夏のビーチはサメが一杯
フル川 四万
「今んとこ、何もねえようだな。」
双眼鏡を下ろしてコングが言った。見渡す限りの青い海。天気は快晴、風は凪いでいる。ここはマリブの外れの小さな砂浜。パシフィックコースト・ハイウェイに面しており、小さな入り江と、古ぼけた長い桟橋。岩場にはちょっとファンタジックな気分になれる洞窟がある。普段は静かで、サーファーくらいしかいない浜だが、オンシーズンとなると駐車場が満車になるくらいには混雑する。伊豆の九十浜海水浴場辺りの感じを思い浮かべていただけると近いだろう。
コングがいるのは、ビーチに設置されたブルーの小さな小屋。砂浜から1階分ほど高くなったライフガード用の監視小屋だ。この小屋で、コングとマードックは、朝8時から午後4時まで、ビーチの見張りのアルバイトをしていた。
そもそもこの夏は働く予定じゃなかったコング。ジムで知り合いになったライフガードのアンドレが、ベンチプレス中にバーベルを落として鎖骨を骨折してしまったため、業務遂行不可能となった彼の傷病休暇中の人手不足を解消すべく、ライフガードの仕事を引き受けているのだ。今は夏休みシーズン、酷暑で例年より人では少ないとは言え、色とりどりのパラソルでビーチは混雑、1人で全体に目を配るのは、かなり骨が折れる。――ということで、今週から、退役軍人精神病院暮らしに厭きてた奴を助っ人として急遽召喚、2人でアルバイト兼バカンスと洒落込んでいた。
「お疲れー、コングちゃん、ランチ買ってきたよ。食べたら交代しよう。」
階段を軽快に上がり、マードックがやって来た。ぴったりしたライフガードの海パンに、白地に赤でpiratesと書いてあるチビT(胸の下でぶった切ってある)とビーチサンダル、胸にはホイッスルという、彼なりのライフガード・スタイルだが、頭にはサメの頭部を模したウレタン製の帽子を被っている。コングは、マードックとお揃いのライフガード用海パンに、いつものジャラジャラだ。頼もしいような、そうでもないような2人。
因みに2人の泳ぎの腕前は、至って普通だ。浮くし溺れることはないけれど、速くもない。そして、コングについては、バタフライはできない。ライフガードとして適任かどうかは微妙なところだ。
2人は、見張り小屋での監視と、ビーチを歩いてのパトロールを、午前午後で入れ替えて働いている。今日の午前は、コングが監視小屋、マードックがパトロールだった。
「おう、済まねえな。うん? 何だこりゃ。」 「ピタパンのサンドウィッチ。中身はフムスとアボカドとトマト。」
「フムスだ? トルコ料理の店なんか、この辺にあったか?」
「駐車場にキッチンカーが来てる。はい、これ飲み物。好きでしょ、チョコレートミルク。フロートにしておいた。」
コングは早速カップを受け取り、飲み物の上のアイスをスプーンで掬う。 「おお、ありがてえ。何だこのアイス、伸びるぞ。」
コングがスプーンを持ち上げて言った。フロートのアイスは、50pほど伸びている。 「あ、乗ってるアイスはもちろんドンドゥルマね。」
「なかなか気の利いた店だな、俺の好みにピッタリだ。」 伸びたアイスをスプーンにぐるぐる巻きつけるコング。
「そりゃそうでしょ、だってこの店、やってるのフェイスだもん。」 なぜか得意げなマードック。
「何だと? フェイスが来てるのか? 何しに?」 「いや、彼氏も暇してたみたいで、今コングとライフガードやってんだよ、って言ったら、
“そこ、ビキニの女の子いる?”って言うからさ。ビーチだから、当然いるんじゃない? って答えたら、“じゃあ、行っちゃおうかな〜”って、それが昨日の昼頃。で、さっき駐車場に行ったらキッチンカーが出てて、フェイスが真顔でフムスをガーしてた。」
ガー、というのは多分、ブレンダーの作動音であろう。 「毎度のことだが仕事が速えな。」 「女性が絡むと特にね。」
「ハンニバルは?」
「さあ。先週会った時に、この暑さで表に出るなんて正気の沙汰じゃないって言ってたから、アジトで涼んでるんだろ。まあ、暑すぎて仕事もないし、いいんじゃない? 思い思いにこの美しい夏を過ごせば。見ろよ、今日も快晴だ!」
指差す先には青い空、青い海。
