スキンケアはほどほどに
フル川 四万
〜1〜

 ここは、ニューメキシコ州ベルナリオ郡アルバカーキ。昔ながらの小売商が並ぶ古めかしい通りに、その小さな店はあった。壁の色は薄い紫で、雑に打ちつけられた木の看板は白。そこにブルーの文字で『コスメティック ホワイト・ローズ』の文字と、薔薇の絵。ドアの色は淡いピンクだ。コスメティックと謳っているからには化粧品屋なんだろう。そこへ、地味な背広を着た体格のよい老人が、杖をつきながら、ゆっくり歩み寄る。老人は、店と手帳を交互に見て、何かを確かめた後、意を決して店のドアを開いた。
「「いらっしゃいませ。」」
 ユニゾンで聞こえてきたのは、野太い男の声。が、目に入ったのは、化粧品の並ぶカウンターで、にっこり微笑む金髪美女(?)の美容部員2人と、先客2人。美容部員の1人は、年の頃不明、紺の美容部員スーツに、品のよいピンク系メイク、巻き毛のポンパドールのできる女風だが、下がり眉と、張りついたような笑顔が若干不自然である。生足の膝下は、ストッキングを突き破る脛毛少々。もう1人は、明らかにオーバー60で、制服のボタンは胸部&腹部の圧で今にも弾け飛びそうだ。色褪せたスカーフでほっかむりした様子は、美容部員と言うより、田舎のグランマ。そして葉巻銜えてる。カウンターの手前には、ゴツいモヒカン男と、野球帽の男。2人とも、顔面が薄い緑色だ。
「よくお出でなされた。今日は何をお探しか。」
 ほっかむりの美容部員が、侍言葉で切り出した。多分、美容部員=化粧品の販売員の喋り方をこの人は知らない。老人は、背広の胸ポケから手帳を取り出し、舐めた親指でページを捲る。
「何とか水とか、クリームとか、顔に塗る……その、何だ。」
「スキンケア?」
「そう、それだ。それを出してくれ。アロエのやつ。」
「アロエでいいの? ハトムギとか、蜂蜜とか、尿素入りもあるよ。」
 若い方の美容部員が問うた。
「アロエで。」
「どうして?」
 小首を傾げて問い直す。
「ヌルヌル分が肌の角質の回復力を促すからだ!」
 男は、声を張って手帳を読み上げた。すると、ほっかむりがニヤリと笑い、スカーフと共に金髪のヅラを毟り取る。
「やあ、シモンズ大佐、久し振りだな。」
 オーバー60の美容部員改め女装の熟年紳士が、にこやかに握手の手を差し出した。
「ジョン・スミスか! はは、何て格好だ! 元気そうで何よりだ。」
 男は、立ち上がって女装紳士の手を取った。がっちり握手を交わす2人。
 因みに、客2人の顔が薄緑なのは、薄く切ったアロエが貼ってあったからです。


