ハンニバル。そんなに釣れたのか。」 コングがどすどすとやって来た。 「私、魚焼くの得意です。」
1人の女性が手を挙げて立ち上がり、ハンニバルから魚を受け取った。
「でも、この魚、焼いて食べるよりチェブジェンにした方が美味しいですよ。」 「チェブジェン?」
「トマトやいろいろな野菜と魚と香辛料を煮て、煮汁で米を炊く、辛いピラフみたいなもんです。」 ザカリーが説明する。
「じゃあ、それをお願いしようか。」 「チェブジェンだったら彼女のが美味しいです。」
魚を持った女性が、別の女性を指し示した。その女性が立ち上がって、こちらにやって来る。 「魚を捌くのは頼んだわよ。」
「任せて。」 「うちの旦那が作った野菜、持ってくるわ。もちろん、トマトもあるわよ。」
さらに別の女性が立ち上がって、集会所の外に出ていく。 「お米はうちのを使って。うちの旦那が町行って鶏と交換してきたのがあるから。」
その女性も立ち上がって、集会所の外に出ていく。魚を持った女性と、チェブジェン上手の女性も集会所の外に出ていった。
「あと、ワニを仕留めたんですけど、どうしたらいい?」 ハンニバルがザカリーに尋ねる。
「生きてるか死んでるかわかんねえから、もしかしたら逃げてるかもしんねえけど。」 「ワニ? あれ、硬くてさばくの大変なのよね。」
反応したのはザカリーではなく、少し年嵩の女性だった。 「うちの唐変木にやらせるといいわ。呼んでくる。うちで寝てるから。」
その横の女性が立ち上がって、集会所を出ていく。ややあって、ハンニバルよりは年下だがマードックよりは年上と思われるおっさんが数人、片手に刃物を携えて集会所を覗き込んだ。
「ワニ、どこにいるんだ?」 「川岸に伸びてると思う。」 ハンニバルとマードックは、おっさんたちと共に先刻の川に向かっていった。
無言で10分ほど歩き、川に到着。ワニは相変わらずそこにいた。ということは、息絶えている。 「こりゃあ食べ頃のワニだ。」
笑顔になったおっさんたちは、ワニの周りにしゃがみ込むと、ワニを引っ繰り返し、てきぱきと解体していった。
「こいつァ若い割にでかいな。」 「魚食いまくったんだろうよ。お仲間も食っちまってるかもな。」
道中で採取してきた大きな葉に、肉をどんどんと乗せていく。 「ほら、あんたたち、ぼさっと見てねえで、肉を村に運んでくれ。」
言われて、ハンニバルとマードックがワニ肉を乗せた葉を持って村に戻る。 「ワニ肉、持ってけって言われたんだが。」
集会所に戻ると、女性たちがわっと立ち上がった。ワニ肉を受け取って、集会所を出ていく。 「フェイスとコングも手伝え。」
特にやることもなく、ザカリーと共に壁や屋根を点検したりテーブルを直したりしていた2人も、ハンニバルに言われてワニ肉運びに加わった。
ビーサンで村と川とを何往復もして、ハンニバルとマードックはすっかり疲れていた。ワニと闘ったし。
「少し休ませてもらおう。」 「そだね。」
集会所の床に、ハンニバルとマードックは長々と寝そべった。床と言ってもゴザのようなものが敷いてあり、人々はそこに腰を下ろしているわけだから、寝そべったって何の問題もない。
今ここには、ライラしかいない。周囲で起こっていることにも気づかず、超人的な集中力で刺繍をしている。既に1枚のショールの1/4は出来上がっており、今日初めて刺繍を知った人の作とは思えない出来栄え。それも、ライラは下書きもせず、ジャウォが描いた絵を見るだけで躊躇なく針を刺している。
ザカリーもどこかへ行ったようだ。掘っ立て小屋を修理しているのか、ワニ肉運びの手伝いをしているのか、もしかしたら学校の様子を見に行っているのかもしれない。