というわけで、この夏、Aチームは各々思い思いに夏を過ごしているのだった。一応、アジトはあって共同生活をしていたのだが、コングとマードックがライフガードをやることになり、ビーチに近いアンドレの家に引っ越したので、アジトに残っているのはハンニバルとフェイスマンのみ。(因みにアンドレは、入院しています。)何なら今日からフェイスマンもアンドレの家に居座る予感しかしないので、アジトにはハンニバル1人残されるのだろう。て言うか、この場合、どっちがよりAチームのアジトかという問題は生ずる。
「ま、ハンニバルもいつも俺たちと一緒じゃ、休まらんこともあるだろうしな、たまには1人で……。」
コングがそう言った瞬間、ビーチに怒声が響いた。 「サメだー! サメが出たぞー!」 「何だって!?」 「サメだと?」
昼食を放り投げて駆け出す2人。ビーチは軽くパニックになっている。 「上がれ! 上がれ! 早く水から出るんだ!」
「急いで、おっと、大丈夫? 気をつけて!」
焦って浜に上がってくる遊泳客たち。焦って波打ち際で転んだ子供をマードックが助け起こす。何とか10分ほどで、水に入っていた海水浴客を全員上がらせた。
「モンキー、サメはどこだ? 見えるか?」 「えーっと、あ、いた、あそこに見えるの背ビレじゃない?」
マードックが指差す先には、巨大な背びれを持った何物かが悠々と泳いでいる。
「どれだ? あれか! 相当でけえぞ! ホオジロザメじゃねえか! モンキー、放送だ!」 「おう!」
マードックは急いで監視小屋に戻り、放送のスイッチを入れ、マイクを掴んで話し出す。
「えー、サメが来てるから、みんな俺っちがいいって言うまで海に入るの禁止! 波打ち際もダメだかんね。みんなも見たでしょ? ジョーズとジョーズ2。あんな感じに浜まで来るんだよサメ、横向きでダーッって!」
大袈裟な身振り手振りでサメの恐ろしさを熱弁するマードック。
「だから、安全になったらまた放送すっから! しばしおとなしくしててね。あ、ジョーズ3は3Dで目がチカチカするから見なくていいよ。あと腹立つくらい駄作だから! 見るだけ時間の無駄だから!!」
マードックの言葉は、小屋の屋根に取りつけられたスピーカーから、どでかい音量でビーチ中に響き渡った。
「ご苦労だったな。」 ほどなくしてコングが監視小屋に戻ってきた。
「みんな上がったようだぜ。もう帰ることにした客もいるようだ。そりゃそうだよな、サメのいる海で泳ぎたい奴はいねえ。」
「どうする? もうビーチ終了にする?」 「まだ残ってる客もいるからなあ、もうちょっと待って安全が確認できたら再開するか。」
「この隙にランチにする人も多いだろうしね、今頃フェイスんとこ、大繁盛じゃないかな。」
そう言いつつ、先ほど食べ損ねたピタパンを齧り、温くなったチョコレートミルクを啜る。 「うん、冷めても美味い。」
「ピタパン、温度関係ないもんね。ちょっとトマトから水出ちゃったけど。」 「それにしても、ここの海、サメ出やがるんだな。」
「いや、かなり珍しいよ。俺っちがこのシャークヘッド被ってるから、メスのサメがカッコいいオスと間違えて寄ってきちゃったのかもね。」
と、被りっ放しの帽子を指差すマードック。 「そもそもその帽子は何なんでい、ウレタンか? この暑いのに阿呆かよ。」
コングが呆れてマードックの帽子を奪ってデコピン。
「あっ、やめて、その帽子、繊細なんだから。サメの顔なんて手描きだから、手洗い推奨なんだぜ。」
「手描き? そういや、この帽子、サメのくせにマーベルのコミックみてえな目をしてやがる。」
そんなこんなで、ビーチも落ち着きを取り戻し、営業再開したのは午後2時過ぎだった。 しかし、ほどなくして……。
「サメだ!! またサメが出たぞ!!」 ビーチから男性の叫ぶ声が。 「何だと! チクショウ、また戻ってきやがったのか!」
駆け出す2人。ビーチは騒然としつつも、皆、自主的に上がってきている。先ほどよりも手際よく避難する海水浴客たち。お客さんもサメは怖いのだ。
マードックがマイクを握った。
「またサメだってさ! みんな上がって! 油断してるとガブっとやられちゃうよ! もう今日はビーチはクローズだ! はい、帰った帰った!」