〜2〜

 化粧品屋のバックヤードで、今回の依頼人、マーク・シモンズ元大佐は、訥々と話し始めた。現在スキンケアマニアと化しているマードックに、顔にアロエを貼られながら。
「はい、ちょっとおとなしくしててね、大佐。見たところ結構皺が目立ってるから、アロエパックで水分とビタミンを補給して、内側からツヤツヤに……。」
「外からアロエ貼って、何で内側からツヤツヤになるってんだ、この阿呆!」
 顔に貼られたアロエを引っぺがしながらコングが突っ込む。紺スーツ(下はスカート)姿のままのフェイスマンが、シモンズの前に淹れ立てのコーヒーを置いた。
「それで、大佐が俺たちを探すなんて、どういう要件なんだ? あんたなら、人の手助けなんて不要だろう。ハノイの巨象と呼ばれた男が。」
 ハンニバルが、シモンズに問う。
「……買いかぶりすぎだよ、ジョン。わしはもう、何の力もない退役軍人だ。最近では、腰のヘルニアが酷くて、杖が手放せん。」
 シモンズは、力なく笑って肩を落とした。
「今度のことは、警察で済むような話じゃないんだ。かと言って、軍が出てきたら、握り潰されるに決まってる。軍事機密にかなり近い、本当に危ない話なんだ。かと言って、放って置くわけにもいかん。元がつくとは言え、わしも軍人だ。愛国心なら売るほど持っている。」
「あんたがそう言うんだから、相当でかい話なんだろうな。詳しく聞かせてくれ。」
「ジョン、うちの倅を覚えているか?」
「倅? ああ、確かハックだったっけ。いくつになったんだ?」
「32だ。その倅が、去年結婚して、ロズウェル郊外に家を買った。」
「そりゃおめでとう、お相手は?」
「高校の同級生のエリーだ。親御さんもわしの幼馴染でな、少々お転婆だが、いい娘だよ。」
「今が幸せの絶頂期じゃないか。それで、ハックに何か問題が?」
「何と言うかその……説明が難しいんだが、簡単に言うと、顔が、おかしいんじゃ。」
「顔が……何だって?」
「おかしいんじゃ。息子の顔がおかしいんじゃ。」
 シモンズは、繰り返した。頭上にハテナを盛大に浮かべているAチーム。
「去年、新居に遊びに行った時は、普通の顔だった。エリーは、ちゃんと化粧もしとったと思う。赤い口紅がよう似合っとった。だが、2か月ほど前、家内の誕生日に、こっちに帰ってきたら、何と言うか、顔が違うんだ。濡れている、と言うか、ゲル状のものを塗りつけたように顔がテカっていて。何と言うかこう……とぅるんとぅるんとグチョグチョの中間……いや、あれはもう、ヌラヌラじゃ。わしの倅とその嫁は、顔がヌラヌラなんじゃ!」
 シモンズは、両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。
“顔が……?”
“ヌラヌラ?”
“どういうことでい、さっぱりわからねえ。”
“アロエパックしてるわけ……じゃないよね?”
 Aチームの脳内に、ハテナが飛び交う。
「ま、まあ落ち着いて、大佐。」
 フェイスマンが慰めるようにシモンズの肩をポンポンと叩く。
「息子さん夫婦、揚げ物の食べ過ぎで、毛穴からオイル吹いてるとか?」
 と、マードック。大佐は、顔を伏せたまま、フルフルを首を振った。
「油ぎっているわけではないんだ。そう、譬えるなら、ゲル状の何かが顔に厚く張りついているような。」
「アロエ塗ってたんじゃない? お肌にいいし。」
 と、マードック。その顔には、アロエが貼りついたまま渇きつつある。適当に剥がして洗顔しないとカピカピになりそうだ。
「いや、植物性のものじゃない。何て言うか……軟体動物の皮膚のような、生臭いニオイがする。嗅いだことのないニオイだ。まるで、深海から上がってきたかのような。」
「ちょっと待って、シモンズ大佐。息子の顔がヌルヌルなら、顔洗えって言や解決じゃない? そもそも何でそんなんなってるのか聞いてみたの?」
 と、マードック。
「聞いてみた。顔洗えとも言ったよ。そしたら急に怒り出して、放射線がどうとか、環境汚染がどうとか……この環境は僕たちの体に合わないだの何だの、わけのわからないことを言い出して、挙句の果てに帰ってしまった。それっきりじゃ。」
「放射線だと?」
「……息子、イカれてんのかな?」
 シモンズに聞こえないように、フェイスマンがハンニバルに囁く。
「ああ、何らかの社会運動にかぶれてるのかもしれん。ヒッピー的な何かに。」
 ハンニバルも囁き返す。
「それにしても顔ヌラヌラってなぁ珍しいな。息子さん、あんたが知らないうちに、何か珍しい病気になっんたんじゃねえか? その治療で、珍しい薬を塗ってるとか。」
「夫婦で?」
 シモンズは、ふう、と溜息をつき、ハンニバルを見上げた。
「息子は健康そのものだよ。そして、薄々だが、わしには原因も思い当たっておる。彼らが越した先のことは、さっき話したよな、ジョン。」
「ああ、ロズウェルだったな。いいところじゃないか。」
「そうだ、ロズウェルだ……よりによって、あのロズウェルなんだ……。」
 シモンズは立ち上がった。その視線は、やや斜め上を見つめ、凛々しい表情に。そして、ゆっくりと話を続ける。
「1947年のロズウェルでの出来事、君も知っているだろう。」
「出来事? ああ、UFOがロズウェルに墜落して、その飛行物体の残骸と、宇宙人の遺体を軍が回収したとか何とか……。」
「眉唾な話だな。どうせ軍事機密の兵器実験でもしてたんだろう。」
「あれ、軍事用の気球だったんでしょ? どこで尾ひれがついたかわかんないけど、今や都市伝説だよね。」
 ダン! とシモンズがテーブルを叩いた。
「情けない! 君たちまで騙されているのか、Aチーム!」
「えっ、どうしたの急に。」
 フェイスマンの動揺も気にせず、シモンズは話し続ける。
「わしは、長年のUFO研究の結果、ロズウェルのUFO墜落事件は、実際にあったと確信している。そして、回収した宇宙人は、遺体ではなく、生きていたこともわかっている。いいか、これは推測じゃない、わかっているんだ!」
“あれ? もしかして。この人、ヤバいのかな?”
 フェイスマンは、ぼんやりとそう思った。
「おっ、爺さん、イカしてるねえ。俺っち好きだな、そういうの。一緒に家(退役軍人精神病院)に来る? 何なら連泊で、年単位で。」
「イカしてねえよ、イカれてるぜ、このおっさん。」
 フェイスマンが控えめに思っただけにしておいたことを、高らかに言明するコング。
「大佐、どうしたんだ、あんたがそんな非科学的なことを……。」
「ジョン、皆まで言うな!」
 シモンズは、ぴしっとハンニバルの言葉を制し、ドヤ顔で先を続ける。
「信じられないのはわかっとる。だが、聞いてくれ。わしは、確信しとる。息子と嫁は、宇宙人に攫われたと。そして今、ロズウェルの家に住んでいるのは、息子のハックと嫁のエリーになり代わった宇宙人だと! これを放っておいたら、ニューメキシコ州のみならず、全米、ひいては全世界が宇宙人に乗っ取られてしまうと!」
 そこまで言うと、シモンズは、アイタタ……と腰を押さえて座り込んだ。
「大佐、それで、俺たちにどうしろと?」
「本来なら、わしが宇宙人と戦い、我が子を取り戻し、ひいてはアメリカを宇宙人の魔の手から守りたいところだが、ご覧の通り、今じゃヘルニアが酷くての。医者には手術を勧められておるんじゃが、この年になってメスを入れるのは、どうにも気が進まん……。」
「あんたのヘルニアは置いておくとして、息子の件、そんな大ごとなら、いっそのこと当局に頼んだらどうだ。」
「当局には言えん。なぜなら、当局の内部にも、奴らは忍び込んでいる可能性が高い。いや、確実に何割かは奴らの手下じゃろう。下手につつくと、わしの命も危ない。」
「えっと、俺っちの命はいいの?」
 マードックの疑問はごもっとも。
「そこはそれ、餅は餅屋で、命知らずがお前たちの信条だろう。だから、お前たちを選んだんだ。」
「虫のいい爺さんだぜ。で、俺たちは何をすりゃいいんだ?」
「ロズウェルのどこかにある敵の基地に潜入し、わしの息子たちを救い出すんだ。その先を、どこまで踏み込むかは、君たちに任せる。だが、これだけは覚えておけ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。幸運を祈るぞ、Aチーム!」