薄暗い集会所は、縫い物や刺繍をするには暗いけれど、寝っ転がってうとうとするのにはちょうどよかった。外から聞こえる人々の声を聞きながら、漂ってくる料理の匂いを嗅ぎながら、ハンニバルとマードックは大変にリラックスして体を休めた。
「ハンニバル、モンキー、チェブジェンできたよ!」 フェイスマンの声で2人は目を覚ました。大きく伸びをしてから起き上がる。
恒例の大きな葉をフェイスマンが集会所のテーブルに4枚敷き、コングが鍋を持って入ってきた。その後ろから、チェブジェン上手の女性がお玉を手に姿を現す。まずはコングが鍋をハンニバルたちに見せる。トマトでオレンジ色になったライスの上に、野菜や魚がダイナミックに並べられている。
「おお、こりゃ美味そうだ。」 「匂いからして美味そう!」
チェブジェン上手の女性が、野菜や魚を4枚の葉の上に取り分け、それからライスを葉に盛っていく。その間、コングは鍋を持ったまま。鍋の中身をすべて取り分けると、ポケットからスプーン4本を取り出して葉の上に置いていった。
「お召し上がりください。」 そう言うと、女性は鍋の中にお玉を入れ、鍋をコングから受け取って集会所から出ていった。
「それじゃ、いただきましょう。」 「いただきます!」×2 「いただくぜ。」 バクバクとチェブジェンを食べるAチーム。
「魚の出汁が効いてるな。」
「うん、ブイヤベースから貝の味を引いた感じだね。でも香辛料が入ってるから、匂いはカレーっぽい。」
「魚も美味いけどよ、ニンジンが甘くて美味いぜ。こりゃあナスか。で、こいつはカボチャだな。」 「いろんな味を吸ったライスが美味え〜。」
あっと言う間にチェブジェンを食べ終えたAチームは、スプーンと葉を持って外に出て、チェブジェン上手の女性にスプーンと葉を渡しながらお礼を言うと、ぞろぞろと車に向かい、積んであったボトルドウォーターを一気に飲んだ。チェブジェンがちょっと辛かったから。
「で、これからどうすんだ、ハンニバル。」 空の壜を荷台に置いて、コングが尋ねる。 「夜まで自由行動だ。」
「ワニはどうなったん?」
「何か夜に俺たちも一緒にワニ肉パーティーやる流れになってたんで、ワニ肉は皆さんで分けて召し上がってくださいって言っといた。仕留めたハンニバルとモンキーに心臓を食べさせたいみたいだったけど、いらないよね、心臓。それと、皮を貰っていいかって訊かれたから、どうぞ、ってあげた。町に持っていって売るんだって。さすがに頭は捨てるのかと思ったら、煮込んで食べるらしい。内臓も、よく洗って煮込むって言ってた。だから、河原にはもう何も残ってないよ。血の跡があるくらい。」
「そこまで無駄なく使ってもらえたら、ワニも本望なんじゃねえ?」 「食い終わったら骨は残るだろうけどな。」
「骨、焼いて粉にして肥料にするって言ってたよ。」 「その最後の最後まで無駄にしない精神、我々も見習いたいもんですな。」
いいことを言うハンニバルに、頷くコング。残る2人は目を泳がせていた。
その夜。ワニ肉パーティーも行われず、村の人々はすっかりと寝静まっていた。Aチームとザカリーは夜になる前に村から経ち、町に戻っていった――という振りをして、村から少し離れた場所に車を停め、徒歩で村に戻ってきて、人々が各々の家に引っ込んだ後、集会所に身を潜めていた。
「おい、ングム、やめろって。」 集会所の前で男の声がした。ミシンのベルトを直し、今後もミシンの修理を請け負ったダウダの声だ。
「女性陣が頑張って縫い物してんだからさ。」 「そうだぜ、ガビーだって下手クソだけど一所懸命に縫い物してんだ。邪魔すんじゃねえよ。」
これはジャウォの声。 「何だよ、お前ら。女どもが俺たちを差し置いて金貰ってんだぜ。悔しいと思わねえのかよ。」
恐らくこれがングムと呼ばれた首謀者の声だろう。