2度のサメ騒動で、ビーチは午後3時に閉鎖となった。2人が駐車場の入口に『本日終了』の立て札を立て、チェーンを張っていると、フェイスマンが駆け寄ってきた。
「お疲れさん、サメが出たって?」 「ああ、背びれの大きさからして、かなりの大きさのホオジロザメだな。」 と、コング。
「ホオジロザメ、この辺の海には普通にいるけど、浅瀬まで来るなんて映画の中だけの話かと思ってたよ。」
「ああ、俺もそう思ってたんだが、確かにいたんだ。海岸から30mくらいのところに……なあモンキー、お前も見たよな。」
「うん、すっごく大きかったんだぜ。背びれの高さだけでも2mはあった!」
「うへえ、そりゃでかいね。で、明日は、どうすんの? ビーチの営業。」 「普通に8時から開けるつもりだが?」
「じゃあ、明日も来るよ。キッチンカーが忙しすぎてビーチに下りられなかったから、まだビキニの美女を堪能してないし。」
「今日はどうするんだ、フェイス。こっちの家に来るのか?」
「それもいいんだけど、今日のところは帰るよ。ハンニバル1人で置いておくと、ろくな食事摂らないからね。置いといてもサプリメントは飲んでくれないし……じゃあ、また!」
一瞬、愚痴モードに入りかけたフェイスマンは、気を取り直して爽やかに去っていき、その日は解散となった3人である。
翌日、ビーチの営業開始早々に、事は起こった。 「サメだー! サメが出たぞー!」
またもやビーチに響く、サメ出現を知らせる声。ざわめくビーチでは、急いで浜に上がる客の姿が。コングが、客を誘導するためにビーチを駆け回っている。監視小屋のマードックは、迷うことなくマイクを握った。
「今日もサメが来ちゃってるよ。どうやら気に入られちゃったみたい。みんな、とりあえず浜に上がって今日は帰ってくれるかな。再開は明日8時! じゃそういうことで!」
という適当なマードックの放送に、一部の海水浴客からクレームが来たものの、ほとんどの客はサメの恐怖により、おとなしく退散、オープンしたばかりの海水浴場は、終日クローズとなったのであった。
その翌日、早朝。 「ふむ、今日も快晴、風は南南西、風速10ノット。見えてきましたよ、大傑作、『アクアドラゴン vs.
ジョーズ in マリブ』の構想が……。」 不敵な笑みを浮かべるハンニバルの顔に、堤防に打ちつけた波飛沫が降りかかる。
堤防の先端で腕を組み、仁王立ちのハンニバル。その後ろ姿を、遠く監視小屋から眺めるフェイスマン、コング、マードックの3名。
「ねえ、何で急に来る気になったの、ハンニバル。」 マードックがフェイスマンに問う。
「わかんないけど、昨日アジトに帰ってから、2日連続でビーチにでっかいサメが出てる話をしたら、急に食いついてきて……。何でも、次の映画の構想が浮かんだ、って。」
「アクアドラゴンか。またろくな映画じゃないんだろうな。」
「差し詰め、アクアドラゴン対ジョーズとか言って、サメと戦うんでしょ。1周回ってクールだと思うな、俺は。」
「1周回ってクールなモンは、1周回らねえとクールじゃねえんだぜ。」
と、コングが真理を告げる。というわけで、期せずしてAチームが全員集合している本日である。
「まあ、サメが出たとなりゃ、ハンニバルの知恵袋が必要な場合もあるかもしれないもんね。サメの撃退法とか、知ってそうじゃん。」
「撃退法って? サメにロケットランチャーぶち込むとか? こんな人出の多い場所でドンパチするわけには行かないでしょ。」
「まあな。で、ハンニバルは今日、何する気だ?」
「映画の構想を練る、って言いながら、椅子と釣り竿とクーラーボックス持って堤防に行ったよ。今夜のおかずでも釣る気じゃない?」
「オイラ、今晩は肉料理がよかったんだけど、もし釣れちゃったら仕方ないね。その時は諦めて魚をいただくよ。」
「一匹も釣れないっていう線もなきにしもあらず、だぜ。」
「だから、釣れない場合を考慮して一応肉も仕込んであるから大丈夫。ちょっとだけ釣れたら副菜にする。どんな小さい魚でも、揚げてエスカベッシュにすりゃ格好つくし。」