〜3〜

《Aチームのテーマ曲、うっすら流れて消える。》


 のどか極まりない郊外の昼下がり。赤い屋根の可愛い一戸建て住宅の前に、紺色のバンが滑り込む。ここは、ロズウェル郊外。シモンズ大佐の息子夫婦が住む、平凡な住宅地だ。
 例によってフェイスマンが手配したのは、クリスマス休暇をハワイで過ごすために家を空けているお宅。もちろん、許可は取っていません。先に降りたフェイスマンが、車庫のシャッターを引き上げる。中には、古いダッヂが1台とバイクが数台。バイクをえっちらおっちらと隅に除け、バンが入る空間を確保。フェイスマンの誘導で、バンをガレージに収め、降り立って辺りを見回す3人。クリスマス前というのに陽は暖かく、空にはヒバリが鳴いている。
「何がUFOだよ、あの爺さん。いい感じの町じゃないか。」
「そうだな。世話になった先輩だから受けてしまったが、さっさと顔ヌラヌラの原因を突き止めて、俺たちも休暇に入ろう。」
「ああ。」
「オイラ、ちょっと腹減った。中に何かあるかな?」
「保存食ならあるんじゃない? 缶詰とか。」
 口々に言い合いつつ家に入る4人。
 その光景を、向かいの家のカーテンの隙間から盗み見ている者がいることも知らずに……。