「そりゃこの間までは、何で俺たちに仕事も金もくれねえんだ、って思ってたけど、何もしてなかったんだから、そりゃ仕事も金も貰えなくて当然だろ。」
「何か役に立つことすりゃあ、それが仕事や金に繋がるんだ。ただ座ってるだけじゃ、仕事にも金にもならねえよ。お前も何か役に立つことしてみろよ。邪魔するだけじゃなくてさ。」
自分も役に立てることがわかったダウダとジャウォが諭す。 「ええい、うるせえ。もうお前たちの手は借りねえ。俺だけでやってやる。」
そう言って、ングムが集会所に駆け込んできて、テーブルの上にあった布を抱える。 と、その時。一筋の光がングムの顔を照らした。
「そこまでだ。布をテーブルに置きなさい。」 懐中電灯を持ったハンニバルが言い、コングがングムの後ろに回って両手を背後で纏める。
「この間、布を燃やしたのも君?」 フェイスマンが暗がりの中から問いかける。
「ああ、そうだよ。どうせアメリカの金持ちが俺たちの村を憐れんで、“可哀相に、学もなくて縫い物くらいしかできないだろうから、これで何か作ってなさい”って、自分たちが満足するために買い与えたもんだろ? そんなもん燃やして何が悪い?」
「ングム、誤解しているようだが、アメリカのお金持ちからの寄付は、学校の運営と君たちの家の修繕費、君たちの医療費、薬代だね、あとお乳の出がよくないお母さんの赤ちゃんのミルク代、それと僕の生活費とガソリン代に使っている。あの布はアメリカのごく普通の人たちが自分たちの家にあったものを寄付してくれたものだ。それが燃やされて、寄付してくれた人たちも、とても残念に思っているよ。寄付しなかったら、自分たちの服やバッグになっていたかもしれないんだからね。」
ザカリーが優しく説明する。今回の布は、フェイスマンが盗んできたものだけどな。で、そのフェイスマンは、ハンニバルと懐中電灯係を交代。
「だから何だってんだ、俺の知ったこっちゃねえ。俺にも金を寄付しろってんだ!」
「それは、君が働いて稼ぎなさい。働く気があれば、手助けはする。」 優しく言っているザカリーも、内心、ムカッ腹立っていることだろう。
「字も読めねえ、計算もできねえ俺が、何の仕事ができるってんだ。きつい仕事はしたくねえし、面倒臭いこともゴメンだ。」
「ハンニバル、こいつ殴っていいか?」 ングムの主張に呆れ果ててコングが問う。 「いや、ダメだ。警察の人が来てるからな。」
「え、警察来てんの?」
ちょっと慌てるフェイスマン。MPじゃないし、この国までAチームの手配書が回っているとは思えないから、堂々としていていいのに。
「ああ、ここにいるぞ。自供は取れたから、そろそろ逮捕していいかな?」
警察の制服を着た人物が懐中電灯の光の中に歩み出てきた。コングが押さえているングムの両手首に手錠をかける。
「未成年だし、誤解もあった、ということで、重い刑にはならないだろう。しばらくの間、少年院で勉強と仕事を学ぶといい。」
怪力のマッチョ(コング)と警察官を前にして、ングムも観念したようにおとなしく下を向いた。 と、そこへ。
「俺たちも布を運び出すのに手を貸しました。」 「布が燃えているのを消そうともしませんでした。」
ダウダとジャウォも集会所の中に入ってきた。
「君たちは共犯者ということになるが、手錠はこれ1つしかないしな。君たち、逃亡したりしないか?」
警察官も、ダウダとジャウォまで逮捕する気はなさそうだ。
「はい、刺繍の元になる絵を描かなきゃならないんで。ガビーにはもっと簡単な絵の方がいいし。」
「はい、俺はミシンが壊れたら直さなきゃいけないんで。他にも、コングさんやザカリーさんから修理の方法を教えてもらいたいし。」
「いや、俺ァもう帰るぜ。」 暗がりの中に身を引いたコングがダウダに言う。 「そう言わずに、教えてくださいよ、師匠。」