そういうところは抜かりのないフェイスマンである。因みに、今日からアジトを引き払い、4人でアンドレの家にお邪魔する予定。2ベッドルームでベッドは計3台(他、寝られるソファあり)に、超使いにくい縦並びの2口コンロの単身者向けアパートメントに4人、部屋割りに揉めそうである(多分、揉めない)。
さて、そうこうするうちに営業開始時間の8時となり、駐車場には続々と海水浴客の車が入ってきた。ビーチには次々と海水浴客のパラソルが設置されていき、9時を過ぎる頃にはビーチはすっかり混み合っていた。
「今日は、サメ来なけりゃいいんだがな。」 営業開始から2時間を経過した午前10時過ぎ。監視小屋からビーチを眺めながらコングが呟いた。
「そうだね……。今のところ何も見えないけど。」
コングの横で、双眼鏡で海を眺めていたフェイスマンが答える。マードックはビーチをパトロール中。遠く桟橋の突端では、ハンニバルが釣り糸を垂らしているのが見える。双眼鏡の中で、ハンニバルが何かを釣り上げた。
「あ、ハンニバル、釣れたみたいだよ。あれ……茶色くて薄べったくて大きいから、オヒョウかな?」
「随分な大物釣ったな! マジでオヒョウだったら、今夜の晩飯どころか1週間分の食料くらいの大きさだぞ。」
コングがフェイスマンに突っ込みを入れた、その時。 「サメが出たぞー! サメだー!!」
と、もう恒例になった、サメ出現のコール。 「またか!」 「やれやれ。」
既にマードックは、海水浴客を陸に上げるため駆け回っている。コングとフェイスマンも急いで監視小屋を下りて、お客さんの避難を誘導する。遠くに見えるハンニバルは、陸の騒動も何のその、元気に投げ釣りを決めていた。ハンニバルの右側の海に、サメの大きな背ビレが悠々と泳いでいるのが見える。
「また、あのでっかいやつか。絶対同じ個体だよな。」
客を避難させ終わって監視小屋に戻ったフェイスマン、マードック、コングの3人は、明日からの営業について話し合っていた。とりあえず今日のところは、ビーチはクローズとして、海水浴客は全員帰した。
「このサメ、結構しつこいよ。思い切って1週間くらい営業停止にした方がよくない?」 と、フェイスマン。
「確かに。3日連続でサメが出てるんだ、遊泳は禁止にして、ビーチだけ解放するってのはどう? 最近流行のビーチバレーのネットでも張ってさ。」
マードックが珍しく常識的な意見を出した。
「サメが去るのをただ待ってたって仕方ねえ。とっとと駆除して、ビーチは開けるべきだろ、楽しみにしてる子供たちのためにもな。」
コングは強硬策を主張する。 「サメを駆除って……どうやるの? ジョーズみたいに、船で戦いを挑む?」
「おう、陸からじゃどうにもなんねえだろうからな。」 「もしくは、ヘリで追い込んで爆弾ぶち込むか……。」
3人が、ああでもないこうでもないと考えていたその時。 「その必要はない!」
バーン! とドアを蹴り開けて、ハンニバル登場。右手に釣り竿、左手にクーラーボックスを持っているため、手で開けられなかったのだ。
「ハンニバル、必要ないって、サメ駆除のこと?」 「じゃあ、自然に去るのを待てって言うのか?」
「その必要も、ない。明日からビーチは普通に開ければよろしい。」
部屋に入るなり、荷物を投げ出し、椅子にどっかりと腰を下ろしたハンニバルは、自信満々にそう言った。
「ええっ、何で? サメは? 危なくないの?」 「全く危険は、ない。なぜなら、お前たちがサメだと思っていたもの、あれはハリボテだ。」
「ハリボテだあ!?」 「ハリボテ?」 「偽物だってこと!?」
「ああ。さっき堤防で釣りをしていて、浜の方が騒がしくなったんで、サメが出たかと思って海を見回したんだ。そうしたら、堤防の裏からでかい背びれが現れたから、浜に行くのを阻止しようと釣り竿で威嚇したら、何だか反応がおかしいじゃないか。サメにしちゃ動きが遅くてな。で、よく見たら、黒いサーフボードに布で三角形の背びれをつけただけのフェイクだったんだ。途中で見失ったが、あれは絶対にサメじゃなくて、サメを模した人工物だ。」
「は? あのでっかいサメ、偽物だったの?」
「多分、推進力は遠隔操作ができるラジコンだ。誰かが、営業妨害、もしくは、愉快犯で偽物のサメを泳がせてビーチを混乱させてるんだろう。」