 2分後。
 ピンポーン……ピンポピンポピンポーン!
 けたたましく鳴るインターホン。
「はいはい、何でしょ……。」
 と、フェイスマンがドアを開けた途端。
「お邪魔するわね! まあいい男! あなた、チャンプさんの親戚か何か? 何人家族なの?」
 けたたましくしゃべり続けながらドカドカと家に入ってきたのは、ローラ・アシュレイ風の小花柄のワンピースを着た小太りのご婦人だ。50年代のような横分けのウェイブヘアに、セルロイドのざーます眼鏡、さしずめアメリカン・グラフィティに出てくる教育ママといった風情。
「えっ、あの、僕は、チャンプさんの遠い親戚で、仕事でしばらくロズウェルに滞在するので、家を借りて……。」
「私ね、向かいのベティ! みんなベティおばさんって呼ぶわ! はいこれ! コーンブレッド、メキシコ風なの! ベーコン入って美味しいのよ、食べてみて! あっでも、ハラペーニョも入ってるから、辛いの苦手な人は気をつけてね!」
 フェイスマンの胸に、枕ほどもあるコーンブレッドの包みを押しつけると、興味津々で家の中を覗き込む。
「男ばっかりなの? 奥さんは一緒じゃないの?」
「あ、仕事なので、みんな単身で来てます。あの……。」
 さすがのフェイスマンも、この世の恥を脱ぎ捨ててるタイプのアメリカの世話焼きおばちゃんには気圧され気味。
「ホント、寒くなったわねえ! クリスマスも近いからしょうがないけど、うちの猫たちなんか、ストーブの前から離れないのよ。そうだ! 引っ越してすぐじゃ、冷蔵庫も空っぽでしょう! 夕飯も持ってきてあげるからね! 何か食べられないものある? ないわね? じゃ、また後で!」
 ベティは一方的にそう捲し立てると、来た時同様、嵐のように去っていった。
「何だ、今のは。」
 ハンニバルが、閉まったドアの風を顔に受けながらそう言った。
「ご近所さんだって。」
 と、フェイスマン。
「自分で問いかけておいて、返答を全く聞く気がないってのは、どういうことだ。」
「わかんない。宇宙人かな?」
「あれが宇宙人なら、かなり手強いぜ。」
「まあ、あれだけ押しが強けりゃ、この辺の噂話には通じているだろうし、当たり障りなくつき合うことにしようじゃないか。」
「むぐっ、このコーンブレッド美味いよ。すっごいベーコンの脂が効いて……ゴフッ。」
 貰ったコーンブレッドを頬張り、早速ハラペーニョに咽たマードックであった。


