サマー・ウォーズ〜かき氷の陣〜
鈴樹 瑞穂
アメリカ某所、Aチームの目下のアジト。 「ただいまー。」
買い出しから帰ってきたフェイスマンがリビングのテーブルにどさりと買い物袋を下ろす。荷物持ちとして同行したコングも両手に提げていた袋を置いた。
「いやー暑っちいな。」 「ご苦労さん。」
クーラーの効いたリビングルームのソファでタブレットを見ていたハンニバルが顔を上げ、キッチンからマードックがカラカラと音をさせつつ氷を入れたカルピスを運んでくる。
フェイスマンはグラスを受け取るとカルピスを一気飲みし、ほうっと大きく息をついた。
「もう何もかも値上がりしててビックリだよ。1週間分の食料買っただけで財布が空になっちゃってさあ。とは言っても、食べないわけには行かないしね。」
「ああ、この暑さだからな。しっかり食わねえとバテちまうぜ。」
物価高をぼやきつつ、フェイスマンとコングが次々と買い物袋から中身を取り出してテーブルに並べていく。Tボーンステーキ用の塊肉、トマト、ローストチキン用の丸鶏、タマネギ、羊肉ブロック、チーズ、豚ロースの厚切り、卵、挽肉1キロパック、牛乳、ベーコンの塊、ビール、ソーセージ、申しわけ程度にサプリメント。
「今夜はステーキか。」 期待に満ちた眼差しを塊肉に向けるハンニバルに、フェイスマンが首を横に振る。
「それは金曜日に取っておいて、今日はミートローフとポトフの予定。で、仕事の依頼の方はどう? 何か来てる?」
せっせと食材をキッチンに運び冷蔵庫に入れていくコングとマードックを見送って、フェイスマンはハンニバルが手にするタブレットを覗き込んだ。
「そうさな、来てるか来てないかで言えば来てるんだが。」 メッセージアプリを起動したハンニバルの返事はのらりくらりとしている。
「この際、選り好みしてらんないよ。」 鼻息荒く表示されたメッセージに目を通したフェイスマンだったが――
「あーまあ、話だけでも聞きに行ってみる?」 イマイチお金センサーに引っかからない依頼に、死んだ魚のような目になって言葉を継いだ。
「うむ、ここに座っているだけじゃ一銭も入ってこないしな。」
こうして半分暇潰しのようなノリでAチームは依頼人に会うべく出立したのであった。
依頼人は隣町在住のゼニガスキー氏(30代・既婚)。30代で5000ドル貯蓄したという触れ込みの投資アドバイザーである。年季の入った町営アパートの一室で出迎えられ、フェイスマンは本当に依頼料を支払ってもらえるのかと一抹の不安を覚えつつ、表面上はにこやかに挨拶をした。
「それで、ご依頼はどういった内容で?」 「メッセージでお送りしたでしょう。」
腕を組んで言い放つゼニガスキー氏。一応言っておくが、送られてきたメッセージは「妻を説得してほしい。以上」であって、圧倒的に情報が足りない。通常であればAチームの業務内容に夫婦喧嘩の仲裁は含まれていないのだが、今月来た唯一の依頼である。ここは忍耐だ、依頼主は札束だと思って、とフェイスマンは詐欺師スマイルを貼りつけて姿勢を正した。
「できれば、もう少し具体的な内容を。」
するとゼニガスキー氏は眉間に皺を寄せて、渋々といった態で口を開いた。わざわざ呼んでおいて何なの、事情を説明すると死んじゃう病気なの?
