64号 おわりの挨拶
The A'-Team
お楽しみいただけましたでしょうか。
それではまた、冬にお会いしましょう。
【おしまい】
「こんにちは、フェイスです。さっきばら寿司が5ドルだったんで、こりゃ安いって思って買って食べたんだけど、何か魚が全体的に黒ずんでてぬるついてて、胃が痛くって。生ものは安いからって飛びついちゃいけないな、トホホ。」
胃の辺りに手を当てて、フェイスマンが眉をハの字にする。
「そもそも生の魚なんざ、カワウソの食いモンじゃねえか。人間なら、ちゃんと火を通してから食え。」
そう言いつつフェイスマンに胃薬を渡すコングちゃんである。
「胃が痛いってどんな感じよ? 生の魚にはアニサキスってやつがいたりいなかったりするんだぜ。」
どこで覚えたのか、マードックが言い出した。
「えっと、胃が急に、刺されたみたいに痛くなって、少しすると治まるんだけど、また痛くなるんだよね。本気で痛い時はもう立ってられなくて、脂汗出てきて、救急車呼んで、って思うくらい。今はそんなに痛くない。」
「そもそも、ばら寿司って何だ? ただの寿司と違うのか?」 と、コング。
「わかんない。スシ・オブ・ローズって書いてあるから、薔薇のように美しく盛られた寿司かと思って買ったんだ。安かったし。」
フェイスマンは、さっき捨てた寿司の容器(不透明な紙製)をゴミ箱から拾い上げてシールをコングに見せながら言った。
「で、肝心の中身は薔薇みてえに盛られてたのか?」
コングの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。食べたのならわかるのではないか。
「うーん。盛りつけに薔薇感はなかったなあ。もっと、こう、薄切りの刺身が薔薇みたいに、あるいはガリが薔薇みたいになってるかと思ったんだけどさあ。」
遠い目をして腕を組み、入っていたものを思い出すフェイスマン。
「全然薔薇じゃなくて、ダイス状の魚とかエビとか貝が甘酸っぱいライスの上に全体的に乗ってて、魚の卵がトッピングされてた。玉子焼きとかアボカド、キュウリ、エリンギみたいなのも入ってた。ヤキトリもあったし、トマトもあったか。あと、レタスとコーンね。」
「それ、寿司じゃなくて、ライス・サラダじゃねえ?」 と、マードック。
「ライス・サラダなら、寿司よりは刺身に新鮮さが求めらんねえから、あんま鮮度よくない生魚が乗ってたとか?」
と、そこに、青い顔をしたハンニバルが、ユラリ、と幽霊のように部屋に入ってきた。そして、ソファにうつ伏せに倒れ込む。顔を見合わせ、ソファを取り囲む3人。
「おう、どうしたんでい。」
代表で声をかけるコング。するとハンニバルがゆっっ……くりと顔を上げた。本人はそのつもりだったと思われるが、実際はわずかに浮いた程度である。
「よくぞ訊いてくれました。実はな……。」 ハンニバルは顔を上げるのを諦めて、顔を横に向け、言葉を続けた。
「朝の散歩に行って、暑かったもんで早くから開いてる店に入って涼んでたら、スシが6ドルだったんでこりゃ安いなと思って買ったんだ。」
ハンニバル、現金持ってたのか、と思う3人。
「何でい、今日は安い寿司が大当たりの日かよ。6ドルの寿司って、一体店はどうやってそんな安い魚を仕入れたんだ?」 「待って、これ。」
フェイスマンが手にしていた寿司の容器を眺め、慎重な手つきでシールを剥がした。5ドルの値札の下から現れたのは、6ドルの値札である。
「お前だったのか!」 寿司に向かって兵十顔負けのツッコミをかますコング。 「ってことは、ハンニバルも胃?」
ハンニバルが6ドルの寿司を買った、というところまでしか語られていないが、その先も瞬時に理解したフェイスマンが問う。
「ああ、胃も痛かったが、今は腹だ。奴さん(寿司)、あたしの体の中を移動しながら悪さして回ってるとしか思えん。」
「アニサキスが動き回ってんだ!」 「いんや、単に腐った寿司が毒素出しながら消化管下りてってるだけだろ。」
「でもさ、何で2人して腐った寿司なんか食べるかな。いくら安かったとはいえ。」
「仕方ないだろ、この物価高の折、高級品である寿司が一折6ドルなんて、飛びつかない方がおかしいよ。」
呆れるマードックに、反論するフェイスマン。 「おい! 見てみろ、これ、まだ下があるぞ。」
コングが声を上げた。そして、6ドルの値札をそっと剥がす。下から現れたのは、何と、18ドルの値札だった。
「えっ、18ドルの寿司を5ドルで食べられたの!?」 急に活き活きとフェイスマンの目が輝き始めた。お得に弱いのだ。
「何と、18ドルが6ドルにねえ。」 ハンニバルも感慨深げである。
コングは18ドルの値札に小さく記載された賞味期限が昨日の朝であることを告げようかどうか迷って、それを告げてももう遅いので黙っておいた。それに、ハンニバルはトイレに駆け込んだし、フェイスマンは急に床に倒れて「胃が! 胃が!」と言いながらのたうち回っているし、マードックはアニサキスの動きを真似て円くなったり伸びてびるびるしたりしているので、賞味期限のことを話せる相手もいなかった。
いつもならここらでフェイスマンが次回予告をするのだが、今はそれどころではなさそうだ。自分しかいない。コングはぐっと拳を握り締めた。
「さて次回は――『食中毒は突然に』、『トイレ、紙がない』、『正露丸は万能』の3本でい。」 「ふんがっふっふ。」
胃の内壁に潜り込むアニサキスを真似てソファのクッションに顔を突っ込んでいたマードックが、クッションとクッションの隙間に顔を嵌めたままじたばたした末に動かなくなった。
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