〜4〜

 ベティ作のコーンブレッドを1/4ほどいただいた4人は、早速シモンズの息子夫婦、ハックとエリーの家を目指して通りに出た。クリスマス休暇中の町は、庭木の手入れをする者や、自転車で遊ぶ子供たちの姿がちらほらいるくらいで、至って静かだ。
「ハックの家は、どの辺だ?」
「確か、ここから2ブロック先だ。」
 先を急ぐAチーム、地図を見ながら場所をナビるコングに、前から来た黒スーツの男の手が当たった。黒いハットに黒サングラス、手にはジュラルミンのアタッシェケースを持っている。
「おっ、済まねえな。」
 そう言って振り返ったコングに一瞥もくれず、黒衣の男は何も言わず、足早に立ち去って行った。
「何だアイツ……おい、こりゃ何だ?」
 コングが自分の腕を触り、神妙な顔で手を見つめた。コングの手には、透明なゲル状の液体がべっとりと。見ると、腕にもついている。
「ちょっと見せて。」
 フェイスマンがコングの手を掴み、ニオイを嗅ぐ。
「うわ、何かこれ、磯臭いって言うか、生臭いって言うか。」
「もしかして、シモンズ大佐が言っていたヌラヌラって、これじゃない?」
「おい、アイツ、捕まえろ!」
 ハンニバルの号令に、一斉に走り出す3人。しかし、曲がり角を曲がった黒衣の男は、忽然と姿を消したのであった。
「もしかして、あれ、メン・イン・ブラックってやつ?」
「メン・イン・ブラックだと?」
「UFOとか宇宙人の秘密を探ろうとする人間に、さりげなく近づいて警告するという……。」
「よせやいフェイス、お前までUFOかぶれかよ。」
 と、その時。
 チリンチリン♪
 自転車のベルの音。振り向くと、おっさんが1人、自転車でこっちに近づいてくる。
「やあ、あんたら、チャンプさんとこに越してきたんだって? ベティに聞いたよ。俺は、向こうで雑貨屋やってるトーレスだ、よろしくな!」
 おっさんはそう言いながら、自転車でAチームの間をゆっくりと通りすぎていく。見れば、その横顔がヌラヌラと光っている。
「あの!」
 フェイスマンは、思わずおっさんに呼び掛けた。何だい? と振り返ったおっさんの頬から、ピシャッ! と液体が飛んで、フェイスマンの顔にかかった。
「うげっ!」
 フェイスマンが顔を拭う。
「済まない、配達中でゆっくり話をしている暇はないんだ。文字通りの貧乏暇なしさ。よかったら今度店に来てくれよ。じゃっ!」
 おっさんは、顔面をヌラヌラさせながら走り去っていった。
「何だ、着いた早々、ヌラヌラが2人かよ。」
 ジーンズの尻で手をゴシゴシするコング。
「シモンズ大佐の息子が、じゃなくて、この町全体がヌラヌラってこと? 顔だけじゃなくて、手もだったよね。」
「かもしれん。たまたまヌラヌラした2人に当たった……ということでもなさそうだ。」
 ハンニバルが通りを見渡してそう言った。見れば、通りを歩く町人たち、男も女も皆、顔や手に妙なテカリを持っている。そして、なぜか、Aチームの面々を知っているかのようにフレンドリーだ。
「ベティおばさんから聞いたわよ。あなた、奥さんに逃げられて傷心でこの町に引っ越してきたんだって?」
 不意にフェイスマンにそう話しかけてきた結構な金髪美人、しかし顔面はヌラヌラだ。
「ベティ、合コンをセッティングするって息巻いてたわよ。あたしも行っちゃおうかしら。」
「いやぁ、君みたいな美人がいるなら、行っちゃおうかな、合コン。」
 うふん、と伸ばされた手を、フェイスマンがピッと振り払い、愛想笑いでそう返した。それでも、ゲル状の液体はべっとりとフェイスマンのシャツに付着している。
「帰って洗濯したい……。」
 美人を見送ったフェイスマンが、情けない顔でそう呟く。
 その後も、擦れ違う町人の皆さんが、次から次へと親しげに話しかけてきて、Aチームは2ブロック先のハックの家まで辿り着けない。
「一旦戻って出直そう。あのベティおばさんのお喋りで、あたしら、既に有名人らしい。このままじゃ、目立ってしょうがない。」
 ハンニバルの判断で、4人はすごすごとアジトに戻ったのであった。


 アジトに戻り、居間で作戦会議を開く4人。ハンニバルの指示で、マードックがフェイスマンのシャツやコングの腕に付着したゲル状の物質をスプーンでこそげ落とし、ジップロックに入れる。
「結構取れたよ、これ。」
「よし、これを成分分析に出そう。先月、合宿費横領事件を解決した大学の研究室なら、すぐにやってくれるだろう。フェイス、行ってきてくれ。」
「OK。」
 フェイスマンはジップロックを受け取ると、アジトを出て行った。遠ざかる車のエンジン音と入れ替わりに、バアアン! とドアの開く音。見れば、両腕一杯に荷物を抱えたベティおばさんが、満面の笑みでご訪問。
「あんたたち、晩ごはん作ってきてあげたわよ! ビーフシチューに、アボカドのサラダ、ライスプディングとピクルスもね! もちろん全部手作りよ!」
「あっ、ベティ、この野郎、俺たちの噂、あることないこと流しやがって!」
 コングがベティに掴みかかる。
「あら、何のことかしら? 私はただ、早くあなたたちがこの町に馴染めるように、ちょっとしたお手伝いをしてるだけ。悪気はないのよ。」
「まあまあ、ベティ、ちょっと話を聞かせちゃくれないか。」
 ハンニバルが、ベティを促してソファに座らせた。
「あのハンサムさんはお出かけ?」
「ああ、ちょっと野暮用でな。」
「実はね、彼にステキなお見合いを用意できそうなのよ。キャシーっていう未亡人がいて……。」
「ベティ、ちょっと教えてほしいんだ。」
 ハンニバルが、話し続けるベティの両肩を掴んだ。さすがのベティも一瞬黙った。
「この町の住人、みんな顔がヌラヌラしてるんだが、あれは何だ? そして、何であんただけヌラヌラしていないんだ?」
 そう言えば、ベティはヌラヌラしていない。どっちかと言うと、普通にテカテカしている。
「ああ、あの美容液のこと?」
 ベティが楽しそうにそう言った。
「美容液だと?」
「美容液?」
「美容液って、あの、化粧水、乳液の後に顔に塗るやつ?」
「そう。あれはね、訪問販売の人が売ってる美容液なの。確か、ケルプ&イール美容液。何でも、日本産の高級利尻昆布とヌタウナギの粘膜で作ってあるとか……。去年くらいからうちの町にやってきたセールスマンが、各家庭にサンプル置いて、使い方を説明して帰ったんだけど、何でかしら、みんなすっかり嵌ってしまって……あれ、すっごく高いのに。1か月分で800ドルもするのよ。でも、放射線も大気汚染も防げるんだとか。ほら、うちの州は原子爆弾の実験もやってるし、最近、原子力発電所の建設とか続いてるから、この辺の人も神経質になってるみたい。」
「放射線……ハックもそんなことを言っていたらしいな。それで、その美容液は、どこの会社が作ってるんだ?」
「さあ。でも、毎週セールスマンの人が回ってるから、すぐ会えると思うわよ。黒いスーツにサングラスっていう特徴的な人だから。」
「さっきのあいつか!」
「で、町民みんなが嵌ってるのに、あんたが嵌ってない理由を聞かせてもらおうか。」
「何言ってるのよ! スキンケアなんて、手作りが最高に決まってるじゃない。私のレシピは、みかんの皮を干して、ハトムギの煮汁とアロエの果肉を混ぜるの。海藻とウナギなんかよりよっぽど効くわよ! 放射線は防げないけど、お肌はトゥルントゥルンになるし! あ、欲しい? 作り置きがあるから持っていきなさいよ! あ、いけない、ごはんの支度しなきゃね。ちょっと待ってね、シチュー温めるから!」
 ベティは言うだけ言うと、バタバタと台所に走っていった。因みに、現在午後3時。まだ夕飯の時間ではない。