「妻が1杯10ドルもする店のかき氷を食べたいと言うんです。」 「ああ……最近かき氷も高いですからね。10ドルくらい普通では?」
「氷ですよ!? 原価は1ドルもしないでしょう。家で作れば安いのに、どうしてわざわざ店に出かけて10ドルも払いたがるのか、まったくもって無駄としか思えません。」
きっぱりと言い切ったゼニガスキー氏にAチームの面々は顔を見合わせた。
先ほどコーヒーを出してくれた奥さんはTシャツにジーンズという格好であったが、Tシャツにビジューを縫いつけ、ネイルも自分で塗っていた。お洒落ではあったが贅沢には見えない。
「とは言え10ドルでしょう。たまの贅沢としては許容範囲の額では?」
「そういう小さな浪費の積み重ねが一番のリスクなんです。かき氷が食べたければ家で作れば原価で済みます。なのに妻は理解しようとしない。どうか皆さん、客観的かつ合理的な意見を聞かせて妻を説得してください。」
「ええ〜、家で作るかき氷と店のかき氷は別物……ふがっ。」
正直に告げようとしたマードックの口をコングが塞ぎ、ハンニバルが前に出て請け負った。 「話はわかった。やってみようじゃないか。」
〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
タブレットで流行りのかき氷を検索するハンニバル、試食に向かうマードックとフェイスマン。別の店に試食に行くハンニバルとコング。きーんと来てこめかみを押さえる4人。業務スーパーでシロップやフルーツの缶詰、業務用練乳を買い込むコングとマードック。どこからか、かき氷の機械を調達してくるフェイスマン。氷を運ぶハンニバル。昔ながらのものから最新式のものまで出てくるかき氷を食べ比べるマードック。年配の男性に何やら交渉するフェイスマン。屋台を作るコング。ハンニバルが手書きで作ったイラスト入りのメニューを貼っていく。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉
町内の夏祭に合わせて、町営アパートの小さな庭に出店の屋台が2つ並んだ。両方、かき氷の店である。片方は粗く削った氷にシロップをかける昔ながらのスタイル。もう一方はふわふわな雪のような氷にこれでもかとカットフルーツやゼリーが盛られ、シロップもフルーツのコンポートやジャム、果実酒まであって手が込んでいる。さらに、口に入れるとパチパチと弾けるキャンディや、ラムネ、綿菓子のトッピングも追加できる。流行りの店のアレコレをいいとこ取りしたようなかき氷であった。
夜になってもうだるような暑さも手伝い、どちらの屋台にも多くの客が来たが、客足が途絶えないのは後者の店だ。若い女性を中心に映えるかき氷をSNSにアップし、それを見て近隣の町から車を飛ばしてくる客も集まって繁盛している。
お洒落かき氷の屋台は、最初のうち、フェイスマンとマードックで切り盛りしており、ゼニガスキー氏の奥さんも念願のかき氷を食べられて大喜びだった。ところが、どんどんと客が集まってくるので、奥さんも屋台に入って手伝いに回っている。昔ながらのかき氷の屋台はコング1人で回せていた。
「どうです、かき氷は。」 ハンニバルがゼニガスキー氏に尋ねると、横にいた町内会長の方が乗り出すように先に答えた。
「いや、素晴らしいですな。夏祭限定で出店の許可を求められた時にはどんなもんかと思いましたが、なかなかどうして、子供も若者も我々の年代の面々までこんなに喜んで。」
ゼニガスキー氏は両手にかき氷を持って唸っていた。 「こっちが4ドル。」 と右手の氷イチゴを見る。
「そしてこっちが8ドル。」 と左手のレモンハニースペシャル夢ふわトッピングを見る。
「冷たいものを食べたいだけならどっちでもいいだろうに、こっちの方が売れるなんて不可解だ。」
「そいつは湧き水の氷をふわふわに削って、ミセスマーガレット手作りのハニージンジャーレモンシロップをかけた上にマシュマロと綿菓子をトッピングしたスペシャルメニューだ。ここだけの話、原価は4ドルだが、機材や材料を揃えて自宅で1杯だけ作ろうったってできるもんじゃない。氷イチゴの方は原価は1ドルだが、家で作るには3ドルのシロップを買ってくる必要があるな。それに、ほら、見てみるといい。」
ハンニバルに言われて、ゼニガスキー氏は辺りでかき氷を食べている人たちを眺めた。
みんなにこにこしながら手にしたかき氷の写真を撮り、初めて食べる味に感激し、互いに一口ずつ交換したりして実に楽しそうだ。
「そうか、原価以上に体験という付加価値を求めているんだな。」 笑顔でかき氷を売る妻を見て、ゼニガスキー氏はがっくりと肩を落とした。
数日後、Aチームのアジト。フェイスマンが鼻歌を歌いながら大皿に盛ったTボーンステーキを運んでくる。
「晩飯だよー! みんな、手を洗ってきて。」 「ビールも冷えてるぜ。」 マードックも両手一杯に缶ビールやペプシを抱えてきた。
「おお、豪勢だな。」 ホクホクと洗面所に向かうハンニバルとコング。 「なあ、大丈夫なのか。結局、依頼料、貰えなかったんだろ。」
コングがハンニバルにひそひそと囁いた。ゼニガスキー氏、自分の非は認めてくれたものの、依頼した内容を果たしたわけではないという合理的な理由の下に依頼料の支払いは拒否してきたのだ。
「ああ、それなら、かき氷の売り上げから経費を差し引いた利益が想定以上にあってな。当面、食費には困らんだろう。」
「そうか。まあ金に困ったら、またかき氷の屋台やりゃいいしな。」
うんうんと頷いて、コングも丁寧に手を洗い、ダイニングテーブルへと向かったのだった。
【おしまい】
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