ハンニバルの話に、あ、とマードックが声を上げた。 「そう言えばさ、いつも『サメが出たー!』って最初に叫んでるの、同じ人じゃない?」
「確かに、同じ声だった気がするぜ。」 コングも同意する。
「てことは、そいつが、この趣味の悪い悪戯の主犯の可能性が高かろう。とっとと捕まえて反省してもらおうか。」
ハンニバルがニヤリと笑った。
〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉 「そう言えばハンニバル。」
と、フェイスマンがAチームのテーマ曲を遮った。 〈Aチームのテーマ曲、フェイドアウト。〉
「さっき茶色くて大きい魚を釣り上げてたけど、あれオヒョウだよね? 今夜はムニエルとカルパッチョでいい?」
フェイスマンの問いに、ハンニバルがニッカリ笑って答えた。
「ムニエルとカルパッチョで構わんが、残念ながら、釣れたのはオヒョウではなく、廃棄された玄関マットだ。」
〈再びAチームのテーマ曲、始まる。〉
小さなモニターをいくつも用意するフェイスマン。ビーチパラソルを積み上げるハンニバル。サメの帽子を手に穿いて、ジョーズよろしくコングのモヒカンに噛みつかせてウザがられるマードック。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉
翌朝8時。ライフガード用の監視小屋には、十数個のモニターが設置されていた。繋がっているのは、ビーチに予め配置したパラソルの上に設置された防犯カメラだ。パラソルには、監視小屋に向かって左から順番に番号が振られている。小屋の中央にどっかり座り、モニターに目を配るハンニバル。他の3人は、ビーチに下りて不審者を警戒していた。
そして午前9時過ぎ、その時は来た。 「サメだー! サメが出たぞー!」
ビーチに響き渡るいつもの声。ハンニバルの目は、抜け目なくモニターを舐めていく。そして、1台のモニターに目が留まり、素早くマイクを掴んだ。
「8番カメラの横! パイナップル柄のTシャツの、拡声器とラジコンのコントローラーを持った若い男だ! 捕まえろ!」
自分のことだ! と気づいた男が狼狽えて逃げ出す。それを追って駆け出すコングもモニターに映っている。モニターからモニターへと舞台を移しながら逃げる男、追いかけるコング。そしてこの追いかけっこは、逃げた先で待ち伏せしていたフェイスマンとマードックが男を捕獲したことにより終焉を迎えたのだった。
「みんな落ち着こう! “サメが出た”っていうのは誤報だ! ビーチは安全なので、安心して海に入ってくれ! 繰り返す、“サメが出た”は誤報だ!」
ハンニバルはビーチに向けてそう放送を入れると、マイクのスイッチを切った。
3人の手によって監視小屋に連行されたヒョロガリの金髪男は、まだ10代の少年だった。名前をロイと言う。Aチームに囲まれて詰められると、あっさりと自白した。
「悪気はなかったんです。」 ロイは俯いたままそう言った。 「悪気なくオオカミ少年みたいな真似するって、どういう心境かね。」
「ごめんなさい、僕サーファーで、ここ数日、いい波が来てんのに、ビーチが混んでてサーフィンできなくて……どうしてもサーフィンがしたくて。サメが来たことにすりゃ、ビーチが空いて波乗りしやすいんじゃないかと思いついて、ボードで適当にサメ作って流してみたら成功しちゃったんで……その後も、つい。」
「じゃ、クローズしてみんなが帰った後のビーチでサーフィンしてたってことか!」
「はい。空いてるビーチがあるって友達呼んでみんなでサーフィンを……。済みません、もうしません。」 ロイはガックリと項垂れた。
「わかったよ、ロイ。もうしないと言うなら、未成年だし、今回は大目に見よう。その代わり、明日から営業停止になった日数分、ビーチの清掃を行うこと! わかったね?」
こうして、ビーチのサメ騒動は解決した。
その後もAチームの4人は、アンドレの狭い部屋で4人で生活しつつ、バイト(ライフガード+キッチンカー)と映画の構想(という名目の釣り)に明け暮れる、まるで学生のような地味な夏を過ごしましたとさ。
【おしまい】
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