 その日の深夜、ヌラヌラ物質の成分解析結果を持ってフェイスマンが帰宅。
「わかったよ、ハンニバル、この物質。ベースとなってるのは……。」
「昆布とウナギだろ?」
 パンパンに張った胃を摩りながらコングが言った。ベティが夕飯作りに来てからおよそ5時間、あらゆる手作り料理を食わされて、腹一杯を優に通り越した3人である。コングは早々に胃薬を飲み、マードックは少しでも消化を早めようと小刻みに体を揺すっている。
「あれ? どうして知ってるの?」
「ベティが教えてくれた。何でも、訪問販売でしか買えない美容液だそうだ。」
「月額800ドルだってよ。みんな金持ちなんだな、この町は。」
「それが、そうじゃないかもよ、ほら。」
 と、フェイスマンが、成分分析票を3人の前に広げた。
「見てよここ。この物質、海藻の成分と、何らかのウナギ類の粘液、それから、微量のコカイン。」
「「「コカインだと!?」」」
「うん。だから、この町の人が金持ちなんじゃなくて、多分、依存症でやめられなくなってるんだ。」
「と、いうことは?」
「UFOも宇宙人も絡んでない。これ、麻薬組織の新たな商売形態だと思う。ここの住民は、みんな被害者だよ。」


〜5〜

《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 住宅街の路上のベンチに、のんびり座るハンニバルとフェイスマン。ヌラヌラした住民から、あることないこと話しかけられつつ、時間が過ぎ、日が暮れる。
 同じシーンを5回繰り返す。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


 そして6日目の夕方、向こうの角から、黒ハット、黒スーツ、黒サングラス、ジュラルミンケースの男が現われた。ハンニバルは立ち上がり、スッと手を上げてどこかに合図を送った。途端に紺色のバン出現。猛スピードで黒衣の男に接近する。逃げ出す黒衣の男。バンから降りたマードックが、前に回り込んで男を捉え、続いてコングが男を殴り倒した。一撃で気絶するメン・イン・ブラックを取り囲み、ヌラヌラした顔を見下ろすAチーム。ハットとサングラスを外した男の顔は、宇宙人でも何でもなく、ただの赤毛の若者だった。
 その後、男を締め上げて、コカイン入り美容液の工場を吐かせたAチーム、ささやかな肉弾戦で工場を制し、ロズウェルの小さな町の人々(含むシモンズ大佐の息子とその嫁)を救った。そして、深淵なる陰謀説が的外れであったことを知ったシモンズ(元)大佐は、おとなしくヘルニアの手術を受けたのであった。
【おしまい】
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