「コングちゃん、師匠だってよ。」 どこからかマードックの声が聞こえた。
「師匠って柄じゃねえ、って言いてえんだろ、この野郎。おい、どこにいんだ、モンキー!」
マードックの胸倉を掴んで吊り上げてやろうと思ったコングだったが、マードックの姿が見当たらない。と言うか、暗くて見えない。どすどすと歩き回るコング。壁と同じ色の布の後ろに隠れたマードックが、コングから見えない方向に顔を覗かせてニマッと笑う。
「どこだ、隠れてんじゃねえ、出てこい、このイカレ猿!」 マードックの前をコングが通過していく。場は笑いに包まれた(ングムを除く)。
小型ジェット機を返却し、コングを起こし、アジトに戻ってきたAチーム。
「ドンパチはないにしても殴り合いくらいは期待してたんですけどねえ。」
ソファにぼすんと座ったハンニバルが、パナマ帽をコート掛けに投げて残念そうに言った。因みに開襟シャツとハーフパンツに足元はビーサンというバカンス中の社長の姿。
「今回は結構出費があったけど、全部コング持ちでいいよね?」 早速、計算機を出すフェイスマン。こちらもバカンス中の秘書の姿。
「飛行機代も入んのか? そんな大金、分割したって払いきれねえぜ。」
「ジェット機のレンタル代と燃料費は、ハンニバルが経営する架空の会社に請求が行くから大丈夫。車のレンタル代、俺たちのこの服の代金、水の代金、機内食の代金、コング除いた3人分の人件費……だけかな。睡眠薬と気つけ薬の代金はサービスしとく。月々100ドルくらいでいい?」
「50ドルにしといてくれ。懐が温かい時にゃ余分に払う。」 「仲間のよしみで、利子もサービスしちゃおう。」 「そりゃありがてえ。」
そこへ、マードックが遅れて帰還。 「やっとラムビー見つけたよ〜。」
ラムビーというのは、集会所にあった綿(縫いぐるみの中に詰めるために用意されていたもの)を千切り取ったものである。言ってみれば、ただの綿。それを子羊に見立ててラムビーと名づけ、マードックは帰途ずっと可愛がっていたんだが、空港からアジトへ帰る際、コングのバンの中でどこかに飛ばしてしまったのだ。コングが車内の空調をわざと強めたせいで。マードックがずっと「ラムビーラムビーかわいこちゃん(以下略)」と歌い続けていたのが鬱陶しかったために。あまりにも何度も繰り返し歌うもんで、コングもついうっかり歌を口ずさんでしまうようになっていた。
「どこにいたんだ、ラムビーは。」 話に乗ってやるハンニバル。
「バンの後ろんとこでゴロペタにくっついてた。誰がやったんだか知んねえけど、ゴロペタはちゃんとケースにしまっとこうぜ。」
ゴロペタとは、粘着クリーナーのことである。コロコロとも言うが、マードックはゴロペタと呼んでいる。
「おかげでラムビー、ちょっと痩せちまった。」
「ラムビーは置いといて、モンキー、一旦病院帰っていいけど、また1か月後くらいに来られる?」 フェイスマンが話を変える。
「来られるも何も、連れ出してくれれば、いつでもOKよ。何、またどっか行く?」
「ライラたちが作ったの、1か月後にこっちで売るからさ、航空便で送るのも彼女たちには難しいじゃない? 船便だと何か月かかかるし。だから、俺たちが取りに行ってやんないと。」
「俺は行かねえぜ。」 コングが当然の主張。 「うん、俺とモンキーだけで行って、できたものを受け取って戻ってくるだけだから。」
「社長も行かなくていいですかね。」 「うん、いらない。」
きっぱりと断るフェイスマン(悪気はない)。ムッとした顔を見せるハンニバル。
作戦が終わって葉巻を吸おうと思ったハンニバルだったが、口に咥えただけで火を点けるのはやめておいた。まだ作戦は終わっていないのだ。作戦って言えるほどの作戦じゃないが。
〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉 約1か月分、ぱらぱらと散っていく日捲りカレンダー。
右から左に飛んでいく小型ジェット機。右から左にひた走るオンボロトラック、座席にはフェイスマンとマードック with ラムビー。
刺繍が終わりフリンジもついたショールや刺繍入りのバッグ、その他、刺繍の入った様々なファブリックや、ワニの縫いぐるみなどを箱に詰めるライラ。それを受け取り、トラックに積み込むフェイスマン。代わりに、キャロル先生が急遽集めた布をライラに渡す。集会所でこっそりラムビーを太らせるマードック。
左から右にひた走るオンボロトラック。左から右に飛んでいく小型ジェット機。
ショッピングセンターの駐車場に滑り込むシボレー。運転席にはフェイスマン、助手席にはラムビーをしっかりと持ったマードック。ライラから受け取った箱はトランクの中。
箱を持って走るフェイスマン。ラムビーが飛ばないように両手で持って走るマードック。
ハンニバルは既に期間限定出店のスペースにテーブルやパーテーションを設置して、ライラたちの村の説明を書いた紙やザカリーに焼き増ししてもらった写真を散りばめ、レンタルしたレジにお釣りも準備して、折り畳み椅子に座って待っていた。走ってきたフェイスマンが箱を置き、ファブリックを取り出して並べていく。それを、ハンニバルやマードックが手伝う。刺繍の入った品に『手洗い推奨』の札を安全ピンで留めるフェイスマン。リーのクリーニング屋のチラシをテーブルに置くハンニバル。
ショッピングセンターが開店する時刻になり、買い物客が店の前に足を止める。大盛況と言うほどではないが、ちらほらと売れていく商品。刺繍を褒めるおばちゃんたち。ファッショナブルな装いの若い女性たちも、今まで見たことがない民族模様に興味を示している。フェイスマンの値づけはハンニバルには暴利に思えたが、それでも売れていき、首を捻るハンニバル。
約1週間分、ぱらぱらと散っていく日捲りカレンダー。
ショッピングセンターの閉館時刻となり、『完売』と書いた紙があちこちに貼られた販売スペースを片づけていくフェイスマンとハンニバル。出番のなくなったマードックはラムビーと共に病院に帰還済み。
すっかりと片づいたスペースで現金を数えるフェイスマン。札束を手にして、ビバ! としか言いようのない顔。しかし、ハンニバルがATM機を指差し、フェイスマンの表情がトホホに変わる。
フェイスマンから振り込まれた売り上げを空港のATM機で引き出し、現地の通貨に交換するザカリー。それを持って、村へ向かう。ファクシミリで送られてきていた値段表を元に、売上金を村の女性たちに分配する。喜ぶ女性陣。特にライラは見たこともないほどの大金を手にして、喜びよりも驚きが勝ち、目を丸くしている。お婆が何事か提案する。少しずつ金を出し合うライラや刺繍に携わった面々。集まった金をジャウォに渡すガビー。ミシンを使っていた女性たちが金を出し合い、ダウダにもいくらか渡す。嬉しそうなジャウォとダウダ。喜ぶ人々を見て、嬉しそうなザカリー。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉
「ライラは被服専門学校に入るために、ダウダは工業専門学校に入るために、ジャウォは美術専門学校に入るために中学校に通うようになりました。ガビーもライラと一緒に学校で勉強しています。」
フェイスマンはアジトでザカリーからの手紙を読み上げていた。聞き手はハンニバル。
「ワニは、村のみんなで分けて食べていました。ワニ革は高額で売れたそうです。あれから、仕事のない男性陣が定期的にワニを獲るようになりました。ハンニバルさんたちの採った方法であれば、ワニを仕留めるのもそれほど危険はないとわかったそうです。獲りすぎるとワニがいなくなってしまうと話したら、子ワニの保護を始めて、養殖も考えるようになりました。」
「あたしらがどうやってワニを倒したか話したのが、伝説になったようですな。」
伝説じゃなくてお手本でしょう。でも、ハンニバルは満足そうなので、よしとする。
「ングムは少年院でおとなしく勉強をして、消防士の仕事に興味を示していると聞きました。」
「奴さん、もうちょっと暴れてくれてもよかったんですけどねえ。」
「皆さんからいただいた布とキャロル先生からの布は、様々な布製品に形を変え、先日、船便でキャロル先生宛に送りました。またショッピングセンターで販売していただければ幸いです。」
「また出店するのか?」
「あそこ、まだ空いてたから、相談しに行ってみるよ。でも、この間は初出店だったから出店料がタダだったけど、次からは出店料として売り上げの10%を払わなきゃなんない。大きいよ〜、10%。」
「それ、ボランティアだってことで負けてもらえませんかね。」
「その手があるか。実際、俺たちボランティアで店員やってるしね。キャロル先生のボランティア活動と連携してるわけだから、そのことも絡めて出店希望出しに行こう。船便で送られてくるとなると、いつがいいかな。今度は余裕持って店出したいしな。」
ぶつぶつ言いながらフェイスマンがアジトを出ていき、ハンニバルは静かになったリビングルームの窓を開けると、葉巻を出して咥え、火を点けた。そして、カメラに向かってニッカリとスマイル。 「これにて一件落着。」 まだやることはあるけれど、ハンニバル的にはこれでAチームの仕事は終了。あとはフェイスマンの個人的なボランティア活動とすることに決定したのであった。
蛇足ながら、アフリカの村にやたらと咲いていた白い花がモリンガであることを、刺繍を見たお客さんに指摘されて知ったフェイスマンは、慌ててザカリーにそのことを報告した。モリンガは花や葉、若い莢、実、根が食用になり、特に生の葉は栄養価が高い。葉を乾燥させて粉末にすれば、輸出もできる。乾燥させた葉と花をお茶にすることもできる。熟した種を搾ると油が取れ、食用になり、燃料としても使える。搾りかすは水の浄化に使える。アメリカでも、モリンガの葉のパウダーやモリンガティーは、健康意識や美意識の高い人々の間で人気が高まってきている(当時)。
村でも白い花の葉を食べたり、種を搾って油を作ったり、川の水に搾りかすを入れて上澄みを沸かして飲料水にしていたが、ザカリーの指示で葉を乾燥させて石臼で粉にしフェイスマンに送り、フェイスマンがショッピングセンターでついでに販売してみたところ、半日で完売した。
そんなわけで、モリンガを収穫する仕事や、葉と花を乾燥させ葉を粉末にする仕事、油を搾る仕事など、モリンガに関する仕事が増え、村でぶらぶらしている男性はいなくなった。また、諸外国に葉の粉末を販売するために、モリンガを維持し続けるために、村の自然環境を保全するために、小中学校に通う子供が激増しただけでなく、高校や大学まで進学を希望する子供まで出てきた。収入が増えたため、電気と電話が引かれ、掘っ立て小屋がコンクリートの家に変わり、台所でプロパンガスを使う家も増えた。近々、上下水道も引かれる予定である。
そして、村はアメリカからの寄付金やNGOの介入など必要がないほど豊かになり、村の人々も自立できるようになった。ザカリーは村の人々に惜しまれながらも別の村の援助に通うことになり、キャロル先生の活動もそちらの村を対象とするようになったのであった。
【おしまい】
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